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第一章 ドキドキサマーキャンプ2

「見て見て、保子莉さん! これが海だよ!」

 生い茂る林を抜けた瞬間、濃い潮風が肌を撫でた。入り江から伸びる深い藍色とエメラルドグリーンが織りなす大海原。眼下に広がるその眺望に、長二郎を除いた一同が感嘆の声を漏らした。

「ほぉ、これが海か」

「素敵ですぅ!」

「うみ、でっけぇぇぇ!」

「わーい! うみだぁ!」

 飛び跳ねて大はしゃぎする九斗とミオに、深月も満足げに笑った。

「海岸線を歩いても良かったんだけれど、ここに来たからには、やっぱりこの素晴らしい景観をみんなに見てもらいたくって、わざわざ山道を歩いてもらったんだよ」

 地元民しか知らない美景に、トオルたちは再度ため息を漏らした。もし海岸沿いの道を歩いていれば、このようなパノラマを望むことはなかっただろう。するとミオがトオルのカーゴパンツの裾を引っ張った。

「ねぇねぇ、トオルおにいちゃん。ぼく、あのうみのむこうまでいってみたい」

 空と海の境を指差すミオに、トオルは優しく言って聞かせた。

「ミオくん。それは無理だよ。あっちはもの凄く遠いんだから」

 すると九斗が食ってかかってきた。

「なんで、むりなんだよ!」

 純真無垢の子供というのは時として無茶を言うものだと、トオルが苦笑していると、深月が訂正する。

「でも、ミオくんたちが大きくなったら行けるかもよ」

「えっ? 冗談でしょ?」

 遙か彼方と思える水平線を二度見するトオルに、深月が笑った。

「実は浜辺から水平線までの距離って、だいたい5キロくらいしかないんだよ。だから遠泳が得意な人なら可能だよ」

 現実味のある距離感にトオルも驚くばかりだった。

「もっとも私は泳ぎたくないけどね」と、深月が肩をすくめて笑い飛ばしていた。

「それじゃあ、お待ちかねのキャンプ場に行こうか」

 ガイド深月の号令に、一同は再び山道を歩き始めた。バードウォッチングや川の清流を眺めながら山を降り、麓のキャンプ場の入り口へと辿り着く。整備されていない古ぼけたアスファルトを跨ぎ、朽ちかけている木の看板を横切って奥へと進めば……防風林に囲まれるように木造作りの管理棟が見えてきた。

「マイナーなキャンプ場で、ほとんど利用する人がいないから気兼ねしなくていいよ」

 深月は一笑して、管理棟である掘っ立て小屋の鍵を開錠した。

「しかし、ずいぶんとくたびれた小屋じゃのぉ」

 管理棟の中に足を踏み入れると、みすぼらしい床板がギシギシと軋んだ音を上げる。

「施設の整ったオートキャンプ場と違って、あばらや同然の建物だから、そう思われても仕方ないかもね」

 深月は苦笑しながら、奥の倉庫からテント一式と人数分のシュラフを引っ張り出し、さらに必要な物を表に出していく。

「でも、こうやって道具はちゃんと手入れして保管してあるから、いつでも使えるんだよ。うん、これで全部かな?」

「ところで深月よ。食事はどうするのじゃ? まさか、自給自足ではなかろうな?」

 だとすれば、釣り竿や狩りの道具が必要になるだろう。

「その点は心配ないよ。おじさんが軽トラで食材を運んできてくれるから。さてと……じゃあ、みんなで運ぼうか」

 気付けば、テント一式がふたつと七つの寝袋。そして炭の入った段ボールが四箱とOD缶ガスボンベや炊事道具などが山積みにされていた。その物量を見て、トオルは気合いを入れた。

「じゃあ、僕がテントを持つよ」

 ここで男らしいところを発揮して、一里塚さんにカッコいいところを見てもらうんだ。と意気込んで大きなテント袋を持ち上げた。……が、みっともなくフラついてしまった。どうやら義体感覚でうっかり持ってしまったことは間違いだった。

