エピローグ
物語は佳境に入っていた。
「待って、パンちゃん!」
紫色の長い髪を振り乱す美少女ネーヴェルに続き、神から与えられた『雷炎の甲冑』を装備する主人公『伊部雷矢』も叫んだ。
「パン!」
二人の視線の先に、あからさまに人相の悪い大男が立っていた。そして隣にはオレンジ色の髪をした美少女がひとり。
「パン! 何とか言え!」
雷矢の呼びかけに反し、目を逸らす美少女パンツァーの代わりに、凶悪な顔付きをした大男が口角を持ち上げた。
「パンツァーは、もうお前たちのことが嫌になったんだとさ」
「嘘でしょ、パンちゃん? そんなはずないわよね」
慄然しながら問いただすネーヴェル。しかしパンツァーは無言で眉を歪めた。
「パン、頼むから答えてくれ」
雷矢の呼びかけに、大男が笑った。
「諦めが悪いぜ、雷矢よ」
「貴様、いったいパンに何を吹き込んだ!」
「人聞きの悪いことは言うもんじゃないぜ。パンツァーは自分の意思で、俺に着いてきてるんだからよ」
「本当にそうなのか、パン?」
するとパンツァーは潤んだ瞳を雷矢に向けた。
「私より……私よりもヴェル姉さんの方が切れ味が良いって本当ですか?」
パンツァーの言葉に、戸惑いをみせる主人公。
先日、ギルドからの帰りに立ち寄った酒場でのことを言っているのだろう。大仕事を終えた雷矢は酒をかっ喰らって酩酊し、パンツァーが席を外した時、他のハンターたちの質問の答えが『ネーヴェル』だったのだ。
ただ、それには大きな誤解があった。
ツッコミの切れ味はどっちが凄いのか?
確か、そう尋ねられたはずなのだが……タイミング悪く「……切れ味」の部分だけの問いにパンツァーが戻り『ネーヴェル』と答えてしまったのを立ち聞きされてしまったのだ。パンツァーはそれを「剣の切れ味」と勘違いし、泣きながら酒場を飛び出していってしまったのだ。そして夜が明けた頃、二日酔いの雷矢の元へネーヴェルが血相を変え、妹のパンツァーが部屋に戻ってきていないことを伝える。二人は慌ててパンツァーを探し回り、かき集めた目撃情報を頼りに町外れの街道を歩く大男とパンツァーに追いついた。
「雷矢さん、答えてください!」
酒の上の酩酊発言だけに、躊躇する雷矢。すると大男がパンツァーに言う。
「なっ、こういう薄情な男なんだよ。雷矢って奴は」
認めたくないと、パンツァーの眉間が歪む。
「パン! そんな男の声に誑かされるな!」
雷矢の説得に、大男が片眉を釣り上げた。
「その物言い……気にいらねえなぁ」
「気にいらないのはお前のほうだ! とにかくパンを返せ!」
「ならば、力尽くで奪えよ。まぁ、もっとも今のお前では俺に勝てないがな」
自分の身長の倍ほどもある大剣を鞘から抜き、ジャキッ! と構える大男。対する雷矢は一本の剣も持たない丸腰状態。望みの綱は隣にいるネーヴェル。伝説の姉妹剣のひとり。その名を『魔剣ヴェルファー』と言う。しかし妹のパンツァーと気持ちを同調させないとヴェルファーになることはできないのだ。
「なるほど……それが狙いだったのか……」
苦々しげに呟く雷矢に、大男が嘲笑する。
「くっくっく。こうでもしないと、お前を倒すことなどできないからな」
「パンちゃん、目を覚まして! あなた、その人に騙されているのよ!」
ネーヴェルの必死な呼びかけに、パンツァーが戸惑い始める。
「騙してなんかいないぜ。悪いのはお前の姉さんを選んだ雷矢だ」
「違う! あれはだな、ツッコミの……」
「黙れ! それ以上、余計なことを言ってパンツァーちゃんを苦しめるな!」
「パンツァー……ちゃん?」
瞬間、大男以外の三人が目を丸くし……露骨に身を引くパンツァー。
「キモ……」
同時に姉のネーヴェルも右手を頬にあててため息をついた。
「そのなりで、ちゃん付けはありえないですわ。私でしたら自殺しちゃいますね」
「うるせー! うるせー! ファンだったんだよ! それなのにパンツァーちゃんはいつもお前にベッタリしてて悔しかったんだよ! それのどこが悪い!」
哀れむ目を大男に向け、雷矢がボソリと呟く。
「ただの嫉妬かよ……」
その言葉に大男が猛り狂った。
「俺の純情な想いを知られた以上、お前たちには死んでもらうぜ!」
瞳に怒りを宿したまま、雷矢に大剣を振りかざす大男。その俊敏な動きに対し、よけ損なう雷矢。
「雷矢さん!」
ドンッ! ザシュッ!
