6.剣技大会(3)
◇ ◇ ◇
試合終了後、自身の執務室に戻ったレオナルドは改めて今日の剣技大会の結果の記録を見返していた。記録係が一つひとつの試合について、詳細に記録しているのだ。その中で、ディーンの試合記録に目を留める。
「筋力が弱いんだな」
ディーンの負けた記録を見返し、敗因は打撃を受けた際にグリップが緩んで剣を落としたとなっていた。握力がないことが原因だ。
十七歳ともなれば全体的に筋力が増してきてもいい頃なのだが、ディーンは相変わらず細く、華奢だ。筋肉が付きにくい体質なのかもしれない。
そして、第三試合より前の記録も見返す。
第一試合は同期のジェフリーとの試合で、圧していたのは明らかにジェフリーだった。だが、結果的にはディーンが勝った。ジェフリーは勝てると過信して、隙を作ってしまったのだろう。
「あいつは腕は確かなのだがな……」
名門エイル家の三男であるジェフリーは、二人の兄と同じく優れた剣技の持ち主だった。ただ、名門貴族家出身かつ剣も強いことから少々傲慢なところが散見され、同じ第一師団に所属する先輩騎士からもその点を注意していると聞いている。
ただ、第一師団長はエイル家の長男──つまり、ジェフリーの兄だ。周囲の騎士達も、上司の弟をあまり強く叱ることもできないのだろう。
「いっそ、配置を換えるか……?」
そんなことを考えている間に、グレイルが呼びにきた。
「閣下、そろそろ陛下の元に行くお時間です」
「もうそんな時間か? わかった」
皇帝ベルンハルトが特に重用している側近達は、毎日決まった時間にベルンハルトの元へと集まりその日にあったことや共有すべき事項を報告し合う。レオナルドも毎日、その会に参加していた。
「今日の結果を報告しておくか」
レオナルドは今日の剣技大会の結果の記録を持ち、立ち上がる。
そうして歩いている途中、前方から聞き慣れた声がして足を止めた。
(なんだ?)
言い争うような声だ。そっと近づくと、通路でディーンとジェフリーが睨み合っていた。
「はっ! 誰がお前みたいな、女みたいにひょろひょろしてる奴に本気なんか出すか。窃盗犯相手に剣も抜けずにへましたくせに」
その台詞を聞き、すぐに状況を理解した。大方、ジェフリーがディーンに負けたことを受け入れられず、因縁を付けているのだろう。
レオナルドはどうやってこの場を収めるのが最良かと考え、二人に声をかける。
「今たまたま通りかかったところで少し話が聞こえたが、ジェフリーはディーンに手加減をして負けたのか?」
「そうです。本気を出せば、負けるはずがありませんでした」
ジェフリーは勝ち誇ったように答える。
ディーンとジェフリーの試合はレオナルドも見ていた。
確かに、気を抜かなければジェフリーが勝っていただろう。だが、ジェフリーは油断して負けた。それも含めて、勝負なのだ。
それなのに、自分を棚に上げてこうすることでしかそのちっぽけな矜持を守ることができなかったのかと思うと、逆に哀れに思えた。一通りの話を聞いてから、レオナルドはジェフリーを諭す。
「真面目にやらない奴は、皇都騎士団には不要だ。以後、肝に銘じておけ。それと、ディーンが任務中に剣を抜かなかったのは、そこで剣で応戦すればすぐ近くにいた市民を傷つける可能性があったからだ」
ジェフリーが顔を歪め、一礼するとその場を立ち去る。
結果的にジェフリーのプライドを傷つけることになってしまったかもしれないが、これを機に気持ちを入れ替えてくれることを祈るしかない。一方のディーンは悔しそうに俯いたまま黙っていた。
「気にするな。改善すべき点は多いが、なかなかよい試合だった」
ディーンは日々、確実に腕が上がっている。元々の体格が周囲に劣るせいで目を見張るような成果は出していないが、騎士としては成長していた。皇都騎士団の中でも平均より上だろう。
毎朝早朝にやってきては、明らかな実力差で負けても必死にレオナルドに食らい付いてくる。
そんなディーンを指導するのは、レオナルドにとって密かな楽しみになりつつあった。
その後、レオナルドはベルンハルトの私室へと向かう。そこには既に他の側近達が集まっていた。
順番にそれぞれの報告事項を伝え、最後がレオナルドだ。
「確か今日は剣技大会だったな? 結果は?」
ベルンハルトがレオナルドに問う。
「優勝は第一師団のトリノ=レイリックです」
「そうか。その者が次期の近衛騎士の候補か?」
「はい。トリノを含め、腕のよい者を、近日中に数人ピックアップします」
「頼む。ワイバーンとの適性も見てくれ」
皇帝のベルンハルトと皇后のリリアナ妃は時折ワイバーンに乗って出かける。
そのため、近衛騎士になる者はワイバーンを乗りこなせる必要がある。
しかし、実はこれが難題だった。
魔法の国の乗り物であるワイバーンは小型のドラゴンだ。非常に頭がよく、気に入った相手でなければ懐かない。さらに、ワイバーンに乗るためには使い魔の契約を結ばなければならない。
そのため、剣の腕を認められ近衛騎士団に配属されたものの、ワイバーンに乗れずに皇都騎士団に戻ってくる者も少なくなかった。
「かしこまりました」
レオナルドは頷く。一方のベルンハルトは、ふと顎に手を当てた。
「レオナルド。騎士というのは、女はいないのか?」
「女……、ですか?」
思ってもいなかった問いだ。
「常に身の回りを守ることを考えると、リリアナの護衛に女騎士がいたらいいと思ったのだ。諸外国では女の近衛騎士も多いと聞く」
そうなのだろう? とベルンハルトが隣にいた柔らかな物腰の男へと声をかける。ベルンハルトの特に重用する側近の一人、外務長官をしているフリージだ。
「そうですね。国によって人数規模は違いますが、どの国にも何人かはいるようです。後宮を守るのはほぼ女騎士という国もあります」
フリージはベルンハルトの質問にすらすらと答える。
レオナルドは眉根を寄せる。
ハイランダ帝国の騎士に男女の規定はないが、現在までに女騎士の存在は聞いたことがない。誰しもが当然男がなるものだと思い込んでおり、入団試験を受けに来る者すらいない。
「申し訳ありませんが、現時点では思い当たる者がおりません。誰かいたらご報告します」
「そうか」
ベルンハルトは少しがっかりしたような表情を浮かべる。
(女騎士か……)
執務室に戻り際、レオナルドは考える。
ふと、舞踏会の会場で出会ったディーンにそっくりなあの破天荒な令嬢の姿が脳裏に浮かんだ。




