第三章 生存への執着1
「確か……こっちの方角から、ミヅキの匂いがしたはずなのだが」
そよ風が吹く森の中、再生体は鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅いでいた。
「妙な匂いが強すぎて、ミヅキの匂いが分からなくなってしまった」
磯の香り……いや、地球の海を知らない再生体にとって、それは例えようのない不思議な匂いだったに違いない。途切れてしまった深月の匂いを探すように、腐葉土を踏みしめていく再生体。だが土地勘もなければ現在地すら分からないのでは、進むべき方向が定まらなかった。
またあのときと同じように彷徨わなければならないのか。と再生体は、覚醒した頃を思い出した。
得体の知れない液体の中で、胎児のように指を咥えて漂っていた。
――ここから出たい……
自我の覚醒。そんな欲求が芽生え始めた。
そして生まれたての雛が卵の殻を壊すように透明な入れ物を壊し、あてもないまま彷徨った。
無機質な世界。行けども行けども白壁しかなかった。
――誰か……誰かいないのか?
――誰でもいい。誰か返事をしてくれ
今思えば、きっと人の温もりが恋しかったのだろう。そんな感情を抱きながら徘徊していると、どこからともなく人の気配を感じた。
――この壁の向こう側に、誰かいるのか?
無垢色の壁を強引に突き破れば、そこにいた者が悲鳴を上げて卒倒してしまった。
初めて出会った人間。
その華奢な体つきを見て、それが女であることを本能的に悟り、胸が締めつけられた。優しい匂いがするその女の顔を見つめていると、何やら騒がしい人の声がした。ピリピリした空気が肌に触れた瞬間、咄嗟に目の前の女を抱き上げ、元来た通路へと後戻りした。
――奪われてなるものか
産まれて初めて出逢った女。ただ、それだけなのに、なぜか胸が切なくなり、愛情を注ぎたくなるほどの相手だった。
――なんとしても、この者を守らなければ
不穏な空気を撒き散らしながら近付いてくる者の気配に恐怖と危機を感じ、気づかれないように見知らぬ部屋で身を潜めた。何事も無く、やり過ごせれば良い。そう考えていた。だが、奴らはそれを許してくれることはなかった。一刻も早く、この場を離れ、追ってくる奴らから逃げた。塞がれた壁を壊し、行く手を阻む壁も全力でくぐり抜けた。そして最後の壁を力尽くで破壊してみれば……
――どこだ、ここは?
灯りのない向こう側から、別世界の匂いが漂ってきた。白壁に囲まれたこちら側の世界とは異なる世界。
――この向こう側に行けば、きっと自由が待っている
女を抱えたまま、向こう側の世界へ飛び込んだ。幸い月明かりが通路の足元を照らしてくれているおかげで、闇夜に戸惑うことはなかった。軋む床音に細心の注意を払いながら先へと進み、月光が満ちる外へと出た。
――あの山の頂が良いだろう
今思えば、それは木で造られた建造物の頂天だった。
――流石の奴らも、ここまで追ってはこれまい
山とおぼしき頂天で緑豊かな匂いと澄んだ空気を肺に吸い込み、夜空に向かって歓喜の声を上げた。……が、それが間違いだったのだろう。声を聞きつけて奴らが追ってきた。
そして現れた一匹の猫娘。
執拗に邪魔する猫を追い払おうとした。
今にして思えば、それも大きな間違いだった。猫ばかりに気を取られている隙に、猫の仲間に女を奪われてしまったのだ。
ミヅキさんは返してもらいます。
ミヅキ。たぶん、それが女の名前なのかもしれない。
――大事な女を返せ!
怒りで頭に血が上り、気が狂いそうになった。
目の前の猫が憎い。ミヅキを連れ去った女が憎い。自身を敵視する者、全てが憎くかった。猫を八つ裂きにしてやろうと思った。だが相手に足蹴にされ、翻弄された。
どんどん遠退くミヅキの匂い。
――なんとしても取り戻さなければ
猫の相手などしている暇はなかった。猫に見切りをつけ、急いで木の壁を蹴破って中に入ってみれば……ミヅキを抱えた見知らぬ男がそこにいた。
――誰だ、お前は? その女をどこに連れていくつもりだ?
