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第一章 ドキドキサマーキャンプ3

「わざわざ、来てもらって悪いね」

 真っ白な部屋。その壁の向こうから、白衣男と共に現れた子供が脚のない椅子に腰掛けた。

「早速で申し訳ない。先日、君たちから預かり受けた二人の人格再形成の件だけど……」

 向けた言葉の先のソファーに、金髪美少女と栗色の髪をした幼女が座っていた。

「仕事もしないで、自分の趣味で遊ばせた挙げ句、逃げられた……ですか」

 訝しげに口を開いたのは幼女クレハ・ガゼ・エテルカだった。対象者の心を読み取ることができる宇宙人。その特殊能力を持つ彼女は、相手の言わんとしたことを先読みしていた。

「趣味とは人聞きが悪いね。これでも僕はやることが多くてね、単に手が回らなかっただけだよ」

 白衣男と一緒になってクツクツ笑う子供を、金髪美少女がジーッと見つめた。

「……無能」

 無表情で言い放つ美少女に、白衣男と子供が一際大きく笑った。

「手厳しい評価だね。流石は海賊クロウディアの頭首といったところかな」

 エテルカは褒め言葉とあるまじき声を聞いて、隣に並ぶ金髪美少女ラ・クロウ・ディアを一瞥して言う。

「お互い心を読める者同士なのですから、戯れ言のような建前を口にするのはやめて、本題に入りましょう」

「ずいぶんとせっかちなんだね。まぁ、いいや」

 白衣男と一緒になって頷く子供。そして揃って立ち上がると、後ろ手を組んで部屋の中を目的もなく歩き始めた。

「実は預かった二人だけが脱走したなら、まだ良かったんだけれど……困ったことに、観察対象の被験者を連れて逃げ出してしまってね」

「その被験者と私たちは面識があるのですか?」

 端的に訊ねるエテルカに、白衣男と子供の歩みが止まった。

「ないよ」

 飄々と言い放ったその言葉に、ディアがボソリと呟いた。

「……帰る」

 無駄な時間を過ごした。とばかりに立ち上がり、白衣男と子供に背中を向けるディア。

「お預けしたジャゲとビチャは煮るなり焼くなりして頂いて結構です」

 辞去し、ディアに続いて出口へ向かうエテルカだったが……

「話は最後まで聞いていって欲しいものだね。ボクにとっても、あの二人には利用価値がないんでね。こちらとしても願い下げなんだよ」

 しかしディアは振り向きもせずに答える。

「……聞く必要なし」

「そうかな? どうやらあの二人は、恨みを抱く相手がいるようでね。名前は確か『チュッパ・チャップ』だったかな?」

 子供の口から紡がれた名前に足を止めるディアとエテルカ。

「おや? ご存じのようだね」

 白衣男と子供の口角が嬉しそうにつり上がった。

「ふーん、そっか。彼らはシグレ・ホズリということを知らないんだ」

「勝手に人の心を読まないでください」

「お互いクレハ星人なのだから、それは無理と言うものだよ、エテルカ。それはキミが一番良く知っているだろう」

「通信Linkを使わず、直接、呼んだのはそのためですか?」

「そうだよ。通信越しでは心は読めないからね。ほら、今も恋人チョージローのイメージがボクに伝わってきているよ」

「くっ!」と幼女が子供を睨んだ。

「……エテルカ、諦め悪すぎ」

「ディアさまは黙っててください。あなたたち! いや、あなた! 黙っていましたけど、先ほどからその男と意識を共有してますね!」

 エテルカの指摘に、子供と白衣男がなおも笑った。

「良く分かったね」

「あなたと男の意識がシンクロしてて、あなた以外からの思念が読み取れないからです」

 子供に向かってビシッと指差す幼女に、ディアが意味も無く話に便乗する。

「……私もエテルカと共有してる」

「いえ、そうではないんです。私たちの場合、個々の意識であって、この二人は一つの意識でしかないんです。つまり男の方は空っぽで、子供の方が主導権を握っているんです。……って、ディアさま、私の言っている意味を理解してますか?」

