雨女の恋 せつないぐらい嵐を呼ぶ女
初めまして。私、六月雫と申します。
私は”雨女”です。それも究極と言えるぐらいの雨女なんです……。
どれぐらいの雨女かと言えば、「あたし雨女だから~」などと気軽におっしゃる方が1雨女だとしたら、私は100雨女ぐらいでしょうか……。
わかりにくいですか? もっと具体的に申しますと……。
私、遠足に行ったことがありません。毎回、雨で中止になりますの。
強気に雨天決行を掲げている修学旅行も、交通機関が止まってしまえば脆いものです。大雨警報、暴風警報、雷警報……。必ず中止に追い込んでしまいます。
私が、雨女だということは、中学生ぐらいで知れ渡っていましたね。自覚したのはもっと早く、小学生の頃にはわかっていましたけど。
もっとも、学校行事を嫌ってる人も多いですし、みんな大嫌いな体育祭なども中止になりますので、そんなに嫌われたりはしませんでしたよ。
問題は、友達同士で遊びに行くことですね。近所へショッピングや食事に行く程度では降らないこともあるのですが、旅行は完全にダメでした。必ず天候が悪くなり、そのうち誘ってもらえなくなりました……。
「雨女なんて迷信だよ! たまたま、たまたま!」
こう言ってくれていた、仲の良い友達がいました。懲りずに何度も遊びに誘ってくれて、本当にありがたかったです。
そう言いつつも、降水確率0%の日だろうと、傘に長靴、携帯用のカッパを常備してましたけど……。それでも嬉しかったのです。
ですが……。彼女の結婚式に、季節外れの台風を呼び込んでから……、あまり誘ってくれなくなりました……。あの時の台風は一番すごかったです……。
こうして悲しい日々が続いたのですが、雨女歴25年を迎えたあたりで、ようやく天候との付き合い方がわかってきました。
天気が悪くなるのは、私の感情の起伏が原因だったのです。
ワクワクしたりしてはいけなかった……。
旅行前の気分の高揚が良くなかったのです。
少し調べましたら、昔は、雨女は龍神の祟りとも水の神が取り付いてるとも言われていました。その怒りを鎮めるため、祭りなどの儀式が行われたそうです。
私にも何かが取り憑いている? それはわかりませんが、感情の起伏が、そのまま天候につながっているのです。喜びや怒りなどは抑えなければいけません。
これがわかってから、一人で旅行に行くことができるようになりました!
ただし、楽しい旅行はNGです。無の境地である必要がありますから。
いつも、つまらないひとり旅を計画してます。残念ながら、人気の観光地には行けません……。行けるのは、寂れた宿に人気のない名所……。ディズニーランドなんてとんでもないです! 潰れそうな遊園地で我慢します。
こんな私ですから、恋愛はうまくいきません。
デートで、いつも雨が降る女なんて嫌われて当然ですよね……。わかっていても、恋愛感情を抑えるのは至難の業なんです……。
「俺、晴れ男だから! 平気、平気!」
なんて言ってくれた人もいたのですが、いつも相手の面子を潰すことになりました……。自称晴れ男たちは、私の雨女パワーの前に次々と敗れさるのです。
一度だけ、意中の男性と海外旅行に行ったことがあります。グループ旅行でしたけど……。私は頑張って、必死に感情を抑え込んでいました。
この男性は、とてもカッコよくて話しも面白い人でした。
私も若かったのでしょう。彼の見た目にすっかり騙されていたのです。
……ところが、この男は私だけでなく他の女性にも手を出し、現地でナンパまでしていました。とんでもない軽薄男だったのです!
それを知った私は、抑え込んでいた感情を解放しました。
はっきり言えば”キレ”たのです。
その瞬間、突風が吹き荒れ、軽薄男の恋愛フラグをヤシの木ごとベキベキにへし折ってやりました。すごく、すっきりしました。
こんなこともあり、もう普通の恋愛を諦めかけていました……。
そんな私にも、ようやく運命の人と呼べる男性が現れます!
