12.突入(2)
シレックは応接セットに見知らぬ男と向き合って座っており、おろおろとした様子で騎士団の団員達を見つめていた。
「な、なんだ!? どうなっている?」
シレックが動揺したように叫ぶ。「捕らえろ!」と掛け声が聞こえ、アイリスは咄嗟にシレックを押し倒し、うつ伏せに床に押しつけた。
「叔父様! なぜこんなところに?」
ここは違法薬物を取り扱う組織の本部だ。
嫌な予感がして、アイリスはシレックに問いかけた。
「アイリス! 離すんだ。これは誤解だ」
顔面蒼白になっていたシレックは脂肪でたるんだ首を回し、こちらを見ようともがく。
「わしは、ディーンをなんとかして治してやりたいと思って、いい薬はないかと──」
「──なんとか病死に見せかけて殺したいと思って、の間違いだろう?」
思わず身震いするような低い声が背後から聞こえ、アイリスはハッとして振り返る。そこには、氷のように凍てつく瞳でシレックを見下ろすレオナルドがいた。
「シレック=コスタ。お前のことは既に調べがついている。財産と爵位目当てにコスタ子爵家の女主人を事故に見せかけて殺し、後見人という大義名分でコスタ子爵家の財産を食い潰した。更には現コスタ子爵家当主であるディーン=コスタを病死に見せかけて毒殺しようとした。違うか?」
信じたくないような事実を、レオナルドは淡々と告げる。
アイリスはただただ呆然とシレックを見下ろした。
こんな嫌な叔父でも、亡き父と血を分けた兄弟なのだ。最低な人だと知りながらも、どこかで信じていたいと思う自分がいた。
「……叔父様はディーンを殺そうとしていたのですか?」
「うぐっ」
地面に押しつけられたシレックは苦しそうな呻き声を漏らす。
「答えて! ディーンを殺そうとしたの!? それに、お母様も!」
怒りに任せて剣を抜こうとすると、その手をガシリと掴まれた。
「やめろ。我が国では私刑は許されない」
血が止まりそうなほどに手首を力強く押さえられ、手からカランと剣が落ちる。
「お前が手を下すまでもなく、この男は重罪だ」
「──閣下は知っておられたのですか?」
茶色い瞳と視線が絡むと、レオナルドは小さく頷く。
──では、今までディーンによかれと思って飲ませ続けてきた叔父様が用意した薬は毒だったってこと? 私は、ディーンに毒を勧めてきたってこと?
色々な感情が交じり合い、視界がじわりと滲むのを感じた。腕を掴んでいたレオナルドの手から力が抜け、アイリスの腕がするりと抜ける。
立ち尽くすアイリスと目線を合わせるように、レオナルドは少し屈んだ。
「この男に関しては、お前の手できちんと終わらせろ」
「──はい」
頬を伝う熱いものを袖口でぐいっと拭うと、アイリスはしっかりと頷く。
「シレック=コスタ。違法薬物の取り引き容疑で連行する」
アイリスは縄をしっかりと掴むと太った大きな体を引き起こし、無理矢理歩かせる。
そして、拘束された他の者達と共に、輸送する任務を負う団員に引き渡すために移動させた。
シレックは、心のどこかでアイリスが親戚である自分を悪いようにするはずはないと舐めていたのだろう。
縄で縛られて連行されてゆく人々の様子を目前にして、ようやくアイリスが本気で自分を引き渡そうとしていると気付いたようだ。
「待て、アイリス。これは何かの間違いだ。今まで散々世話してやっただろう?」
すがるような目で訴えかけるシレックを見つめ、アイリスは首を横に振った。
「世話になったことなど、一度もありません。あなたがしたのは搾取だけです」
「アイリス! この恩知らずの薄情者が!」
背後から罵声が聞こえてきたが、アイリスは振り返らずにその場を立ち去る。
元の場所に戻ると、既に部屋の処理は終わっており誰もいなかった。
アイリスは部屋でひとり、ぼんやりと辺りを見渡した。
──ここが、取り引きの場所だったのね。
ディーンはコスタ子爵家の当主なので、不審な死に方をすれば事件性がないか宮廷医師も立ち会って詳細な調査が入る。
シレックはその疑いの目をすり抜けるために、年単位の計画を立ててディーンを病死に見せようと少しずつ毒を盛っていたのだろう。
──それに、お母様も?
また視界が滲みそうになり、上を向いた。
──泣いている場合じゃないわね。ディーンはもっと辛かったんだから。
そう思うのに、心を完全に制御するのは難しい。
頬へと熱いものがこぼれ落ちる。
「終わったか?」
不意に背後から話しかけられ、アイリスはビクッと肩を振るわせた。振り返ると、総指揮に当たっているレオナルドがドアの前に佇んでいる。各部屋の状況を確認しに来たのだろう。
「はい、終わりました。すぐに他の応援に──」
レオナルドがアイリスのほうに近付いてきたので、慌てて涙を拭ったアイリスは気丈に答えようとする。
こちらを見つめるレオナルドの腕が伸びてきて、アイリスの肩にポンと手が置かれた。
「よく頑張ったな」
その瞬間、我慢していた気持ちが溢れるのを感じた。
たった一言だけれど、自分が救われるような気がしたのだ。
騎士は泣いてなどならない。剣を片手に、戦うものだ。
けれど、今だけは、この瞬間だけは許してほしい。
思わずトンっとその胸に飛び込むと、優しく背中に手が回された。
すすり泣きはやがて嗚咽へと変わる。
レオナルドはその間、何も言わずにアイリスに寄り添い続けてくれた。




