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第二章 深月の過去1

 キャンプの準備も整い、トオルは海パンに履き替えると白い浜辺へと躍り出た。数年ぶりの海水浴。最後に海で泳いだのは中学二年の家族旅行の時。内陸育ちで川で遊んでいたトオルにとって、海は前人未到のような場所だった。

 ――まるでプライベートビーチみたいだ

 小さな入り江に囲まれ、人っ子ひとりいない海岸で、泡立つさざ波に足を付けていると

「ほらほらっ! みてみて! おにいちゃん! うみだよ! うみー!」

 振り返れば、ゾンビのような兄の手を引いて息急き切って走ってくるミオの姿が。初めての海水浴らしく、それはもう微笑ましいくらいに瞳をキラキラさせていた。そんな弟とは対照的に兄は……浜に打ち上げられた死んだ魚のような眼をしていた。

「あぁ……うん……。海だな……」

 その無感動な呟きに、トオルのテンションも急降下していく。きっと以前の親友なら誰よりもはしゃぎ、大声でアニソンなんかを歌いまくっていたことだろう。すると長二郎がトオルの肩に手を置いた。

「すまん、トオル。今回ばかりは、どうしてもモチベが上がんなくってよ」

 分かってるさ。みんなには言ってないが、トオル自身、失恋した時は自室で声を押し殺して夜を泣き明かしたのだ。

「ミオくんは僕らが面倒みるから、長二郎は自由にしてなよ」

「そう言ってくれると助かる。迷惑かけて悪りぃな」

 霞む笑顔で握り拳を向ける長二郎に、トオルもグータッチで返した。余計な言葉はいらない。そんな男同士の友情にトオルが胸を熱くしていると、ミオが不思議そうに小首を傾げていた。

「おにいちゃんたち、なにしてるの?」

 トオルはミオの頭を撫でながら言った。

「ミオくんも大きくなったら、分かると思うよ」

 とは言え、ミオの容姿はどう見ても上半身裸の女の子が海パンを履いたに近い。

 ――ホントにこの子は、男の子なのだろうか?

 トオルがミオの性別を疑っていると、長二郎と入れ替わるように幼女が白浜を駈けてきた。

「ミオくぅん! お待たせですぅ!」

「おそいよ、クレアちゃん!」

 不満顔のミオに「ごめんですぅ」と謝るクレア。そして腰の浮き輪を抱えたまま、ひまわりのような笑顔をトオルに向けた。

「どうですかぁ? この水着、似合ってますですかぁ?」

 一見すると何の変哲もない白のスクール水着。しかも良く見れば、常時着衣しているボディウェアと似たような素材が。もしかしてこれもまた伸縮自在なのだろうか。

「良く分かりましたですねぇ。そうですよぉ。この日のために気合いを入れてぇ作りましたですよぉ」

 言わば宇宙にひとつしかないハンドメードですぅ。と腰の浮き輪を持ち上げ、寸胴の腰を捻ってポーズを決める幼女。それを見てトオルは思った。

 ――この水着で呉羽先生になったら、どんな風になるんだろうか?

 クラスメートの男子たちが発情してしまうほどの悩殺ボディーだ。さぞかし色っぽいのだろう。と、きわどい水着姿を想像していると

「なんでしたらぁ、リクエストにお応えしてぇフォームチェンジしましょうかぁ?」

 小悪魔的な笑みを浮かべる幼女に、トオルは顔を真っ赤にして否定した。

「い、いや……しなくてもいいです」

 今、大人姿になられてナイスなプロポーションを見せつけられでもしたら、目の保養どころか、生理現象の抑制が利かなくなってしまいそうだ。すると隣にいたミオが純粋無垢な瞳を幼女に向けた。

「とってもかわいいよ、クレアちゃん」

「ミオくん、ありがとですぅ」

 照れもなく素直に褒め讃えたミオが天使に見えた。そして閃いた。

 ――そうだっ! これだっ!