 矢継ぎ早の説明に、ディアがゆっくりと小首を傾げた。

「……ん、たぶん?」

「タダでさえ口数が少ないのに、あやふやな返事をしないでください!」

「……………ん」

「ディアさま……時折、イラッとさせられますよね。心を読み取ってなければ、とっくに私の二丁拳銃の餌食になってますよ」

「……それはイヤ」

 自省の念もなくしれっとするディアに、エテルカがため息を吐いていると

「ふーん。あの二人はこの猫族の娘を恨んでるんだ」

 手元の空間に浮かび上がるHUDヘッドアップディスプレイを覗き込んで白衣男と子供が興味津々とばかりに頷いていた。

「しかし、レースの真っ最中にミサイル騒動とは穏やかじゃないね」

 子供はHUD上で再生されている動画の画角をクルクル回しながらエテルカに訊く。

「ところで愛しのチョージローくんはどこにいるんだい? 配信されているこの記録動画には映っていないようだけれど」

「残念ながらそこにはいません」と冷ややかに答えるエテルカだったが

「おや? もしかしてライドマシンの下敷きになったキミを抱き上げているこの純人型ヒューマンがそうなのかな?」

「くっ!」と言葉に詰まるエテルカに、子供と白衣男がほくそ笑んだ。

「どうやら、当たりのようだね」

「あなたには関係のないことです!」

「そうは言っても、彼を想うキミのイメージが強くなっていく一方でね……嫌でもボクに伝わってきてしまうんだよ」

 次々と心の内を露呈してしまうエテルカに、ディアがしたり顔で言う。

「……エテルカ、メンタル弱すぎ」

 チャキッ!

 オモチャのような二丁拳銃を額に突きつけられ、視線を反らすディア。

「……ごめんなさい」

「口は災いの元ですから、気をつけてください」

 拳銃をスカート下のレッグホルスターに納めるエテルカに、子供が忠告した。

「誠に申し上げにくいのだけれど、エテルカ。もしかしたらキミの愛しの人に危険が及ぶ可能性があるかもしれないよ」

 HUD上で別の情報を読み取る子供に、エテルカの片眉が持ち上がった。

「危険?」

「そう。実は預かった二人が、猫の娘がいる辺境未開惑星に向かったようなんだ」

「どうして、それを?」

「ボクが保護していた被験者の首に目印マーカー・レシーバーを付けてあってね、今も追跡しているところなんだけれど……到着は銀河標準時で、あと数時間と言ったところかな」

「その惑星に猫がいる確証は?」

「どうやら彼女、ここ最近、惑星住基登録を、この地球ほしに移したようだよ」

「……でも、バカ二人は猫の場所を知らないはず」

「きっと偽名だと信じている『ホズリ』で調べたんだろうね。先日、ここから外部へ接続した形跡があってね、その通信記録アクセスログを見る限り、宅配便の履歴から移住地を割り出したようだよ。宛名はシグレホズリ。受け取り人は……ふーん、クレハ星人で、購入した品物は『遺伝子組み換えくんDNX』か」

