第四十九話 お引越し作戦③
第四十九話 お引越し作戦③
☆
「……これは…古い呪術ね」
アリアさんは森妖精レイリィの本体である魔法樹を解析しながら呟いた。
「……解呪出来そう?」
エルザさんは心配気な双子を抱き寄せながら聞く。
「そうね、呪符そのものは外れてるし、何とかなりそうね。でも、暫くは、と言うか事の詳細が掴めるまではノルン村の中にいて貰わないとダメなんじゃ無いかな?」
「どうするんだい村長、このまま外には置いておけないだろ?」
ジッと話を聞いていた村長はジロリと森妖精レイリィを一睨みすると
「そうだな、近場で仕掛けられると厄介だ。ノルン村で預かるのが一番だろうな。成木になるにはどうせ何百年も掛かるんだろうからな。暫くご滞在願おうじゃねえか。いいな、斎藤!」
「やっぱり俺の家になるんすね」
まあ、もう慣れたけどね。
この位はトラブルの内には入りませんから。
「じゃあ、一応完全に浄化しておくわね」
アリアさんはそう言うと、錫杖を翳しレイリィの周りに魔法陣を構築していく。
「……これは一体…」
「アリアはね、神官だったんだよ。特に儀式魔術では右に出る者はい無いのさ」
エルザさんの言う通り、何か聖書の一節の様な言葉を呟きながら魔法陣を展開する。それは動きながらまるでスキャンデータでも集める様に森妖精レイリィの本体を何度も上下しながら黒い呪紋を剥ぎ取っていく。そして十分ほどそれを繰り返し取り出された呪紋を集め──掌の上で光りに包み込み──「聖なる光りよ 邪なる闇を彼方へと浄化したまへ[イクソシズム]!」と呪文を唱える
まばゆい光りに消し飛ばされ、黒い呪紋は消え失せた。
「……終わったんですか?」
「そうねぇ 掛けられていた呪紋は外せたわよ」
そう、呪紋は外せたけれど、人にされたレイリィの感情は消せ無い。その瞳には当然怒りの感情が渦巻いている。
そして、村長も心配気にレイリィを見ている。
怒りの感情──それは呪文の様にレイリィの心に刻み込まれてしまった。まだ幼いレイリィにはその感情をきちんと制御出来ない可能性が高い。虐待を受けた子供の傷は癒えても、心の傷がその後ずっと子供を蝕み続ける様に。
村長は──いや、ここにいる誰もがそれに気が付いている様だった。それだけは魔法の力があるこの世界でも簡単に取り除く事は出来ないのだろう。
「さあ、レイリィ、呪紋は外せた。ノルン村へ行こう。俺の家には虫は少ないが妖精は多いかなりお勧めな土地なんだ。なんせ土地神様の祠もある位なんだからな。暫くそこで休んでから、この近くの森の何処かにレイリィが大木になれる場所を探してやるから、それまでは一緒だからな」
まだレイリィの瞳は深く沈んでいる様だった。しかしこのままジッとしている事は出来ない。どんな理由があろうとも、この世界ではただ人に助けて貰う事など許されてはいない。
心配気にレイリィを見ている双子の姉妹もその事に気が付いているのか、一言も喋ら無い。てかこの二人もただ事じゃ無いぞ。何気にノルン村はチート能力者が湧いてるんじゃ無いか?