「大丈夫、敷常くん? 一度に持っていかなくてもいいんだからね」

 どうせ、また取りに来るんだから。と心配する深月に、トオルは男の意地を見せつけた。

「力仕事は男の役目だから、任せてよ」

 すると女性陣からの拍手が湧き、深月の瞳にも期待の色が浮かぶ。

「だったら大きいのは全部、敷常くんにお任せしちゃうよ。それじゃあ、他のみんなは自分の寝袋シュラフ持っていこうか」

 自分とトオルの寝袋を抱える深月に習うように、各々も自分の使う寝袋を抱えてキャンプ場の奥へと進んだ。

「あそこがトイレとコインシャワーで、あと自販機とゴミ捨て場。こっちが炊事場と調理場だよ。まぁ、今回は直火でやっちゃうから、水汲みと洗面以外は必要ないかもね」

 声を弾ませて施設を案内する深月に、トオルは驚くばかりだった。

 ――一里塚さんって、見かけによらず、アウトドア派だったんだ

 何しろ勉強も出来る上に、ネイチャーライフにも精通しているのだ。そのポテンシャルの高さに、トオルの抱いていた深月へのイメージがガラリと変わっていた。

「よし! ここをキャンプ地としよう!」

 一際、大きい区画サイトで宣言する深月。子供たちが奇声を上げて大喜びしているのを横目に、テントを芝生の上に降ろすせば

「さぁ、敷常くん。残りの荷物を取りに行こうか」

 管理棟前に置いてきた残りのキャンプ用具。深月ばかりに気を取られて、すっかり忘れていた。

「じゃあ、私と敷常くんで残りを持ってくるから、みんなはここでくつろいでて」

 ――えっ? 二人だけで残りのキャンプ道具を運ぶの?

 いや、待てよ。考えようによっては二人っきりでの共同作業だ。こんなシチュエーションは、なかなかないかもしれない。

「うん、行こう!」

 下心がバレないように爽やかな笑顔でもって管理棟へ踵を返すと、連れ添うように深月もトオルの隣を歩き始めた。

 ――やっぱり、可愛いなぁ

 遠退く子供たちの声を尻目に、肩を並べて歩く深月をチラ見した。木漏れ日が降り注ぎ、鳥のさえずりが二人だけの世界を演出しているかのようだった。

 ――この雰囲気。まるで恋人同士みたいじゃないか

 緩んだ表情を出さないように自然体を装うトオルだったが、心の内では発狂寸前だった。

「10時前かぁ……。うん、手早く準備を済ませちゃえば、昼前には海で遊べるね」

 細腕に巻き付けた腕時計に視線を落とす深月に、今後の段取りを訊いてみた。

「まず、テントを張るでしょ。それから……特にやることないね」

 あははと口を開けて笑う深月に、トオルも笑った。

「って、それだけ?」

「もちろん陽の明るいうちに細かいことは片付けるけど……基本、テントさえ組み立てれば、ほとんどやることなんかないよ」

「細かいことって?」

 すると深月は指折り数えて口にする。

「そうねぇ……水汲みでしょ。それから、石を組んでかまどを作るくらいかな」

 なるほど。意外とやることはなさそうである。

 ――そうなると、力仕事は荷物運びと水汲みだけか

 さて、残りの荷物をどうやって運ぼうか……と考えていると、深月が神妙な顔を向けてきた。

「ところで敷常くん。芝山田くんのことなんだけど……彼、どうかしちゃったの?」

 ――あぁ、やっぱり気になってたんだ

 頬の肉が落ち、ゲッソリとやつれ細った親友。海賊クロウディアの従者であるエテルカと恋に落ち、離れ離れとなってしまったのだ。しかも相手は宇宙人であるゆえ、もう逢うことも叶わない。


「俺のことは気にするな、トオル。自分でなんとかする」

 地球に帰ってきてから何度か励ましの声を掛けたのだが、いつもそれだけしか答えなかった。

 そんな親友の落ち込みぶりを見かね、ある時、保子莉たちが記憶を消すことを本人に提案したのだが……

「いや、余計なことはしないでくれ」と寂しく答えるだけだった。

 もちろん保子莉たちも、そんな安楽死のような真似などしたくはなかったらしくホッと胸を撫で下ろし……ならば、せめて連絡が取れるようにと、保子莉とクレアがディアたちの所在を調べたらしいのだが、タルタル星のレース以降、行方をくらましているらしく、今もどこの星に潜伏しているのか分からないらしいのだ。