 海水浴。当然のことながら、深月も水着を着てくるはずだし、褒めればきっと喜ぶに違いない。少なからず女の子はそういうもだ。すると絶好のタイミングで深月がやってきた。

「おまたせ」

 期待を膨らませて目を向ければ、黒のタイサイドビキニの上にTシャツを羽織った彼女がいた。夏の日差しのように眩しすぎる彼女の水着姿。正直、目線のバレないサングラスが欲しいくらいだ。

「ん? どうしたの? 敷常くん」

 前屈みで顔を覗き込む深月。Tシャツ越しに揺れる胸が、トオルの視線をガッチリ鷲掴みにしていた。

 ――エ、エロい……じゃないっ! 一里塚さん相手に何を考えてんだ、僕は! ここは欲情してないで、褒めるところだろ!

 と湧き出てしまった我欲をかなぐり捨て、ニッコリ笑った。

「とってもかわいいよ、深月ちゃん」

「………………」

 そこへ偶然にも、九斗に手を引かれてやって来た保子莉。その顔を見れば予想通り、呆気に取られていた。

 ――しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 本当はアレンジを効かせて「似合ってるよ」とイケメン風にキメるつもりだった。それなのに年端もいかない子供の褒め言葉を丸パクリした挙げ句、普段、呼びもしない名前に「ちゃん」付けまでしてしまったのだ。

