01
「あっくん……私、好きなの」
顔はとろんと蕩けており、恐らく誰が見ても大事な瞬間だということは分かるだろう。
だがまあそれが自分に向けて、であったとしたらだ。
「おう、知ってるよ」
「うん……それで、どうしたらいいかな?」
どうしたらいいかなんて好きなら頑張って近づくしかないだろうに。
別に喧嘩したわけでもない、彼女の性格が悪いわけでもない。
俺らは昔からずっといるから、ただ相談相手として利用されているだけ。
「変に頑張らずお前らしくいけよ、そうすれば振り向いてくれる……かもしれないからな」
「そうだよね……結局そこだよね。自分を偽ったら違うもんね、好きになってほしいのは自分なんだから」
本当は分かっているんだ、けれど背中を押してほしいということなんだろう。
聞いてくれるということは一応のところは信用してくれているということ、ま、これくらいしか言えないからあまり意味はないかもしれないが。
「頑張らなくてもいいから、そのままぶつかっていけ」
「うん! ありがとっ、あっくん!」
ありがとうねえ……それならできればそんな相談、受けたくなかった。
だってなんか寂しいじゃねえか、高校一年生までは普通にふたりでいるのが当たり前だったのに。
「やれやれ、世話が焼ける」
「でもさ、律儀に相談に乗ってあげるあたり、お人好しだよね」
「余計なお世話だ。というかまだ残っていたのかよ?」
「係のお仕事でね。うにゃー篤希は馬鹿だなー」
「あの、もうちょい優しくしてくれよ」
しょうがねえだろ、相談されてしまったんだから。
あそこで無理だなんて言えるわけがない。
まあ実際は可能性は限りなく低いと言えてしまうのが難しいところだが。
「そんなに幼馴染に振られてほしかったのかい?」
「なわけないだろ、なんとかしちまうんじゃねえか?」
意外と運の強いやつでもあるからちょっと期待してはいる。
あいつは楽しそうにしている時が一番素晴らしい、で、好きな人間といられればそれを傍からであったとしても見られるわけで。
「ま、仕事が終わったのなら帰ろうぜ相良」
「やだなー珠奈って呼んでよー」
「別にいいだろ。行こうぜ」
あとはあいつ――三鈴とその相手次第という話でしかない。
結局俺らには俺らの生活を送るしかないんだということを、今回の件で嫌というほど教えられていた。
「あぁ……もう七時か」
朝からのんびりスマホをいじっていたらもうこんな時間だ。
もう少しくらい早く起きていれば余裕はあるものの、もっと寝ていたいという欲からどうしても六時半くらいまで寝てしまう毎日を送っている。
「あっくんおはよ」
「おはよ……ふぁ……三鈴、ちゃんと睡眠はとれよ?」
「あくびをかいてるあっくんに言われたくないよ……夜ふかししちゃったの?」
「いや、基本的に朝が嫌なだけだ」
好きな人間ができても普通に話しかけてくる三鈴と強制的にエンカウントするから。
どういう心理状態なんだろうな、それとこれとは話が別だと言いたいのだろうか。
「そういえば珠奈ちゃんがあっくんに意地悪されたってメッセージ送ってきたよ、めっ!」
「おいおい三鈴、あいつのことを全部信じない方がいいぞ」
どうせ教室に行ったらニヤニヤ顔のあいつが待っているんだろうよ。
で、実際に俺の席に座っていやらしい笑みを浮かべた女が待っていた。
「助けて三鈴ー篤希がいじめるんだよー」
なんて芝居めいたものも披露してくれた。
それに巻き込まれるこちらは残念ながら疲労、だけどな。
「って、三鈴は別のクラスだろ、なに付いてきてるんだよ」
「だって珠奈ちゃんに意地悪するかなって」
「しねえよ、どんだけ信用がないんだよ……」
彼女は「冗談だよっ」と残して教室から出ていった。
ちなみに三鈴の好きな人間はそのクラスにいる。
なんでも体育で怪我した際に保健室まで連れて行ってくれたから好きになったとか。
「なあ、仮に俺が相良を保健室に連れて行ったら惚れるか?」
「うんにゃ? 惚れにゃいにゃー」
「だろうな、聞いた俺が馬鹿だった」
やはり重要なのは顔なのか。
一度気になって見に行ったことがあるが、端正整っていて女子に囲まれている奴だった。
別にそこに文句をつけるつもりない、が、どうせならちゃんと見てやってほしいとも思う。
「はぁ、まだ三鈴たんのこと諦めきれないの?」
「そういうのじゃねえよ、俺はただあいつの好意に気づいてやってほしいと思っているだけで……」