街道脇に突き飛ばされ、大剣からの難を逃れる雷矢。代わりにネーヴェルが剣の攻撃を背中に受け、地に伏せていた。
「ヴェル姉さんっ!」「ヴェル!」
すぐに雷矢は起き上がると、駆け寄ってネーヴェルを抱き上げた。
「しっかりしろ! ヴェル!」
「雷矢さん……。私、お役にたてましたでしょうか?」
震える手で雷矢の頬を撫でるネーヴェルに、雷矢はなおも叫んだ。
「死ぬ間際の人間が言うようなことを言うな!」
静かに目を閉じ……微笑むネーヴェル。だが助けられる方法がひとつだけあった。
『魔剣ヴェルファー』への変幻である。
「ヴェル姉さんっ! って、離して! 離しなさいよ!」
取り乱すパンツァーのか細い腕を捕まえる大男に、雷矢は怒りを覚えた。
「パン! 俺の手の中へ戻ってこい!」
「でも、私にはヴェル姉さんのような切れ味が……」
「まだ気にしているのか? お前にはヴェルとは違う切れ味がある! それは俺にとって絶対に必要なものなんだ!」
「必要? この私が?」
「そうだ! 俺にとってお前が必要なんだ!」
その力強い訴えに、パンツァーが目を見開く。同時に今まで雷矢と過ごしてきた日々が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、そして……
「俺を信じろ! パン!」
手を伸ばす雷矢の声に、パンツァーがこっくりと頷いた。
「はいっ!」
次の瞬間!
パンツァーは光球となって大男の腕をスルリと抜け、長剣へと姿を変えると一直線に飛んで雷矢の左手に収まった。同時に抱えていたネーヴェルも同様に光球化し、雷矢の右手に剣として顕現する。その白金色の真っ直ぐな二本の剣に、大男が太い長剣を構え直す。
「そ、そんな細い剣で、俺に敵うと思うなよ!」
すると、雷矢がほくそ笑んだ。
「それはどうかな?」
いくぞ! と、雷矢がギリッと二本の剣を握り締めた。
「「はいっ!」」
その返事とともに、さらに両剣に輝きが増す。
「亡者の渇きに血の雨を!」とパンツァーが唱えると、続くようにネーヴェルも詠唱する。
「悪しき欲望に終止符を!」
そして雷矢が叫んだ。
「神の慈悲の前で悔恨せよ!」
「「「究極超変幻! 真・魔剣ヴェルファー!」」」
刹那、渦巻く風と紅蓮の炎が雷矢を包み込んだ。そして目が眩むような強烈な光に包まれたかと思うと、一本の剣が雷矢の手に握られていた。
反り上がった峰部分と柄にはめ込まれた魔石が輝く剣。雷矢はそれを柄越しでクルリと一回転させ、焦りの色を浮かべる大男に向けた。
「神の代わって、てめぇの懺悔を拝聴してやるぜ」
『つづく……』
エンディングが始まった。
軽快なオープニングとは違い、スローテンポの曲に合わせて、日常を過ごす主人公たちが描写されていた。声優を始め、各スタッフの名前が浮かび上がる中で、クラスメートの芝山田長二郎が嬉々として言う。
「どうよ、トオル。感動するだろ?」
目を輝かせて息巻く友達に、トオルは遠慮しがちに頷いた。
中学生になってからの、初めての夏休み。
開け放たれた窓の外から蝉の鳴き声が響いていた。網と虫カゴを持って昆虫たちを追いかけ回していたのは一昨年まで。しかしそれは、もう遠い過去のこと。中学生となった今、同級生の家にお邪魔し、親に気兼ねすることなく、こうしてお薦めのアニメを観ていたりするのだ。……とは言え、物事には少なからず限度というものがある。
昼からぶっ続けのアニメ視聴。2クール24話の内、23話を観終えたばかりだ。
「あの大男がパンを好きになる気持ちも分からなくはないけどさぁ、でも騙して連れてっちゃダメだよな」
大好きなフィギュアと本に囲まれた部屋でウンウンと頷く長二郎。トオル個人としては妹のパンツァーよりも、姉のネーヴェルの方が好みだった。お淑やかで優しいお姉さん。比べて妹は明るく活発でわがまま。パンツァーに肩入れする長二郎との差は、実際に妹がいるかどうかの違いなのだろう。そんなことを考えていると、次回予告が流れた。ネーヴェルの声で次回のあらすじが語られ、32インチのテレビ画面に筆書きされたサブタイトルが浮かび上がった。
『俺たちの懺悔!』
次はいよいよ最終回だ。……と、その前にトイレに行きたくなるトオル。どうやらジュースを飲みすぎたようだ。
「トイレは降りた階段の下にあるから、行ってきな」
再生中のブルーレイデッキを一時停止してもらい、階下へと降りていく。
――ネーヴェルさんのような彼女ができるといいなぁ
用を足しながら、まだ見ぬ異性に想いを馳せた。
――そしたら雷矢のように強くなって、彼女を守るんだ!
淡い理想と恋心を抱きつつ、トオルはトイレを出ると階段を力強く昇った。
敷常トオル12歳。
それは時雨保子莉と出会う三年前のことだった。
■次回
ねこかんふりーく4/黒猫保子莉の宅配便