「あ、いや……そのぉ……」

 自ら放った失言に、我が身をズタズタに引き裂きたくなった。

「そっか。高校生になったから、勇気を出して大人っぽい水着を新調したんだけれど……私には、まだ早かったのかな」

 寂しげにうつむく深月に、心が発狂した。

「い、いや、そうじゃなくって! 一里塚さんにぴったりな水着であって、だ、だからつい見惚れてしまって! いや、決してエロいとか考えてなんかないよ! ただ間違えて」

 考えなしの弁解がさらなる墓穴を掘り、その度に深月の表情も複雑に曇っていく。

 ――ダメだ……。もう何を言っても信用されそうもない

 困惑の色を向ける彼女の瞳に、罪悪感で胸が押しつぶされそうになった。もう堪えられない。

「ごめんなさい! 一里塚さん! でも、本当に似合ってます!」

 深月に背中を向け、砂浜を蹴って海に飛び込んだ。呼び止めるみんなの声を無視し、沖合に浮かぶイカダ目指して全速力で泳ぎ続けた。

「はぁ、はぁ。はぁ……はぁっ……」

 辿り着いたイカダに手を掛け、息を切らしながらうな垂れた。

 ――もうダメだ。一里塚さんに合わす顔がない

 やることなすことが中学生並だった。心無い言葉で好きな人を傷つけ、逃げ去ってしまった自分がどうしようもなく情けなかった。

 ――これから、どうしよう

 戻っても、きっと気まずい雰囲気になるだろう。トオルはイカダから手を離し、クラゲのように海面に身を委ねた。

 ――こんな時、長二郎が元気だったら良かったのに

 もしあの場に長二郎がいたならば「気にすんな、トオル!」と馬鹿笑いして場を和ませてくれたことだろう。

 ちゃぽ、ちゃぷ……。

 ――いっそのこと、このまま、どっか遠くへ行きたいなぁ

 途方にくれたまま蒼い空を眺め、現実逃避していると 

「おーい。トオルよ」

 波音に混じって聞こえてくるその声に、意識が現実に引き戻された。

「保子莉……さん?」

 立ち泳ぎをして身を起こせば、クレアの浮き輪を使って泳いでくる保子莉の姿があった。

「まったく、おぬしというヤツは何をやっておるのじゃ? あれでは深月も困ってしまうじゃろうに」

 やっぱり。きっと立ち直れないほどのショックを受けているに違いない。

「何を言っておる。言いっ放ったまま海に入っていったおぬしを、心配しておるだけじゃ」

「それってどういうこと? だって僕は一里塚さんのことを……」

 トオルがイカダに手を掛けると、保子莉も手を伸ばしてイカダの縁に掴まった。

「深月には、不器用じゃが嘘偽りのない褒め言葉じゃと伝えておいたし、もう本人も気にしとらん」

「本当に? 本当に一里塚さんは傷ついてない? 怒ってない?」

「くどいのぉ。むしろ、おぬしのことを心配しておるくらいじゃから、大丈夫じゃ」

 まったくもって世話のかかるヤツじゃのぉ。と、浮き輪を体から抜いてイカダによじ登る保子莉。

「ごめん……」

「別に謝らんでも良いわ」

 そう言って浮き輪をイカダに乗せ

「ところでトオルよ。どうせなら、わらわの水着も褒めてはくれぬかのぉ?」

 海面から保子莉を見上げれば……両腕を左右に伸ばし、臆面もなく肌を晒していた。赤と黒のクロスホルタービキニ。どことなく大人っぽさを醸し出すその水着姿に魅入っていると

「そんなにしみじみ見られると、何だが恥ずかしいのじゃがのぉ」

 そう言って顔を赤らめる保子莉だったが、それでも水着姿を隠そうとはせず、むしろ大胆に挑発してきた。

「おぬしが所望するならば、この紐……解いてやって良いぞ」

 艶めきながら首の後ろで結んだ紐に手を掛ける保子莉に、期待と建前が交錯する。……が、おおっぴらに脱がれては、それこそ大変なことになりそうな気がした。

「いやいやいやっ! そんなことしなくていいから! だから、こんなところで脱がないで!」

 トオルが慌てて制すると、保子莉はクスクスと笑ってイカダの縁に腰掛けた。

「冗談じゃ。それで感想は?」

「と、とっても似合ってるよ」

 嘘ではなかった。現に、今も男としての生理現象が落ち着かないのだ。とは言え、さすがに異性を前にして言えるはずもなく、海水に身を沈めて理性を抑えるだけが精一杯だった。

「及第点じゃが……まぁ、良かろう」

 そう言って、保子莉は海面につけた足のつま先を蹴り上げて、飛沫をパシャパシャ飛ばす。

「で、深月に告白するつもりなのか?」

 元来た浜辺に目を向ける保子莉に、トオルは眼を見開いた。

「ど、どどど、どうして、それを? まさかクレアが?」

「クレアに関係なく、おぬしの態度を見ておれば誰でも分かるわい。まぁ、気付いていないのは深月と子供たちくらいじゃろうな」

 返す言葉がなかった。確かにチャンスがあれば告白したいと胸に秘めていたが、まさかバレバレだったとは。

「まだ好いておったのじゃな……」

 遠い目をして呟く保子莉に、トオルの気持ちが一瞬だけブレた。物思いにふける彼女の表情に、なぜか心が吸い込まれていく。

 ――なんだろう、この気持ち……

 気づけば、足で波をもて遊ぶ保子莉を無言で眺めていた。途切れることのない波音だけが二人を包み込んでいた。

 そこへ聞き覚えのあるエンジン音とともに、海上を突っ走る一台のジェットスキーらしき乗り物がイカダの側を横切った。

「「んっ?」」

 同時に急速ターンをしてイカダに迫ってくるジェットスキー。速度を落とすことなく水上をブッ飛ばすマシンに対し、トオルは慌ててイカダによじ登って身構えた。夏場になると必ずニュースとなるジェットスキーの事故。よもや自分の身に降りかかろうとは。ところが、マシンは寸前のところでドリフトし、ピタリとイカダの手前で止まった。

「ちょっとあなたたち、チョーちゃん知らない?」

 サングラスを外し、挨拶なしに訊ねる色っぽいお姉さん。胸の大きさを強調する派手な競泳水着。そしてスラリと伸びた美脚。その美しい女性に対し、トオルが心を奪われていると、いきなり保子莉に横っ腹を小突かれた。

