11.異変(2)
◇ ◇ ◇
レオナルドは昨日押収されたという小さな白い紙包み──薬包を摘まみ上げると、鼻に皺を寄せる。
「またか」
「はい。先日の摘発で本拠地は押さえたと思っていたのですが、どうやら同じ規模のアジトが別にありそうです」
グレイルは手に持った調査書面を読み上げながら、レオナルドに説明する。
アイリスとカインが大怪我を負ったあの日、皇都騎士団は違法薬物を密売する組織の本拠地の摘発にあたっていた。
複数人の摘発に成功し製造拠点も取り押さえたため、これで組織は壊滅すると考えていた。しかし、その後も違法薬物の押収は続いており、どうやら本当の本拠地は別にありそうだということがわかってきたのだ。
現在、レオナルドは全力で部下達にその調査に当たらせている。
グレイルは調査書を一枚捲ると、次のページを説明し始める。
「現在分析中の違法薬物のアジトで押収した書類の中に、これまでの取引先と思しきリストを発見しました。対象者はハイランダ帝国各地に二百人を超えています。これらの人間を監視することで残った組織の連中と接触が可能になるかと──」
「くそっ。全員捕らえてやる」
レオナルドは忌々しげに舌打ちし、そのリストに目を通す。そのとき、一人の名前に目を留めた。
「こいつ……」
「どれか気になる人物がいましたか? 先に調査にあたらせます」
「ああ。こいつを先に調べてくれ」
レオナルドはその名簿の一列を指さす。
そこには『シレック=コスタ』と書かれていた。
シレック=コスタ。
アイリスの実家であるコスタ家についてカールが調査してくれたときに、調査報告書にこの名前が記載されていた。たしか、コスタ子爵家に入り込み、実質的に現当主を名乗って牛耳っている男だった。
──コスタ子爵家の関係者が違法薬物だと? 一体なんのために?
そのとき、トントントンとドアをノックする音がしてレオナルドとグレイルは同時に顔を上げる。
「誰だ?」
「宮廷薬師のカトリーンです。少しお話ししたいことがあるんです」
「カトリーン?」
これまで宮廷薬師であるカトリーンが自主的にこの執務室を訪ねて来たことなど一度もなかった。
レオナルドは訝しく思い眉を寄せる。
「珍しいな。どうした?」
レオナルドはカトリーンを執務室にあるソファーに座らせると、自分はその向かいに座った。
いつにない険しい表情から、何か深刻な問題を相談しようとしていることは想像が付いた。
「以前、皇都騎士団の方達が押収した違法薬物の分析を私達宮廷薬師がしたでしょう?」
「ああ」
「同じものが、地方で使われているのを見つけたの」
「なんだと? どこでだ」
身を乗り出したレオナルドを、カトリーンはピンク色の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「コスタ領よ。コスタ家当主のディーンさんの薬に、押収した毒物が混じっていたわ」
「コスタ領?」
ふと早朝の訓練の際に「回復していた弟の調子がまた悪くなった。原因がわからない」と泣きそうな顔をしていたアイリスの表情が思い浮かぶ。
──まさか……。
レオナルドはひとつの可能性に行き当たり、表情を険しくする。
──毒を飲まされていたのか。
ハイランダ帝国においては、爵位は原則として男子が継ぐ。
もしも当主であるディーン=コスタが死ねば、アイリスにはまだ夫がいないので、現在コスタ子爵家当主の後見人を務めているシレック=コスタがそれを継ぐ可能性が高い。
「よく知らせてくれた。問題のその薬はどうした?」
「代わりの薬を渡して、全部回収したわ。体調が戻っても、周りに体調が戻ったことを悟られないように部屋から出ないようにとも伝えてきたわ」
これよ、と言ったカトリーンは複数の薬包をレオナルドと自分の間に置かれたテーブルに乗せる。
「完璧な対応だ。礼を言おう。後は、こちらで対処する。また何かあったら相談しよう」
カトリーンはホッとしたような表情を見せると、ソファーから立ち上がる。
その後ろ姿を見送ってから、レオナルドは執務机を開けて以前カールが届けてくれた報告書を引っ張り出した。勢いよく紙を捲り、目的のページで手を止めた。
素早く目を通し、その内容をもう一度確認する。
「グレイル。少し調べてほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「四年ほど前に、コスタ家の女主人であったソフィア=コスタが馬車の脱輪で亡くなっている。そのときのことを、もう一度関係者に調査してくれないか?」
レオナルドの言葉を聞いたグレイルはすぐにレオナルドが何を気にしているのか気付いたようだ。表情を引き締めると、こくりと頷いた。




