第九話 消えた魔女ブルケの秘密
味噌と醤油と酒か……
第九話 消えた魔女ブルケの秘密
☆
『小賢しい! 我を再び封印出来るとでも思っているのか! 矮小な人間共め! 身の程を思い知らせてくれるわ!』
殺気立つ村長とサラさんを相手に、ライノがその計り知れ無い魔力を溢れさせ、どこからでもかかって来いと言わんばかりに二人を煽る。何気にライノの口調が大上段からなのが気になるが……
「ちいっ! ブルケが入ればお前など!」
「ふん! 暫く会わないうちに随分とお喋りになったのね? 封印されているうちに寂しがり屋にでもなったのかしら?」
この凄まじい魔力を目の当たりしても二人は引く気配は無い。経験に裏打ちされた自信が全身から熱いオーラのとなって伝わってくる。水ガエルには及ばないようだが
是非俺の家では勘弁して欲しいが如何にも脳筋ぽい村長を俺が止めるのは不可能だ。サラさんは遠回しに俺に甚大な被害を与える気が満々だし……こうなったら俺に出来る事は一つだ。
「おおおおっ! くらえ!」
村長がその大剣に計り知れ無い膂力を込めブンっと振りかぶる!
「いくわよ! 覚悟なさい!」
サラさんがそのワンドに膨大な魔力を炎に替えて注ぎ込む!
そして
ライノはクルリと翻り
『ははははっ! よかろう! 相手になってやろうでは無いか! 封印出来るモノならやってみよ!』
「うん、やってみる」
『へっ?』
俺は〈シュポンッ〉と再度壺にライノを引き摺り込んだ。
『やあああああんっ! ボク悪く無い! 悪く無いんだからあーー!』
部屋の中にライノの絶叫がこだまするが、俺の眷属になっているライノに抗うすべは無い。
「…………」
「…………」
『出して出して〜お願い〜〜』
ライノの泣き声もだいぶ慣れたな
二人は硬直気味に立ち尽くしていた。その怒りの矛先は是非に俺の家の外で発散して頂きたいものだ。
「で、村長、忘れていた要件とは」
ハッと我に返った村長が詰め寄って来る。
「お、おめえどうやってそのブルケの
[壺]を手に入れたんだ!」
青い顔をしたサラさんが俺に魔力の込もったままのワンドを突き付けてきた。
「あ、あんたどうやってブルケの封印を解いたの! あ、私でも歯が立たなかったのに!」
「えっ?」
そして、俺は事の顛末を二人に説明する事になった。
俺の激闘の半日の事を
あくまでも[かいつまんで]ではあるが
♢♢♢
で
五分程で説明を終えた俺はまた正座させられていた。そうか、この世界でも畳文化は健在なんだな
青い顔をした村長がなにやらサラさんと相談している。凄く深刻な悩みのようだ。相談に乗って上げたい所だが疑惑のリア充野郎の嫌疑が晴れるまでは手を貸す事は出来ない。
「……いっその事消えてくれた方が……」「お、おい、そんな物騒な」「…でも、このままじゃ」「し、しかしな」「でも土地神の祝福まで受けてるなんて」
おいおい、何だか物騒な話だがそれは俺の事じゃ無いよな? ライノだろ? 大丈夫、俺はもう心の準備は出来ていますからお気になさらずに、なんでもおい言いつけ下さいね♡ てかマジ消すとか勘弁な!
すると、神妙な面持ちで村長が話し掛けて来た。そろそろ正座から解放して貰えるんだろうか?
「斎藤、ちょっと良いか?」
良くないです。
「斎藤、真面目に答えなさいよ」
はい。サラさん迫力半端無いです。
「斎藤、地下室で見た事をもう一度話してくれ」
「は、はい」
地下室! この時点で地下室の事? ライノの封印とかの話では無く? 地下室にはーー変なフラスコとか発酵した壺みたいなのとか火トカゲとか変なアイテムとか変な鏡とかがあっただけだけどな? ん、何気に危険な香りがプンプンしてくるぞ。
「…………」
「斎藤、どうした?」
「……正直に答えなさいよ!」
「えっとですね、地下室に大きな火トカゲがいて、そいつがその[壺]を護ってたみたいですね。あとは何だか色んなビンみたいなのがいっぱいありましたね。いってみますか?」
「……それは無理よ。魔女の秘密の部屋には呼ばれていない者が入ると[呪い]をかけられるのよ。だから捜索も完全には出来なかったんだからね。あんたは何か特別なモノがあるみたいね。そもそも封印と隠蔽されている魔女の禁忌に触れる事ができるなんて、驚くと言うより呆れてモノが言えないわ」
えっ! そうなの! やばかったの!