「痛っ! って、何するのさ!」

「人の水着を褒めたすぐ後に、他の女で上書きするおぬしが悪い」

 何を言っているのかサッパリ分からなかった。

「それはともかくとして……名乗りもせず、いきなりモノを訊ねるとは、どういう了見じゃ? と言うよりも、おぬしはどこの星の者じゃ?」

 そう言って訝しげに相手を睨む保子莉。

 良く見れば、身なりが明らかに地球人とは異なっていた。生きた双蛇を首に巻き付け、背中に担ぐ一対の長剣。しかも乗っているのはジェットスキーではなく、保子莉の愛車によく似たライドマシンだった。

「あ、ごめんごめーん。私はトキン・トキン。絶滅危惧種のソーモス星人よ」

 自己紹介とともに、額に人差し指を押し付ける綺麗なお姉さん。……のはずが、同時に見たこともない獣の顔が現れた。狼とも狐とも言いがたい顔立ちと、燃えるような赤い髪。その獣人姿にトオルが驚いていると、保子莉がさも当たり前の如く言う。

「ディメンション・フェイスか」

「あら? 猫ちゃん、良くご存知ね」

「造形したホログラムで実体を偽り隠すという光学技術じゃろ。もっとも実物を目の当たりにしたのは、これが初めてじゃがのぉ」

「でも、こっちのお兄さんは知らなかったみたいよ」

「この惑星の原住民じゃから、宇宙技術など知らなくて当然じゃ」

「この未開惑星の原住民? そんな下等な原住民があのロード・ガンナー・レースの狙撃手だったの? いやだー! とても信じられなーい!」

 下等な原住民は、ちょっとばかし失礼すぎではないだろうか。

「ところで、さっきから、わらわたちのことを知った風に並べ立てておるが……こっちとしては互いの関係がまったく理解出来ておらぬゆえ、もし良ければ説明をしてもらえんかのぉ」

「それじゃあ、まずは私の生い立ちから説明するね」

「いや、おぬしの誕生秘話などは結構じゃから、まずはここに訪れた理由を……」

「えぇー! 広い宇宙を旅して、ひとりでいる時間が長かったから、久しぶりにお喋りしたいんだけれど……ダメ?」

「何で、見ず知らずの初対面のおぬしと、仲睦まじくお喋りせにゃならんのじゃ!」

「あれ? 私、あなたたちのこと知ってるよ。チョーちゃんのお友達でしょ?」

 質問が振り出しに戻った気がする……。

「チョーちゃん? もしかして長二郎のことかな?」

「そうとも言うらしいわね」

 意思の疎通に問題はないものの、会話に微妙なズレを感じるのは気のせいだろうか。

「認めたくはないが、話が進みそうもないから認めるとしよう。それで、そのチョーちゃんに何用じゃ?」

「特別、用ってほどでもないんだけれど、タルタル星で貸したお金の件で話があってね」

 ――そう言えば、智花の誘拐騒動のときに借金を抱えたとか言っていたけど、もしかしてそのことかな?

