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第二章 深月の過去2

 ビーチボールや砂遊びなどで遊んだ後、お待ちかねの海鮮バーベキュー大会となった。

 親戚のおじさんが持ってきてくれた海の幸を網焼きにし、お腹を満たしたまでは良かったのだが……氷とジュースが足りなくなってしまい、トオルは深月とともに買い出しに行くことになった。

「保子莉さんの知り合いのお姉さんって面白い人だね」

 キャンプ場を振り返って楽しげに笑う深月に、トオルも引きつった笑顔で応えた。

 何しろキャンプ場に『魔剣ベルファー』を担いだトキンが飛び入り参加したのだ。

 しかも保子莉との知り合いを装って新鮮な幸を片っ端から食べ、ありったけのジュースを飲み尽くし、語りたいだけ喋りまくって子供たちや深月を笑わせたのだ。トオルはそんなはっちゃけたトキンを思い出し、のどかな田園風景に目を這わせながら駐機場があると思われる山合いを見上げた。限りなく広い宇宙。そんな中での一人旅だ。きっと、寂しかったに違いない。と孤独に時間を過ごしてきたトキンに同情を寄せていると、深月がトオルの顔を覗き込んできた。

「何、考えてるの? トオルちゃん」

 一瞬にして、トオルの意識が目の前の女の子に浚われた。

「い、一里塚さん。今、なんて? ト、トオルちゃん?」

 好きな人から名前で呼ばれれば、誰だってどぎまぎするはずだ。

「私のこと『深月ちゃん』って呼んだんだから、これでおあいこだよ。敷常くん」

 ――あぁ、そういうことか……

 どうやら深い意味はなく、いつもどおりの『敷常くん』に戻っていた。

「それでね、敷常くん。私としては……」

 と雑談をし始める深月。好きな人と歩きながら、たあいのない話で盛り上がることが、こんなにも楽しいものだとは思いもよらなかった。

 そうこうしていると野菜畑の側道に古ぼけた売店が見えてきた。店先に並べられた生鮮食料の野菜。店構えも売店というよりも昔ながらの酒屋と言った表現が正しいかもしれない。立て付けの悪いアルミサッシの引き戸を開けて足を踏み入れれば、レジカウンターの向こう側で老眼鏡を掛けたおばあさんが顔を上げた。

「いらっしゃ……い」

 深月を見た途端、表情を訝しげに曇らせ、挨拶が尻すぼみになった。まるで不審者を警戒するような態度に、トオルは違和感を覚えた。

 ――なんだか、人当たりの悪そうなおばあさんだなぁ

 お世辞にもお客さんを相手にする態度とは思えなかった。だが、それは深月とて同じであり……

「敷常くん。これ、持って」

 先ほどとは打って変わり、トーンの下がった声で買い物カゴをトオルに渡す深月。そして店の中を物色することもなく数本のペットボトル飲料を選び、アイスクリームの入った冷凍ケースからロックアイスの氷袋を三つ取り出してトオルの持つカゴに放り込んでいく。見ればその横顔は、どことなく冴えない表情をしていた。

「これだけあれば足りるはすだよね。じゃあ、敷常くん。それをレジにお願い」

 すでにいつもの笑顔はなかった。トオルも余計な詮索をすることなく買い物カゴをレジカウンターに置いた。おばあさんは商品を会計しながら、チラチラと深月を見やっている。そして無愛想に告げられた合計金額に、深月も無言で代金を支払ってお釣りを受け取っていた。その殺伐した雰囲気の中で、おばあさんは商品を袋詰めすると、素っ気ない態度でトオルに手渡した。

