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【書籍化】堅物閣下はわけあり男装令嬢を逃がさない!  作者: 三沢ケイ


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10.近衛騎士(3)

 そのとき、部屋の片隅から「ふぎゃあ」と泣き声がした。目を向けると、乳母が皇女であるブルーナを抱っこしてあやしていた。


 その声に反応するようにリリアナは立ち上がると、乳母からブルーナを受け取った。


「ブルーナ様は今日もお元気ですね」

「ええ、そうね。陛下がいらっしゃるともっと元気になるのよ」


 リリアナは口元に笑みを浮かべ、慈愛に満ちた瞳でブルーナを見つめる。


 ハイランダ帝国第一皇女であるブルーナは、数ヶ月ほど前に誕生したばかりだ。父である皇帝ベルンハルト譲りの黒い髪に青い瞳をしているが、顔の造作は母親であるリリアナによく似ている。赤ん坊ながらにとても整った容姿をしており、誰もがため息をつくような美姫になること間違いないだろう。


 リリアナはブルーナを抱きながら、子守歌をうたう。

 聞いたことがない歌だったので、もしかするとリリアナの故郷の歌なのかもしれないとアイリスは思った。


 ブルーナの前でリリアナが手をかざすと、ふわりと空中に鮮やかな色が舞っては消える。 

 それを見たブルーナは泣くのを止め、嬉しそうに笑った。


「魔法……。すごい」


 魔法の国とも呼ばれるサジャール国から来たリリアナは、あたかも普通のことのように日常的に魔法を使う。それらは全てアイリスから見ると目新しいもので、今日も思わず見惚れてしまった。


「ハイランダ帝国には魔法を使える人がほとんどいないから、珍しいわよね。わたくしの故郷は、皆が当然のように魔法を使ったわ。お湯を沸かすのも、風をおこすのも、病人の治療だって魔法でやるの。だから、わたくしからすると、魔法なしでも道具を使ったり工夫しながら同じことをやってのけるこの国の生活の仕方に驚きが大きかったわ」


 リリアナは機嫌がよくなったブルーナを抱いたまま、ソファーに座る。


「治療も……」


 アイリスは今の話を聞いて、ふとレオナルドがリリアナにディーンの治療について相談してみろと言っていたことを思い出した。


 アイリスと共に負傷したカインはあの日、利き手を複雑骨折する大怪我を負った。この国の医療技術では二度と剣が握れないと宮廷医師から宣告されたにも拘わらず再び皇都騎士団に復帰できたのは、リリアナ妃のおかげにほかならない。

 皇都騎士団の団員が任務中に大怪我したという話をたまたま──アイリスはレオナルドが意図的に話したと確信しているが──小耳に挟んだリリアナ妃が、直々に治療すると申し出たのだ。

 

 ──今なら、聞けるかしら?


 アイリスは意を決してリリアナを見つめる。


「魔法を使えば、大抵の病気は治るのでしょうか? 例えば、この国で治癒が上手くいかないようなものでも──」

「病気によるわ。既に死の淵へ向かっているような状態を健康に戻すことは難しいかもしれないわね。でも、治療できる範囲はだいぶ広いはずよ」


 治療できる範囲は広い。

 ならば、ディーンのことも……。


 そう思いかけたアイリスは、やっぱり……と首を振る。

 リリアナはこの国の皇后だ。一介の近衛騎士が弟の治療をしてほしいなどと頼むのは、おこがましいだろう。


「どうかしたの?」

「いえ。なんでもございません」

「そんな顔して、なんでもないことないでしょう? わたくしでは相談相手にならないってこと?」

「そんなことは……」


 頬を膨らませるリリアナに、アイリスは言葉を詰まらせる。


 そして、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。

 神妙な面持ちで聞き入っていたリリアナは、花茶に手を伸ばしてそれを一口飲む。


「弟さんを実際に診てみないと治せるかどうかは、なんとも言えないわ。ただ、わたくしは立場上、直接診に行くことが難しいわ」

「はい」


 リリアナ妃は医師ではなく、皇后だ。

 その立場上、滅多なことでは宮殿から出られない。


 更に、リリアナ妃は第一皇女を出産して数ヶ月しか経っておらず、とても大事な体だった。つまり、リリアナ妃がコスタ領に出向くことなど無理であると、アイリスも重々承知している。


「わかっております。一兵卒の痴れ言とお聞き捨てください」


 目を伏せるアイリスを見つめ、リリアナは眉を寄せる。


「わたくしは行けないけれど、弟さんが心配ね。どうにかできないかしら……」


 リリアナは困ったように頬に手を当てる。そして、「あっ!」と声を上げてポンと手を叩いた。

 

「魔法薬を試すのはどうかしら?」

「魔法薬、ですか?」

「そうよ。アイリスさんも宮殿の医務室に運び込まれたときに使っているはずよ。わたくしの故郷では、薬も普通のものとは違って魔力を込めて効き目を増強したものが使われていたの。普通の薬に比べれば数段効き目がいいはずよ」


 普通の薬に比べて数段効き目がよいと聞いて、確かに思い当たる点はあった。

 アイリスはあれだけの大怪我を負ったにも拘わらず、医務室に運び込まれた翌日には傷口が塞がり、自由に自力で歩き回れるまで回復していたのだ。


「今、宮廷薬師の中に一人だけ魔法薬を扱える方がいらっしゃるわ。カトリーンさんって言うんだけど──」

「カトリーンさん? その方なら知っています」

 

 カトリーンはまさに、アイリスが町で薬を買い、さらに今回の大怪我の際も薬の処方をしてくれた宮廷薬師だ。


 これまでもアイリスはカトリーンから体力回復の薬を買い、ディーンに送ってきた。その薬を飲むと数日間体調がよいとディーンからは聞いている。

 今度は体力回復ではなく、もっと症状を詳細に話して治療薬を処方してもらえばいいのではないだろうか。


 ──それがあれば、ディーンも元気になるかも。


 アイリスは微かな光明が差すの感じ、表情を明るくした。


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