「つまり、早い話が取り立てに来たというわけか」

「そうそう」

 トキンは首に巻き付けていた双頭の蛇と担いでいた長剣2本を座席シートに降ろすと、イカダに飛び移ってトオルの隣に腰掛けた。

「だけど、彼ったら……お金、全然持ってなかったのよね」

 なぜか甘い声でトオルの胸板を指でなぞるトキン・トキン。その万国共通の色仕掛けにトオルがドギマギしていると、保子莉がトオル越しにトキンを押し退けた。

「どうでも良いが、耐性のない少年を拐かすような真似をするでない!」

 ――って言うよりも、保子莉さんの胸も顔に当たっているんだけど

 思いがけないハーレム状態に、顔を背けることができなかった。

「ごめーん。つい癖でやっちゃった。ところでお兄さんには、もう心に決めた特別な人がいるのかしら?」

 媚びるようにしなを作って身を寄せるトキンに、またもやトオルを挟んで保子莉が押し退ける。そのサンドウィッチ状態に、トオルは顔を紅潮したまま身をゆだねるだけだった。

「いちいち娼婦みたいに絡みつくでない! そもそも金の話をしているのだから、トオルは関係なかろうに!」

「あら、ごめんなさい。えーと、どこまで話したかしら?」

「全然、話とらんじゃろ! 金じゃ! 長二郎に貸した金の話じゃ!」

 人差し指と親指で輪っかを作る保子莉に、トキンがポンと手のひらを叩いた。

「そうそう! 実はタルタル星で貸したお金の件で話があってね」

 話が一向に進まないことに、保子莉がブチ切れた。

「端的に結論から申せっ!」

 するとトキンはトオルに身を寄せたまま、強制徴収までに至る経緯を語り始めた。聞けば、負債者本人から何の音沙汰も無く返済が滞っていたらしく、それに業を煮やしたトキンは長二郎の自宅に出向き、部屋に飾ってあった品々を利子代わりに押収してきたとのことだった。