だが、その訴えは相手に通じることはなかった。ミヅキを忌まわしき白い世界へと引き戻そうとする者たち。連れ戻さなければ。しかし仲間の女に行く手を阻まれ、外へと放り出された。しかし地べたを這っている時間はない。意を決して白い世界へ飛び込み、猫を捕まえた。
――この猫と引き換えに、女を返せ!
捕まえた猫を吊るし上げると、連中に動揺の色が浮かんだ。それでも一向にミヅキを返す気はなく、仲間の女が攻撃してきた。
お前に用はない、邪魔をするな。と女を払い除けた。
そのうち、手の中で暴れていた猫が急に大人しくなった。どうやら自ら呼吸を失い、意識を失ったようだ。
同時に、奴らに変化が見えた。
意識のない猫を見て、悲しみに沈んでいたのだ。そして仲間の男の肉体が震え立った。気付けば、吹っ飛ばされていた。こいつはいったい何者なのか。こいつの怒りはどこを向いている。まさか、猫一匹のために闘志を燃やしているのか。
一番弱そうな奴だったはず。それが豹変した途端、凄まじいほどに強くなっていた。このままでは、このままでは殺される。男から発する殺意から逃れるがために、必死に足掻いた。男は身を焦がすような怨念を発し、鬼と化していた。
だが不意にそれは消え、反撃をした途端、呆気ないほど形勢が逆転した。その隙に猫がミヅキを連れて行こうとしていた。忌々しい猫だ。
行く手を遮って、猫からミヅキを取り返そうと拳を上げれば、再び女が邪魔をしてきた。邪魔だ。そこをどけ。女を払い除けると、入れ替わるように男が行く手を阻んだ。なぜ、連中がそうまでしてミヅキを連れていこうとするのか、理解に苦しんだ。
そして男がミヅキに告げた言葉に愕然とした。言葉が分からなくとも、その想いはすぐに理解できた。
こいつもミヅキのことを。
身を切られるような思いだった。こいつのどこが良いのだ。同時に祝福する猫たちに苛立ちを覚えた。悔しかった。孤独の存在を思い知らされたことが悔しかった。そして、またもや猫がミヅキを連れ去ろうとしていた。塞がるあの壁の向こう側に連れていかれては、もはや為す術がない。
待ってくれ。ミヅキ。本当に、この男のことが好きなのか。
だが答えが返ってくることもないまま、ミヅキは猫と共に壁の向こう側へと消えていってしまった。
許せなかった。邪魔をしたこの男が許せなかった。ミヅキに想いを伝えた男の存在を認めたくなかった。男を憎み、殴り続けた。力の限り殴り続けた。怒りをぶつけまくった。すると男の体が小さく弱くなっていく。この男の強さは偽物だった。こんな男にミヅキを委ねられなかった。すると凝りもせずに女が割り込んできた。
どいつもこいつも許せなかった。
見れば、女が男の体から頭を取り除いていた。それでも男は死なず、体だけが立ち向かってきた。信じられなかった。魂のない体なのに途轍もなく強かった。殴っても倒れない強靱の肉体だった。
だが倒さねば。絶対にこの体を倒してミヅキを取り戻してみせる。そんな思いだけで男……いや、首無しの体と闘った。
気づけば、首無しの心の臓をえぐっていた。だが、すでに男の仲間の姿はなく、いつの間にか、轟々と燃え盛る炎に囲まれていた。
死を直感した。だがミヅキに会うことも出来ず、死を迎え入れるつもりはなかった。
倒れ込んだ首無しの着物から、小さな白い箱のような物が床にこぼれ落ちた。拾い上げれば、仄かにミヅキの匂いが染みついていた。間違いない、これはミヅキが持っていた物だ。その箱を握りしめ、この場から逃げることを決めた。
一向に衰えることのない火の海の中で、壁を壊し、猫とミヅキの後を追うように白壁の通路を彷徨っていると、後ろの方で何かが爆発し、烈火の炎が襲ってきた。
このままでは……このままでは死んでしまう。ミヅキに会えずに死んでしまう。
白い箱が焼けないよう両手で握りしめ、奇っ怪な音と光が瞬く中を必死に駆けずり回った。そして壁に埋め込まれている筒状の空洞の中に身を埋め、蓋を閉じて熱い外気を遮断した。吸い込んだ煙で胸が苦しかった。火にあぶられた肌が痛かった。何より、ミヅキと離れ離れになってしまったことが辛かった。
