第2話
「お母様は」
「…どうしたの?セシール」
月の光が薄暗い室内を、ぼんやりと照らす中、セシールは母の部屋へと簡略的な服で来室していた。少し伏せたような姿で、扉を開けた娘を心配するように、その髪を優しく撫でる。
「お母様は今、幸せ?」
「ええ、とっても幸せよ」
「……そう…だよね」
セシールはベットに座っている母の隣に腰をおろし、揺れる瞳で自身の母を見上げる。何かを言いたそうに、はくはくと口を動かしたと思えば、諦めたように頭を伏せるセシールに微笑み、母は自身のおでことセシールのおでこを、コツンとくっつけた。
「ルリューのことかしら?」
「……うん」
「大丈夫よ、最初こそ私も心配だったわ。だってあなたのお父様は、私と結婚する前から王宮の有名な魔術師だったんですから、婚約が決まった時は、生きている実感が無かったわ」
9割惚気が入っている話に、セシールはだんだんと遠くを見るような目をする。その様子に気づいてか母は、微笑んでもう一度優しくその髪を撫でた。
「別に惚気話じゃ、ないわよ?その時になってみないと、幸せは手に入らないの。きっとルリューはまだ見ぬ未来が不安なだけよ」
「……うん」
ぎこちなく頷くセシールは、母親に微笑みそっと「ありがとう」と感謝の言葉を述べる。母は、セシールのおでこにキスを落とし、静かに微笑みながら「おやすみ」と手を振った。
ギギっと母の部屋の扉を開けて、自分の部屋に戻る道をゆっくりと進んでいく。流石に月が昇って、夜空を綺麗に照らす時間にはメイドも執事も居ない。各々が自分の当てられた部屋へ行ってるか、暖かな家庭へと帰っているか。
セシールは正直なところ、ルリューが心配でならない。なぜ心配なのかは、分からないがお腹あたりに感じる、重苦しい。胃がムカムカしていて、何故か異様に乾く喉に困惑していた。
『セシールは信じてる?』
ほら、またそうやってルリューの声が、どこからともなく聞こえてくる。セシールは頭を抱えて、気分ばらしに窓の外を覗くが全く消えない。
「信じてる……はずなんだけどな」
私の場合、アナクレト様と結婚をすれば幸せになれる。そう、そういうもののはずなんだ。
それが正しいんだ。
「本当に?」
自問自答するように、廊下をゆっくり、ゆっくりと進んでいく。昼間なら聞こえてくるであろう、雑音や話し声など一切聞こえない。夜という不思議な空間。息の根を殺したように静まり返る世界に、セシールは大きな声でため息をついた。
ギシッときしむ扉を開いて、天蓋付きのベットに飛び込むような形で入る。
『セシールは信じてる?』
「……お前は信じてないのかよ……」
枕に顔を押し付けながら、小さく言葉を零す。そのプラチナブロンドの髪を月明かりが、きらきらとセシールの動きに合わせて反射する。
『この国の王子の妃になれるかも知れないんだから、嬉しくないわけないよ!……たとえそれが愛人としてだろうが……ね?』
「ルリューにとっての、愛って一体なんなんだよ」
透き通るほど美しい赤色の瞳が、描き混ざるように露を貯めていたようにも感じる。わざと身体を大きく使い、身振り手振りしていた動作に合わせて、その白銀の髪が嘆かしく舞っていたのも覚えている。
あの美しい友人の考える「愛」とはなんだったんだろうか。
セシールはこの暗く、悲しげな空間に彩を求めて、耳をすました。しかし残念なことに夜には相応しい彩がなかった、あったとしたら赤い日が落ちた西側で、聞こえる騒がしい音だけだ。
「ん?」
そこでやっと、セシールはその騒がしさに気づいたのだ。カーテンを開け、扉を開き顔を覗かせれば、少しばかり向こうの方から火の手が上がっているところが見えた。
ごうごうと燃える炎は、だいぶ大きな家を飲み込んで、月に向かうようにして高く燃え上がっていた。
それを確認すると、セシールはあわてて簡略的なアンティークドレスを身につけて、なりふり構わず、火の手に向かった。
見間違えも無いはずだ、元々セシールの家は東家と呼ばれ日の始まりの家とも呼ばれて、勿論東に立てられた豪邸だ。そしてルリューの家は西家、日の終わりの家とも呼ばれ、場所は西……それだけで、炎上している家は間違えなく、ルリューの家だとわかってしまったのだ。
「ルリュー!!!!」