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オカルトカルト  作者: 津蔵坂あけび
第一章
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一、居候宣言

 玉葱、人参、じゃがいも。そしてブロック牛肉。カレーのルー(中辛)。頼まれた買い物の内容から察するに今日の夕飯は確実にカレーだ。母親はいつも遅い父親の帰りに合わせてご飯を作るから、学校帰りの私が買い物を頼まれるのはいつものこと。すっかり慣れた。あとは、今日買ったもので作った料理が続かないことを祈るだけだ。スマートフォンでもう一度、母からのメールを確認する。


玉葱 3個

人参 3本×2

じゃがいも 5個くらい(メークイン)

牛肉 2パックくらい(ブロック)

カレーのルー(中辛)1箱


……、結構続きそうな予感がする……。

また、お母さん作り置きでサボる気だな……。


どうやら今回のカレーも2日か3日は続きそう。ため息をひとつつく。そして、もうひとつ憂鬱の種が。


「お姉ちゃん、このお菓子買っていい?」


 ひとりっ子である私に、妹がいた覚えはないのだが。どうしてこの金髪ツインテールというこってこての見た目の生意気なガキんちょが、どや顔で私のことをお姉ちゃんなどと呼んでくるのか。「私みたいな可愛い妹がいることを光栄に思え」とでも言いたげな顔をしているのが腹が立つ。


「んだよ。その顔は。せっかく私みたいな可愛いロリが

 お姉ちゃんって呼んでんだぞ。光栄に思え」


……。そっくり言ったよ、こいつ。


「いや、あんたみたいな生意気な妹持った覚えないんだけど」

「いいのか。死神を怒らせるとあれだぞ。う、うー。えーっと……

 あの……、その……。なんか死ぬぞ」


脅しているんだろうけど、こいつ自身に緊張感がなさすぎる。こんなやつが本当に死神などという恐れ多い存在なのか、甚だ疑問だ。さっきから目を爛々と輝かせて、女児向けアニメのフィギュアがついた食玩を見せつけてくるのだが。


「……、買わないからね。あと付いてこないでよ。

 お姉ちゃん呼びもやめて」

「お前、そのルックスで、その性格の悪さ。将来絶望的だぞ」

「絶望的なのは、あんたの可愛げのなさだわっ」


 反論するとナラクは目尻に涙を浮かべ、えっぐえっぐと声を漏らしながら、すすり泣き始めた。流石に目の前で泣かれてはたまらない。


「お、お姉ちゃんが……、い、いじめるよぉ」


はっきり言って、さっきのグダグダな脅しより、よっぽど涙の方が圧力がある。周囲からの冷たい視線の矢を背中に受けながら、ナラクの手を引いて、人の少ない調味料コーナーへ。野菜や肉などの食材が並ぶところは、見通しがいいため人の目につきやすい。調味料コーナーは棚が高いため、あまり多くの視線を受けない。我に返って、改めてナラクの顔を見やる。先程の泣き顔はどこへやら。白い歯をぎらりと光らせて、悪童の笑みを浮かべていた。


こいつ、嘘泣きかよ。


「ふっ、親に子役の特訓を受けさせられたことがあってな。

 泣けと言われれば、すぐに泣けるぞ」


こいつのどや顔ほど腹が立つものはない。


「とりあえず、そのお菓子いくら?」

「600円」


……たっか、結構するじゃん。

私、お小遣い月々三千円なんだけど。


「まあ、いいわ。買ってあげるわよ。大人しく帰りなさいね」


そう言ったところで、勢いよくナラクの腹の音が鳴り響いた。少しきまり悪そうにしながら、こちらを上目遣いで見やる。目は合わせない。


「私もカレー食べたい」

「はぁ~あ?あんたにはお家があるでしょうが!」


「お家帰りたくないもん。私……、私の親

 ロリコンだから……」


「ほえ……?」

「うちのオヤジ、いっつも私に頬摺り寄せて来て、おひげが痛いんだよ!

 あと、お酒弱いのに、いっつもお酒飲んでべろんべろんだし!

 お酒臭いったら、ないわ!」


「と、とりあえず、落ち着こうか……」


なんか触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか。取り乱すナラクを制止し、説得を試みるがどうにも帰らないと言い張るのだった。しかし、当然のことながら、家には家族がいる。私の判断のどうこうで見ず知らずの子供を家に引き入れるわけにはいかない。いや、入れないけれど。


「本当に帰らないつもりなの?」

「うん、だから。カレーの王子様にしてっ!」



……。……、はい?


