第六十話 バザールでござ〜るぅ④
第六十話 バザールでござ〜るぅ④
☆ノルン村広場
う〜ん、焼きそばの香ばし匂い。
間違い無く日本からの転生者だな。
一度茹でたパスタ麺を鉄板の上全面に広げて焼き上げるのでつゆだくの割に麺がノビておらずシコシコモチモチと大変心地よい。
それを溶き卵に絡めて食べる。
目玉焼きを乗せるのはあるがこの食べ方は初めてだな。
「ズルルルルッ!」
そしてシンプルながら青海苔と紅生姜がアクセントになり甘辛いスジ肉と相まって中々イケる!
次は豚角煮肉饅だ。
蒸籠に湯気が出るほど暖かいのが四つミチミチに押し込まれている。
(村長がいるからな。先ず先に一個食べておこう)
辛子とポン酢醤油みたいなヤツを付けて食べる様だ。
手に取ると「あちちちっ!」まだ熱々じゃないか!
先ずはそのまま
「パクッ」
むむっ!
生地はモチモチとして弾力はあるがフカフカとしてるな。このモチモチ感は米の粉と小麦粉の混合かもしれん。
そして噛み締めるとトロトロの豚角煮からジュワッと肉汁が溢れ出で来る!
「た、たまらん!」
「この豚角煮凄く柔らかくてホロホロ口の中で解けちゃいますね!」
「ああっ! 昔は焼くのが多かったんだけど、この角煮は衝撃的だったな」
どうやらこの豚角煮肉饅は新しい料理らしい。
やるな転生者
そして甘辛い味がエールにピッタリだ!
「ゴクッゴクッゴクッ! ぷは〜!」
うむ! これは当たりだ!
残念ながら大変手間が掛かるらしくこんなお祭りみたいな時しか食べられないらしい。
そして辛子とポン酢醤油を付けると──
「くぅっ! ツーンと来るうっ!」
鼻に抜ける辛子の刺激が重くなりがちな豚角煮肉饅をキリリッと引き締めるかの様だ。
ここで野菜炒めに行ってみよう。
大皿にゴッソリ取り分ける。
トマト、キュウリ、キャベツ、キヌサヤ、ブロッコリー、タマネギの火の通りが違う野菜にキチンと処理されている。
やはり野菜炒めは中華料理の油通しの技法が良く合うな。
ノルン村の調理技術半端無い。
コーンドビーフがアクセントになり味に深みが出でいるし、トロトロの卵が野菜に絡み単なるご飯のオカズとは一線を画す美味さを醸し出している。
シャキシャキとした歯応えは素材によりキチンと変化が有り飽きさせ無い。
「トマトと卵が絡んで最高ですね」
佐倉さんも満面の笑みでモリモリいってる。
本当に美味そうに食べるなぁ
「シンプルにキュウリだけとかにオイルサーデンなんかもツマミには最高なんだぜ」
「ほ〜、中々渋いチョイスですな」
言われて見ればトマトと卵とかキュウリのみとかブロッコリーとトウガラシみたいにシンプルなのを酒のツマミにしている人も多い。
よし、次は是非それにしてみよう。
キュウリとブロッコリーの歯応えは秀逸だ。
次はデカイソーセージだ。
流石にそのままは無理だか、あの佐倉さんのフォークの突き刺し方は──狙ってたな。
あの太さのソーセージをそのまま咥える佐倉さんもエロくてナイスだがそれを他の奴等に見せるのは許せん!
「佐倉さん、切り分けますよ」
「は、はい…」
「佐倉……そのままは無理だぞ」
「!!! は、はははっ!」
苦笑いする佐倉さんの為にフォークとナイフで切り分ける。
すると肉汁がジュワッと出で来た。
「パクッ」
噛むと弾力がかなり有るが合わさて口の中に肉の旨みが一気に広がって行く!
「あふっ! あちちっ! う、うまっ! これ美味いっす」
「凄くお肉の味が濃いいです」
「この辺の豚は出荷する前の秋に木の実をタップリ食べさせるんだ。だから肉の、特に油の美味さが際立つんだよ」
なるほど、イベリコ豚みたいなもんなのかな?
「そして普段は放し飼いみたいにして色んな物を食べせるんだ。芋や蛇なんかも食べるんだぜ。それが美味さの秘訣だな」
さすがノルン村だ。
育て方もワイルドだな。
佐倉さんもそんな放任的な遣り方が良いような気がする。あの二匹の番犬がいればオークも恐るるに足らずだと思うんだよね。
「斎藤さん、エールのお代わりは?」
「は、はい! お願いします!」
「サティさん、エールを一つお願いします」
「はいよ〜村長は?」
「おう、俺は二つくれ」
「……ピッチ早く無い? 斎藤がハイハイ言うから良い気分になってるんじゃ無いよね?」
「ばっ、馬鹿言うな! 俺はノルンの代表してだな──」
「はいはい、分かったわよ、斎藤もあんまり真剣に聞きすぎちゃダメだからね」
「は、はぁ…」
うん、めっちゃ返答に困る振りだな。まあ、村長も一目置かれてるから、あんまり気安く話し掛ける奴も居ないだろうし。意外と寂しがり屋かもしれん。嫁も三人だし。
「そ、それでだ、龍泉に向かう日程が正式に決まったからな」
「は、はあ、いつになったんですか?」
「五日後だ。王都から専門の学者が来るんだよ。あと領主も人を派遣すると行ってきた。それと冒険者ギルドからも高ランクのパーティを送り込むそうた」
「……えらく人が多いんですね?」
「うむ、少し領主も気になる様だな。ノルン村は少し他所とは違い所為もあるがな」
そう言って村長はグィッとエールを煽った。この男容赦無く飲むな。
領主様とやらも気になるのか
水神様にも関わる事らしいし、やはり一筋縄ではいかないんだろうか?