 ――何か変だ……

 店を出てからも背中に妙な視線が張り付いていたが……そばに深月がいるだけに、振り向ける雰囲気ではなかった。そしてしばらく歩いていると、深月が寂しげに笑った。

「ごめんね、敷常くん」

 初めて見る深月の作り笑い。その不憫な表情に、トオルも本音を漏らした。

「あのおばあさん、……態度、悪かったね」

 すると深月は、夏の日差しで熱せられたアスファルトに視線を落とした。

「うん。ちょっと、昔、色々あってね。ここの人たちとは、その……両親とあまり、そりが合わなくって」

「そうなんだ……」

 それは普段の深月からは想像できないほど歯切れの悪い物言いだった。それだけにトオルも、それ以上のことを訊ねることができなかった。

 その夜。

 トオルは昼間の深月のことが気になって、寝つくことができなかった。



 翌日。

 朝から砂浜で遊んでいると、またもやトキンがやってきた。

「帰ったのではなかったのか?」

 保子莉の容赦ない開口一番。確か、夕べのドンチャン騒ぎの後、トキン自ら、涙ながらで別れを惜しんでいたはずなのだが。

「そのつもりだったんだけれど、もうちょっと遊んでいこうかと思って。それに、そろそろお昼ご飯でしょ」

 今日はどんなご馳走かな。とライドマシンから飛び降りるトキン。珍妙なデザインの水着とコートのような薄い上着で『魔剣ベルファー』を担ぐその姿は、まるで何かのコスプレのようだった。ちなみに昨夜の雑談では次の借金の押収品がない限り、この剣を担いでいるというマイルールを聞かされていたのだが……まさか本当に担ぎっぱなしだとは思わなかった。

 ――あれ? でも、なんか変だな?

 何かが足りない。それが何だったのか思い出せずにいると、九斗と一緒になって砂城を造っていた保子莉が言う。

「素直に昼メシをタカリにきたと言ったらどうじゃ」

「いやぁね。食べた分はチョーちゃんの借金から天引きしておいてあげるから安心して」

 手をヒラヒラさせて笑うトキンに、保子莉が訝しげに睨んだ。

「その場合、わらわたちへの見返りがないのじゃがのぉ」

「こっちの返済が終わったら、チョーちゃんから取り立てれば良いじゃない」

 本人の立ち会いもなく物品を押収し、しかもその借金を傘にして身辺にたかるのも、どうかと思うのだが。

「とりあえず、お昼ご飯まで何して遊ぶ?」

 借金のことなど忘れ、子供たちと遊びに興じるトキン。金貸しと言う職業でなければ、陽気で美人なお姉さんなのだが……親友の不憫を思うと、そんな風にトキンを見ることができなかった。そして正午になる頃、親戚のおじさんがおにぎりと水揚げされたばかりの魚介類をどっさり持ってきた。

「まだかな、まだかなー♪」

 アルミ皿と箸を持って、口を開け始めた焼きハマグリにヨダレを垂らすトキン。そんな落ち着きのないトキンを見ながら、保子莉がバーベキュートングを気ぜわしくカチカチ鳴らす。

「トオル。どうやら今日も飲み物が足りなくなりそうじゃから、追加でジュースと氷を買ってきてはくれぬか?」

「あら? それって私のことを歓迎してくれてるのかしら?」

「たわけ。イヤミに決まっておろうが」

「口では何だかんだ言っても、気を遣ってくれる猫ちゃんは、優しいよね」

 動じないトキンの言葉に、子供たちと深月が首を傾げた。

「猫ちゃん?」

「愛称じゃ、愛称。このたわけ者は、いつもわらわをこう呼んでおる」

 ぶっきらぼうに言い放つ保子莉に、トキンが抱きついた。

「そうそう。猫ちゃんはいつだって優しいんだおー」

「こら、火を使っているのじゃから、むやみに近寄るでない!」

 じゃれる二人に、長二郎を除いた全員が笑った。

「じゃあ、僕はジュースを買ってくるよ」

 箸と皿を置いて立ち上がると、深月も腰を上げた。

「私も一緒に行こうか?」

 とは言うものの、その表情は心なしか曇っていた。きっと昨日のおばあさんのことを気にしているに違いない。

「いや、僕ひとりで大丈夫だよ」

 すぐ戻るから。そう言ってトオルはキャンプ場を後にした。


 売店まで十五分ほどの距離。

 昨日は深月と一緒だっただけに、近く思えた距離だったのだが

 ――ひとりだと、結構、遠いなぁ

 Tシャツの袖で汗を拭い、照りつける日差しから逃れるように、トオルはエアコンの効いた売店に足を踏み入れた。

「いらっしゃい」

 レジカウンターで新聞を読んでいたおじいさんに、会釈で返すトオル。そしてロックアイスと炭酸飲料などのペットボトルをカゴに放り込んでカウンターに置いた。

 ――昨日のおばあさんはいないみたいだけど

 すると老眼鏡を掛けてレジスターに金額を打ち込んでいたおじいさんが不意に声を掛けてきた。

「もしかして、キャンプ場に遊びに来てるのかい?」

「あ、はい……」

 同時に無愛想なおばあさんが、トオルの脳裏を掠めた。

 ――この人も一里塚さんを嫌ってるのかな?

