派遣戦隊ロクナモンジャー9
レッド、ブルー、ピンク、グリーン、イエロー、パープル、オレンジ、ブラック、ホワイトの9人戦隊がミーティングと称した飲み会の席で色々な議論にふけっていた。
ちょっと変わった色気を持った彼らが居酒屋でだべっている絵面は、なんとも異様な景色だった。
バーニングレッド「この際だから赤裸々に言うけど、ちょっと最近、隊員の入れ替わり激しすぎねぇ?」
オーシャンブルー「君が入る前からそうだったよ。君の前にいたファイアレッドなんか『ヒーローブログが炎上して萎えたからやめます』とか青臭いこと言ってやめてったし」
バーニングレッド「なんでみんな続かずにやめていくんだろうなぁ」
オーシャンブルー「みんながいびるからだよ。もっと広い心を持たないと」
バーニングレッド「やる気のないあいつらが悪いんだろ!まじで爆発しそうだわ!」
オーシャンブルー「爆発って……君のその目立ちたがりのヘアスタイルがか?僕の前にいたナイルブルー君は最長記録で8年続いたそうだが、やっぱり青が真面目で優秀だって、みんな分かんだね」
いつの間にか議論は、続かない新人を嘆く会話から、どの色が優れているかという色の議論になった。
赤と青の口論に最初に割って入ったのは、紫色の男だった。
なすびパープル「赤と青の中間色の俺が戦隊の中で一番だな」
バーニングレッド「馬鹿言うな。一番は隊長のホワイトさん。二番は可愛いサーモンピンクちゃん。三番は戦隊ものでは常にリーダーの俺だよ」
なすびパープル「いや、3番に限って言えば俺だよ。ほら、言うじゃないか。一富士、二鷹、三なすびってさ。つまり俺がナンバー3って事なんだよ」
無茶苦茶ななすびの意見に異を唱えたのは、妙に発色の良い、緑の男だった。
ライムグリーン「中間管理色ごときが何言ってんだ。三原色はRGB、つまりレッド、グリーン、ブルーのどれかに決まってるだろうが。そもそも『なすびパープル』って何だよ!」
なすびパープル「うっせぇ蛍光野郎!インテリアに使ったら浮くんだよお前!」
ライムグリーン「お前なんかインテリアに使う余地すらねぇだろうが!」
サーモンピンク「喧嘩はやめて!」
サーモンピンクちゃんは、顔をプクーと膨らませて、その色を少しだけ朱色に変化させた。
ライムグリーン「インテリアに俺の色を使うやつは間違いなくオシャレ」
ネーブルオレンジ「いや、インテリアなら俺が一番オシャレだよ」
濃い目のオレンジをしたネーブルオレンジは、ファッションとインテリアには特別なこだわりがあるようだ。
ライムグリーン「でしゃばるなオレンジ!……お前なんて、もしオレンジがこの世になかったら英語で何て呼ばれてたんだ?ってくらい存在感無いから!」
ネーブルオレンジ「オレンジがなかったら、ネーブルがあるだろうが!」
ライムグリーン「そうじゃなくて、そもそも柑橘類に例えないと表現できない色って事が問題だと言いたいんだよ!」
確かに日本語の橙色の橙さえも柑橘類の名前である。
ネーブルオレンジ「夕陽とかサ、サーモンとか色々あるだろうが!」
ライムグリーン「サーモンだと?お前もしかしてサーモンピンクちゃんと何かあったのか?」
ライトイエロー「キャー!」
ネーブルオレンジ「なんもねーよ!」
色というのは、交わると似た色になるものである為、隊員同士の色が似かよってくると、色気づいたのではないかと疑われるのである。
オーシャンブルー「お前ちょっとサーモンっぽい色になってるぞ!」
ネーブルオレンジ「なってねーモン!」
ライトイエロー「キャー!確実になってるわ!」
ネーブルオレンジとの仲を指摘されたサーモンピンクちゃんは真っ赤な顔になって顔を背けた。
スカイブルー「サーモンピンクちゃん……ちょっと赤すぎないか!?……もしかしてバーニングレッドさんとも何かあったのか!燃えるような恋でもしたのかー!?」
バーニングレッド「ししししてねーよ!赤っ恥かかすんじゃねーよ青二才が!」
ホワイト隊長「朱に交われば赤くなるってね」
ライトイエロー「キャー!確実にしてるわ!」
ライムグリーン「いちいち黄色い声はいいから、ライトイエローちゃん」
場は盛り上がり、仕切りたがりのバーニングレッドがカクテルのレッドアイの飲み過ぎで燃え尽きた頃、チャイナブルーを煽っていたオーシャンブルーが司会役を交代した。
オーシャンブルー「ところで誰か忘れていないか?」
ライムグリーン「え?まだ誰かいたっけ?」
シャドウブラック「俺……」
ライムグリーン「あ、ああ居たのか……影薄いなお前」
シャドウブラック「ちょっと気になる事があって」
シャドウブラックは柄にもなく淡白なキャラを装いながらつぶやいた。
シャドウブラック「……俺たちって9人戦隊だよな?」
ライムグリーン「当たり前だろ。色はコロコロ変わってるけど、9人から変わった事は一度もない」
シャドウブラック「……一人、多くないか?」
シャドウブラックの言葉に、メンバー達は顔を見合わせた。
ホワイト、バーニングレッド、オーシャンブルー、ライムグリーン、サーモンピンク、ライトイエロー、なすびパープル、ネーブルオレンジ、スカイブルー、シャドウブラック。
スカイブルー「あれ、確かに10人いるッスね。誰ッスか?」
シャドウブラック「空々(そらぞら)しいんだよ!……お前だよ、スカイブルー!」
