第六十一話 視線の主
第六十一話 視線の主
☆ノルン村広場
目の前に浮かぶ神の如き力の持ち主
(さてどうする? 妖精王の錫杖なら魔法なら受け止められそうだが)
ダメだ
物理攻撃ならOUTだな。
どうせ逃げられ無いだろう。
なら、日本にいた時の失敗はもうやら無い。
俺は
闘うべき時は闘う!
死にたくは無いがな。
そっと錫杖を構え(格好だけだが)
俺は前に出る。
(凄え魔法攻撃が来る事を祈ろう。で吸収したら弾き返してやる!)
『へぇ! その錫杖使えるんだ』
(お前次第だがな)
その時──俺の周囲を不思議な煙が包み込む。
それは香の様な匂いを伴い渦巻く大きな煙の塊で、俺と宙に浮く白い髪の少女の前に立ちはだかった。
「!!! な、なんだ? 増援なの?」
『やれやれ、難儀な事じゃの』
その煙は人の顔の形を成しブツブツと文句を言い始める。
知り合いじゃないよな?
『あれあれ、まだ生きて──いや、死んでも粘ってたんだね』
『そうよ、これもノルンの伝統じゃからの。お主こそ変わらんのぉ』
『道理でしつこい結界だと思ったよ』
『そうじゃろ? お主みたいな悪戯者を弾き出さんといかんからの〜』
バヂンッ!
「!!! な、何?」
白い髪の少女と渦巻く煙の間に火花が散る!
(雷撃? 村長が使ったヤツに似てる)
『さて、お主、大人しく引き下がれば良し、じゃがこの者にこれ以上ちょっかいを出すんなら覚悟がいるぞえ』
『水と大気を纏ったのか! 中々強力だね!』
そう言った途端──少女の白い髪が変形し煙の幻体に襲い掛かかる。
まるで鞭の様にしなる髪が幻体を切り裂こうとするが一部を掻き消されるだけであっという間に再生して行く。
『ふん! そんなものでは傷一つ負わぬぞ!』
その一瞬の隙を突き巨大な雷の収斂された奔流が少女を捉える。
『ぐぬぅっ! どんどん人間離れしていくね!』
宙を舞い身を躱す少女に追撃が加えられて行く。まるで天の怒りの如く連発される雷撃は生き物の様に追い縋る。
『器用に避けるものよ!』
『まだまだ荒いよ!』
『ほっほっ! 口が立つのお!』
ビュンッと広場から舞い上がると二つの巨大な霊力の塊は空中で激突し続ける!
攻防一体とでも言うべき少女の白い髪は雷を弾き返しながら煙の幻体をカウンターで削り落として行った。
(何であんなのが防げるんだよ!)
それでも白い髪の少女の方が上っぽいんだよな。
何より速度が桁違いだ。
互いに致命傷には程遠いものばかりに見えるんだがどうなんだろうか?
だがバヂンッ! と弾いた雷の奔流が佐倉さんの前に立っている俺に飛んで来た。
地面を抉りながら迫る雷はまるで大蛇の様に迫る!
「!!! おわああっ!」
ビックリした俺は咄嗟に身動き出来なかった。
いや、ちがう
しなかったのだ!
そして
そのまま雷の奔流に向け──俺は妖精王の錫杖を翳し──真っ直ぐ突き出した!
『ばかもん!避けんかっ!』
『おおっ! やるううっ!』
その時ゾワッと全身が総毛立つ。
しかしソレとは別に俺の心は恐ろしい迄に澄んでいた。
怖い。
逃げ出したい程怖い。
だが俺は決めていたのだ。
この世界では決して自分の大切なものの為になら逃げ無いと!
今度こそは
突き出した妖精王の錫杖と雷の奔流が触れるその時《ギ──ンッ!!!》と甲高い金属音が鳴り響き俺は吹き飛ばされた。
「どひぃいいいっ!」
宙を舞う俺は咄嗟にスレイプニルブーツを履いている事を思い出した。
それと『そうだ!森妖精の木の実があったぞ!』と吹き飛ばされながら魔法鞄に手を突っ込み──着地すると同時に白い髪の少女に向かって疾走する。
「のわああっ! 速えええっ!」
自らも腰を抜かしそうになる程の加速に必死に堪え俺は木の実を投げ付ける!
『!!! それは祝福の木の実!』
虚を突かれた少女に木の実が直撃した。
ドンッ!
まるで弾ける様に吹き飛ばされる少女に追い討ちを掛けるべく畳み込もうとするその時──手の中の妖精王の錫杖が輝きを増し──《よっしゃああっ! 任せとけや!》また彼奴が喚き出す。
【スキル 風魔法 雷渦流 LV3を取得】
【アビリティ 風魔法耐性 LV3を取得】
【ストック 黄魔力を吸収MP12/12】
「あ、復活(それにラーニングしてるし!)!」
《おいっ! 吸収したのは黄魔力だから使えるのは雷撃だ! 一気にぶちかませ!》
「了解! 食らえっ!」
俺は命ぜられるまま錫杖を少女に振るった。
すると少女に《バリンッ‼︎》と雷撃が直撃する!