「えっ、なに?どういうこと?」

「私、辛いの。ヤダ。断固カレーの王子様」


「いや……、私が頼まれたの中辛なんだけど」

「カレーの王子様つってんだろうが、か、辛いの食わせたら

 は、鼻の穴から手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせんぞっ」

「そんな脅し方久しぶりに聞いたわっ!」


 よっぽど辛いものが嫌いなのか、なぜかナラクは震え声だ。というか、こっちはまだ家に上げるつもりもないのに。どうしてこいつは、私の家でカレーを食べる前提で話をしているんだ。辛いのが苦手なのは子供だから頷けるかもしれないが、生憎私は甘口カレーは好みじゃないのだ。


「というか、そもそも家には上げないよ」

「……、なんで?どうして?」


「どうしてって言われても……、ナラクは今日出会ったばかりじゃない」

「……、ああ、そっか」


 すると妙に納得したような面持ちになり、なるほどと左手の受け皿の上に右手の握り拳を落とした。何をどこで納得したのだろうか。そしてまたニヤリと邪な笑みを浮かべる。嫌な予感しかない。


「お前確か本当は、井戸に落ちて死んだはずだったんだよな。

 私が助けなければお前は今頃六道輪廻を彷徨っていたんだぞ」


そう、それは人の弱みというものを握ったときの笑みだった。


「ようし、いいか!この死神に助けてもらった命、全うしたければ

 私をお前の家の居候にしろ!

 それから、カレーは断固甘口だっ!分かったなっ!」


こうして、弱みを握られた私は、このちんちくりんを家に引き入れる羽目になるのだった。



*****



 街を見下ろす小高い丘に神社がある。夕日が沈み、街灯の明かりが灯る。それでも自然の豊かな街のせいか。空には星が瞬いていた。長い長い石段を登った先にある、人気のない夜の神社。境内には阿吽の格好の狛犬が二匹鎮座している。この最上神社と名のついた地元の人に慣れ親しまれた神社には、社のちょうど真裏に祠がある。一枚岩にしめ縄が括り付けられただけの簡素なものだが、ここは街の若者の中では肝試しのスポットにもなっている。なんでも、この世とあの世をつなぐ扉のような役割がその岩にはあるのだとか。


その祠に奉られた岩に、腰を下ろすひとりの少女。


罰当たりな少女は、物憂げな表情で暮れたばかりの夜空に浮かぶ月を見上げる。月明かりに照らされた彼女の姿は異様だった。遠目から見れば、十二歳くらいの少女なのだが、頬にはトカゲの鱗のようなもので覆われた箇所がある。口からは犬歯が突き出している。腕や脚には、獣のように体毛で覆われた箇所があり、頭髪はまるで植物の蔓を思わせる形をしている。複数の生き物をつぎはぎでひっつけた様な奇怪な姿。少女は儚げな声で歌を歌い始める。


つみきくずしは楽しいな

つみきくずしは空しいな

捨てられ悲しむ 人の性

壊して喜ぶ 人の性


 遠い昔からある童歌のような戦慄。その声は透き通るように美しく、彼女の濁った瞳とは実に対照的だ。歌声に誘われて、祠の前に一匹の猫が喉を鳴らしてやって来た。毛並みは野良らしく整っていないが、首には鈴のついた赤い首輪が。差し詰め、彷徨える捨て猫と言ったところだろうか。


「お前も捨てられたのか」


少女がそう尋ねると、猫は答えるかのようにニャアと鳴いた。


「そうかそうか。それは辛かっただろうに」


猫が捨て猫だと分かった瞬間、少女の声は氷のような冷たさを帯び始めた。岩からすとんと飛び降りて、猫の喉をわしゃわしゃと撫でながら、夜になって開いた瞳孔を覗き込む。


「じゃあ、仕返ししないとな。捨てられたことで

 どれだけ冷たくなれるのか、証明しないとな。

 いいか。お前はもとの飼い主を探し出すんだ。

 お前を捨てたとしても、お前には懐かしい匂いがするから分かるはずだ。

 辛いだろう。だから、もっと辛い目に合わすんだよ」


「頸動脈をかっ裂いて、意識を失わせろ。

 そして傷口をひたすらに舐め続けるのさ。

 冷たくなっていく血を舌で感じるためにね」


薄ら笑う少女に、身の危険を察知してか、猫は逃げて行ってしまった。藪を少しばかりか揺らして、遠くなっていく足音に少女は、吐き捨てるように呟いた。


「……、恨みを晴らすことすら拒むか。つまらない」




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