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龍之堕子  作者: 宮雛まや
9/10

其九

 雲にも届きそうな空を、佩は一直線に飛んでいた。

 真下は何もないと表すに正しい、真っ暗な砂漠。少年に言われて咄嗟に東へ発ったものの、未だ焦りは消えそうになかった。

「燃えてる」

 佩の背中で少年が呟く。いつの間にか被せていた布が吹き飛び、視界が開けて後ろの地平線が見えたようだ。

「……村全てを焼き払えと命令されていた。本来ならお前の死亡を確認してからの筈だが、どうせ誰かがお前を探すのに飽きたんだろう」

 佩は出来るだけ淡々と言った。感情を隠す事は得意だと思っていたが、今この状況においてばかりはどうも上手くいかない。

「じゃあ、岟の村は……」

「消えて無くなる。そこにあったという記録だけを残してな」

「……」

 余りにも軽々しく言い放つと、少年は何も言わなくなった。佩の肩を掴む彼の手に力が入るのを感じる。

 彼は今何を思っているのか。分かる筈もない事を考えていると、東の地平線に微かな明かりが見えた。


  ***


 男が黙って高度を下げ始める。正面の光る点に降りるつもりのようだ。

 段々と砂の地面が近付き、やがてもう少しでぶつかる高さにまでなると男は姿勢を縦にし、僅かに浮き上がってからふわりと着地した。

「なっ、何だ!?空から人が降ってきたぞ!」

「この男、翼が生えてやがる!それに角と尻尾もだ!」

 焚き火に群がっていた男達が突然の事に驚き慌てる。悪魔(デヴィル)だ何だと叫んで剣や弓を取る者もいた。

「お、俺達を喰うつもりか!?」

「違う。俺は決して人を喰らったりは……」

「邪悪なる者め、易々とそうはさせないぞ!」

 男達はまるで彼の言葉を聞き入れようとしない。引き絞られた弓矢や剣の鋒が次々と彼へと向けられるのを、霆は彼の背中から眺める事しか出来なかった。

「今すぐその槍斧(ハルバード)を捨てろ!」

「……そうすればお前達も武器を下ろすと約束出来るか」

「うるさい黙れ!良いからとっとと捨てろ!捨てろと言っているんだ!」

 じりじりと彼に詰め寄る男達。そろそろ彼等が襲い掛かって来そうになった所で、ついに彼は意を決して手に持つ戟を勢い良く足元に擲った。

「良く聞け。俺にお前達を攻撃する意志はない」

 それから彼は霆を下ろし、自分の前に出す。

「こいつを預かって欲しいだけだ」

「えっ」

 霆は自らの耳を疑い振り返った。その一方で男達の視線が霆に集中する。

「何だ、こいつにも角が生えているぞ」

「噛んだりしないよな?毒とか持ってないよな?」

「こんな奴、預かれる訳がないだろう」

 龍族の男と同様、若しくはそれ以上に霆の事を不審がる男達。しかしその中で一人だけ、違う態度を見せる者がいた。

「この子は確か、秌霣さんの所の……」

「何だって?」

 男達が一斉に声のした方を向く。霆はその男に見覚えがあった。商隊の男だ。

「誰だ?秌霣って」

「昨晩岟の村で私を泊めてくれた人だよ。食べ物も酒も沢山食べさせて貰った。とても親切だった」

 岟の村――その言葉を聞き、忘れていた涙が少しずつ溢れてくる。その場にいた全員がぎょっとしたが、霆は構わず大声を上げて泣き始めた。

「……何か、あったのですか?この子を預かって欲しいなんて依頼は不自然だし、そもそもあなたの様な者はあの村にいなかった」

 問われた龍族の男は何も話さない。霆もまた、先程何があったかなど自分からは到底口に出せそうもなかった。ただ彼の号哭だけが砂漠に響く。

「私達は一商隊でしかありません。彼を匿う目的でこれを頼んでいるなら拒否します」

「……匿って欲しいとまでは言わない、せめてこいつを遠くの村か街まで連れて行ってくれないか。その後はまた誰かの所へ預ければ良い」

「対価は?」

 男は即座に切り返した。龍族の男が少し考えてから、躊躇しつつ足元を指差す。

「この戟でどうだ。護身用としても申し分ない」

「……まあ、良いでしょう。交渉成立です」

 明朗な声でそうは言ったが、男の表情はどこか渋かった。戟を拾い上げ、霆の前で屈み込み、恐る恐る頭の角に触れる。

「これがあるから、あなたは頭巾を被っていたんだ」

 霆は泣き噦りながら頷いた。それを見た龍族の男は胸を撫で下ろすが、すぐに早く戻らねばという考えが彼の頭をよぎる。

「どうかそいつを頼んだ」

「分かりました。この子は私達が、責任をもって連れて行きます」

「……感謝する」

 男は満足げに踵を返し、大きく翼を広げて一度だけはためかせた。彼の周りの黄色い砂が焚き火と月に照らされて舞う。

「秌霆」

 そして彼は西の空を向いたまま、厳しい口調で忠告した。

「もしお前が生きていると他の龍族の者が知れば、様々な目的でお前を探し始めるだろう。だが恐らく、誰に捕えられても最後にお前は殺される。だから逃げろ。絶対に捕まるな。お前にはお前が祝福の下に迎えられるまで、何としても生き延びて貰わなくてはならないんだ。……龍族の者が皆『龍』を名乗る事を覚えておけ」

 強烈な風と共に砂が捲き上る。霆が思わず目を瞑ると、次の瞬間にはもう男はいなかった。

 月を目指すが如く一直線に飛ぶ小さな影。霆はその影を、雲の向こうへ消えてしまうまで見つめていた。

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