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小説蚊

作者: 林 秀明

ある朝、目が覚めたら蚊になっていた。

決して最近「転生」ものが人気だからとか、転生したくてしました系ではない。

普通に朝起きて、目を擦ろうとしたら、蚊の腕だった。

蚊は腕があると言っていいのだろうか?


そんなことはどうでも良い。

腕をバタつかせるように足掻いたら、羽が勢いよく前後し、飛び立てるようになった。

足を動かしたら、蚊の腕のようなものが動く。

なんとも奇妙な操作方法に慣れないながらも、洗面台を見た時になるほどなと思う自分がいた。



職業は?と聞かれると返答に困るが、執筆業をしている。

ちなみに君たちは僕が幽体離脱して元の身体にいつかは戻れると思っているかもしれないが、僕の身体は蚊になった一週間後、家族によって埋葬された。


「突発的な心筋梗塞でかわいそうに……」


「かわいそう」よりも「突発的な」を連続的に口語する身内に、僕の身体も「突発的に」蚊に転生させられた。

 今身内の血を吸って、紙に筆の先を降り注ぐように、繊細に文字を書いているとは誰にも分からない。なんとも皮肉なものだ。

最近の悩みは「あ」という文字を書くのが難しく悩んでいる。「川」や「田」のように直線が続く感じは簡単であるが、曲線が多いものは時間がかかり、気付いた頃はもう日没になっている。ちなみにこの文章を書くのに、三日間と三時間を要した。



もちろん読者が思うように自分以外の仲間がいる。どこの家にも外へと出る抜け道があるが、僕たちはそれを「穴」と呼んでいる。「穴」を抜ける度に僕たちは別世界へと入ってきたかのように喜び、いつしかそこに馴染むようになるのだ。

 そこで初めて出会ったのが「アイン」だ。蚊の世界では日本にいるかといって近所の蚊も日本人とは限らない。「穴」は時として時空を歪み、僕たちを近所ではなく、別世界へと突如誘う。アインは僕が三度目に穴に入った時に出会った仲間だ。腕っぷしがよくて(ここでは蚊の腕のような筋力)女にめっぽう弱い。典型的な武闘蚊タイプだ。

 実際に彼は武闘蚊で命を繋いでいる。僕は面白い話を読み聞かせ、執筆し、その評判から餌をもらっているのだが、彼は「力」を人に提供し、餌をもらっている。

「書」と「力」

同じ腕を使っているのに、こうも提供するものが違うのかと、人間時代よりも身にしみて感じた(この文章は読者には見せないでおこう)



平和な世の中には必ず悪というものがいるものだ。

読者はそれが人間という凶器に思うかもしれないが、僕たちは違う。

むしろ人間は天使様だ。

無償で血を分けてくれ、僕たちを生き長らえさせてくれる。

手で押し潰されそうになっただって?

いいやそれは違う。偶然だ。

それかもしかしたら「一人」でいたかったかもしれない。

誰でも一人になりたい時は、愛する者でも払いのけようとするさ。



話が反れたが悪の話に戻ろう。

悪というのは本来他者に思われがちだがそうではない。

「悪は私自身だ」

批判する者もいると思うがここは無視をしよう。身内の血を吸って執筆活動をしているが、その身内の一人が血液不足によって他界した。こう言うと本当は嘘じゃないのかと思われるが本当の事だ。そいつは明るくて元気で屈託があってみんなから力自慢として賞賛されていた。

だが後年身体が急激に衰えて、鉛筆を持つことも腕を持ち上げることさえも出来なくなった。そいつが今僕の隣にいるアインだ。執筆業が忙しくなった時、アインから何度も血を吸いに旅をしたものだ。そのアインが死んで執筆業が出来なくなった。もっと細かく言えば出来たが、もう身内から血を吸いに行こうとは思わなかった。

今はアインの蓄えた血を元に執筆をしている。もう残りわずかで、執筆が出来なくなると、僕ももうこの世界にいる価値はないだろう。せめてアインが僕を怒り、僕を握り潰してくれたらどれだけ楽だったか。

だから僕は僕のけじめとしてこの本の下敷きになって死ぬ。この本の背表紙に僕の姿が付いているだろう。それを手に取った皆さんはどうぞこの小説蚊を手に取って楽しんで頂きたい。





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