「そう言うのは最初に本人に督促してから、差し押さえるんじゃないんですか?」

 トオルが地球の常識を口にすると、トキンが悲しい眼をして人差し指を咥えた。

「だってー、今朝一番に押しかけたら、チョーちゃん居ないんだもん。だから勝手にお金になりそうな物を見つけて持ってきちゃった」

 ペロッと舌を出して笑うトキンにトオルは頭を抱えた。

 ――タイミングが悪すぎる

 朝の始発電車に乗って、ここまでやってきたのだ。きっとトキンの訪問はその直後だったのだろう。しかし保子莉はそのことよりも別の疑問を抱いていた。

「ちょっと待て。どうやって長二郎の家を調べたのじゃ?」

 するとトキンは端末を使い、青空の下にHUDを照射させた。

「借用書に書いてもらった住所見れば、調べるまでもないでしょ」

 浮き出た証文を見れば、借用金額と文言、そして住所と氏名が。もちろん長二郎の直筆だ。

「しかも彼ったら、嬉し泣きしながら書いてたわよ」

 そのミミズが這ったような文字から察するに、途方もない金額を直視できず、笑うしかなかったのたろう。

「しかし、なんちゅう金額じゃ。しかも利子までしっかり加算されておるではないか」

 HUDの額面を見れば、今もタクシーメーターのように数字が跳ねあがっていた。

「それで、どうやって長二郎の家に出向いたのじゃ」

「もちろん、アレで」

 あっけらかんとした表情でライドマシンを指差すトキンに、保子莉が怒声を上げた。

「アホかぁ! どこの世界にライドマシンで出向くバカがおるのじゃ! そもそもここは未開惑星の地じゃぞ! 原住民の目にでも触れれば大騒ぎになるじゃろうが!」

「でも保子莉さんも、うちの近所の裏山で乗り回していたよね」

 自ら放った保子莉のブーメランに、トキンが口元に手を当ててドン引きしていた。

「あら、いやだ。それはとんでもないおバカさんね」

 同時に保子莉がトオルの頬を抓っていた。

「その点、私はエラいわよ。家に到着するまで誰とも会わなかったし、誰にも見られてないわよ」

 早朝とは言え、誰とも会わなかったということは、相当、運が良いとしか言いようがない。

「そして、誰の目にも触れずに略奪行為をしたと言うわけか」

 するとトキンは手をヒラヒラ振って否定する。

「そんな泥棒みたいな真似なんかするわけがないじゃなーい」

「ちょっと待て。つかぬ事をうかがうが、どうやって長二郎の部屋に忍び込んだのか、おバカなわらわに教えてはもらえぬかのぉ」

 訝しげな顔をして訊ねる保子莉に、トキンが大声で笑った。

「いやーねぇ。玄関の呼び出しボタンを押してから、入ったに決まってるじゃない」

 常識を踏まえての正面突破。そうなると芝山田家の誰かが来訪者のトキンを出迎えたことになるのだが。

「えぇ、もちろん。チョーちゃんのお母さまが出てきたわよ」

「もしかして、その姿のままで?」

「まさか。ちゃんとディメンションフェイスしてたわよ。それで事情を説明したら、ひたすら謝って、チョーちゃんの部屋に案内してくれたわよ」

 そう言われ、トオルは面識のある長二郎の母親を思い出した。

 腰が低く、いつも優しいおばさん。それだけに息子が抱えてしまった膨大な借金に卒倒したに違いない。とトオルが気の毒に思っていると、またもやトキンが大笑いした。

「ここがウチの馬鹿息子の部屋ですので、どれでも好きに持っていってください。って、呆れてたわよ」

 どうやら思ったよりも母親はたくましかった。

「それで首尾良く、差し押さたと言うわけか。それで押収物はどうしたのじゃ? 見たところ、それらしきモノが見当たらんようじゃが?」

 保子莉の疑問にトキンが小高い山向こうを指差した。

「とっくに駐機場の宇宙船ふねに運んだわよ」

「駐機場? って、なんでそんなものが、こんなところにあるのさ!」

「一般の地球人は知らんじゃろうが、この日本にもいくつかの駐機場と呼ばれるターミナルがあってのぉ。トキンの駐めた場所も、そのひとつじゃ」

 その言い回しから察するに、同じような場所が世界中に点在しているということなのだろうか。

「もちろんじゃ。アメリカ、イギリスは特に多く、宇宙人にとって都合が良くってのぉ、利便性の高さは日本よりも断然、上じゃぞ」

 さも当たり前のように言ってのける彼女の説明に、幼少の頃から思い描いていたSF概念が霧散していった。

「それで金目になるようなモノはあったのか? どうせ、あやつのことじゃから、ガラクタばかりで利子の足しにもならんモノばかりじゃったろ?」

 六畳一間に所狭しと並ぶサブカルチャー関連の品々。壁にアニメポスター。本棚には書籍とメディア。特注品のアクリル棚に並ぶフィギュアたち。正直、興味の無い者にはガラクタ同然の扱いだろう。

「そんなことないわよ。買い手次第によっては、いい金額になるはずよ」

 そう言ってHUD内の電卓を弾くトキン。長二郎の目利きもさることながら、こちらもこちらで相当な鑑定人のようだ。

「じゃあ、もしかしてアレも?」

 トオルはライドマシンの座席に置かれた一対の長剣に目を向けた。トオルの記憶が正しければ、長二郎が大事にしている『魔剣ベルファー』のはずなのだが。

「良くわかったわね。これがまた一本でも結構、重たくって肩こっちゃうのよね。ちなみにこの間までは借金のカタに、ミーク星人の甲羅を担いでいたんだけど、アレも結構重たかったのよねー」

 そう言って肩を揉みながら首をコキコキさせるトキン。

「ミーク星人の甲羅じゃと? 確か、あやつらは甲羅が無ければ生きて行けんはずじゃが?」

「いやぁねぇ。生きたミーク星人から剥がしてないから大丈夫よ。代々、引き継がれてきた形見の甲羅を差し押さえただけよ」

 ミーク星人がどんな種族かは知らないが、甲羅と言うからには亀のような宇宙人なのだろう。しかも長きに渡って受け継がれてきた大事な甲羅。それを借金返済のために手放したミーク星人の子孫も哀れとしか言いようがない。

「まぁ、それはともかくとして、ここに長二郎がいると良く分かったのぉ?」

「えっ? チョーちゃん、いるの?」

「もしかして、知らんかったのか?」

「うん」

「じゃあ、何しにここへ?」

「特にこれといった用事もないし、帰る前に海で遊んでいこうかなーと思ってたら、偶然あなたたちを見つけてね」

「…………」

 思わず無言になる二人に、トキンが変わらぬ調子で再度訊ねた。

「それでチョーちゃん知らない?」

 何度も繰り返す問いに、トオルと保子莉が揃って頭を抱えたのは言うまでもなかった。

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