「そうかそうか。それでいつまで居るのかな?」

 柔和な笑顔で問うおじいさんに、トオルも笑顔で返した。

「明日には帰る予定です」

「そうかい。ここは何もない田舎だけど、海だけは綺麗なところでね……」

 おじいさんに言われて、トオルは山の上から見た眺望を思い出した。

「はい。今まで見たことないくらいに綺麗でした」

 誰に言われるでもなく胸を張るトオルに、おじいさんの目尻が下がった。

「それはなによりだ。予報では明日も晴れるようだから、心置きなく楽しんでいきなされ」

 おじさんの優しい気心に触れ、トオルも元気良く答えた。

「はい、そうします」

 そう言って品物を受け取ると、もう一度挨拶をして売店を後にした。

 ――昨日のおばあさんはともかく、おじいさんは良い人そうだ

「このことを一里塚さんに話してみよう」

 もしかしたら、この村の人たちと和解のきっかけを掴むことができるかもしれない。と歩みを速めた矢先。

「おいっ! そこのお前っ!」

 呼び止められたその声に、トオルは足を止めて振り返った。



 丁度、その頃。

 ヤツメウナギのような丸い口をした生き物とトンボのような羽を持った小人が大男を従え、道なき山中を歩いていた。

「ダンナ。こんなペースで歩いてたら、のじゃ猫の住処に着く前に、寿命が尽きちゃうちゃんよ。そもそも何日かかると思っているちゃん? 歩いていくこと自体が大間違いだと、なんで気づかないちゃん」

「うるせぇぇぇん! 肩越しでペチャクチャ喋るんじゃねぇん!」

 木々の間をぬって歩くジャゲに、なおもビヂャが言う。

「だいたいダンナは考えなしで行動を移すからいかんちゃん。船を手放すって言うから、てっきり他の船を乗っ取るのかと思っていたら、ただのヒッチハイクだったちゃんよ」

 ビヂャが肩をすくめてかぶりを振っていると、ジャゲが口の触手をヌメヌメかき回した。

「そうでもしなけりゃ入星できねぇんだからぁん、しょうがねぇだろぉん!」

「それでどうするちゃん? このまま山の中を突っ切るちゃんか?」

「直線距離で628アー。原住民が整備した道筋を辿れば1570アー。どっちが近いか、考えりゃあん、分かりそうなもんだろうがぁん」

「まぁ、ダンナの考えも分からんでもないちゃんけど」

 ビヂャはHUDが示す地図を見ながら小首を傾げた。

「地形の高低差を考えると、とても合理的とは言えないし、ワシとしては原住民の道を利用することを強く推奨するちゃんよ」

「バカかぁん、お前はぁん! 大っぴらに表を歩いてぇん、この星の連中に見られでもしたらぁん、どうなるか分かってるのかぁん?」

「所詮、下等生物ちゃんから、その場で始末すれば問題ないちゃんよ。それにこの未開惑星旅行におけるマニュアルを読む限りでは、この星の原住民は種族の違うワシらを見てもUMAとか言う生き物として認知するらしいちゃんから、大丈夫ちゃんよ」

「勉強熱心で何よりだがぁん、原住民に騒がれない保証はどこにあるんだぁん? 場合によっては銀河パトロールがやってこないとも限らんぞぉん。タダでさえぇん、俺たちはお尋ね者の海賊だぁん。極力、奴らには関わりたくないぞぉん」

「だからワシは海賊になった覚えはないちゃんよ! まぁ、それはともかく、この先どうするちゃん?」

「このまま真っ直ぐ突き進むに決まってるだろうがぁん」

「やれやれ。ダンナも頑固ちゃんね」

「フンッ! 肩に乗っかって楽をしてるお前に言われたかないじゃん」

 ジャゲは苛立ちまぎれに毒づくと、顔の前に突き出ている枝をへし折った。

「クソっ! こんなとことならぁん、ライドマシンをかっぱらってくるべきだったぞん!」

 すると後ろを歩いていた再生体が言った。

「もし良ければ、拙者が先導して道を切り拓こうか?」と片手で細い木立を掴み、土塊つちくれごと根っこを引き抜いて見せた。その怪力に、ビヂャが小さな身を震わせていると、ジャゲがニヤリと笑った。

