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体はどんどん動かなくなっていく。
廊下側がダメなら、窓だ。机に手をつきながら体を支え、よろよろと窓際に移動した。先生に斬りつけられた背中が、熱く痛む。シャツが濡れて張り付く感覚がする。汗なのか、出血が思っていた以上に多いのか。
カーテンに触れたとき、ひざがガクリと脱力した。生地が古く、脆くなっていたのだろう、咄嗟に掴んだカーテンが破れ、床に倒れ込んだ。
体を起こしたが、立ち上がる事はできなかった。下半身の感覚がない。
見上げた机の引き出しに、目が留まった。そこに入っているものを思い出して。八人は優に座れる、生物室の大きく重い机。両サイドに三個ずつ、引き出しがついている。
この生物室で、一人で過ごすうち、暇を飽かして全ての引き出しを開けてみたことがある。あの時のままだったとしたら。
今、使える全部の力、全部の体重をかけて、引き出しを開けた。
引きちぎれたカーテンを、上半身の力をふりしぼり、テーブルの上に放り投げ、記憶通り、引き出しの中に残されていたものを取り出した。誰かが実験で持ち出して、そのまま理科室に戻さず、引き出しに隠してしまったのだろう。中身が残ったままのアルコールランプと、マッチ。
芯を外し、中身をカーテンにかけ、マッチを擦った。点かない。力が入らない。頼む、点いてくれ。二度、三度。軸が折れた。カーテンの上に投げ捨てて、もう一本取り出す。
その時、準備室の方でガタガタと音がした。先生が来る。
震える指に焦りながら、何度もマッチと箱をこすりあわせた。
シュボ、と、火薬が燃えた。硫黄の臭いに、じん、と、目の奥が痛くなる。
カーテンの端に火を移すと、勢いよく燃え上がった。
「何をしている!」
先生が椅子にぶつかりながら突進してきた。
意識が遠のく。床にぐったりと倒れ、見上げた机の向こう側、燃え上がるカーテンの炎に照らされた先生の歪んだ顔があった。火の勢いに一瞬怯み、カーテンの端のまだ燃えていないところを掴んで床に落とし、踏み消そうと苦心している。
ジリリリリリリリ。
火災報知機のベルと、一般教室のざわめき。女子生徒の悲鳴と、学年主任の避難を促す声。誰かが、バタバタとこちらに近付いてくる足音。
山城先生が、愕然と目を見開き、立ち尽くしている。ゆっくりと顔を動かし、僕を見て、ふ、と、笑った。
「ふ、ふはは、あはははは、あはははははは」
生物室の扉のカギが、ガチャガチャと音を立てて開き、誰かが入ってきた。




