04
赤羽の大胆な発言を聞いてから数日経ったが、なぜか三鈴がよく来るようになった。
まあこの教室には相良もいるわけだから俺に会いに来ているという可能性は低い……ようなそうではないような……とにかくあんなことを言った手前、申し訳無さがこみ上げてくるのが現状だ。
「あっくん聞いてるの!?」
「えっと、ジンジャーエール飲みたいって話だろ、行くか」
「うん、行こ!」
健気なやつだなこいつも、赤羽が好きだから自分も好きになりたいってことなんだろう。
「ごくり……ほ、ほんとに大丈夫?」
「ああ、心配しなくても問題ない。いいから飲め」
「か、乾杯っ、いざっ! ごくごくごく……っぷはぁ、あ、普通に美味しい」
「だろ? 飲まないと損だぞこれは」
程良い辛さが俺を落ち着かせる。
おまけに三鈴の笑顔が見られて最高の時間だった。
でもまあ、そろそろ捨てなければいけない。
もうこいつは昔みたいな三鈴ではないんだから。
「これで赤羽と楽しめるな」
「別にそういうつもりじゃないよ? 昔からあっくんがこれを好きだって分かっていたから、ちょっと気になっていたんだ。それに幼馴染だし、好きな物も共有? みたいなのしたいかなって」
「そういうのはいいんだよ。赤羽としておけ」
そんな肩書き、まるで役に立たない。
幼馴染だからってずっと側にいられるなんて保証はないのだから。
「あのさ、なんでまだ来るんだ?」
「なんでって……だから私は普通にあっくんとも仲良くしたいし……」
「その気持ちはありがたいんだが、いま優先するべきなのは赤羽といることだろ? なのにこうやって俺と出かけてるなんておかしいだろ」
「別にあっくんといるのはそういうのじゃないよ。あくまで幼馴染として、お友達としていたいだけ」
そんなの知ってるわ、どうやって勘違いしろって言うんだよ。
ここで怒鳴って傷つけるのは簡単だ。
それで後は赤羽に任せる、そうすれば支えられた三鈴がより好きになるという流れにはできる。
だが、進んで嫌われたいわけではない、いてくれるのなら喜んで一緒にいるべきだろう。
要はつまり俺が大人になればいいだけだ、余計なものを捨てて友達として一緒にいればいい。
「はは、ならピーマンも食べないとな?」
「え゛っ、ピーマンは無理です……」
「えぇ、あれめっちゃ美味いぞ? なんなら生で食えるぞ」
「ひぃっ、それはあっくんがおかしいよ!」
この他にもキュウリとか嫌いだからな三鈴は。
赤羽が「食べましょう」とかって迫れば克服できる可能性がある。
まああいつが迫ったら克服ではなく勢い余って告白してしまいそうだが。
「あれ、奇遇ですね」
「おう、三鈴が『赤羽くんが好きだからジンジャーエール飲めるようになりたい!』ってしつこくてな」
こいつはあれだな、ジンジャーエール中毒といったところか。
俺も小遣いが許す限りは行きたくなる、店の雰囲気も意外と気に入っているから。
「そうですかっ。でも、無理はしないでくださいね?」
「うん。あ、凄く美味しかったよっ、結構安いし毎日飲みたいくらい!」
「……それなら毎日行きませんか?」
まあ初めてっぽくないけど、初めてだからこそ時には勢いが必要なんだと考えているのか。
「ええっ!? あ、だけど今月のお小遣いもうなくて……」
「安心してください、いくらでも出しますよ!」
「そういうわけには……ごめんね、ちょっと大袈裟に言っちゃって。でも美味しいのは本当だよ、だからたまになら……よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
さて、俺はそろそろ帰るか。
なんか甘すぎて帰ってコーヒーが飲みたい。
見ているだけで砂糖吐きそうって、実際になるんだなと。
「じゃあな」
「え、なんで? まだいてよ」
「あのなあ……だって赤羽も嫌だろ? 俺がいたら」
「いえ、そんなことないですよ? それにおふたりがそもそも約束していたんですからね」
トレーを置いてすとんと座る。
ここであからさまに帰ったりしたら逆に絡まれるからだ。
「いいですね、幼馴染って」
「そうかな?」
「はい、ずっと仲良くいられるなんて羨ましいですよ。僕は昔からひとりでいましたから」
「え、またまたー教室でも他の子に囲まれてるじゃん」
「あれは違いますよ、みなさんが優しいから近づいて来てくれているんだと思います」
あーやだやだ、ナチュラルにそう考えて口にしていそうで。
で、余計に赤羽の評価が上がると、それを俺は見せつけられていると。
もういっそのこと三鈴に気に入られたいからということにしてくれれば気が楽なんだが……。
「……赤羽くんは謙虚なんだね」
「違いますよ。でも……あなたにだけはそれだけであってほしくないです」
「えっ、そ、それって……」
「はい、僕は三鈴さんのことが好きですから」
凄えな、もう俺がいることなんて忘れてるんだろうな。
それともあれか? 三鈴が俺のところに行くからここで決めておきたいということか?