まあ、ブルケとやらが残したあの家も何だか色々有りそうだから、結局落ち着いた異世界ライフは夢のまた夢っぽい。
そうだ、家の蔵の中にも何か秘密が有りそうだから出発までに村長に乗り込ませてみようかな。
「村長、ちょっとお願いがあるんですが──」
だが──村長からの返事は無かった。
「──村長? ……えっ?」
慌てて佐倉さんを見ると
(ああっ! 佐倉さんまたそんなに大きな口を──えっ!)
俺は慌てて席を立ち周囲を見回す。
だが
「……どうなってるんだ…」
さっきまであれ程賑わっていたノルン村の広場には静寂に支配されていた。
いやそれは違う。
静寂に支配されて居るのでは無い。
「……静止…している?……のか?」
そう、焼きそばを焼く人もソーセージに齧り付く人も、パエリアを運ぶ人もエールを注ぐサティさんも──その全てが──いや、吹く風も水の流れもその全てが俺一人をこの世界に取り残す様に静止しているのだ。
『ヘェ〜! 動けるんだね!』
「!!!!!」
背後から
いや
真上からと言った方が正しいのかも知れ無い。
澄み渡るその声はまるで奏でられる竪琴の音色の様に心の奥に響いて来る。
(人では無い?)
俺は咄嗟に魔法の鞄から妖精王の錫杖を取り出し佐倉さんを庇う様に身構えた。
(まずい! 妖精が一匹も居ない!)
振り返ると
そこには空に舞う少女の姿があった。
しかし、それは人では無い。
美少女ではあるがその美しさは人に許される類のモノでは無い。
白い髪は足よりも遥かに長くまるで意思を持っているかの様に妖しく漂っている。
嫌な汗が背中を伝う。
俺はジッとその視線に晒されながらまるで心の奥底まで見透かされている様に感じていた。
「……お前は何者なんだ…」
引く訳にはいか無いが戦う訳にはいか無い。
とても立ち向かえる相手には思えなかったのだ。
犠牲はせめて村長だけに──いやそうはいか無いか。とても交渉出来る相手には思え無いが
『ふふふっ、そんなに緊張しなくても良いよ』
「……さて、それはこの後の展開次第かな」
『あれ〜その割には臆してないの?』
「いや、ビビってるけど今更だろ? 実力差はこんな俺でも分かるからさ、せめてもの意地かな?」
そう、感じるプレッシャーはまるで象と蟻ほど違う魔素の所為だと思うんだよね。今迄意識した事は無かったけど、余りにも奴が出す魔素が強過ぎて嫌と言うほど思い知らされてしまうんだよな。
所詮理の中で足掻く事しか出来無い矮小な人間と理の外で全てを操る神の視座って奴を思い知らされる様で正直逃げ出したい。
『人間って本当に不思議だね』
「……で、そんな神様みたいな人が何の様かな」
『いや、久し振りに此処の土地神に気に入られた人間ってのが気になってね、見聞に来たんだよ』
(土地神……あの祠の出来事か?)
「……仲良しなの?」
『ぶはははっ! な、仲良し! そうだね、そんな発想もあるかな! でもそれは人のソレとは違うけどね! 僕と此処の土地神とは争い合い支え合う仲だからね。対立に寄り成り立ち調和によって保たれているのさ』
「……全然分からねぇ……」
何言ってるんだ?
本当に愉快犯っぽい。
でもそれは佐倉さんの身の護りの担保にはならないな。
もしも闘うなら俺に殺れるのか?
無理だな。
そんなビジョンが全く湧かない。
仕方ない
せめて佐倉さんの盾にでもなるしか無いのか。
『……へぇ、それほど力の差を理解する能力が有るのにまだ闘う姿勢を保てるなんて、君は素晴らしいね! カムロが気にいる訳だ』
カムロ?
今カムロと言ったな。
それはこの土地神の名前なのか?
そういやどんな神様か知ら無いな。
だがそれは後だ。
俺はこの静止した世界の中で人ならざる者とガチンコタイマンバトルしそうになっていた。
ちくしょう!
逃げたくても逃げられねぇ!
俺は佐倉さんを振り向き
はぁっ
そして一つ溜息を吐いた。
「せめて恋人同士位にはなりたかったな」
そう言って目の前の神にをジッと睨らむ。




