3.皇都騎士団長レオナルド(3)
「閣下。そろそろお時間ですのでお願いします」
「ああ、わかった」
そうこうするうちにグレイルが呼びにきたので、レオナルドは立ち上がる。今日は年に一回の皇都騎士隊の新入団員を迎え入れる日だ。
皇都騎士団は騎士団の中でも別格のエリート集団だ。
各地で行われる騎士隊の試験で優秀な成績を収めた者、もしくは由緒正しい騎士家系の者だけが入団できる。
「今年はどんな感じだ?」
「まあ。例年と同じですね。ただ、一人だけちょっと心配な奴がいますね。体が小さいし、細い。女みたいな見た目ですよ」
「よく入団できたな?」
「コスタ家の者のようです」
「コスタ家? なるほどな」
コスタ家はハイランダ帝国では有名な騎士家系であり、代々騎士家系であれば皇都騎士団にも簡単に入団が可能だ。先代のコスタ子爵は近衛騎士隊の隊長を務めたほどの男で、レオナルドも幼いころに指南を仰いだ記憶がある。
──コスタ家か……。
長身で引き締まった体躯の男が脳裏に浮かぶ。レオナルドの知るコスタ子爵はいかにも軍人といった風情の豪傑だった。
その息子が小さく細いとは意外だ。残念ながら、体格は母親に似たのかもしれない。
目的の場所である騎士隊の訓練場に行くと、初々しい面々が真新しい黒色の制服に身を包んで集合していた。
前後左右等間隔に並び、一糸の乱れもなく整列している。全員が今訓示を行っている師団長に注目していた。
訓練場の片隅に立ちその面々にざっと視線を走らせていたレオナルドは、ふと一人の団員に目を留めた。いるはずのない人物を見つけたのだ。
「あいつ……」
「え。どいつですか?」
「前から四列目の一番端。あれは誰だ」
「あー、やっぱり目立ちますよね。あれがコスタ家のやつですよ。名前はなんだったかな。えーっと、ディーン=コスタだ」
グレイルが新入隊員名簿を捲りながら答える。
レオナルドは信じられない思いでその隊員──ディーンに目を向けた。そこには、髪の毛を後ろでひとつにまとめた、さきほど町で出会った少女がいたのだ。
──あいつ、男だったのか!?
なんという衝撃。
舞踏会会場の令嬢と先ほどの少女は別人で、しかも女ではなく男だったとは!
こうして堅物軍人──レオナルドの初めての色恋沙汰とも言えぬ異性への興味は、ものの数時間で幕を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇
新たに皇都騎士団に配属された新人騎士のお披露目試合を視察したレオナルドは、執務室に戻ると各師団長達が仮決めしたという配属先の載った新人名簿に目を通した。
「さきほど見た、線の細い奴がいるだろう?」
「線が細いというと、ディーンですか? コスタ家の嫡男なので期待していたのですが、外れでしたね」
グレイルは両手を上に向けて肩を竦める。
ハイランダ帝国のコスタ家といえば、代々皇帝を守り続けてきた名門騎士家系だ。先代の当主は近衛騎士団長を務めていただけに、期待は大きかった。
けれど、現れたのは女のように線の細い男で、先ほどの試合も一方的に押されていた。
「彼は当たり障りのない第二師団にしようかと──」
グレイルが配置予定を説明する。第二師団は宮殿の内壁を守る隊だ。宮殿には二つの壁──内壁と外壁がある。第二師団は皇帝が生活する内城へ不審者が侵入しないように目を光らせる役目を負っている。
「いや、あれは第五師団だ」
「第五師団?」
グレイルは訝しげに眉を寄せた。
第五師団は町の警備をする隊でならず者を相手にすることが多く、華がないので新人騎士には不人気だ。しかし、実際は最も実戦が多く、剣の技術が確かな者達のみが配属される。
「大丈夫でしょうか?」
「あいつ、何も考えずに押されて下がっているように見えて、ずっと隙を狙っていた。自分に力がないことをわかっているからこその行動だ。己を過信する愚か者よりずっといい。それに、体が小さいから小回りがきくだろう」
そこでレオナルドは言葉を止め、グレイルを見る。
「それに、あれはなかなか肝が据わっている」
「そうでしょうか? 閣下がそう言うのであれば、そのように変更させますが」
グレイルはやや納得いかない様子だったが、特に反対もしなかった。レオナルドの部下を見る目を信用しているのだ。
既に決まっていた配属先の変更を申し伝えるために、各師団長達の控え室に向かう。その後ろ姿を見送ると、レオナルドはもう一度今年の新人名簿に目を通した。
「あいつはコスタ家の息子か……」
六年ほど前にあったクーデター未遂事件で命を落とした先代のコスタ家当主、つまりディーンの父親はとても優秀な騎士だった。少年時代は時々稽古を付けてもらったことを、昨日のように思い出す。
ディーンは、確かにグレイルが言うとおり、線の細い男だ。十七歳という年齢にしては随分と華奢で、背も小さく、顔も人形のようだ。
それこそ、レオナルドが女だと見間違えるほどに。
しかし、太刀筋を見極めようとする目付きは鋭く、身のこなしは軽かった。それに、すぐに追い剥ぎを追いかけてゆく機敏さと、分が悪くても怯まない肝の据わり方はなかなかのものだ。
つまり、騎士としてよい素質を持っているとレオナルドは判断した。
「将来が楽しみな奴がきたな……」
レオナルドは名簿を見つめ、一人口の端を上げた。