そして次第に意識が遠退き、深い眠りに落ちてしまった。
再び目を開けたとき、拙者は覚醒していた。
いや覚醒させられたというべきだろう。
いずれにしても、命が救われたようだ。
真っ白な部屋。
浮かぶベッドの上で身を起こせば、白衣男を従えた子供が目の前にいた。
「おや、気がついたようだね」
そして人の腹を覗くような、いやらしい笑みを浮かべた。
「ボクの言ってることが、理解できてるかい?」
自身でも驚くほど、明確に言葉を理解できていた。管理者の子供の話では、寝ている間に言語能力と知識を洗脳したらしい。同時に自分の首に掛けられた金属の首輪に驚かされた。得体の知れないコレはいったい何なのか。
「キミを管理するための首輪だよ。もし暴れるようならば、それに電気が流れる仕掛けになっているから、くれぐれも気をつけてね」
白衣男に民族衣装のような着物を着せられ腰紐を結わえられた。後で知ったことだが、ある惑星の『作務衣』に良く似ていた。
「爆発寸前の船から救難信号が送信されててね、野次馬がてらにダストホールに入ってみたら、キミが乗っていた救助ポッドをたまたま発見したんだ」
面白そうだから、つい助けちゃったよ。と、特に恩に着せるわけでもなく、子供らしくない笑顔を顔に貼り付けていた。
「しばらく、ここにいてゆっくりしていればいいよ」
その邪気を秘めた声音に、心許せる相手ではないと直感した。
所定の場所で用を足すことを教えられ、腹が減れば食事を出され、体を身綺麗にしたいと思えば除菌シャワーを浴びることができた。
ある意味、不自由のなかった日々。
ただし裏を返せば、自由という全てを奪われていた。語ったはずもない思いや考えを子供は容易く読み取っていくのだから、自由などあるわけがない。ゆえに子供がやってくると、自然と心を閉ざし……視線を合わす回数も減っていった。それでも現状に置かれた情報が欲しかった。
ここはいったいどこなのか?
今は昼なのか夜なのか?
「キミは起床時間と就寝時間に合わせて生活していれば良いんだよ」
気が変になりそうだった。
知恵を与えられた今だからこそ、時間の概念など理解したいのだ。それなのに押しつけ同然の監禁生活を強いられていた。これでは死んでいるも同然だった。
そんなある日、子供が二人の宇宙人を連れてきた。
「今日からキミの世話係となる人たちだよ」
子供はそれだけ言って、宇宙人のつがいを残していった。それからというもの、毎日のように二人から虐げられた。
憂さ晴らしや、単なる暇つぶしで喰らわされる電撃。少しでも反抗しようものならば、すぐに首輪で抑制され、暴行を加えられたのだ。手も足も出せない虐待行為に精神がまいっていた。正に生き地獄。これでは生きていても意味がない。自ら命を絶とうとも考えた。だが、その度にひとつの想いが胸を掠めた。ミヅキに会わずにしては死ぬわけにはいかない。毎日それだけを考え続け、好機を待った。
そして、その日は突然やってきた。
「ボヤボヤするんじゃないちゃんよっ!」
監視者の子供の目をかわし、世話役たちに無理矢理宇宙船に乗せられたのだ。
「それでぇん。チャップのいる惑星までぇん、どのくらいだぁん?」
「そうちゃんねぇ……ざっと300光年くらいと言ったところちゃんかね」
「思ったほど遠くはないなぁん。まぁ、ともあれ、これでタルタル星での恨みを晴らせるぜぇん」
そして、ある動画を見せられた。
「こいつが俺たちの敵だからぁん、良く覚えておけ」
ライドマシンのレース動画に、見覚えのある二人が映っていた。それはミヅキに愛を打ち明けた男と、連れ去った猫だった。
「くれぐれも相手を間違えんなよぉん。てめえはぁ俺たちの言うことだけを聞いていればぁん、いいんだからなぁん。ウヨヨヨヨヨ~ン」
忘れようにも忘れるはずのない相手。同時に、この男と猫の近くにミヅキがいると確信した。
「せめて、あの小さい者が持っていた機械を奪うべきだったか」
この惑星における情報が不足していることに気づき、決別したばかりの宇宙人たちを思い浮かべる再生体。
