創世の書
「自分だけの理想の世界を創りたいと思う?」
その問いを、僕は鼻で笑って返した。
そんなもの、いくらでも作って来たよ。
僕にはそれしかなかった。
そこしか、逃げ場所が無かった。
考えて、書いて、嫌になって、書いて、書いて。
自分だけの理想の世界を、文字という力を使って捏ね上げてきた。
その逃げ場所からも逃げたくなって、ここにいるのだけれど。
ああ、しかし、死後の世界なんて無いと思っていたけれど、来てみれば存外何もないところだなぁ。
見通せどもひたすらに真っ白な……いや、これは真っ白なのか? 真っ黒なのか? それすら曖昧だ。
しかし、ただ言えることは、何もない。
なーんにも、ない。
あるのはただ一つ、姿のない声の主だけ。
「それは当然。ここはまっさらな始まりの場所。君の新しい出発地点」
出発?
どこへ?
「それは君が決めることだ」
また何かを始めなければならないって?
本当に?
僕に何かチャンスを与えてくれるっていうのか?
はは、ずいぶんと気前がいいことだね。
「チャンスになるかどうかは君次第なんだけどね? まあ、まずは話を聞きなよ」
――――わかった。
「いい子だ。君、そんなに未練があるのかい?」
まあ、そう、だね。
いや、わからない。
やり残したことがいっぱいある。
だけど、別に執着がない気がする。
「そう悲しそうな顔を……って、今の君は顔も無いのか。まあそれはいい。そんな君に送り物がある。ここに一冊の本が――」
うわっ、びっくりした。
「ぽん、と飛び出した。これを君に上げよう」
ありがとう……って、あれ、今更だけど、僕の身体、無いんじゃないか?
本を受け取る手もなければ、めくる指もない。
なのに、本は見えている。目があるようには思えないけど、不思議だなこれ。
「だから言っただろう、ここはまっさらなところ。体だってあるわけがない」
それで、この本がなんだって?
「急かすねぇ、君。それはね、『創世の書』だよ」
そーせーのしょ。
「世界を創る本さ」
はー、そりゃまた、大層なこって。
「信じてないね。まあいい、すぐに本物だってわかるさ」
これをどうしろって?
「簡単。創るのさ。君が考えた、君だけの、最強の世界をね。君、得意だろうそういうの」
ああ、創作をしろって言うのか。
確かに、まさに僕におあつらえ向きのものだね。
「ふふ、厨二病をこじらせた君にはぴったりの本だね」
厨二っていうな。
「怒らない、怒らない。さて、そろそろ時間だ。君がやるべきことはわかったね。あとはその本を創り上げるだけだ。内容は、君の自由さ、よろしく頼むよ。おっと忘れてた、本を書くにはペンが必要だ」
うわっ、だから急に目の前に物を出すのはやめろよ。
「君のリアクションが面白くてねぇ。そのペンは私からのサービスさ、大事にしたまえよ」
はあ、まあ、ありがとうございます。
というかさ、急に話しかけられて普通に会話が始まったけど、結局のところお前は誰なんだ? 神様?
「それは、またいつか教えてあげよう。ではごきげんよう、いい創世ライフを」
え、あ、もう本当にお別れなの? ちょ、ちょっとまって、本当にわからない事だらけなんだから!
…………
あ、これ、まじでどっか行った奴だ。
え? これだけでどうしろって? 前知識なしに? 今どきのゲームだってもう少しチュートリアルが充実してるよ?
かぁーっ、これだから神様ってやつはよぉ! ばーかばーか!
「あ、ちなみに聞こえてっからね」
うおわ! いるじゃん!
「あんまりひどいこと言われると傷つくからやめてよね。ちょっと言い忘れたけど、その創世の書は一冊しかない、やり直しのきかない本だからね。くれぐれも気を付けて」
お、おう、わかりました。
「まあ、困ったことがあったら、必死こいてお願いしてくれたら、救済を考えてあげない事もないから、頼んでみてよ」
えぇ……今困ってんですけど。
「今どきの若い奴はすぐに答えを求めたがるよねぇ。ちょっとは悩んでみなさいよ」
あ、はい。
「じゃあ、頑張ってねー。精々、強い世界を創ることだ」
え、あ……はぁ。
あー、さっきまで何となくあった気配が、本当に遠くへ行ってしまった。
強い世界? 世界に強弱なんてあるものなんだろうか。
まあ、いい。考えてもどうせわからない。
目の前の曖昧な空間には、相変わらず一冊の本と、一本のペンが漂っている。
本は全てが真っ白い。シミ一つない。そして、とても分厚い。頑丈そうではあるが、ろくに装飾もなく、とてもシンプルな造りだ。
うって変わり、ペンは真っ黒い。夜に落とせば探すのに一苦労しそうだ。シルエットから判別するに、羽ペンのようだ。握るところの表面に凹凸が見られるので、きっと何かしらの装飾がされているのだろうが、今は識別できない。
さて、どうしたものか。
まあ、どうせ一度死んだ身だ。
今更どうなろうとも、これ以上悪くなることは無いだろう。
自分は今、肉体が無い、いわゆる精神体のようなものなのだろう。
これでも本を書けと言うのだから、きっと方法はある。
まずは念じてみよう。うごけっ!
おっ? 本が動く。ペンも動いたぞ。
いい感じだ。
試行錯誤しているうちに、何とか本がめくれた。本の中も、外側と同じでシミ一つない真っ白なページである。
さぁ、書く準備は出来たということだ。
創世の書。
仮にあの存在を神様としよう。
神様は、僕に世界を創れと言った。
何が目的なのだろうか。
いや、こんな本に文字や絵を書き込んだところで、世界が作れるなど信じてはいない。
かと言って、別に文章を書いて食っていたわけでもない、しがない素人の文章を読みたがっているとも思えない。
そこはもう、考えるだけ無駄だろうな。
言えることは、死んだはずの自分が、こうやって何かの役割を与えられた、ただそれだけ。
死んだ影響だろうか。生前より、考えがシンプルになっている。
細かいことをくよくよ悩んでいたあの頃には考えられないほど、今の環境を受け入れている。
気を取り直して、創世について考える。
創世――文字通り、世界を創る、と捉えていいのだろう。
あらゆる宗教において存在する“創世神話”のようなものか。
科学的に見れば、ビッグバンから始まる宇宙の歴史のことも指すのかな。
いや、もしかすれば物理法則のような細かい世界の成り立ちを創るとか……いや、それはないか。だって、僕はそこまで頭がよくない。物理とか、学校で選ばなかったから知らないもの。
僕が選ばれた、ということは、やはり、“創世神話”を書けってことなんだろうな。
前世の僕の、唯一の逃げ場所。
自分だけの世界を書いた、ラノベ。
今思い起こすと、いろいろと恥ずかしいものを書いたものだ。
恰好良い主人公、愛すべきヒロイン、魅力ある相棒――理想の世界。
あそこには、夢の全てが詰まっていた。
あの世界に飛び込めたら、どれだけ素敵だろうかと、何度夢見たことか。
別に、神話を勉強したわけではない。
世界中にちらばる有名な神話の、有名な逸話をちょこっと知っている、ただそれだけだ。
それでも僕に書けと言うのなら、書いてやろう。
僕の黒歴史をあまり舐めない方がいい。
読んだら、読み手も書き手も赤面すること間違いなしの、“僕の考えた最高の世界”。
さぁて、久々に頑張るか!
初作品の初投稿です。
よろしくおねがいします。