表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍之堕子  作者: 宮雛まや
10/10

其拾

 がたがたと危険な音を鳴らしていた荷車が止まった。格子の隙間から手を伸ばし、覆い被さる布を除けようとして、その甲に鋭い痛みが走る。手は持ち主の意思に関わらず引っ込んだ。

「勝手な事をするな化物。お前は大人しく檻に入っていれば良いんだ」

 布の向こうから男の声と風切音がする。どうやら自分は鞭で叩かれたらしいと気付き、(アン)はまた狭い檻の中で横になった。

「次はこれで済むと思うなよ。俺達はお前をすぐにでも殺せるんだからな」

 これまでに何度も言われた台詞。しかしその割に殺されそうになったのは最初の一回、彼女が彼等に捕まった時だけだった。

「……しかし、想像よりも遥かに大きいな」

「ああ、流石はこの国の都、舜京(シュンキン)だ。人も建物も他とは量が違う」

 男達の会話に聴き耳を立てる。外の景色を見る事も許されぬ彼女に出来たのはそれだけだった。

「これ程人がいればすぐ儲かるに違いない。そうしたらお前ら、酒を浴びて女を買うぞ」

 大いに沸き上がる男達。彼女には何が面白いのか全く分からなかったが、それでも上機嫌になった彼等と共に荷車は速度を上げて再び動き始めた。


 ***


 均され揺れの少ない道を進むにつれ、檻の外が騒がしさを増していく。この大きな荷物にぶつかりそうになったか、側を通った者は大なり小なり文句を垂れていた。

「……何というか、人が多いとしか言葉がないな」

 男の一人が呟く。荷車の横を歩く彼は人とぶつかる度に小声で謝っていた。その様子を後ろから見ていた他の男が鼻で笑う。

「これ位でなければ困るだろう。(びた)一文稼げなかったら徒労じゃないか」

 そうだな、違いないと男達は次々に相槌を打った。陽気になった彼等の会話は弾む。

「お、あれが帝閣(テイカク)か?」

「成る程、ここから見ても随分大きい。やはりこの華之邦の中心、皇帝の座する楼閣と名を持つだけはある」

 初めて目にした何かに漏れる感嘆の声。杏も気になりこそしたものの、手の甲の痛みを思い出して何をするにも至らなかった。満足に体を伸ばせないまま寝転がり、ただただ暇を持て余す。どうして自分は殺されないのか、自分はこれから何をされるのか――考え飽きた疑問が頭の片隅から湧き出してきた。

「さて、この辺りで良いだろう」

 荷車の進みが遅くなる。道の端の方へ寄ろうとしているのが分かった。やがて荷車は完全に止まる。

「始めるぞ」

 直前まで笑っていた男達が急に黙り込む。不思議な緊張感の中、一人が咳払いをして叫ぶ。

「さあ寄りて見よ!世にも珍しき物、人の皮を被った羽根付きの(けだもの)だ!」

 突然檻を覆っていた布が剥がされ、彼女は一斉に振り返った群衆の前に曝された。好奇、畏怖、嫌悪……数え得ぬ程の目玉がどよめきと共にそれぞれ様子を変える。近くにいた一人が彼等に尋ねた。

「なあ、これをどこで捕まえたんだ?」

 彼等が下品な笑みを浮かべる。その瞬間に彼女は察した。

「教えて欲しいか。そうか教えて欲しいのか!ならば金を積め!それで以って俺から知りたい事を聞き出すのだ!」

 自分は商売の道具にされたのだ。こうやって人々に醜い姿を示し、自分を捕えた彼等を潤す為のただの道具に。嬉しそうに銭を受け取る彼らの大笑を聞きながら、彼女は自分の中からなけなしの感情すら抜け落ちていくのを感じていた。

 光を失った目で見回し、やはり自分と同じ様に翼の生えた者がいない事を確かめる。当たり前だ、檻の外にいるのは皆化物でなくて人間なのだから。至極当然な理由に、溜め息は自ずと出るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