「俺のために……。みんな、ありがとな……。でも、もういいんだ……」と忘れることに努め、気力なく笑っていた。

 そんな日々を過ごし、夏休みがやってきた。

 学生なら誰もが喜ぶ長期休暇。しかしトオルや保子莉たちは、諸手を挙げて喜ぶことができずにいた。

「夏休みの旅行じゃが、今回は長二郎抜きにするべきじゃろうな」

 傷心する親友を気遣っての配慮。だが……

「あ、俺も行くから……よろしく……」

 聞けば、5月の段階で弟のミオに海へ連れていく約束をしてしまったらしく……兄が傷心を抱えていることも知らず、指折り数えて今回の海水浴を楽しみにしていたらしいのだ。


「なんだか、夏休み前から元気ないよね、彼……」

 どうやら深月からしても、長二郎の凹みっぷりは気になるようだ。

「心配掛けてごめん。でも、長二郎は大丈夫だから変に気を遣わないであげてよ」

 理由も述べず、ただ本人の意思を尊重しただけの曖昧な言葉。おそらく深月には理解出来ないだろう。するとカーゴパンツのサイドポケットが震えた。

 ――着信? いったい誰からだろう?

 ポケットからスマートフォンを取り出してみれば、一通のメールが。

『俺のことは気にせず、チャンスがあれば全力で行け』

 差出人は長二郎だった。解釈の度合いはともかく、好きな相手ならば本気でモノにしろということらしい。

「誰から?」

「うん、長二郎からメール」

「噂をすればってやつだね。それで、なんて書いてあったの?」

「えっ、いや、そのぉ……俺の分まで頑張れよ、だってさ」」

「それって、どういうこと?」

 それとなく意味を濁したつもりだっのだが……まさか、当人を目の前にして本当のことを言えるはずもなく

「俺の代わりに頑張って荷物を運んで来いよ。って、ことだと思うよ」

「何それ? 自分は働かずに、楽しようって魂胆?」

 眉をひそめる深月に、トオルは慌ててフォローした。

「い、いや、そういうことじゃなくって、俺の分まで楽しめってことであってさ」

「ふーん……。さっきは頑張れっていってたのに、なんだか言っていることが変だよ」

 納得がいかない様子の深月に、トオルも自身の不器用さに落ち込んだ。

「もしかして、男同士の友情ってやつかしら?」

 トオルの顔を覗き込んで、意味ありげにほくそ笑む深月。

「まぁ、いいけどね。だったら彼に遠慮なく楽しもうね、敷常くん」

 ニッコリ微笑む深月に、思わず頷くトオル。どうやらこの笑顔の前では、長二郎に遠慮している余裕はなさそうだった。

「話変わるけれど、敷常くんのメアド教えてくれない?」

 不意にメールアドレスを求められ、心が舞い踊った。いつか聞きたいと思っていた深月のメアド。だが事あるごとに聞きそびれ、今日まで知らずに過ごしてきたのだ。保子莉にでも教えてもらえば簡単なことなのだろうが、本人の知らないところで勝手にメアドを入手したのでは、深月も気を悪くすだろうと遠慮していたのだ。

「あと、芝山田くんのも教えてよ」

 抱き合わせ販売のような一言に、一瞬にして心が萎えた。そもそもなぜ長二郎も一緒なのか。

「ほら、今回のように急な変更とかあった場合、保子莉さんだけじゃなく、全員にメール送れたほうが、何かと都合がいいじゃない」

 一斉配信。まさか、そんな理由だったとは。だが、それでも良かった。これをきっかけに深月とメールでのやり取りもできるわけだし、親睦を深めた末、恋仲になれるかもしれないのだから。

「まずは敷常くんのアドレスからね」

 機種変したばかりのスマートフォンを構える深月。トオルが自分のメアドを教えると20秒足らずでメールが送信されてきた。

『件名/テスト送信。本文/教えてくれてありがとう。これからもよろしくね』

 そして最後の『深月より』の一文がトオルの心をくすぐった。誰に送っても自動的に記される署名だけに、決して特別なことではない。それでも名前で書かれていると、なんだか恋人同士のような親近感が湧いてくる。