まあ好きな女子が他の男子と全然気にせず仲良くしていたら気になるよな。
「ふっ、やるな赤羽」
「あ……す、すみませんっ! ……でも、言っておきたくて」
「気にすんなよ。買い物に行かなければならないことに気づいたから帰るわ、それじゃあな」
「……すみませんでした。はい、それではまた――」
「待ってっ」
台無しだっ、なんなんだ三鈴のやつ。
告白された後にふたりきりは緊張するかもしれないが、他人を頼っていたら前に進めない。
こればかりは自分達だけで頑張ってもらわなければならないのだ。
「今日はあっくんと約束していたんだから、最後までいてくれないと困るよ。そういうのいいから、空気とか読む必要ないし……」
「いやマジで醤油がないから買い物に行かなければならないんだよ、なんならいまここで母さんに聞いてもいいぞ?」
マジで嘘じゃない、頼まれていたことを思い出した。
もし忘れて帰ったら? その時は俺の頭上に雷がって展開に本気でなる。
「いいからいてよっ、帰りに付き合ってあげるから」
「あー……はいはい、分かったよ。でもよ、もう終わったんだし居座ったら迷惑だろ?」
「奢ってあげるからもう一杯飲も」
「奢らなくていい。悪いな赤羽、そういうことだから」
「大丈夫ですよ、三鈴さんの言う通りですから」
質悪いこいつぅ……赤羽がこちらを敵対していないことだけが救いか。
また注文して持ってきたジンジャーエールで流していく。
「美味しいですね」
「ああ、中毒になるくらいにはな」
「これ、持って帰りたいくらい」
「気に入ってんなあ」
執拗に俺を残した理由はなんだ?
こういう時にこそ相良がいてくれればいいんだが、今日は放課後になった瞬間に教室を飛び出していたし期待するべきではないんだろう。
というか赤羽だってどんな偶然だよって言いたいくらいなのに……。
「赤羽くん、さっきのありがとね、嬉しかった」
「はい」
「でも、返事はちょっと時間かかるけどいいかな?」
「大丈夫ですよ。でも、高校卒業までにはよろしくお願いします」
「うん、それは大丈夫」
なんでだよ、好きだって言ったじゃねえか。
どうすればいいかなとすら聞いてきた、だから有りのままで接しろって言った。
なのに告白されたらちょっと待ってくれって、どういうことだよ。
「いつ答えるのかね」
「今年中には必ず答えるよ。だからとりあえずいまはやめて」
「……分かった」
よく分からない奴の側にはよく分からない人間が集まるんだな。
本当に赤羽ができた人間で良かった、これで俺のせいとかにされたらたまったもんじゃないからな。
「邪魔してすみませんでした、僕はこれで帰りますね」
「は? なんでだよ、余計なことすんな」
「いえ、そろそろ帰らないと怒られてしまうので」
「そうかい。気を付けて帰れよ?」
「はい。それではまた」
「ばいばい」
とはいえ、俺だってもう終わりのようなもの、後は帰るだけでしかない。
「三鈴、なんで好きだって言ってたのに受け入れなかったんだよ」
「やめてって言ったよね?」
「しかも赤羽だけ止めなかったら良くない印象を――」
「やめてっ、今日は篤希くんが優先なのっ」
「し、静かにしろ……」
反省するどころか「篤希くんのせいでしょっ」なんて言ってくれる。
確かにそうだ、俺がここにいなければ普通に受け入れていたかもしれない。
なんかあったんだろう、俺の前では言いづらい理由とかそんなのが。
誰だって他の人がいる前で自分も好きだなんてあんまり言いたくないはずだ。
「俺はお前が来てくれるだけで嬉しいよ。でもな、あいつのことを考えてやれ」
「嬉しいならいいでしょっ、私だって篤希くんといたいと思っているんだからっ」
駄目か、これ以上ここでやると迷惑をかけるから流石にやめる。
買い物に行かなければならないのも本当だから会計を済まして外に出た。
「醤油買ってくる」
「私も行くっ」
「はいはい、好きにしろ」
スーパーは近いからさっさと移動して醤油だけの簡単な買い物を済ませた。
「篤希くん……」
「なんだよ?」
「……私は普通に一緒にいたいっ」
「ま……赤羽がいない時だったらいくらでも来い。でも赤羽がいる時とか誘われたらそっちを優先しろ、いいな?」
俺も甘え、なんだかんだ来てくれることに喜びを覚えている。
だけど駄目なんだ、捨てなければならない感情をいつまでも片付けられなくなってしまう。
利用されるだけなんてごめんだ、結局赤羽が一番なのに来られるのは……嫌だ。
普通の友達としていられない、そこまで強くない。
「赤羽くんのことはどうでもいいよっ」
「良くないだろ!」
「っ!? ……ど、怒鳴らなくても……」
「……なにがしたいんだよお前は、だったら赤羽が好きとか言うなよ!」
三鈴が赤羽のことを好きだと知らなければこれまでと同様普通に対応した。
けれど違うんだ、俺の目の前で、俺に直接言ってくれただろうが。
こいつはいいよな、そっちもこっちも獲得しようとできるんだから。
「……ごめんなさい」
「あ……いや、悪い……大声を出す必要はなかった」
……ずりぃ、涙を流してちょっと顔でもうつむかせれば途端に相手の勢いさえ止める。
「……とにかく、どうでもいいなんて言ってやるな。俺がそんなこと言われたら悲しいっつうか、誰だってどうでもいいなんて言われたくないだろ? 不安にならなくたってお前らは上手くいってるよ、良かったじゃねえか告白してくれたんだから」
「……私が篤希くんのところに来た時は他のことなんてどうでもいいよ、私だけを見てよ……」
「だからそれをよ、赤羽に――」
「なんで分かってくれないの! 私は私の意思で篤希くんといるし、いたいんだよ!」
俺、なにか間違っていること言っているか?
