7.噂(2)
レオナルドは話を切り上げ、グレイルは一礼して部屋を辞す。ドアが閉じられるのを見届けてから、レオナルドはどさりと背もたれに背中を預けた。
「ディーン=コスタが女? ばかばかしい」
もし姉だとすれば、コスタ家は子爵家なので子爵令嬢と言うことになる。
レオナルドはかつての舞踏会で一度だけ会った、破天荒な令嬢の姿を思い浮かべた。
似ている。
確かに、ディーンとあの令嬢は瓜二つと言ってもいいほど似ていた。
だが……。
──あれほどまでに戦える騎士が、女などあり得るはずがない。
そうは思ったものの、レオナルドの中で何かが引っかかった。
そのとき、ノックする音がしてドアが開く。ひょっこりと顔を出したのはカールだった。
「今いいか?」
「ああ」
カールはいつものように応接用の椅子に座り、国内貴族情勢で気になる点を告げていく。
レオナルドはカールの話を聞き入りながらも、先ほど聞いた馬鹿げた話が頭を離れなかった。
見た目が女のようであるだけではない。
ふとしたときに見せる表情、十七歳という成長期にありながら一向に伸びない背、声変わりを迎えない高い声。それらは全て、ディーンが女であったとすれば納得できることだった。
「カール、調べてほしい貴族がいるんだが……」
「誰だ? 怪しい動きの奴がいるのか?」
普段は柔和なカールの表情がサッと引き締まる。
「いや、そう言うわけではないんだが。前に少し話した令嬢のことだ」
「ああ、あれ! 誰かわかったのか?」
カールの表情が、興味津々と言った様子で輝く。
「ああ。コスタ家の令嬢とその家族について調べられるか?」
「コスタ家? 名門騎士家系じゃないか! お前の相手にぴったりだな。よし、俺に任せろ!」
嬉々としたカールは胸に手を当てると、得意げに笑う。
カールを見送った後、レオナルドはソファーにもたれかかった。
そんなことがあり得るはずがない。
そうは思いつつも、心の中に引っかかりを拭うことはできなかった。
◇ ◇ ◇
それは騎士団の休憩時間、詰め所で一息ついていたときのことだ。
「あぁ?」
カインは不機嫌さを露に眉を寄せた。
「んなわけねーだろ。お前、それを本気で信じてるわけ?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
目の前にいる同期の騎士は、カインの怒り具合を見て言葉尻を濁す。
「じゃあ、二度とそのくだらない質問を俺にするな。ディーンに対しては、言わずもがなだ」
「わかったよ、悪かったって」
強い口調で叱責され、同期の騎士は肩を竦めてすごすごと退散する。
その後ろ姿を見送り、カインははあっと息を吐いた。
ここにいると碌なことがない。
場所を変えようと、立ち上がって厩舎へと向かった。
「ディーン」
厩舎の中で、ピシッと黒色の騎士服を着込んで自身の馬の世話をするアイリスの後ろ姿を見つけ、カインは声をかける。
「ああ、カイン」
アイリスは愛馬を手入れするブラシを手に持ったまま、こちらを振り向いて口元に微笑みを浮かべる。
「どうしましたか? 機嫌が悪いですね」
ペアであるカインの変化を敏感に感じ取ったようで、アイリスは小首を傾げる。
「また、同期のやつに聞かれた。ディーン=コスタは女だろうと」
「そう……」
アイリスは表情を曇らせ、俯く。
ここ最近、皇都騎士団の若手を中心に嫌な噂が出回っていた。それは、『本物のディーン=コスタは病に伏しており、騎士団のディーン=コスタは偽物の上に実は女である』というものだ。
皆、アイリスに直接聞くのは憚られるようで、ペアのカインに真相はどうなのかと聞きに来るようだ。
「何も言ってないから安心しろ」
「ええ、助かります」
アイリスは曖昧に微笑んで、礼を言う。
しかし、内心ではかなり焦っていた。
先日はジェフリーに「ここで服を脱いで証明したらどうだ?」と挑発され、怒り心頭に発したカインが殴りかかろうとして同期総出で止めに入るという事件まで発生した。
──なぜ、こんな噂が立ったのかしら?
アイリスが女であると憶測されるだけならまだしも、ディーンが病に伏していることまで噂になっているのは妙だった。
コスタ領と皇都はそれなりに距離があり、馬車で二時間かかる。こんなところにまでディーンの病気のことが伝わるのは考えにくい。
──もしかして、叔父様が?
薬を手配している叔父のシレックは、時折皇都に来ていると聞いたことがある。もしかして、そのときに話したのでは──。
アイリスはそこでまた首を振る。
それにしてもおかしい。
そもそも、騎士団の団員と叔父にコネクションがあるとは思えない。それに、叔父はコスタ家を乗っ取りたがっている。コスタ家にとって不利益な情報は漏らさないはずだ。
──では、どうして?
アイリスはまた考え込む。
どんなに考えても、その原因はわからなかった。
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