「そ、そんな危険な秘密があったんですか!」
「いや、そもそも半年もの間誰もその秘密の地下室には気がつかなかったんだ。魔女はな、直接的な攻撃力よりも、その使いこなす様々な儀式魔術が厄介なんだよ。まさか宮廷魔術士が数十人がかりででも見つけられ無いモノを、いきなり異世界から来た斎藤が突破出来るとは誰も思わないさ。それにブルケは一応真面目な魔女だから、それなりに信用はあったと言う事だ」
「? それなのに何十人も宮廷魔術士が調べに来たんですか?」
「……まあ、それなりに色々ある奴ではあったからな」
「……そうね。色々ね」
ふむ、色々ねえ
一応他の事も説明しておくべきなのかな? まあ、味噌や酒や醤油くらいあっても関係無いか。
「ライノは構わないんですか?」
すると、少しだけ思案して村長は問題無いと伝えて来た。
「完璧に契約も出来ているしな。確かに危険な妖精だが、それくらいなら従えている奴はいるもんだしな。前回騎士団がやられたといっても、死人が出た訳じゃ無いんだよ。妖精は騒動を起こしはするが邪悪な訳では無いからな。迷惑ではあるがな」
ふむ、野生のトラと現住民みたいな関係なのかな? 受け入れはし無いが問題が起こるまで排斥まではし無いとか?
「……でもあんたが契約できていなかったら封印はしたけどね。ライノはね、希少種なのよ。力は桁違いだから気をつけてね」
なるほど、俺は運が良かったのか
「でも、この[壺]とかの不思議な道具は?」
「お前が所有出来たのならお前が持っておけ! 迂闊な事はするなよ。まあ、妖精は精霊とは違いからな。あまりよく分かってはいないんだよ。だから制限もないんだ。まあ、あんまり使えない使い魔みたいなもんだな。ただ、火トカゲとか水ガエルみたいなのは別だ! 恐らく魔女の家の家守だから、お前にどうこうは出来ないよ。それに、この家の所有者はお前だからな。その中にあるモノは全てお前のモノだという事さ」
火トカゲと水ガエルは確かにヤバいが、ライノも実際にはそんなに悪い奴じゃ無さそうだしな。でも、これはやっぱり行方不明になった魔女がなんかして行ったのか、やり損なったのか、何かあったんじゃ無いかな?
「そうですか、まあ、後は下には味噌とか醤油とか酒の瓶くらいしか無かったですからね大した「な、なにいいいいっ!」
「ほ、本当に味噌や酒の瓶があったの?」「おい、斎藤、ちゃんと答えろよ! 間違い無く味噌や醤油や酒の瓶だったのか!」
詰め寄って来る二人の顔は今迄で一番の緊迫した表情だった。そして緊張している様だ。えっ? どこかに地雷があったのか?
「え、えっと、ありましたね。一つづつでしたけど」
「……それは…その…生きていたのか?」
発酵の事か?
「え、ええ、ちゃんと発酵しているみたいでしたね。いい匂いでしたよ」
そう伝えるとーー二人はジッと顔を見合わせている。
そして
「……あいつ、まだ諦めてなかったのか」
「……何処まで進めているのかしら? ても私達では分からないし」
そしてヒソヒソも二人は話してあい、こう言って来た。
「斎藤、今から一つ約束をしてくれ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「あの秘密の地下室の秘密は秘密にしてくれ」
「うわくどい!」
「あっ?何だ?」
「いえ、なんでも無いです」
理由の説明はあまり良く意味が分からなかったが、つまり
「消えた魔女ブルケが帰って来たら聞け」
と言う完結なもの。
こうして俺のこの家を巡る探索の一日目は、問題が何一つ解決される事無く増加の一途を辿っている事が明らかになったのだった。
「秘密の地下室の秘密は秘密になったのか」
『マスター出してよおお! もう反省したよー!』
ライノはしばらく封印しておこう。そうだな、行方不明の魔女ブルケが見つかるまでは