其八
少年はしばし、何も言う事が出来なかった。あるいは彼を見下ろす龍族の男の言葉も理解に至っていなかったのかもしれない。
「……どうして」
少しの間を空けて返ってきた彼の台詞は困惑に満ちていた。今度は佩が面食らった顔をする。
「何だ、死にたかったのか」
少年は首を横に振った。ならば少年の疑問は何故龍族兵が自分を生かすのかに対してだろう。
「いない方が良かった、というのはある意味的を射ているかもしれないし、お前が不幸に生まれたのも確かだ……だがな」
佩は膝を屈め、少年と目線を同じにして続けた。
「それでもお前は尤様の子だ。あのお方がどの様な思いで命令を下されたのかは分からないが、いずれ必ずこの事を後悔なさる。だからお前が祝福の下に迎えられるその時まで、お前には生きて貰わなければならないんだ」
***
その時、霆は薄暗い中で男の顔をはっきりと見た。まっすぐに彼を見つめる瞳に嘘偽りの色は感じられない。そして男が担いでいる戟は、血の一滴分すら汚れてはいなかった。
なびく様に伸びる双角と大きな翼、そして鱗のついた太い尻尾。自らの片方しかない小さな角を触り、霆は堰を切ったように涙を流し始める。
男はしばらく黙って、少し狼狽しながら彼を見ていたが、やがて立ち上がると彼を軽々と担ぎ上げた。近くの適当な布切れを見繕ってその上に被せ、目一杯拡げて覆い隠す。
「それ以上泣くのはもう少し後にしてくれ。今はここから無事に抜け出すのが先だ」
「……うん」
そして男は歩き出した。外は未だに時折聞こえる悲鳴が止みそうにない。
***
家を出た近くには誰もいなかった。まずは一つ胸を撫で下ろす。しかし完全には安心出来ない。そろそろ遊びに飽きた戔が佩を探している筈である。
「どこに行くの?」
布越しの籠った声が聞こえた。歩きながら答えを探す。
「……お前はどこに行きたい」
当たり障りなく訊き返してみたが、少し待っても少年からの返事はなかった。考えてみれば彼はこの岟の村以外の場所を知らないのだから当然だ。
「当てはないのか。例えば親戚や、お前の父親の友人とか」
「……知らない」
声が先程よりも小さい。直後に響いた悲鳴に掻き消されてしまいそうだった。
「ねえ、外はどうなってるの?父さんはいない?」
少年が思い出した様に尋ねる。自ら布を上げて景色を窺おうとするのを佩は声で制した。
「見ない方が良い」
こんな惨状を見せて良い訳がない。弄ばれた末に手足を削ぎ落とされた死体、仲間を刺したまま倒れた死体、首だけが異常に離れた場所に落ちている死体……最早原型を留めていない物まであるとなれば、この中から彼の父親を探すのも殆ど不可能に近かった。それに村の中心に戻るのは余りにも大きな危険を伴う。
やがて二人は村から出た。ある程度離れれば飛び立っても目立たないが、それ以前に行き先がなければ飛んでも意味がない。
「……結局、どこに行けば良いんだ」
やや強引にでも話を戻す。
「俺はそれ程長くは一緒にいられない。お前をどこかへ匿い次第戻らなければならないからな」
急かす様な言葉を付け加えるも、少年は決める事が出来なかった。歩き続けているとはいえ、いつまでもこのままでは見つかるのも時間の問題だ。佩に段々と焦りが募る。
「この際何でも良い。西か東かだけでも言ってくれ。今は一刻も早くここを離れなければならないんだ」
「……東」
「東だな。分かった、落ちないように気を付けろよ」
周囲に人気がない事をもう一度確かめ、佩は大きく翼を広げて夜空へ飛び去った。