 トオルはニヤけたいのを堪えて、口頭にて本人に伝えた。

「こちらこそ、よろしく」

「うん」と女神のように微笑む深月に、トオルは絶叫を上げてのたうち回りたい気分になった。

 ――あとで長二郎に報告しなきゃ

 果たして親友はどんな顔をして喜んでくれるだろうか。そんなことを考えながら深月と他愛ない会話を交わしていると、管理棟が見えてきた。

 表に出しっ放しのキャンプ道具。炭の入った段ボール箱と、大きな袋でひとまとめにされた飯盒と食器類。

 ――一里塚さんには軽い物を持ってもらおう

 それぞれの重さを確認して荷物を分けていると、管理棟の裏手から深月が手招いた。

「敷常くん。こっち来て」

 呼ばれるがまま裏手に回ってみれば、太い針金で括られた薪が山積みにされていた。きっとキャンプ場を利用する客に用意されている物なのだろう。

「識常くん。この薪を表に出してくれるかな」

 言われて、トオルは積み上げられている薪の山に手を伸ばし、その内のひとつに手を掛けた。針金で括られた薪の束は、丸太ようにズッシリと重たかった。

「ずいぶん太い薪だね」

 よいしょと薪の束を肩に担ぎ、フラつきながら管理棟前へと運んでいると

「ブナの木だからね。ブナはね、長時間燃えて火力も強いんだよ」

「そうなんだ。これなら、いちいち木を拾って燃やすこともなさそうだね」

 ドスンっと薪を地面に降ろすと、深月が大笑いした。

「いやだなぁ、敷常くん。拾った木なんかで火を起こしても、あっという間に燃え尽きちゃうし、カップ麺のお湯を沸かすだけで終わっちゃうよ」

「そうなんだ」と話ながら再び裏手に回る。

「ちなみに生木や湿った枝とかだとね、煙だけが出て、なかなか火力が上がらなかったりするんだよ。まぁ、サバイバルになったらそんなことも言ってられないだろうけどね」

「一里塚さんって、物知りなんだね」

「すでに経験済みだからね」

 両手を腰に据えて得意満面の深月にトオルが笑っていると、表の方で車のクラクションが鳴った。

「おーい! 誰かいるのか?」

「あっ、おじさんだ!」

 慌てて管理棟前に回る深月。ふたつめの薪を担ぎ上げ、トオルも後を追ってみれば、ランニングシャツを着た中年男性が放置したままの荷物を軽トラックの荷台へと放り込んでいた。

「もしかして、運んでくれるの?」

「あぁ。何度も行ったり来たりするよりも、楽だろ」

「ありがとう、おじさん! あっ、そうそう。こちらクラスメートの敷常くん」

 突然の紹介に、トオルは緊張したまま会釈をする。

「こ、こんにちは! 僕、敷常トオルといいます。この度はキャンプ場を使わせて頂き、ありがとうございます!」

「なぁに、客もほとんど来んし、遠慮せんで楽しんでいってくれ」

 おじさんは首から掛けたタオルで汗を拭うと、トオルの持つ薪を掴み取って荷台へと放り込んだ。

「深月、薪はふたつで足りるのか?」

「足りない足りない、全然足りないよ。どうせなら、全部持っていきたいところだよ? ねっ、敷常くん」

 同意を求められても、燃焼時間など分からないのだけれど。

「おいおい、ずいぶん気前良く使ってくれるじゃないか。キャンプ場経営にとって、薪だって大切な収入源の一部なんだぞ」

「大丈夫よ。余ったら戻しておくから。そういうことだから敷常くん、あと五つほど持ってくれるかな」

 深月の追加オーダーに、トオルは再び裏手に回って薪を担いだ。好きな子と親戚の前でみっともないところは見せてなるものか。そんな意気込みで薪を運び出し、軽トラの荷台へと積んでいく。