それでもレイリィはコクンと頷き、森の泉を振り返るとハタハタと手と蔦を振ってお別れをしていた。
『ぬふふふっ! これからは同じ家で暮らす仲間同士、共にマスターを支え合いましょう!』
突然〈ヒョイッ〉っと現れた風妖精はクルクルとレイリィの周りを飛び回ってやけに嬉しそうだ。
一瞬〈ビクッ〉っと身を竦ませるレイリィだが、同じ妖精でも同ランクの個体同士なので意思の疎通はキチンと取れている様だった。ただ、恐らく初めて出逢う妖精なのだろう。フヨフヨと漂う蔦と葉っぱに警戒心が渦巻いている。
まあ、騒々しいライノが居ればレイリィも退屈はしないだろう。何れにせよ妖精とは人とは比べものにならない時の中を生きる存在なのだ。いつかはその心の傷も癒えるだろうと思いたい。
「よし、帰るぞ! 斎藤は明日滝壺へ行かなきゃならんからな。今日は早く休んでおけよ」
「ぐぐっ! お手柔らかにお願いします」
すると、エルザさんがクンクンと俺の魔法の鞄を臭いだす。
「……斎藤、ベリーが取れたのかい?」
「いい匂いがするの!」「本当なの!」
「ええ、結構取れましたよ。ラズベリーにブルーベリー、ブラックベリーなんかも。あと野生のクレソンと自生していた山葵も大量に!」
「「「!!!!!」」」
次の瞬間ーー全員の顔が硬直して一斉に俺の方を睨みつける。
「……斎藤、今、山葵といったのか?」
どうしたんだろう? いつも怖い村長の顔が心無しか引きつっている様な?
「気の所為か野生のクレソンとかも聞こえたんだけど」
エルザさん、確かにそう言いましたが目つきが怖いっすよ?
「……斎藤、その時何かいなかったか?」
「……こんな所に山葵やクレソンが生えるなんて……森妖精の影響なのかしら?」
「……あの…皆さん、一体どうしたんですか? クレソンや山葵に何か問題でも?」
顔を見合わせた村長達は呆れ顏で俺をみている。どうやら俺は何かやらかしたらしいな。
ただ、一言言わせて貰うなら──
その時〈キ────ンッ〉遠くから大気を切り裂く音が聞こえてくる。そして〈ゴゴゴゴゴゴゴコゴッ〉と地面から地鳴りがし始めた。
(……やばい…このパターンは)
「どうやら呪紋の影響で逃げ出していた奴らが帰って来た様だね」
「……エルザさん…それはもしかして」
「そう、お前の想像通りだ」
「「「カルマモンスターだ!」」」
「さすが斎藤やるの!」「いかにも斎藤らしいなの!」
その次の瞬間
〈ザバァ──ンッ!〉
呆れる双子姉妹の背後──森の泉に空から舞い降りてきた。
「ちぃっ! オオハンミョウモドキだ!」
そして地面から巨大な虫が現れる!
水の森の落ち葉の絨毯を突き破り
「こりゃまた大きいオオミズヤスデだね!」
エルザさんも呆れるほど巨大なムカデのような虫が現れる。
「な、なによ! こんなの今までいなかったわよ!」
『まずいですね〜クレソンと山葵って山菜の一種だったんですね☆ 初めて見たんで気が付きませんでしたよ〜周りに何も居ないから油断しちゃいました♡」
そういやフキの時は周りをオオナナフシモドキが闊歩してたな。ちくしょう!油断した!
「斎藤、すまんが全員加護持ちなんだよ」
つまり、俺が戦うんですね?
俺はそっと妖精王のタクトを振るう!
「さあ♪ お前達〜また♪ お仕事だ〜♪」
「ええっ! ちょ、ちょっと! 私のお引越しはどうなるのよ!」
「大丈夫! すぐ終わるから待ってろ」
村長が実に気楽な事を言う。てかあんた何もする気が無いな
「斎藤は妖精奏士だからね〜カルマモンスター狩りは得意なんだから安心しな!」
いや、得意も何もまだ一回しか戦った事はありませんから!
それでも心配気にレイリィは俺を見つめている。蔦や葉っぱが何だかしおらしく動いている。これが森妖精のコミュニケーションなんだろうか?
俺はポンッとレイリィの頭を撫で
「これから妖精使いのお勤めを果たして来るから待ってな。その後ノルン村にお引越しだからな」
レイリィは少し戸惑いながらもコクンと頷いて来た。
「さて、仕方ないな」
俺は森の泉で二匹のカルマモンスターと対峙する。
そして、これからは何でも拾うのは止めようと深く心に刻み込んだ。




