12.突入
近衛騎士団では毎朝、朝礼がある。隊員のシフトや、皇帝夫妻の一日の予定の確認が行われるのだ。
その日、朝会の場は緊張感が漂っていた。普段なら殆ど顔を出すことがないレオナルドが、朝礼の場に現れたのだ。
「近々、皇都騎士団が大がかりな任務を遂行するにあたって臨時の助っ人を近衛騎士団から派遣することになった。今から呼ぶものはこの後残るように」
次々の名前が呼ばれるところから判断するに、相当大規模な作戦なのだろう。
「次は、アイリス=コスタ」
「はい」
自分の名が呼ばれるとは思っていなかったアイリスは、緊張の面持ちで前に出た。
結局、近衛騎士団四十名中十名がその場に残った。
「ここ最近問題になっていた違法薬物の製造・販売組織だが、大元の拠点が判明した。突入作戦の予定日は一週間後だ」
淡々と続くレオナルドの説明に、アイリスはハッと息を呑む。
違法薬物の製造・販売組織。それは忘れもしない、アイリスとカインが失態をおこしたあの事件のときに追っていた組織だ。
「閣下!」
一通りの説明が終わり解散となった後、アイリスは思わずレオナルドを呼び止めた。
レオナルドはくるりと振り返り、アイリスを見下ろす。
「なんだ?」
「あの、わたくしでいいのでしょうか。あんな──」
失態を起こしたのに。そう続けようとした言葉は、レオナルドにより遮られる。
「いいと判断したから指名した。自分の名誉を挽回できるのは自分だけだ。心して任務に当たれ。次はない」
アイリスは驚いて目を見開く。
『自分の名誉を挽回できるのは自分だけ』
つまり、レオナルドはアイリスにチャンスを与えたのだ。あんな失態をおかした自分が挽回するためのチャンスを。
──本当にこの人は……。
優しい慰めは一切言わないけれど、どれだけ気にかけてくれているかはよくわかる。
アイリスはしっかりとレオナルドを見つめ、頷いた。
「必ずやご期待に応えます」
「よし」
レオナルドはフッと口元に笑みを浮かべると、「では、勤務に戻れ」と命じる。
そのぶっきらぼうな優しさが、なおさら心に染みた。
◇ ◇ ◇
違法薬物組織への突入作戦決行の日、アイリスが向かったのは一軒の屋敷だった。高い塀で囲まれた大きな屋敷には正面に両開きの鉄門があり、中の様子は覗えない。
屋敷が面する大通りを一台の馬車が通る。
その馬車は真っ直ぐに屋敷に向かうと、門の前で停車した。
トン、トトン、トン、トンと特徴的なノックが行われると、中から門が開かれる。そして、その馬車は屋敷の中へと消え、再び門が閉ざされた。
──そろそろかしら?
アイリスは物陰に身を潜めてそっとその様子を見守る。
そのとき、先ほど馬車が通った道に今度は手押し車を押した野菜売りの行商人が通りかかった。行商人は、皇都騎士団の団員が変装した姿だ。
その行商人は屋敷から五十メートルほどの場所に手押し車を置くと、首からぶら下げていた客引きの笛を吹く。
ピーッと甲高い音が周囲に響き渡った。
「よし、行くぞ!」
一緒に物陰に隠れていた隊員達が一斉に屋敷に向かって駆け出す。訓練を受けてきた隊員達は二メートルほどの高い塀をいとも簡単に跳び越えた。
「三階の一番奥……」
廊下の途中で仲間の隊員達が犯罪組織の連中を拘束して締め上げているのが次々と目に入ったが、アイリスはその合間をすり抜けるようにして事前に決められた場所に向かって走り続ける。
──あれね。
茶色い木製のドアを、勢いよく開け放った。
「皇都騎士団だ!」
前に立つ仲間の団員が叫ぶ。
「な、何事だっ」
中にいると思しき人物の、狼狽えたような声が聞こえた。
その声を聞いたとき、アイリスの心臓がドキンと跳ねる。
忘れたくても忘れられない、けれどここにいるはずがない……。
仲間に続いて部屋に押し入ったアイリスは、呆然とその人を見た。
「……叔父様?」
そこには、コスタ領にいるはずの叔父のシレックが居た。




