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【書籍化】堅物閣下はわけあり男装令嬢を逃がさない!  作者: 三沢ケイ


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4.騎士団での生活

 騎士団の朝会は毎朝八時から始まる。そして、その前の時間も自主的に訓練する団員のために訓練場が解放されていた。


「よし、始めようかな」


 朝日が真横から差し込み長い影を作る頃、アイリスは一人訓練場で剣を握る。


 アイリスは女なので、どうしても体力、腕力で他の団員に劣っていた。だから、毎朝一番乗りでこうやって訓練場を訪れては、一人で訓練に励んでいたのだ。


 目の前に仮想の相手を思い浮かべ、剣を振るう。

 それは大抵、いつも剣の相手をしてくれていた弟のディーンだった。


 ヒュン、ヒュンと辺りに空気を斬る小気味いい音が響く。その後は宮殿内を走って体力作りをして、合計二時間ほど自主訓練をしてから朝会に出るのがアイリスの日課だった。


 その日、夜明け前に目が覚めてしまったアイリスがいつもよりも早目に訓練場に行くと、そこには先客がいた。


「こんな時間に誰かしら?」


 アイリスはまだ薄暗い訓練場の中央へと目を凝らす。

 暗いのではっきりとは見えないが、とても体格のよい騎士のようだ。いつもアイリスがするのと同じように仮想の敵を相手にしているようで、一人で剣を振るっていた。


 ──凄いわ、綺麗……。


 なんて美しい剣捌きなのだろう。アイリスは暫し、その姿に見惚れた。

 これまでの人生で見た中で、最も美しい剣技だと思った。


「誰だ?」


 アイリスの気配に気付いた男が動きを止め、こちらを見つめる。どこかで聞いたことがある声だった。低く落ち着いているのに、他を圧倒するような威圧感がある。


 アイリスは他の師団の先輩騎士だろうと思い、少し緊張の面持ちでピシッと姿勢を正す。


「第五師団所属のディーンです」

「第五師団のディーン?」


 男がゆっくりとこちらに近付いてくる。薄暗い中、アイリスはその姿を見上げた。

 騎士団は背の高い男が多いが、アイリスよりも頭ひとつ分背が高いこの人はそんな中でも長身に当たるだろう。

 近付いてきたその人の顔をはっきりと認識したとき、アイリスは息を呑んだ。


「レオナルド閣下!」


 軍服の下に着る白いシャツと黒ズボンという楽な姿で剣を振るっていたのはこの国の副将軍であり、皇都騎士団の団長であるレオナルドだった。


 アイリスを始めとする全ての皇都騎士団員にとって、レオナルドは憧れの存在だ。

 まだ二十代半ばという若さでありながらハイランダ帝国の重要な地位に就き、圧倒的に強く、皇帝からの信頼も厚い。


 そんなレオナルドが夜も明けぬ早朝から自主練習しているとは思いもよらず、アイリスは慌てて頭を下げた。


「何をしている。お前も訓練に来たのではないのか?」

「はい。ですが、閣下のお邪魔でしょうから──」

「邪魔ではない。ちょうどいい、相手しろ」

「え?」


 見上げると、レオナルドは差し出した指先を手前に動かし、訓練場の中央へ入れと指し示した。


「私がですか?」

「お前以外に誰がいる?」


 逆に聞き返され、アイリスは戸惑った。

 相手は皇都騎士団のトップで、団員でもそうそう近付くことはできない人だ。自分などが手合わせさせてもらっていいのだろうか。


「早くしろ。時間がない」

「はい、すみません」


 アイリスはぺこりと頭を下げると、慌てて訓練場の中央に向かった。

 剣を握って構えると、掛かってこいとレオナルドが顎をしゃくる。


 それを合図に、アイリスはレオナルドに飛びかかった。カキーンと刃先を潰した模擬剣がぶつかり合う音が周囲に響く。

 一太刀交えただけで、新鮮な驚きを感じた。


 ──凄い。全然実力が違うわ。


 アイリスは新人騎士の中で平均的な実力だ。そのアイリスが全力で攻撃を仕掛けているのに、全てを難なく受け止めるレオナルドは顔色ひとつ変わらない。

 それに、よく見ると足も動いていないし、片手しか使っていない。


「軽いし、遅い」


 一言そう言われたと思ったら、腹部に衝撃を受けてアイリスは地面に叩きつけられた。


「ぐっ」


 思わず低い呻き声が漏れる。


 ざざっと背中が地面を擦り、視界に明らみはじめた空が見えた。打たれた腹と打ち付けた背中がズキリと痛んだが、すぐに歯を食いしばってよろよろと立ち上がる。

 そして、レオナルドに向かってもう一度剣を構えた。


 レオナルドはそんなアイリスの姿を見て、愉快げに口の端を上げた。

 そして、構えていた剣を下ろす。


「お前、剣を振るうときに一瞬だけ太刀筋の向かう方向に視線が向いているのに気付いているか?」

「え?」

「このままだと、一生掛かっても俺には当てられないぞ。なにせ、お前は自分でどちらから攻撃するか目で示しているからな」


 視線が向く?

 そんなことは一緒に訓練している騎士からも、弟のディーンからも一度も指摘されたことがなかった。


「直すべき部分は多いが、まずはそれの修正からだな。もう一度そこを意識して掛かってこい」


 そこでようやくアイリスは気付いた。

 レオナルドはちょうどいいから相手をしろと言いながら、実際はアイリスに稽古を付けてくれているのだ。


 そもそも、アイリスの実力ではレオナルドの剣の相手として完全に力不足なのだから相手など務まるはずもない。




 一時間ほど打ち合いをして完全に空が明るくなり始めた頃、レオナルドはだいぶ時間を過ぎてしまったから戻ると言った。


「閣下、ありがとうございました」


 アイリスはレオナルドに向かって頭を下げる。


 そのとき、上空でバサリと羽ばたくような音がした。見上げると、トカゲにコウモリの羽が生えたような生き物が飛んでいた。大きさは二、三メートルはありそうに見える。


「あれ……」


 あれは確か、入団式の日にも飛んでいるのを見かけた、不思議な生き物だ。故郷のコスタ領では一度も見かけたことがなかったが、皇都に来てからは時折飛んでいるのを見かける。

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