『!!! うそっ! 凄い!』
白い髪を集め直撃をギリギリ躱した少女が吹き飛ばされて行く。至近距離からの突貫に圧倒されたのか今度は余裕が無い。
ただ、決して致命傷では無さそうに見える。
自ら後ろに飛んでダメージを軽減させたといった方が正しいだろう。
少女はクルリと一回転しニコリと笑うのだった。
『さすがレアな妖精使いだね! その錫杖も使える何ていつ以来かな!』
(……ダメージゼロなのか?)
呆れるしか無い。
《おい、何でまたあんなのと戦ってるんだよ! おめえじゃ無理だ!格が違い過ぎるんだよ!》
「えっ? 知り合いなのか?」
《ばかやろお! 彼奴はこの辺一帯の土地神を束ねる上級神だろうが!》
(そんなの知らんがな)
『うふふふっ! バレちゃったか! さすがにまずいかな?』
『ふんっ! 今頃何を言うとるんじゃ! 斎藤、気を付けろ! こやつらは確かに土地に加護を与えたりするがの、決して人の為にやっておる訳では無いのじゃ! 下手をすれば神隠しでもやらかすのが彼奴らよ!』
煙の幻体が喚き散らしている。
顔だけだから(煙の癖に)やけにデカい声だ!
すると少女はヤレヤレた肩を竦めておどけてみせる。
『あのねぇ、ニンゲンの方から頼まれる事もあるんだからね! 人聞きの悪い事言わ無いで欲しいな!』
「……つまり悪い奴なのか?」
『もう! 短絡的だなぁ ボクはね、君に逢いたかったから来ただけなのに! 』
『ふんっ! 気に入れば連れ去る気満々じゃった癖に何をぬかすか!』
『ふふんっ! なら止めて見せるかい──とでも言いたいところだけど、大分疑われてるみたいだからね〜』
そう言ってチラッと俺に、いや俺の背後に視線を送ると──ヒュンッ!と身を翻す。
(何処を見てるんだ⁉︎)
『おっとまずい!まあ、また逢おうね! ボクの名はハシュマリム! 忘れたら許さないんだから!』
そう言って白い髪の少女は宙を舞うと──『またね♡』と一言、オデオン山嶺に向かって《ドォンッ‼︎》と言う爆音を残し飛び去って行った。
「……な、なんだ? あいつは何しに来たんだよ?」
余りに突然の引き際に呆然とする俺の背後から
「ふむ、お主またややこしい奴に好かれておるようじゃの」
「!!!!!」
久しぶりの声がした。
「えっ! お酒も飲んで無いのに!」
それは佐倉さんの中の人の声
「ええっ! の、飲みませんから!」
では無かった。
「……佐倉…さん…」
「は、はい? どうしました?」
慌てて振り返ると
そこに居るのはいつもの佐倉さん。
「……な、なんでも無いです…はい」
周囲を見渡せば村長が肉饅を一飲みにしていた。
そしてまた人々の賑やかな声が広場を埋め尽くしている。
「……夢…なのか?」
でもあの生々しい少女の声
いつの間にか霧の幻体も消え失せていた。
アレは一体なんだったのか?
目の前の村長が肉饅を飲み干すのを確認し、思わず「ソフトクリームとカレーは飲み物だが豚角肉饅は違う」と突っ込みそうになるのをグッと飲み込み俺は村長に尋ねる。
「……村長、ハシュマリムって人に心当たりはありますか?」
「サティ! エールお代わりな! ええっ? 何だって、もう一度いってみろ」
「ハシュマリムです!」
「!!! …………何だって…」
その時
俺は頭に来て大きな声を出した自覚はあった。
あったのだが
広場全体が沈黙するほどでは無かったと思う。
だが、広場の真ん中で皆が俺をジッと見ているのは決して俺が転生者だからでは無い。
ましてや妖精使いだからなんて事は有り得無い。
《おおっ! 何だ何だ! ぶちかますか!》
そして間違い無く夢でも幻でも無い。
俺の手の中で喚く錫杖が教えてくれる。
今の出来事が紛れも無く現実であるという事を。
そして佐倉さんはまたニコリと俺に微笑みかける。
「斎藤さん、冷めちゃいますよ♡」
その笑顔から俺は視線が離せ無くなっていた。
その笑顔の奥に俺は引き寄せられ始めている事に気がつく事になる。
「……斎藤…誰から聞いたんだ? その名前を」
そして俺はまた少しノルン村の秘密に触れたのだった。




