表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

プロローグ

 その部屋は狭かった。

 四方を無機質な白い壁に囲まれ、外界から隔離された小さな世界。

 叫べどもその声は反響することも無く、壁を叩いてもヒビが入るどころかビクともしない。目に映る物と言えば睡眠を取るための寝具と、排泄物を処理するための便座のみ。

 それら全ては管理者とおぼしき者の指導により、教えられ……躾けられた。

 その者は時折、壁の向こうから現れ、似たような質問を繰り返していく。

「今日の気分はどうだい?」

 白衣の男に抱きかかえられた小さな子供。

 そして、いつもの決まり文句。

 屈託のない笑顔で人を見下すその態度が、油断ならなかった。

「相変わらず警戒心が強いね。もう少しボクを信用してくれてもいいんだよ。せっかく知恵を授けてあげたのに、喋らないのでは何の価値も見出せないじゃないか」

 言わんとすることは理解しているし、感謝もしている。

 だがそれを素直に受けいれるほど、目の前の子供は信用に値する人間ではない。奇妙な首輪を強制的にはめられ、本能的に相手を拒絶し続けた結果なのだ。

 それでも子供は嫌な顔ひとつせず、いくつかの質問をし、そして……

「新しく雇った世話役はよくしてくれるかい?」

 この問いには首を横に振った。

 自身の面倒をみてくれる世話役は短気で乱暴だからだ。意味もなくすぐに癇癪を起こし、首輪に電気を流して暴行を加えてくるのだ。

「まぁ、世の中、そういう輩もいるということだよ」

 子供は白衣男と一緒になって笑うだけだった。

「どうするかはキミの自由だけど、相手の心理を考えて会話することも覚えようよ。黙って相手の言いなりになっているだけでは、いつまで経っても状況は変わらないと思うよ。相手をおだてて取り入るのか、それとも騙してつけいるか。いろいろ考えてやってごらん。知恵というのは覚えておくものではなく活用するものだからね」

 投げかけるだけで、あえて結論を伏せておくこの性格が信用できない。

 そんな胸奥を見透かしたかのように子供は笑うと、白衣男と共に部屋を出ていった。

 しばらくすると、今度は世話役が壁の向こうから現れた。

「おらっ! バケモンっ! メシの時間だぞぉん! さっさと喰えよぉん!」

「余計な手間をかけさせるでないちゃんよ!」

 世話役と一匹のつがいは、そう言って粗雑に食事を置いていった。

 その不愉快な連中の捨て台詞に、自身を見つめ直した。

 ――バケモノ……いや、拙者はバケモノなどではない

 もし自身がバケモノならば、なぜこの世に生を受けたのか。

 与えられた知恵を駆使して考えた。

 バケモノとは異形な容姿をしている者を差すか、または能力的に脅威となる者、もしくはなりえる対象者のはず。もしその定義に当てはめるならば、管理者である子供や、世話役たちの方がよほどバケモノと言えよう。

 しかしいくら考えても明確な結論を導くことができなかった。

 結局、バケモノの定義など知れたものではないのだと、考えることをやめた。

 そして心の拠り所を求めるように白い端末機を握りしめ、募る想いを虚空に馳せらせる。

 ――もう一度、あの娘に逢いたい……

「ミヅキ……」

 それは、生まれて初めて紡いだ『言葉』だったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