 何かを得心したかのように頷く白衣男と子供に、エテルカが訊く。

「それでチョージローが危険と言うのは?」

「だって彼は猫の仲間なんだよ。猫の娘はともかく、巻き添えをこうむることもあるんじゃないのかな?」

「……それはありそう」

 隣でボソリと呟くディアに、幼女の眉間に皺が寄った。

「時折、まともなことを言うから腹が立ちますね」

「それで、行くんでしょ? 彼のもとへ?」

 にこやかに笑う白衣男と子供に、エテルカはディアの意思を確認するように一見した。

「……私は構わない」

「どうやら決まりのようだね。で、早速だけれども、ここからはビジネスの話をしよう」

「ビジネス?」と幼女が怪訝な表情をしていると、ディアがハッキリ断った。

「……ビジネスである必要はない」

「キミたちに必要性がなくても、こっちが依頼したいんだよ。もしボクの依頼を遂行してくれたならば、いくらかの謝礼を出そうとは思っているんだけれど」

「……謝礼は欲しい。でも面倒なのはイヤ」

「簡単な仕事だよ。二人が連れて逃げた観察被験者の身柄確保をして欲しいだけさ」

 笑って話す子供の依頼に、エテルカが無愛想に突っぱねた。

「簡単ならば、ご自身で探しに行くか、もしくは捕獲業者に頼んで保護してもらえばいいことでしょう?」

 エテルカの問い掛けに、ディアも一言添える。

「……上手い話には裏がある」

 断言する海賊頭首に、白衣男と子供が苦笑した

「騙す気はないよ。それに今回の件に関して専門業者プロフェッショナルは使いたくない事情があってね。正直に話すと、観察被験者はどの星にも登録記録がなくってね、個人的にも公にはしたくないのさ」

「……あなたが登録すればいいこと」

「意地悪だなぁ。僕の生業なりわいを知ってて、そう言うことを言うんだ」

「無許可無申請でクローンを作り、生命ロンダリングを繰り返しているマッドサイエンティストでは、どの惑星管理局もまともに取り合わないでしょうね」

「……身から出た錆」

「手厳しいね。ボクとしては、別に悪いことをしているつもりはないんだけれどね」

「寿命概念という生命倫理を無視している以上、決して良い行いとは言えませんよ」

 すると白衣男と子供は、後頭部に手を当てて笑った。

「もっとも過ぎて、返す言葉がないよ。それで……この仕事、引き受けてくれるのかい?」

 しかしディアは虚空を見上げて押し黙り、またエテルカも彼女を見上げたままだった。

「風の噂で聞いたところ、最近、キミらも仕事がやりにくく、しのぎが少なくて困っているそうじゃないか。しかもライド・ガンナー・レースでの番狂わせで大赤字になったとか」

「どこから、その情報を仕入れたんですか?」

 スカート越しから銃に手を掛ける幼女に、子供は動揺すらせずに答えた。

「キミたちが所有する船が通信Linkに接続している以上、この手のハッキングなど造作もないよ。もっともボクの手にかかれば未接続スタンドアローンでも乗っ取ることができるけどね」