スカイブルーと呼ばれた男は、まだ若い身空の十代の派遣社員だった。
スカイブルー「俺ッスか?いや、前からいたッスよね?バーニングレッドさん」
バーニングレッド「いたいた」
オーシャンブルー「いたよ。同じ青系列だから覚えてる」
シャドウブラック「え……」
一同の目はシャドウブラックに一斉集中した。
バーニングレッド「逆に聞くけど、黒なんていたっけな」
シャドウブラック「2年も前からいたよ!スカイブルーの方がおかしいだろ!なんでオーシャンブルーと色が分かれてるんだ!」
オーシャンブルー「スカイブルーって日本語では水色だぞ?虹の色だって水色と青で分かれてるのに重要じゃないわけがないだろ。そういう黒は、虹を構成する色に存在しないよね?」
シャドウブラック「ピンクだってねーじゃねーか!」
シャドウブラックの強い語気に、サーモンピンクちゃんは驚いて泣き出してしまった。
一同の冷ややかな目線はシャドウブラックの表情に、暗い影を落とさせた。
先週まで普通に話していた同僚がなぜこんなにも急に冷たくなったのか、シャドウブラックは人間というものの連帯感に恐怖した。
バーニングレッド「誰かこの黒い人覚えてるやついる?」
ホワイト隊長「いや……覚えてないなぁ」
オーシャンブルー「隊長が覚えてないんだから、もう誰が部外者か分かるよね」
シャドウブラック「俺は部外者じゃないって!」
ホワイトさんは理解の遅いシャドウブラックに、ハァと一回ため息をついて言った。
ホワイト隊長「君さぁ、この前OBのゴレンジャーさんとの飲み会来なかったでしょ?」
シャドウブラック「あれはゲームの発売日で……」
ホワイト隊長「ゲームの発売日と隊員同士のコミュニケーションと、どっちが大事なの?」
シャドウブラック「い、いや、それは、あの……」
ホワイト隊長「今日、お詫びの一つでもするなら考えなおすつもりだったけどさ。礼儀もなってないし、ヒーローのくせに自己主張もできない人間に存在価値なんてないんだよ。君、もう来なくていいから」
シャドウブラック「う、うう……」
ホワイト隊長の白黒ハッキリつける物言いに、シャドウブラックは涙ぐんでしまった。
ホワイト隊長「君のやる仕事なんて、正直誰でもできるんだよね。誰だって黒くはなれる。でも一旦黒になったら、もう別の色の仕事はできないんだよ」
シャドウブラック「はい、やめます……」
シャドウブラックは会費を置いて、そっと夜の闇に消えていった。
*
無職になったシャドウブラックはあてどなく歩いた。
どこにも行く場所なんてない。自分を拠り所にしてくれる人もいない。
自分の人生は今まで何だったんだろう。
自分勝手に周囲と壁を作って、どんどん周りと疎遠になって孤立していっただけのような気がする。
でもいつまでも泣き言は言っていられない。新しい職を探して、新しい可能性に賭ける、そう決心した。
年齢もそこそこのシャドウブラックは、最後の望みをかけて、とある派遣会社に登録し、とんとん拍子に入社を決めた。
派遣されて向かった先は、目も虚ろな黒い服を着た男女が集まる、刑務所のような場所だった。
この小さな社会を取り仕切っているのは、借金の取り立てでもやってそうな、強面の屈強な男だった。
ブラックホール総帥「どいつもこいつも負け犬みたいな顔ぶら下げやがって!将来の事も考えずにその場しのぎで生きてきたんだろ、このクズどもめ!」
総帥は、強烈な光がないとまともに見る事もできないほどの、どこまでも真っ黒な男だった。
ブラックホール総帥「上を見ろ!夜空に浮かぶ星はな。それ自体の力で光ってるんじゃない!太陽の光を反射して光ってるんだ!お前らは夜空に浮かぶ死んだ星クズだ!六等星なんだよ!
でも俺とは違ってまだ光れるだけマシと思え!悔しかったら一度でいいから光ってみせろ!」
一同「サー!」
ブラックホール総帥「一人一殺、ヒーローをブチ殺すまで帰ってくるな!」
一同「サー!」
こうしてシャドウブラックは、悪の組織『スターダスト』の戦闘員として、正義のヒーローを倒す仕事に回る事になった。
日中の主な活動は、日頃頑張っているヒーロー達に罵詈雑言を浴びせて邪魔をする。
配信で調子に乗っているヒーローの住所を特定したら、集団で出向いてヒーローを暴行しにいく。
後はヒーローのブログやツイッターを炎上させたり、ネットでのステマや出会い系のサクラでヒーローを釣ったりするのが仕事だ。
シャドウブラックは仕事の帰り道にふと夜空を見上げた。
夜空に光る星々が、真っ黒なキャンバスの中にあってこそ一層輝く事を、彼ははっきりと目の当たりにした。
彼は広大なる無に溶け込む有象無象の黒色に過ぎなかったのである。
「総帥の言うことは嘘だったんだ。俺たちは星にすらなれないじゃないか。黒い存在はただ、輝ける才能と人望のある星々の引き立て役にしかなれないんだ」
シャドウブラックの瞳から一筋の流れ星が落ちた。
――シャドウブラックの最後は非常にあっけないものだった。
数々の悪事を働いた者に慈悲などあろうはずもない、とばかりにその瞬間は訪れた。
「くらえ、悪の戦闘員!バーニングファイア!」
シャドウブラックは、とある目立ちたがり屋の赤いヒーローによって焼かれ死んだ。
そして最後は『灰』になった。