11.異変
魔法薬の効き目は覿面だった。カトリーンに相談して処方してもらった魔法薬を送ってから数日後には、驚くほど体調がいいとディーンから手紙が来たのだ。
「そうか、よかったな」
朝の訓練でそのことを報告すると、レオナルドは表情を和らげた。
「はい。もしかすると、来年には社交界に出てこられるかもしれません」
手紙には、まるで今までの苦しさが噓のようだと綴られていた。先日は、五分ほどだけれども、一年以上ぶりに剣を握ってみたとも書かれていた。
思ったよりもディーンの社交界入りは早いかもしれないと、アイリスは期待に胸を膨らませる。
「閣下、ありがとうございます」
「俺は何もしていない」
首を横に振るレオナルドを見つめ、アイリスは首を傾げた。
「リリアナ妃に相談してみろと仰って下さったではありませんか」
「誰と何を話したかなど、いちいち覚えてない」
レオナルドはぶっきらぼうに言い放つと剣を鞘にしまう。そろそろ、訓練場に他の隊員達も集まり始める時間だ。
──噓ばっかり……。
アイリスが知る限り、レオナルドはどの部下にいつ何を指示したのか、的確に記憶している。いちいち覚えていないなど、大嘘だ。
レオナルドはいつもそうだ。
部下を見渡して困っている者にはさり気ない手助けをし、成果はこれでもかと褒める。それでいて、自分は恩着せがましいことは一切言わずに徹底した指導役に回る。
──こういうところが、好きなんだよね……。
いつも厳しい態度なのにさり気なく見せる優しさが亡き父を彷彿とさせる。
アイリスはレオナルドを窺い見る。
高い鼻梁と鋭い目付きの、男らしく凜々しい横顔が目に入った。
──ディーン、次の騎士団の入団試験は受けられるといいな。
このまま事態が好転してくれるよう、心の中で祈りを捧げた。
◇ ◇ ◇
しかし、僅か一週間後、アイリスのそんな淡い期待は見事に打ち砕かれた。
アイリスは実家から届いた手紙を開き、その文面を視線でなぞる。
「え……、噓……」
そこには、体調が回復していたディーンが再び倒れたと書かれていたのだ。しかも、これまでになくひどい状態で、診察に訪れた医師もお手上げの状態だという。
「なんで……」
魔法薬を処方してもらってからというもの、ディーンは見違えるように体調がよくなっていた。そろそろ騎士団への入団試験に備えて本格的な訓練を再開しようかと思っていた矢先の出来事だ。
「カトリーンさんに相談に行かないと」
アイリスは手紙を握りしめると、魔法薬を調薬してくれた宮廷薬師──カトリーンに相談しようと部屋を飛び出した。
アイリスが調薬室に飛び込んだとき、カトリーンはちょうど魔法薬の調薬をしているところだった。カウンターの上には様々な薬草があり突然現れたアイリスに驚いた様子だったが、その表情を見てすぐに只事ではないと気付いたようだ。
「アイリスさん、どうしたの?」
「ディーンが、弟が……」
アイリスは泣きそうになりながらもそれを必死で堪え、カトリーンに事情を説明した。
「え? 体調が悪くなったですって? 以前より更に?」
アイリスから事情を聞いたカトリーンは、作りかけの薬を睨んだまま、考え込む。
「それはおかしいわね。気になるから、一度弟さんに会いに行っていいかしら? 実際に症状を見れば、色々とわかることもあると思うの」
「弟のところに、行っていただけるんですか? ここから馬車で二時間かかります」
「大丈夫。私はドラゴンに乗れるから、ちょっとした距離でもすぐに見に行けるの」
カトリーンはアイリスと目が合うと、にこりと微笑む。
「それに、リリアナ様やレオナルド様からも、アイリスさんのことはよろしくって言われているし」
「リリアナ妃とレオナルド閣下から?」
アイリスは意外な言葉に驚いた。二人が自分の知らないところで支えてくれていることを知り、ジーンと胸が熱くなるのを感じる。
「明日にでも向かうから、詳しい場所を教えてもらっても?」
「はい、ありがとうございます。場所は皇都の西方にあるコスタ領で──」
アイリスは指先で涙を拭うと、カトリーンに自宅の場所を説明し、深々と頭を下げた。




