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【書籍化】堅物閣下はわけあり男装令嬢を逃がさない!  作者: 三沢ケイ


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9.除名


 床に散らばる藁を箒で掃くと、それを端に寄せる。集めたごみを麻袋に詰めた。


「よし。綺麗になったかしら?」


 アイリスは周囲の床を見渡す。綺麗になった床に今度は真新しい藁を敷いていった。


 一匹の薄茶色のワイバーンがひょこりと顔を寄せてきたのでアイリスはその頭を撫でた。

 ワイバーンはゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。


「今日もいい子ね」


 アイリスはその様子を眺めながら、相好を崩す。餌の干し肉や木の実を順番に餌皿に入れてやると、ワイバーンはもぐもぐと頬張った。 


 事件から数日経って傷が癒えると、アイリスはレオナルドから近衛騎士達や軍の幹部が使うワイバーンの世話を命じられた。今日でその世話を始めて一週間になる。


 きっと、これは罰なのだろう。

 けれど、思った以上に彼らの世話に心癒やされる自分がいる。


 かつて地上から空を飛ぶ様子を遠目に見るだけだったワイバーンのことを、アイリスは見た目の通り恐ろしい生き物だと思っていた。

 けれど世話をし始めてすぐに、それが間違いであったことに気が付いた。

 ワイバーンは思いの外可愛らしい性格をしているのだ。


 餌を持っているアイリスが近付くと喜んで喉を鳴らすし、体をそっと撫でてやると気持ちよさそうに目を瞑る。その姿を見ていると、沈んだ気持ちが少し浮上するのを感じた。


「アイリス」


 背後でカツカツとブーツと床がぶつかる足音がして、名前を呼び掛けられる。

 アイリスは立ち上がると、振り返った。


「レオナルド閣下。ザイルの様子を見にいらっしゃったのですか?」


 アイリスはそこに現れたレオナルドにぺこりとお辞儀をした。

 レオナルドは日に一回、必ず自身の相棒であるワイバーン──ザイルの様子を見に来る。


 ワイバーンは一見すると全部同じように見えるが、よく見ると一匹一匹で個性が違う。

 ザイルは全身をグレーの鱗で覆われた厳つい雰囲気の子だ。一方、例えば外務長官をしているフリージのワイバーン──ショコラは全身を赤茶色の鱗で覆われており、主に似て顔つきもどこか優しげだった。

 

「それもあるがお前に用事がある」

「私に?」

「今日の午前中、魔道士が来ただろう? どうだった?」


 確かにレオナルドの言うとおり、今日の午前中に珍しくふらりと魔道士が来た。

 魔道士とは魔法を使いこなせる者の総称で、魔法がないハイランダ帝国においては全員がリリアナ妃の故郷であるサジャール国から派遣されている。

 主に、ワイバーンに乗りこなす方法を教えたり、魔法の手助けが必要なときの対応をしている。

 その魔道士は、アイリスに話しかけてくると「魔力のコントロールの仕方を教えてやる」といいだし、二時間ほど滞在して去って行った。


 ちなみに、その時間に使えるようになった魔法はひとつもない。


「ご存じだったのですか? 魔力のコントロールの仕方を教わりました。でも、魔法は使えませんでした」


 アイリスはあったことをそのまま伝える。

 レオナルドが魔道士が来たことを知っていたことは少し意外だった。なんの前触れもなくふらりとやってきたように見えたからだ。

 

「ああ。お前に教えたという結果を聞いた」


 そして、レオナルドはアイリスの背後へと視線を移動させる。

 一匹のワイバーンがアイリスの肩に鼻を寄せるようにくっついていた。


「そいつはお前がお気に入りのようだな?」

「この子ですか? はい。まだサジャール国から来て間もないようなので、寂しいのかもしれません」


 アイリスがその薄茶色のワイバーンの首を撫でると、ワイバーンは気持ちよさそうに、また喉をゴロゴロと鳴らした。


 レオナルドがその様子を見つめて優しく目を細めたことには、気が付かなかった。


 ◇ ◇ ◇   


「さてと、いよいよね……」


 その日、ワイバーンの世話を終えたアイリスは、キュッと唇を引き結ぶと自分の姿を見下ろした。


 今日の昼間にやって来たレオナルドは、帰り際のアイリスに執務室へ来るようにと申し伝えた。

 執務室に呼び出されるのなんて初めてだから、きっと自分の処分が決まったのだろう。


 黒の騎士服を着たこの姿も、今日で見納めになるだろう。

 入団した日から今日までのことが走馬灯のように甦り、アイリスは慌てて首を振る。


 ──しっかりしないと。せめて、ディーンは罪にならないように誠心誠意お願いしてみよう。


 アイリスは自分を叱咤すると、レオナルドの執務室へと向かった。 


「第五師団のアイリス=コスタです。お呼びになられていたかと思うので参りました」

「入れ」


 低い声が聞こえ、アイリスは緊張の面持ちでドアを開ける。


 中には執務机に向かって座ったままこちらを見つめる皇都騎士団長のレオナルドと、その傍らに佇む副団長のグレイルがいた。正面の執務机の椅子に腰掛けたレオナルドと目が合う。

 レオナルドは手元にある書類を眺めながら、アイリスに問いかける。


「名前を偽って皇都騎士団の団員として勤務していたことに対し、申し開きは?」

「ありません」


 アイリスははっきりとそう告げ、レオナルドを真っ直ぐに見つめた。

 レオナルドが手元の書類に視線を落とす。そして、もう一度視線を上げるとアイリスを見つめた。


「ディーン=コスタを本日をもって、皇都騎士団から除名する」



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