第六十四話 薬草を採りにいこう!③
第六十四話 薬草を採りに行こう!③
☆ホウライの森
干し肉とショートブレッドの簡単な食事を済ませた後、俺逹三人はホウライの森の奥に進む事にした。
俺の従えている妖精は危機感知能力を持っているので、広範囲に広げて採集に臨めば安全だろうとサティさんが判断したからである。
元々危険度はかなり低く、村の女の人も採集に行くレベルのホウライの森だから、採れる薬草も並以外しか無いのだが、何より佐倉さんの修行を兼ねているからな。
俺も護衛がてらついて行く事になった。
あとトリュフの追加狙い。
期待は薄いが。
因みに、サティさんもこの辺でトリュフが採れた話は殆ど耳にした事が無いらしい。
「まあ、あんまり期待しない方がいいから」
「そうなんですか?」
「滅多にあるもんじゃ無いからね〜、結構森の中や山の中に自生している物って、確かに貴重なのもあるけど、中々狙って見つけられるもんじゃ無いんだよね」
山菜や薬草や木の実などは大体採集出来る場所が決まっているが、キノコなどは運の要素が左右するそうだ。
そう簡単にはいかんか。
その辺があるので薬草や木の実が人気ならしい。
まあ日々の糧だからな。
それにノルン村の基本は小麦の生産だから、全てはその合間と言う事になる。
春と夏が小麦、残りの期間を活用するのが田園生活ってものなのだろう。
六月半ばの春小麦の刈り入れからが本格的に忙しくなるそうだ。
つまり今は暇な農閑期と言う事なのか?
「だから皆んながサイトウを誘いたがるんだよ。皆んなガチだからね〜佐倉も気合い入るよね?」
「は、はい! そ、それはその…はい……」
佐倉さんの照れ笑いもナイスだな。
バザールでみたお姉さん逹も何気に美人が多かった気がしたけど、やはり佐倉さんは別格だ。
ただ
やはり閉鎖状況なのがネックだ。
ライバルが少ないのが助かるけど、バザールでもチラチラと若い奴等が熱い視線を送ってたからな。
もしも失敗したら後々田園生活が余りにも厳しい。
昔から女の人は苦手だったけど、慎重過ぎてもいい展望は望めそうも無い。
(そして佐倉さんは何か秘密がある)
それは佐倉さんの中の人の事だけでは無い。
下手をすれば佐倉さんも気が付いていて知ら無い振りをしている可能性もある。
それに一番の問題は別にあるんだ。
(俺はどちらの佐倉さんにも興味があるんだよ……)
普段の佐倉さんは素晴らしい。
それは間違い無い。
しかし謎の佐倉さんの中の人も
このノルン村の秘密はまだ奥深い様だ。
俺は佐倉さんとサティさんが薬草を採集しているのを後ろから眺めながら、ホウライの森の中を隈なくついて歩くのだった。
きっと俺はこれからも佐倉さんに振り回されるんだろうと確信めいた予感に何だか納得しながら。
「斎藤さん! 野苺ですよ!」
突然森の中で佐倉さんの声が響く。
どれどれと見ると結構群生している。
野苺の季節はもう過ぎてるはずだかこれもホウライの森の影響力なのだろうか?
「ジャムになりますね!」
「まあ、砂糖が高いからね〜」
そう、この世界では砂糖などの甘味料はやはり贅沢品だ。
そして発酵系の調味料も同じく贅沢品なのである。
日本人的には必須だから、せめてその辺は不自由したく無いのが本音だったりなんかするんだよね。
間違い無く佐倉さんは甘い物に飢えているな。
俺逹三人は薬草採りと並行して野苺も採集する事にした。
取り敢えずサティさんの課題は終了している様で、この後はいよいよ回復薬や治療薬などの魔法薬に挑むらしい。
妖精逹に混じって野苺を摘みながら、そう佐倉さんは嬉しそうに話すのだった。
苦笑いするサティさんの意図が気になるが……
♢♢♢
村のお社 奥之院
香炉 天叢雲から立ち昇る煙の一柱の前に座り、村長は[遠見の水盆]を覗き込んでジッと森の中の斎藤逹を追跡していた。
「……斎藤も遂に気が付き始めたな」
『ハシュマリムの奴め! 本気で斎藤に興味を持ったのかもしれん』
「まさかノルン村の中に迄入り込むとはな」
『そもそも土地神の加護を受けるとは予想外じゃったわい』
「それは俺もだよ。転生者が特別なジョブやスキルを持つのは珍しく無いが、まさか妖精使いとはな」
『ハシュマリムも先ずはそこじゃろうて』
「しかも妖精王のオマケ付きだからな」
『ふむ、結局ブルケですら使えなかった装備が全て斎藤に渡った事になるの』
「勇者の系譜では無い様だが、あの用心深い奴が心を開くとは思わなかったぜ」
『何らかの縁があるやも知れんのぉ』
「……悪い冗談だぜ。万が一にもってヤツだな」
『時にブルケはまだ?』
「ああ、未だ帰らずだ。そして斎藤曰く発酵物の研究もある程度完成させていた様だった」
それは秘密の地下室にある味噌、酒、醤油の事だった。
ブルケが行方不明になっているのはそれにも関係がある。
稀代の天才魔女ブルケの秘密
『お主の三人の嫁でも解き明かせぬ秘密とはのぉ』
「ああ、厄介過ぎる。恐らくこの国でも太刀打ち出来る者は稀だろう。さすがブルケと言いたい所だな」
『まあ、お主も見事にかっさらわれたものよの』
「お、おい! それはもう昔の話だろうが! 俺はキチンとケジメをつけたんだからな!」
珍しく村長が青い顔をしている。
三人の嫁の影響力はそれほど凄まじいのだろう。
それでも村長はまるで昔を懐かしんでいるようでもある。
『ただ、覚えておけよ、お主逹は全てのケリをつけた訳では無いのじゃ。そしてブルケはまだ諦めてはおらぬようじゃしの、これが表に、特に神殿や近衛騎士達の耳に入ればただでは済まぬかもや知れぬぞ』
村長は水盆に映る斎藤を注視している。
「……いざとなれば斎藤はこの地を離れる事になる。佐倉は……それはその時だ」
『いざとなれば斎藤と佐倉を一緒に送り込めばよかろう。あの男、存外性根が太そうじゃ』
「そういやハシュマリム相手に引かなかったらしいな」
『そうよ、まあ、引くに引けぬと言うのが本当の所じゃが、人間は追い込まれた時に地金が出るものじゃからのぉ、佐倉もその辺は分かっておるんじゃろ』
二人はそう言って頷き合う。
そして二言三言言葉を交わした後、村長は香炉 天叢雲を閉じるとお社を後にする。
そしてお社の境内から斎藤逹の居るホウライの森を見ると、ボソリと呟くのだった。
「そういや彼奴がよく言ってたな」
【ガンツ! そもそも闘ったら負けなんだよ!】
その時はその言葉の意味が理解出来なかった。
だが今は少しだけその意味に近付いた気がしていた。