怒るということは三鈴にとっては全部不正解だということなんだよな。
でも、だからって曲げるつもりはない。
「もう昔とは違うんだよ、お前は赤羽が好きだって言った、だったらそっちに集中するべきだ」
「……珠奈ちゃんが良くなったの?」
「は? なんで急に相良の名前が出てくるんだよ」
「最近よく一緒にいるよね、雑貨屋さんだってさっきのお店にだってふたりきりで行ったんでしょ! それに私の時は断ったくせにプリクラだって……珠奈ちゃんとはふたりきでやったくせに!」
まさかそれを引っ張ってくるとは思わなかった。
あと相良よ、お前どれだけペラペラ喋ってるんだ。
傍から見ている分にはふたりは仲良さそうなのに違うのか?
「あれは――」
「三鈴ちゃん、声大きすぎ。あっちの方まで聞こえてたよ?」
「み、珠奈ちゃん……」
あれ、こいつこっちの方に用があったのか?
それに俺が似合ってると言ったシンプルなシュシュをつけてる。
学校ではしていなかったから、なんか恥ずかしいのかもしれない。
「篤希、怒鳴るのは駄目」
「ああ……お前の言う通りだ」
落ち着いて接していれば説得できる機会なんていくらでもあった。
だがああしてカッとなってしまったら、向こうも余計にそうなってその機会をなくす。
「三鈴ちゃんは大きな声出しすぎ」
「ご、ごめん……いやそうじゃなくてっ、なんでここにいるの!」
「いたら駄目なの? 話しかけちゃ駄目なの?」
「そうじゃないけど……」
「それってさ、篤希を独占できなくなるからでしょ? でもさ、どうして翼君が好きだと言ったのに篤希にこだわっているわけ? それもこれもってワガママすぎない? そりゃ苦しいよ、怒りたくなるよ」
やべえ、今日のこいつは凄い格好良く見える。
正しいことを言っている、普段俺を振り回してくれるこいつが。
「別に私はそういうつもりで篤希といるわけじゃないよ。だけどさあ、いまの三鈴ちゃんはワガママすぎ! 篤希を困らせないであげてよ……見ているだけで苦しいよ……」
「ごめん……なさい。もう帰る」
「送ってくぞ?」
「ううん、いいよ、本当にごめん!」
……悪いのは俺なんだよ。
俺が中途半端なものを捨てられたら、それこそいくらでも友達としていてやれるのに。
「……ごめん、出しゃばって」
「そんな顔するなよ、格好良かったぜ」
どうしても置きやすいところにあるから置きたくなる。
こいつの髪はサラサラしててもっと触れたくなる魅力があった。
「あ……あのね、本当に褒められるようなことはできてないの。だって今日、ずっとふたりを見てた」
「まじかよ、だったら話しかけてくれば良かったのに」
「……三鈴ちゃんがいたから、邪魔したくなかった」
「余計な気遣いするな、いつものお前らしくねえぞ――っと、そろそろまじで帰らないと」
「後で連絡するっ、だから反応して」
「了解っ、今日はありがとな!」
俺の言いたいことを冷静に言ってくれた。
だからもっと自信満々でいればいいんだ。
いつもみたいなテンションで「お礼は○○でいいにゃー」とか言っておけばいいのに。
「あんな顔しやがって」
なんで泣きそうな顔をするんだよ。
あんな際どい自撮り写真なんかよりよっぽど印象に残るじゃねえかよ。




