其七
静かなれど、足音がする。先程彼を呼んだ男に違いなく、霆は息を止めた。
男が近くから順に、子供の隠れられそうな所を一つずつ調べているのが音で分かる。それより前に来た、荒っぽく壺の二、三を割っただけで出て行った別の男達とは明らかに違っていた。見つかるのは時間の問題だろうか、そんな考えを嫌でも浮かべてしまう。
段々と物音が近付く。しかし逃げる事は出来ない。霆は迫る絶望を前にし、尚も一縷の希望を信じて息を止め続けるしかなかった。例えば男がこの樽だけを見逃してはくれないか、もしくは途中で諦めて帰ってくれはしないかと、ありそうもない様な可能性を願う。
そして、遂に終わりの時が来た。
***
一つの樽の前で足を止める。これで最後だった。もしもこの中に誰も入っていなかったなら、秌霆の捜索はまた振り出しに戻ってしまう。
幸いにも戔の気配はまだなかった。一体いつまで飽きずにいてくれるかは分からないが、少なくとも今の所は大丈夫そうだ。焦っていたのを落ち着ける為に深呼吸をした佩は、一旦この先の事を考えた後、樽の蓋に手を掛けゆっくりと取り去った。
「……お前が秌霆か」
中に隠れていた少年に問う。少年は何も言わずに佩を見上げた。発狂こそせずとも今にも泣き出しそうな、その顔はごく普通の人間の子供である――たった一つ、生まれ持った双角の片割れだけを除いて。
「憐れだな、半人半龍の忌子よ」
少年の首根を掴んで持ち上げると、彼は何の抵抗もなく樽から引きずり出された。体はすっかり脱力している。まるでこの後に待つあらすじを、知った上で全て受け入れてしまった様だった。
「半人子は我等龍族にとって大罪の象徴……人間と交わった者が追放ないし刎首を免れる事はなく、それ故にお前という存在はお前の肉親を幸せにはしない」
いや、肉親だけではないかもしれないな、と、丁度窓から飛び込んで来た誰かの悲鳴を聞いて付け足す。あれもお前のせいだと直接言う事こそなかったが、その台詞は同等の残酷さを含んでいた。敢えて鋭くした鋒は少年にも見えているだろう。
「……僕は」
声を震わせながら、彼はようやく口を開いた。固く握った拳がどれだけ勇気を振り絞っているかを思わせる。
「やっぱり僕は、いない方が良かったんだ……」
佩は歯を食い縛った。仕方ない、これは仕方のない事なのだと、心の中で何度も繰り返す。しかしそれでも尚、目の前の小さな少年が零した「やっぱり」という一単語は余りにも重たく感じられた。
「……完全に否定する事は出来ない」
今はまだどちらとも言い難い。これより先は結果を見て初めて分かるのだ。
「確かに、お前を殺せと俺達に命じたのはお前の母親たる尤様だ。あのお方はお前という存在の露呈によって自らが処刑台に登らされるのを恐れなさったのだろう……しかし、だからこそお前に頼みたい事がある」
それはある意味、ここで殺されるよりも遥かに苦を伴っていた。その苦しみに耐え続けた結末は更なる絶望であるかもしれない。そう知った上で、佩はこの少年に希望を託すのだ。何よりも主人の為、ひいては彼自身の為に。
「お前に、生きていて欲しい」