「ただの木偶の坊かと思ったがぁん、ちったぁ使えそうだなぁん」

「ダ、ダンナ! 正気ちゃんか? もし、こいつに先に行かれて逃げられでもしたら、のじゃ猫に対抗する戦力が減るちゃんよ!」

「なぁに、こっちにはコレがあるからぁん、問題はないだろぉん」

 ジャゲはリモコンを取り出して、再生体に見せつけた。

「ただしぃん、妙な気を起こしてみろぉん。一瞬にしてぇん、てめぇの首に焼き入れてやるからぁん、そのつもりでいろよぉん」

「あぁ。重々、承知……しているともっ!」

 言うや否や、再生体は掴んでいた木立をジャゲに向かって投げつけ、大地を蹴った。

「ぐげぇっ!」と木立を顔面で受けるジャゲの手からリモコンを奪い、ジャゲたちから距離を取って身構える。が……

「そ、それ以上、動くなちゃんよ!」

 見れば、宙を羽ばたくビヂャが小さな銃を向けていた。

「下等生物なヒューマンの分際でナメめた真似しくさりやがってぇん」

 顔をさすりながら立ち上がるジャゲに、ビヂャも強気になって命令する。

「そうちゃん! 今ならまだ勘弁してやるから、早くそのリモコンをコッチによこすちゃんよ!」

 だが再生体はリモコンを口に咥え、鋭い眼力でもって二人を睨んだ。

「もし……命令に従わなければ?」

 そばに立っていた木から太い枝をへし折ると、一気に枝葉を削ぎ落として一本の木刀に仕上げた。

「お、お前を撃つちゃん!」

「ビヂャ! 構うことはねぇ! こんなバカ、さっさと殺ってしまぇん!」

 ジャゲの放った一声に緊張が走った。

「仕方ない。ならば、こうしよう」

 不敵な笑みを浮かべてリモコンを噛み砕いた再生体に、ビヂャが小さな目を見開いた。

「あぁぁぁぁぁっ! 何するちゃんよ!」

「バカやろぉん! すぐに殺らねから、こう言うことになるんだぁろぉんがぁ!」

 ジャゲが腰に差していた銃を引き抜く。……が次の瞬間、再生体は疾風の如くジャゲに詰め寄ると、手にした木刀でもってその銃をはたき落とした。

「無駄だ。貴様らでは拙者の相手は務まらん」

「ふざけるなぁん! ビヂャ、構わん! お前の銃でぇん、このバカをぶっ殺せぇん!」

 すると再生体は木刀をしゃに構えた。

「貴様の銃と、拙者の剣さばき。どちらが速いか試してみるか?」

「バカかぁん! てめぇはぁん! 銃の方が圧倒的に速いに決まってんだろうがぁん!」

「貴様たちは知らぬだろうが、拙者はこの日のために、あの狭い部屋で鍛錬を積み重ねてきたのだぞ」

 再生体は鋭い気迫を放ちながら、ジリジリとジャゲたちににじり寄った。

「ゆえに貴様らでは、拙者は倒せんっ!」

 気合い声とともに、瞬時に間合いを詰め、ビヂャの持つ銃を払い除けた。その神速の動きに、ジャゲは瞳孔を見開き、ビヂャは羽ばたくことを忘れ、ポテッと地面に落ちた。

「お、俺たちを……どうするつもりだぁん?」

 怯むジャゲに、再生体は視線を合わすこともせず、鼻腔を広げて周囲の匂いを嗅ぎ取っていた。

「弱い貴様らを、これ以上、相手にする意味はない」

「はぁん? 何、言ってんだぁん! お前は俺たちのことを憎んでるんじゃないのかぁん?」

「確かに、そう言う時期もあったかもしれん。だが気が変わった」

「気が変わっただとぉん? てめぇ! いったい、いつからそんなエラそうな口を聞くようになったんだぁん!」

「たった今だ。ゆえに、もう貴様たちとは関わりあうことはないだろう」

 そう言って、再生体は歩き出すと二人の前から姿を消した。

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