文字を初め、この星の地形図は元より、全ての情報が詰まっている端末機。監視者の子供から与えられた知恵をもってすれば、あのような機械を扱うことは造作もないはずだった。
「もう少しだけ、あの二人と行動を共にするべきだったのだろうか」
否。深月の匂いを感じ取った以上、一緒にはいられるはずはない。
「どうやら感頼りになりそうだ」
と深月の匂いが流れてきた方へと顔を向けた。
「匂いが完全に消えてしまう前に、早くミヅキを探し出さねば」
再生体は懐に忍ばせていた白い端末機を握りしめ、再び歩き始めた。そして肌にまとわりつく湿気と暑さに、顔を歪めた。
「本当に、ここはあの時と同じ惑星なのか?」
ミヅキと出逢ったあの日は夜だった。ゆえに昼夜における寒暖差からくるものなのだろうか。
「このままでは、体中の水分が抜けきってしまいそうだ」
額から顎へ伝い落ちる汗を舐めとり、カラカラに乾いた喉を湿らした。
「どこかで水を調達しなければ……」
耳を澄まして周囲の気配を探ってみれば、カサカサと腐葉土を踏みしめる音がした。ゆっくりと静かに歩む四足の足音。この森で暮らす獣のようだ。動物がいるということは、どこかしらに水場があるはず。再生体は忍び足で音の方へと歩み寄り、山の斜面を降りていく。……が、湿った土に足を滑らしてしまった。
「くっ!」
手近にあった立木に掴まり、滑落するのを未然に防いだ。だが、同時にそれは獣に自身の存在を知らしめてしまうこととなった。
「逃げられてしまったか」
獣の後を追っていけば、自然と水場に辿り着けるはずだった。
「どうやら自力で探すしかないようだな」
脱水症状寸前の体をひきずって歩いていると、せせらぐ水音が聞こえてきた。誘われるように斜面を降りれば、小さな渓流があった。朽ち果てた倒木と岩場をぬうように滔滔と流れる水流。岩に波打ち、水飛沫がキラキラと舞っていた。その枯渇することのない谷川の水量に再生体は圧倒された。が……
「この水は飲めるのだろうか?」
もし毒素でも含まれていれば、命に危険がおよぶのだ。再生体は川辺にしゃがみ込むと、恐る恐る水の匂いを嗅いでみた。だが澄んだ匂いだけで悪臭などはない。次に、拾った枯れ木を水に浸けてみたが、特に化学反応を起こすようなこともなかった。口にできる安全な水のはず。それでも再生体は疑心暗鬼で川面を見つめ、渇いた喉を鳴らすだけだった。
飲まずにして枯れ朽ちるか、もしくは別の水場を探すべきか。すると揺れる水草の間で優雅に泳ぐ影を発見した。
「これは、もしや魚というものでは?」
もう我慢の限界だった。寄生虫や病原菌などの恐れもあったが、乾きを癒やせるならば、もうどうでも良かった。再生体は前屈みになると、貪るように川の水を口にした。冷たい天然水が乾き切った喉を潤わせ、体の芯まで冷やしていく。そして今度は頭を突っ込んで、水そのものを肌で満喫した。
「ぷはぁっ!」
顔を上げて濡れた髪を振り、満足げに息を漏らす。
「この星の水は最高だ」
乾きから逃れた再生体は、苔の生えた大岩に腰掛けて耳を澄ました。流れる水音と風で靡く木々。そして時折、聞こえてくる動物たちの鳴き声。その息づく自然環境に、再生体はあらためて生を実感した。
「それに比べ、あそこは生も死も感じられないところだった」
白く閉鎖的な空間。空気ですら味も素っ気のないものだった。あそこへ戻るくらいなら、死んだ方がマシだとさえ思えてくる。
同時に深月を羨ましく思った。
「この星で育ったのだな。ミヅキは」
同時に、ある不安が胸を過ぎる。
「ミヅキは拙者のことを覚えているだろうか」
何しろ深月とはろくに会話をしていないのだ。それどころか、猫娘を捕らえた場面で、怯えの色さえも浮かべていたのだ。
「巡り会いが悪すぎたか」
締めつけられる胸を摩り、そしてかぶりを振った。
「拙者は、ミヅキが思っているような者ではない」
悲しい表情で空を見上げ、鼻をすする。惚れた異性から畏怖されれば、それは当然のことだった。しかし再生体は泣くことをしなかった。
『拙者』
管理者の子供から与えられた知識によれば、未開惑星の『武士』が使う一人称だそうだ。再生体はその『武士道』たる心意気に惚れ、自らを『拙者』と呼ぶようにしたのだ。それだけに安易に泣くわけにはいかなかった。
