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怪奇短編「一寸法師。」

その日、私は滋賀県へ向けて高速道路をフェンダーミラーのセドリックで飛ばしていた(ウソ)。

本当は旧型のオンボロ日産マーチ。中古で20万円。

豊田ジャンクションから伊勢湾岸道路へ。そこから出来たばかりの新名神へ乗る。


滋賀県に入ってすぐ。甲賀の山の中。トンネルを抜けると、雨混じりの霧で少し視界が悪かった。 案内看板を照らすための大きな照明が、霧の中に太い光の筋を作っている。速度を落として左側車線を走っていた。 午後22時を回っていたが車の数は案外多かった。

隣を白いアコードがぶぅーーーん、と音を立てて通り過ぎてゆく。追い越してゆく時に車内の明かりが目に映った。何かテレビを見ているように見える。助手席にも誰か乗っているみたいだった。そして左側後部座席の窓に、人の顔がへばりついていた。


ん?


よく見えなかったが、危ないので前を向き直る。

すると俺を追い越していったアコードのリアウィンドウが見える。スモークガラス越しに、誰かが顔をくっつけてコッチを見ていた。


じっ。


と音がするぐらい見つめていたその顔は、表情の全く無い中年の男性だった。

真顔で じっ。とこちらを見ている。

睨むでもなく、笑いかけるでもない。

ただ、じっ。とこちらを見ている。

最初は子供でも乗っているのかと思ったが、追い越して右側斜線を走り去る車の後ろ窓に見えたのは、紛れもない、目鼻たちのハッキリとした中年の男性だった。


げぇっ!


後続車が無い事を確認して、すこーし速度を落とした。

うわ…なんだよもう。ああ~変なモノ(者?物?)見た…。

実は、このような出奇事は初めてではない。

秋の連休に真夜中の鈴鹿峠で似たようなやつを見ている。


ただし、あの時は後ろから走ってくるトラックのバンパーにへばりついた6歳ぐらいの、赤い着物を着たオカッパ頭の女の子だった。

下り坂を煽るように走ってくるトラック。

まあ、煽っていたのかもしれない。私の車、遅いし。


それでバックミラーいっぱいにトラックのバンパーが迫ってきた時、ミラー越しに女の子と目が合った。

笑っていた。

その時は待避線で道を譲り、トラックともどもなんとかやり過ごした。


しかしこの日は違った。

霧が少し濃くなった。ヘッドライトが二本の光を走らせる。

そのライトが照らした先にさっきのアコードがいた。

うっ!

さっきの男が、まだ居た。

しかも今度は、車の外側、左後部座席のドアのすぐ上にしがみついている。

その風体はまたしても異様だった。


体が異様に小さいのだ。

手つき足つき、顔は間違いなく、がっしりした、立派な(?)成人男性と思われるものが、

「ナニカヨクワカラナイモノ」

のくせにキチンとついている。


ただ、身長がやたら低いと言えばいいのか。

江戸川乱歩の「一寸法師」という短編がある。

体は大人だが背丈が子供ほどの凶悪犯罪者が巻き起こす事件の話だ。

アレをお読みになったことがある方は、ほぼ同じようなものを想像して欲しい。


とにかく、そんな奇妙な男が、相変わらず車にしがみついて、コチラを

じっ。

と見ているのだ。


うわわわわ…。


何か危害を加えられたわけでもないのが、とにかく恐ろしかった。

急に耳鳴りが起きた。

きゅーん、きゅーん、きゅーん、きゅーん…。

鼓膜のすぐ横で鳴っているような不快な音。

甲高いような、低温がいやに歪な響きを持っているような。

聴力検査で聞かされる「モスキート音」を、もっと不快にしたような音だ。


耳を押さえる。

きゅーんきゅーんきゅーん…。

音は続いている。

目の前には白いアコード。そして、そのルーフに、ヤツが、一寸法師が、


すっく


と立ってこちらを じっ。と見ている。

耳鳴り、目の前には一寸法師。

一瞬霧がふわぁっ!と濃くなった。雲の中を走ったように、白い水蒸気のカーテンを抜けた。


ヤツはもう居なかった。

ああ、いなくなった…。

前に居たアコードはスピードを上げ、右側斜線に出て走っていった。


インターチェンジの標識看板が見えて、道路が少し明るくなった。

雨も止んだみたいだ。


その後はナニゴトも無く走り、無事に滋賀へ着いた。

走っている最中は、今にも自分の車の上に

ぼこん!

と音がして、飛び乗ってくるんじゃあるまいかとも思っていたが…私の車は あんな

「ナニカヨクワカラナイモノ」

から見ても、魅力に乏しいボロ車だったのかも知れない。


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