そんな感情はどこにもねえよ。
第一にあったとしてもあいつを超えて自分が好かれるなんて不可能だ。
負けると分かっていることに敢えて挑戦するほど、もの好きでもない。
「どうだかにゃー」
「それやめろ、痛いぞ相良」
「余計なお世話だい、ま、席に戻るよ」
くそ、余計なことを言うのはやめてほしいぜ。
そんなこと言われたせいで気になって今日は全然集中できなかった。
昼休みもいつどうやって飯を食ったのかすら分かっていない。
途中で誰かが話しかけてきたするが、それも誰が話しかけてきたのかちんぷんかんぷん。
「篤希、帰りにぱーっと飲んでいかないかい?」
「別にいいぞ」
彼女はなにがそんなに楽しいのか「よっしゃ!」なんて喜んでいた。
そういえば相良はどうして毎回毎回俺のところに来るのだろうか。
三鈴と違って仲がいいというわけでもない、ただ三鈴の友達だったというだけなのに。
「乾杯!」
「おう」
頼んだのはジンジャーエール。
少しだけ本格的な辛さがちょうどいいもので、ここに来れば大体これを注文するくらいには気に入っていた。
「今日の篤希は絶対に三鈴たんのこと考えていたね」
「お前が余計なこと言ってくれたせいでな」
そういう意味でもこの辛さはいい。
苦味でもなんでもいいが、とにかく中途半端な気持ちを吹き飛ばしてくれる。
「そだそだ、今度翼君が篤希と会いたいってさ」
「つばさ……ってあの?」
「そ、正解」
三鈴が好きになった相手、赤羽翼。
別に整っている見た目だからって派手な奴というわけではない。
それどころか恐らく同性にだって丁寧な対応をする奴だ。
しかし、なんで俺なんかと……。
「つか相良、お前は赤羽と関係があるのか?」
「うん、三鈴たんも含めて友達だから」
ほう、じゃあ俺にではなく相良に相談すれば良かったのにな。
「篤希、それちょっとちょうだい」
「あ、おい! ……せめてストローじゃなくてコップに口つけて飲めよ」
「あれれ? もしかして間接キス、とか思っちゃっていますかー?」
「嫌なんだよそういうの、別に潔癖症ってわけじゃないけどな」
こういうことを気軽にしてこないから異性として見ることをせずに済んでいるところもあるが。
「ほら、飲んだのなら帰るぞ」
「あーい」
まとめて会計を済ませて後から回収。
彼女の家は店から近いが俺の家は少し距離があるため別れてひとりで帰路に就く。
「あっくんっ」
「あれ、どうしたんだよ今日は」
「赤羽くんと約束していたんだけど、今日は無理になったから帰ってきてたの」
「そうか。なら帰ろうぜ」
「うん!」
少し前までならこれが当たり前だった。
居残りで仕事がある日はわざわざ校門で待っていてくれたりもした。
けれどもう違う、こういう偶然ではないと帰られない。
「赤羽とはどうだ?」
「うん、ちょっと緊張するけど赤羽くんが優しいからなんとかなっている、かな」
「良かったな、優しいイケメンとかずりいけど」
「あっくんだって優しいよ」
「よせよせ、なにも出ねえよ」
お世辞を言われることほど虚しいことはないだろうに。
三鈴だって「胸ないけど可愛いな」なんて言われたら素直に喜べないだろう。
にしても……やはり彼女にとっては別物扱いのようだ。
そちらを求めつつこちらとの関係も守ろうとしている……まあそれでも拒んだりはしないが。
だってそれをしたらマジで最低な人間に成り下がるから。
「あっくんはどう? 珠奈ちゃんと仲良くしてる?」
「相良とか? さっきあの店に行ってきたぞ」
「いいなっ、今度私も行っていい!?」
「行くなら赤羽と行けよ。デートしてこい三鈴」
そういえば今度俺と会いたいらしいしその時三鈴も連れて行ってやろう。
そうすれば間違いなく三鈴にとっていいことに繋がる、俺だって慣れない奴とふたりきりは気まずいし彼女の存在がありがたくなるはずだった。
「ねえ」
「ん?」
「珠奈ちゃんから聞いたんだけど、篤希くんが私のことを好きでいたって本当?」
わざわざ足を止めてまで律儀なことだ。
「はは、だからあいつの言うことを全部信じない方がいいぞ」
「じゃあ冗談だってこと?」
「ああ」
「そっか、そうだよね」
そうだよ、そんなのはないんだ。
でもわざわざ「あるわけないだろ」なんて棘のある言い方はしない。
それがないということが伝わればいいから、肯定するだけで十分。
「応援してるぜマジで」
「ありがと、あっくんにはいつも迷惑かけちゃってるけど……」