「死ぬ時は堂々と潔く散る」
自ら課したその生き様に誓い、グッと涙を呑んだ。
「せめてコレをミヅキに返すまでは、朽ち果てるわけにはいかない」
再生体は懐から端末機を取り出し、匂いを嗅いだ。もちろん、それがどんな道具なのか分からなかった。最初の頃は、光る画面に見たことのない文字が並んでいたのだが……時が経つにつれ、何の反応もしなくなってしまい、今やガラクタ同然となっていた。それでもミヅキにとっては大切な物に違いないと信じていた。
「きっと不便を強いられているに違いない」
頭上の太陽を見上げ、この星の日照時間を推測した。日暮れまでには充分な時間はある。とは言え、一刻も早くミヅキに会いたかった
「なんとしてもコレを手渡さねば」
善は急げとばかりに、再生体は腰を上げて山を下りることにした。
目指すは山裾。
足場の悪い斜面を避け、朽木や岩の上を交互に渡り歩き続けると、アスファルトで固められた舗装路へと躍り出た。
「人里に出られたのか?」
川に沿って造られた道筋。この星の者が造ったものに違いない。
「だが気配がないのはなぜだ?」
夏の日差しに熱せられたアスファルトを歩き、坂を下った。しかし聞こえるのは裸足で歩く自分の足音と絹擦れの音、そして蝉の鳴き声だけだった。しばらく行くと、田畑に囲まれた平地へと躍り出た。
「稲作を中心とした文明レベルか」
目の前に広がる田園風景に、そこが人里だと確信した。同時に停車している車両を見つけ、慌てて道路脇の茂みに隠れる再生体。見ればカゴのような荷物を荷台に乗せ、ドアを開けて乗り込む人間の姿があった。
「脚の付いた奇妙なアレは兵器か何かか?」
再生体は目を凝らし、車両を観察した。黒く丸い四つの輪。後ろの荷台には作物を詰めた箱が積み重ねられていた。そして人間はドアを閉め、エンジン音とともにその場を立ち去っていった。
「見たところ、どうやら地上を走る乗り物のようだが」
もし空を飛ぶような飛行物体のない世界となれば、この惑星の住人の移動距離はたかが知れているはず。……と、判断した矢先、遠方から大気を震わす音が降ってきた。
バラララララララララ……。
近づいてくるその得体の知れない音に、再生体は息を殺して身を潜めた。
「何だ、この面妖な音は?」
顔を上げて空を仰ぎ見れども、それらしき姿が見当たらない。それでも謎の音はどんどん近づいてくる。その距離感の掴めない音圧に、再生体は道路に出て音の主を探しあてた。
「アレは……宇宙船か?」
数枚の羽根を高速回転させる浮遊物体に、再生体は急いで茂みの中へと逆戻りした。
「見つかったか?」
上方でゆっくりと移動する浮遊物体相手に、息を殺して警戒した。発見されれば即交戦となるからだ。しかし浮遊物体は何事もなく、遠くの山間の影へと消え去っていった。
「行ったか……」
もし、アレが偵察機だとすれば引き返してくる可能性も考慮しなければならないだろう。どうあれ、今は原住民と接触することは極力控えたいところだ。
「ミヅキと会うまでは捕まるわけにはいかん」
再び山の中へと足を踏み入れ、人目を偲ぶようにして山の斜面を登ると地均しされた獣道に出た。木々が取り払われ、坂道に至っては枕木で作られた階段まであった。
「これも、この星の人間が造ったものか」
階段を登って細道を進んでいくと、今度は年季の入った小屋を発見した。伸び放題の雑草を掻き分け、老朽化して傾いた木戸を開けると、埃のかぶったロープやノコギリなどの道具が壁に掛けられていた。
「休息できる場所があるのはありがたい」
再生体は外に出て、小屋の位置関係を記憶にとどめた。
「ここを拠点としよう」
まだ陽は高く、日没までにはまだ時間がある。それでも残された活動時間は限られていた。夜になれば夜行生物を除いた全ての生物は休眠し、当然、ミヅキもどこかへ行ってしまうだろう。
匂いのある今日のうちに、ミヅキを見つけたい。日を引き延ばせば、それだけミヅキと巡り会う確率が悪くなる気がしたからだ。
「急ぐ必要がありそうだな」
再生体は小屋を離れ、足早に山道を下っていった。