失礼ですが、最初は男として見ていませんでした。
イケメンではないし、無口で、面白い人でもありません。でも……彼と一緒だと”安心”するんです。ほっとできる人でした。
彼と二人だと、旅行に行っても雨が降ることはありません!
おかげで色々な所へ一緒に行くことができました。
そう、安心こそが重要だったのです。
気がつけば、どんどん彼に惹かれて行きました。嬉しいことに彼もそうだったのです。
そして、運命の初のディズニーランド。ここで彼がプロポーズしてくれました!
実は彼、友人に頼んで、その時の様子を撮影してもらっていたそうです。そんなお茶目なところもあったんですね。
少し恥ずかしいですが、当時の動画を見ながらお話させていただきます。
初めてのディズニーランド。二人で、はしゃぎ回りました。
どんなに気持ちが高ぶっても、彼と一緒の安心感があれば平気なのです。
ところが、そんな安心感ですら押さえ切れないことが起きます。
それがプロポーズでした! 運命の瞬間は着ぐるみショーのときです。
私にとって、初めてのディズニーショーが始まります。
着ぐるみショーは、子供の頃に、アンパンマンの顔を突風で吹き飛ばして以来でしょうか。
子供騙しと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、とんでもないです!
ミッキーとミニーの美しい愛の物語で、すごく楽しくて、とてもロマンチックなショーなのです。
ところが……彼の様子が変でした。ショーをほとんど見ておらず、そわそわしていて、心ここに在らずなのです。
そろそろ終わりかけたとき、それまで黙っていた彼が、突然に話しかけてきました。
「あ、あの……」
「は、はい?」
私は、どこかで予想していたのかもしれません……。その瞬間、周りの色が消え失せ、真っ白い世界になったように思えました。
――動画を見ると実際には、急激に天候が崩れ、どこからやってきたのか黒雲が立ち込め暗くなっていましたが……。
「六月さん……。い、いや雫!」
「は、はい……」
私の心臓は、今にも破裂しそうなほどドキドキしてました。他の音は何も聞こえなくなり、鼓動音と彼の声しか音が存在しないかのようです。
――実際は、激しい雨音に、ゴロゴロと雷の音が響き渡っていたようです。
「……こ、これ」
彼が小箱を見せてくれました。私の表情がパッと明るくなります。
こんなに人の多い場所でのプロポーズ。少し前の私なら嫌っていましたが……。まるで、世界が二人だけになったみたいに! 周りの人たちの目は気になりませんでした。
――映像によると、突然の激しい雨と吹き荒れる風に、観客たちはとっくに逃げ出していました。本当に二人だけだったんですね……。
ですが、ステージ上には取り残された着ぐるみ達が! 彼らのお客様より先に逃げるわけには行かないとのプロ精神が致命的でした……。
「これを受け取ってください!」
彼が小箱を開けると。……入っていたのは……もちろん指輪でした!
私は、まるで空を飛ぶような高揚感に包まれます。
――このあたりで、飛べないはずのアヒルのドナルドが空を吹っ飛んでいきました。あのフワフワのお尻が、風で浮き上がったのが原因でしょう。
「僕と結婚してくれないか!」
彼は、落としそうなほど震える手で指輪を差し出し、はっきりと言ってくれたのです!
――そんな中、ネズミのミッキーが大きな耳に突風を受けながらも、震える手で柱にしがみついてました。こんな状況でも悲鳴を上げないのは、さすが世界のスーパースターですね!
私は、彼のプロポーズに雷に打たれた様な衝撃を受けていました。
返答はもちろん決まっています。「もちろん!」
――この瞬間、シンデレラ城に雷が落ちました。彼の友人も逃げ出し、記録映像はここで途絶えています。
こうして、ようやく幸せになれた私でしたが、一つだけ不安なことがあります。
……結婚式、どうしましょう?