「気にするな、俺らは幼馴染だろ」
「だからって利用していいわけじゃないよ」
「まあ困ったらいつでも言え、幸い俺は暇だからな」
「うん……」
なんなら色々巻き込んでくれてもいいくらいだ。
とかなんとか考えつつ行動し、ついにその日になった。
「こんにちは」
「おう、待たせたか?」
「大丈夫ですよ、寧ろ今日は来てもらってすみません」
「いや、気にするなよ」
赤羽は誰にでも敬語口調で話をする。
それは人によって態度を変えるような奴ではないことを意味しているが、逆に踏み込んで変わらないもどかしさも味わえるそんな人間だ。
とにかく俺らはあの店に移動して適当に注文を済ませた。
「あれ、三鈴さんもいたんですね」
「え? あ、本当だな、いつの間に来てたんだ」
違う席には三鈴と相良。
……まあそういう計画なんだからいて当然、知らないのは赤羽だけ。
「呼んでもいいですか? 彼女達は僕と友達でいてくれていますので」
「いいぞ」
あくまでいてやっているのではなく、いてくれているという考えか。
なんだこいつ、欠点とかないのかよ……。
「あれ、翼君と篤希じゃんか」
「よう」
店員さんに席移動のことを話して四人でテーブルを挟む。
赤羽の横には三鈴を、俺の横には相良という構図になった。
「奇遇ですね」
「ここがお気に入りだからねー」
「美味しいですよね、ここのジンジャーエール」
「え、でもあれちょっと大人の味かなって」
「ははは、三鈴さんのそういうところ、素直で可愛らしいです」
「っ、子どもすぎるかな……って思ってるんだけど」
「別に気にする必要はないですよ。苦手なものがあるのなんて人間なら当たり前ですから」
これ、俺らは帰った方がいいんじゃね?
フォローもできるとかそりゃ好きになるわな。
「大武君はどうですか?」
「おう、俺もジンジャーエール好きだぞ。いまだって飲んでいるしな」
「いいですよね。ぜひおふたりにも好きになってもらいたいですが、無理強いは良くないですからね」
先入観さえなくせば普通に美味しい飲み物なんだが……最初は確かにジンジャーエール? みたいな反応になるかもしれない。
実際に俺もそうだったからよく分かるんだ。
「それでなんの用なんだ?」
「あ、そうでした、すみません忘れてしまっていて」
でもまあいま大事なのはそれじゃない、広めることくらいいつだってできる。
「連絡先を交換したいなと思いまして」
「それなら学校でも良かっただろ?」
「いえ、恐らくここの飲み物が好きなんじゃないかって思えたので」
「はは、そうかい。ならするか、あ、相良や橋波はどうなんだ?」
「私達は翼君の連絡先知ってるよー」
「よし、それならほら、頼むわ」
「ええ、分かりました」
スマホを渡して大体五分、「ありがとうございました」と赤羽がスマホを返してきた。
確認してみると『赤羽翼』というアカウントが新しい友達として登録されている。
「篤希、僕とも交換してよ」
「あれ、してなかったけか? ほら、じゃあ頼む」
「りょ。んしょ……これをこうしてー……ふふ、できた! はい」
「おう……おいおい」
いきなり際どい自撮り写真を送ってきやがって。
口にすると絶対「あれ? いやらしいことを考えちゃったのかな?」とか言うからなにも言わない。
「にひひ、壁紙にして?」
「そうだな」
「あれま……」
「なんだよ?」
「別にー」
……ま、こんなレアな物、この先獲得できるかは分からないしバックアップしておこう。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「だな、会計は俺が済ませてくる」
「僕も行きますよ。というか今日は僕が頼んだんですから、ここは任せてください」
「そうか? じゃあ悪いが……」
やっべ、変に優しすぎて気持ち悪いくらいだこいつは。
外で待っていると来たので歩いていく。
それでも家の場所的に赤羽と相良、俺と三鈴という形で別れることになった。
「三鈴、赤羽って優しすぎねえか?」
「うん……だからね? 私もなにができるってわけじゃないけど、支えていけたらいいなって思うんだ。一方通行じゃ申し訳ない、だからちょっとずつでもね」
「届くんじゃねえか、そういう優しい気持ちってのは」
「そうかな……えへへ、そうだといいけど」
頑張ってほしい。
みんなにもあの対応だと難しいとは思うが。
「応援してる」
「ありがと!」




