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龍之堕子  作者: 宮雛まや
5/10

其伍

 家に入るや否や、霆の四肢は力を失った。茣蓙も何も敷いていない土の床の上に、まるで手を放した棒切れの様に倒れ込む。

「おい、霆……まあ、無理もないか。一睡もせずに今の今まで歩き続けたからな」

 誰に言うでもなく呟くと、霣は目の前に伏せている我が子の体を軽々と持ち上げ、昨晩彼が寝る筈だった茣蓙の所まで持って行った。隣に寝転ぶ商隊の男はだらしなくいびきをかいて未だ起きる気配を見せない。

「多少うるさいだろうが、昼までには発つと言っていた。それまで辛抱してくれ」

 しかし辛抱などする間もなく、そう聞いたのを最後に霆は深い眠りに落ちていった。


  ***


 日の降り注ぐ庭を呆然と眺めながら、回廊を歩く。廻り廻って今や何周目なのか、最早尤本人すら分からなくなっていた。

 木や石柱から伸びる影は間もなく真北を向く。刻々と迫る決行を待つ事も止める事も許さない自分に苛立ちを募らせる。

 貴女を守る為です。それとも、尤様はご自分の身を滅ぼしかねない存在がいつまで見つからないかと怯えながら暮らしなさる方がお好みでしょうか。

 婁の言葉が今一度頭をよぎる。彼の言う通り、過ちの次にあるものは曝露か罪の上塗りしかない。それなのに、尤は大団円を望んでいた――我儘を言う資格などないと分かっているにも関わらず。

 長く、深い溜め息を吐く。考えても無駄、後はもう婁に任せるしかないのだ。まだまだ沈みそうにもない日を見上げ、尤は自らの弱さを噛み締めた。


  ***


 東へ赴く商隊が、少しずつ小さくなっていく。昼までには発つと言っていたのは何だったのか、日はもう随分と傾いていた。

「私ね、この首飾り売ってもらったの。それも半額で」

「あら、良かったじゃない。よく似合ってるわよ」

 などと女共が話し始めた所で、男衆は各々の仕事に戻り始める。霣も漏れなくその一人だ。

「ちょっとちょっと、秌霣さん」

 だが人が殆ど散った頃に、珍しく呼び止められた。普段なら誰からも声を掛けられず、代わりにわざとらしい陰口が聞こえてくるだけである。

「秌霣さんは何か買ったのかしら?」

「あなたの所にも泊めたんでしょう?」

 不気味に思える程、いつもとは打って変わった態度。単に仲良くしようとしてくれているだけならまだしも、霣には何か裏があるとしか考えられなかった。

「いえ、何も」

「何も?」

「ええ。息子が要らないと言ったものですから……」

「あらそう。ウチの娘なんてあれが欲しいこれが欲しいと我儘言って止まらなくて」

「それは大変ね。……ああ、ところで息子さんといえば」

 これだ。すぐに気付いたがもう避けられない。

「確か霆といいましたっけ……あの子、本当に秌霣さんの子供なんですか?」

「何やら角が生えてるし、どうにも同じ人とは思えなくて……どこかで拾って来たのなら、育てるのはやめた方が良いんじゃないかしら。いつか大きくなったら食べられてしまうかもしれないし……」

 厚意を装っているのが目に見えて分かった――『気味が悪いから捨ててこい』。彼女達はそう言いたいのだ。

 霆は紛れもなく自分の子、それについて嘘を吐くつもりはない。だが、尤の事は?彼女について話して、それが解決と理解に繋がるのか?そもそも今や一編の詩の中だけでしか語られない龍族の実在を信じてくれるかも定かではない。ならばそんな妄言の様な話をする意味があるのだろうか?

「あの、秌霣さん?」

「どうしたのよ、突然黙り込んで」

「……」

 何か、何か言わなければ。

 巡る思考と焦りに反し、口は殆ど動かない。段々と暗くなっていく空の下、立ち止まる霣達だけが止まった時に囚われていた。

 そして日が完全に沈んだその時、分厚い雲を突き抜けて沈黙を破る者が現れる。

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