 子供は笑いながらHUDに金額を入力し、それを二人に提示した。

「これでどうだろうか? 難しい仕事でもなく、臨時収入としても上々のはずだと思うけど?」

 見せつけられた巨額に、ディアとエテルカの顔色が変わった。

海賊わたしたち相手に平然と交渉するあなたは信用できないのですが……いいでしょう。引き受けましょう」

「交渉成立だね。あと、ついでと言っては何だけれども……」

 と、子供はあらたまって椅子に腰掛けた。



「ところでジャゲのダンナ。どうやって、のじゃ猫のいる星に降りるちゃん?」

 コンソールパネルに浮かぶUHDの情報を読み取るビヂャヴゥロォ星人に、ジャゲナッテ星人がヤツメウナギのような口を開いた。

「はぁん? 直接、チャップんとこにぃ押しかけるにきまってんだろぉん!」

 操縦席に座って足を放り出すジャゲに、小人宇宙人ことビヂャが小さな目玉を見開いた。

「無許可でそんなことしたら、銀河パトロールの連中が一斉に押し寄せてくるちゃんよ! まったく、ダンナはいつも考えなしで動くから怖いちゃん」

 小さな肩を竦めヤレヤレとばかりに、かぶりを振るビヂャ。

「じゃあん、俺様にどうしろってんだぁん?」

 ジャゲは声を荒らげながら、宙を舞う小人宇宙人を鷲掴んだ。

「ここまで来てぇん、チャップに何もせずに帰れってんじゃあ、ねえだろんなぁん? あぁん?」

 ビヂャは無数の触手を突き出す丸い口を押し退け、ジャゲの拘束から逃れる。

「そもそもダンナの居場所といえば、あの白衣男のところか、ディアのところしかないちゃん! ……って、そこのお前! 何が可笑しいちゃん!」

「いや……拙者は笑ってなどいないが……」

 操縦室の片隅に座る再生体に、ビヂャが羽音を鳴らして近寄っていく。

「トボけるでないちゃんよ! わしがダンナに掴まれてたのを見て笑ってたちゃん!」

「言いがかりはよしてくれ」

 相手にしないよう顔を伏せる再生体の態度に、ビヂャがヒステリックな声を上げた。

「何ちゃ、その不貞腐れた態度はっ! 自分の立場を考えてモノを言うちゃんよ!」

「ビヂャ、言うことを聞かないヤツにはぁん、お仕置きが必要だろぉん」

 ジャゲはそう言って、手のひらサイズの箱をビヂャに放った。

「お前、コレが何だか知ってるちゃんよね?」

 ニヤリと笑うビヂャに、再生体の顔が青ざめた。

「そうちゃん。コレはお前の大好きな電撃ビリビリなリモコンちゃんよ!」

「や、やめろっ!」

 狂気な表情で高笑う小人に、手を伸ばす再生体。が……

「おっと、そうはいかないちゃん」とビヂャがリモコンを作動させる。同時に再生体の首輪に電流が走った。

「くっ……くはぁっ!」

「うけけっ。ワシに手を出そうなんて百年早いちゃんよ!」

 床をのたうち回りながら苦しむ再生体を見て、ビヂャはさらに出力を上げていく。

「っ!」

 おぼつかない呼吸の中で首輪を外そうとする再生体。だが、それを手に掛けた途端、両腕にも電流が貫いた。

「ビヂャ、そのくらいにしておけぇん。何しろ、そいつにショック死でもされちまうと、チャップに仕返しができなくなっちまうぞぉん」

 ご満悦の顔で哄笑するジャゲとビヂャの足下で、再生体は乱れた呼吸を整えた。

「それでどうやって入星にゅうせいするちゃん?」

「今、考えてるんだからぁん、黙ってろぉん」

 恒星間ドライブ中の船外を見ながら、腕組みして考えるジャゲ。そして……

「おい。のじゃ猫のいる星にぃんターミナルステーションがあるか確認しろぉん」

「なんでちゃん。そのくらい自分でやればいいちゃんよぉ」

「うるせぇん! ガタガタ言わずにぃん、サッサと調べろぉん!」

 ジャゲの剣幕に煽られ、ビヂャはコンソールパネルを操作して答えた。

「のじゃ猫の住処すみかから、だいぶ離れているけれど、小さな駐機場があるちゃんね。しかも不定期に惑星近くの衛星からシャトルバスも出ているみたいちゃんよ」

「入星審査レベルはどうなってるんだぁん?」

AAAトリプルエーマイナスちゃん」

 ビヂャの回答に、ジャゲが丸い口から触手を突き出した。

「はぁん? 何で、そんなにレベルが高いんだぁん!」

「大昔はディーマイナスで、頻繁に原住民と対話が出来るレベルだったらしいちゃんが、今は半端な中期文明で監視規制が厳しくなって、気軽にアクセスできないみたいちゃんよ」

「面倒臭え星だなぁん」

「まったくちゃんね。しかもこんな交通アクセスが不便な辺境惑星いなかに住むなんて、のじゃ猫も相当な変わり者ちゃんよ」

「くそぉん……なんとか入星審査を受けずに済む方法はないもんかのぉん」

 するとHUDの情報を見ていたビヂャが声を張り上げた。

「ダンナダンナ! 良い方法があるちゃんよ!」

「あぁん? なんだぁそりゃん?」

「どうやら過去に一度でも審査通過している登録船ならば、審査無しで入星出来るらしいちゃん」

 ビヂャの調べた情報に、ジャゲはしばし沈黙して

「よしっ! 決めたぞぉん!」

「どうするちゃん?」

「俺たちは海賊だぁん。海賊なら海賊流儀に従って登録船を乗っ取るまでよぉん!」

「言っとくけど、わしは海賊になった覚えは一度もないちゃんよ」

「細けぇことなどぉん、気にするなぁん」

 ウヨヨヨヨンと不気味な笑みを浮かべるジャゲに、ゲンナリするビヂャだった。

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