8.事件
皇都騎士団はハイランダ帝国の皇都の治安を守るのが役目であり、犯罪組織の撲滅などもその任務のひとつだ。
この日、皇都騎士団はにわかに緊張感が漂っていた。
ここ最近の懸念事項であった不法薬物の密売組織のアジトと思われる基地を遂に突き止め、本日その突入作戦が行われる予定だからだ。
皇都の治安維持は普段であれば第五師団が中心となるが、今日は人手が必要になるということで他の師団からも助っ人が加わり、その総指揮官には団長であるレオナルド直々に出るほどの大がかりのものだ。
「──各ペア、配置についたら作戦通りに行動するように」
第五師団長が突入前の最終説明と確認を行う。
アイリスもメモを見ながら自身の配置場所を確認した。
作戦では、普段の二人組ペアが突入するアジトの周辺に分かれて待機し、先行突入部隊の合図と共に待機している部隊も一斉突入するというものだった。
あとから突入する役目になっていたアイリスは、カインと共に決められた配置に付く。
じっと息を潜めて待っていると、向こうから騎士団の別のメンバーが走り寄ってくることに気が付いた。
「どうした?」
「師団長から」
「何?」
アイリスとカインは差し出された封筒に視線を落とす。真っ白で、『カイン、ディーン隊』と書かれていた。差出人は書かれていない。
「じゃあ俺、自分の配置に戻るから」
渡しに来た騎士は息を切らせながらそう言い残すと、すぐに走り去ってゆく。アイリスとカインは顔を見合わせてから、その封を切った。
「こんな直前に、作戦変更?」
そこには、作戦を変更してアイリス達は合図を待たずに先行突入するようにと記載されていた。更に、手紙自体を燃やすようにとも。
「確認しに行くにも時間がないな」
手紙を握りしめたカインは騎士団で支給されている懐中時計を懐から出し、確認する。作戦実行時間まであと五分もない。
「仕方がない。やるか」
「そうですね」
持っていたマッチで手紙を指定通り処分し終えたカインが灰を床になじませるようにブーツで踏みつける。アイリスは腰に愛剣がぶら下がっていることを確認し、建物の中に身を投じた。
◇ ◇ ◇
おかしいと気付いたのは、すぐだった。
作戦では先行部隊が四方向から突入することになっていたのに、自分達以外に誰も突入している気配がないのだ。
それでも前へと進んだアイリスは、壁に背を寄せたまま周囲を警戒する。
「どっちだ?」
カインは前方を見つめ、目を眇める。
目の前には長い廊下が伸びていた。
所々に明かりのランタンがぶら下がっているものの、薄暗い廊下の先まではっきりと見通すことはできない。
さらに、建物内は思った以上に入り組んだ構造をしており、長い廊下には枝分かれした通路が伸びていた。ちょうど近くには階段もあり、上階と地下のどちらにも繋がっている。
本来なら四方向から突入して、逃げる密売人を袋小路に追い込むことができるはずだった。しかし、これではどちらに行くべきかがわからない。
「一旦引くか?」
カインが反対側の壁に背を預け、アイリスをちらりと見やる。
「しかし、私達が引けば計画の一部が崩れてしまいます」
アイリスは首を横に振った。
息を潜めて耳を澄ますと、微かに物音が聞こえた。
「下?」
「そのようだな」
アイリスは階下に目を向ける。壁に取り付けられたランプの明かりで、仄暗い階段がぼんやりと浮かび上がっている。暗くて、階段の先は真っ黒な洞窟に繋がっているかのように見えた。
「行くぞ」
「はい」
カインに合図され、アイリスは力強く頷く。そして、二人は一気に階段を駆け下りた。
階段を下りきった先にはドアがあり、勢いよく開けるとそこには三人の男がいた。
鼻につくのは独特の匂い。
ランタンで照らされた地下室内には多数の薬草が置かれているのが見え、ここで違法薬物を作っていることが間違いないだろう。
「動くな! 皇都騎士団だ!」
剣を抜き、声を張り上げる。
驚いた様子の男達が慌てた様子で手を上げたのでホッとしたそのとき、一人が壁際にぶら下がる紐を引いた。