「敷常くん、腰で持たんと怪我するぞ。ほら、この軍手を使え」

「敷常くん、頑張れぇ!」

 笑顔で眺めるおじさんと深月の声援を背に、トオルは軍手をはめて気合いを入れ直した。そして汗だくになりながら、最後の薪を荷台に放り投げた。

「これで全部だね。それじゃ、行こうか」

 荷台に乗る深月に手を引かれ、トオルもあおり板を跨いで荷台へと乗った。

「おじさん、出していいよ!」

「あいよ」

 ゆっくりと動き出す軽トラ。その荷台に揺られ、明日は筋肉痛だなと二の腕をマッサージしていると、深月が眉尻を下げてトオルの腕を突っついてきた。

「敷常くんって、結構、力持ちなんだね」

 好きな子に触れられ、褒められた途端、体の疲労が一気に吹き飛んだ。

「男だからね。当然だよ」

 虚勢を張るトオルに、深月が手を叩いて喜んでいた。少なくとも彼女の瞳には男らしく見えていただろう。

「じゃあ、荷物降ろしたら、今度はテント張りをお願いね」

 深月の次なるリクエストに「任せてよ!」と二の腕に力コブを作っってみせた。


「うわーい! テントだ! テントだ!」

「でけぇっ! やねに、手がとどかないぞ、ミオ!」

 組み上がったばかりのふたつの大型テントを行き来してはしゃぐ子供たち。その一方で、トオルは青々と茂る芝生に体を投げ出していた。

「疲れた……」

 期待されていたテント張り。しかし結局のところ、トオル一人では組み立てられず、保子莉と棒立ちの長二郎の手を借りて、深月のレクチャーを受けながら、なんとか組み立てることができたのだ。

 ――まさか、テント張りがこんなにも面倒だとは思わなかった

「慣れれば簡単だよ」

 そう言って深月は子供たちと一緒になって、もうひとつのテントを手際よく組み立ててしまったのだ。

 ――カッコ悪すぎて恥ずかしい

 活躍できなかった自身の不甲斐なさに、サイトの芝を握りしめていると、張ったばかりのテントに荷物を運び入れる保子莉がトオルを見ていた。

「?」

 互いの目が合い、足を止めてニッと笑う保子莉。が、そこへ……

「おねえちゃん! はやくテントにはいろうよ!」

「分かった分かった! 分かったから、そんなに押すでない」

 九斗に背中を押され、強引にテントに押し込まれる保子莉。その間際、九斗が「べー!」と舌を出してテントに引っ込んでいく。どうやら九斗にはあまり良く思われていないようだ。何しろ初めて会った朝から敵愾心をトオルにぶつけ続け、今もこの調子なのだ。

 ――まぁ、相手は子供だから気にはしないけれどさ

 生意気盛りなのだと割り切っていると、今度は……

「クレアちゃん。ボクはどっちのテントなの?」

「あっちが男の子、こっちが女の子なのでぇ、ミオくんはぁ、長二郎おにいちゃんと一緒のテントになりますですよぉ」

「ボク、クレアちゃんといっしょがいいなぁ」

「しょうがないですねぇ。じゃあ、私たちのテントに入るですぅ」

 不器用にリュックを背負い、クレアに手を引かれてテントに入っていくミオ。見た目が女の子っぽいだけに、仲の良い幼女たちにしか見えなかった。

 ――ミオくんは可愛いなぁ。でも、そうなると男テントは僕と長二郎だけか

 しかし肝心な親友の姿が見当たらない。その行方不明状態にトオルがキョロキョロと辺りを見回していると、不意にスマホが震えた。

 見れば『ちょっと、海、見てくっから』との短い文面が。

 ――うーん、何だかなぁ……

 人目を避けるように孤立する長二郎。……とは言え、今の親友の心境を思うと、それを咎める気も起きず、ましてや深月とメアド交換をして舞い上がっていることなど言えるはずもなかった。

 ――早く、立ち直って欲しいなぁ

 トオルがため息を漏らしていると、深月が空のポリタンクを両手にぶら下げてきた。

「敷常くん。水汲みに行こ」

 笑顔を向けて誘う声に、トオルは心を躍らして立ち上がった。

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