第ニ十話 火と水
第ニ十話 火と水
☆
デカ水ガエルの水爆を掻い潜り、俺は家に向かう!
「ライノ! 佐倉さんを頼んだぞ!」
『はーい! お任せ下さい! その代わり約束は絶対ですよー!』
そう言ってライノは封印された[壺]の中から飛び出すとそのままヒュンと舞い上がり、巨大な水塊に対峙した。逆巻く風を纏い、ジッと距離を取ると大気を圧縮し、風弾を放った!
『さあ! 我こそはは風の眷属にして妖精王の使い魔ライノ! 水ガエルよ! 引かねばタダでは済まないぞ!』
風弾が巨大な水塊を直撃し《ドォンッ! ドォンッ!》と爆散させていく。するとデカ水ガエルはジッと水の盾の中からライノを注視し《ビュルン》と水の触手を伸ばし捕らえにかかる。機動力に勝るライノは巧みに水の触手を躱しながら風弾を放ち、少しづつ水塊を削っていた。
♢
直上で爆裂する水と風の激突を物ともせず、斎藤は家に飛び込んでいった。ライノも強いがあのデカ水ガエルは桁違いだ。切り札はやはり火の眷属しか無い。斎藤はそう考えていた。
急ぎブルケの秘密の部屋に向かう斎藤を、村長とサラは深い溜息を吐きそれを見送ると諦めた顔で耳打ちをする。
「……仕方ない、先ずはあのガエルを仕留めよう」
「……領主の使いが見てるわよ」
「ブルケの部屋の秘密だけを守ろう。あの斎藤が佐倉を護る事を放棄するとは思えんしな」
「では今日は妖精使い斎藤の名が知れ渡る日になるのね?」
「……佐倉の為なら奴も満足だろうさ」
また深い溜息を吐き「仕方ないわね」と言って、サラは杖を振りかぶり魔力を込め始めた。
「……まさかライノの手助けをする日が来るとは思わなかったわ」
「俺もだよ。世も末だな」
そう言って村長は盾を構え、サラをその背後で護るようにデカ水ガエルと対峙した。典型的な魔法戦におけるツーマンセルだ。そして二人は熟練しているようだった。
「急げ! 騎士団をここに!」
領主の使いは従士に命じ連れて来ている騎士を集め始めた。数十人が重甲冑に身を包み騎馬に乗ってこちらに向かって来るのが見える。
「……ばかね、騎士団なんかいい的にしかなら無いのに」
「それも仕事だよ。ライノにも散々やられたのに懲りて無いんだな」
そう言ってサラは火球を放つ。巨大な火の塊はグルグルと渦巻き《ゴオッ!》と水塊に飛んで行った。
ライノの風弾に爆散させられた直後、背後から飛来する巨大な火球に水の触手を展開するが手数が足り無いのか数発が水の触手を躱しーー直撃した!
水と火が反応しライノとの数倍する爆発が起こる!《ドォォォンッ!》と空中を爆炎が覆い尽くす!
すると吹き飛ばされた水塊を補給するべく井戸から補給しようと巨大な魔力を集約し《ボコンッ!》と水の奔流が沸き起こって来るのをライノがニヤリと笑って狙いを定めた。
『にゃはははっ! させないよ!』
そう言って大気を収斂し巨大な風の刃を放つ!
すると『gekko!!』それを察知したデカ水ガエルは水塊の中を素早く移動して行く。
その水の奔流を《ザァーン!》とライノの風斬が両断する!
しかし
両断されて魔力を無くし唯の水塊になって落ちていくその下にーー仔牛に引き摺られて行く佐倉さんが見事に捉えられていた。
「えええっ! な、何? 」
上を見上げ降り注ぐ巨大な数十トンは在ろうかと言う水塊を見て佐倉さんが絶叫した。
「いやああああああっ! だ、誰か助けてええっ!」
そしてココで「モウッ?」やっと何かを察した仔牛が止まる。
「あああっ! ばか! だめよ!」
「ライノ! よく見んか!」
『へっ? どうし•た•••ああああああっ!』
ライノは焦った。そう、斎藤との約束は佐倉さんを護る事も含まれていた。このままでは…
『きゃあああっ! まってまってまってえ!』
慌てて飛び込んで行くライノだか流石の風の妖精もその距離を埋める事は出来無い。
「あ•••さ•さい•とうさん•••さいとうさん! たすけてえ!」
迫り来る水塊に身動き一つ取れなくなった佐倉は…精一杯の声で斎藤を呼んだ。この世界でただ一人の隣人を精一杯呼んだ。しかしここは斎藤の家から数百メル近く離れていた。とても人に辿り着ける距離では無い。そう……ただの人には!
その時
斎藤の家から数百匹の小さな生き物の群れが飛び出し来た。それは色とりどりの様々な形をした生き物の群れがまるで滑る様に麦畑を疾走していた!
それは
「佐倉さーーん! 今行きまーす!」
妖精王にして土地神代行! 斎藤がまるで魔法の絨毯を操る魔法使いの様に落ちてくる水塊を物ともせず巧みに躱しながら、仔牛と共に呆然と上を見上げる佐倉さんに突撃をかけていた!
『ikeee!!!』『tyoimigiiiii』『jumpdaab!!!!』
「よし!♪そこ右にい♪その壁を飛び越えろおう♪」
妖精達はまるで荷物でも運ぶかの様に津波の如き勢いで麦畑を飛び越えて行く! 所々にある障害を斎藤の頭の上に陣取った黒い奴が触手を伸ばし弾き飛ばしていく。
しかし、水塊の幾つかは明らかに斎藤よりも早く直撃しそうだった。そこへ斎藤の指示が飛ぶ。妖精王のタクトを振るい! ライノへ命じた!
「ライノ! 吹き飛ばせ!」
『は、はひぃ!』
慌ててライノは風弾を落ちて来る水塊の中から直撃する奴だけに狙いを絞り吹き飛ばして行く!しかし落ちて来る水塊の本体は余りにも巨大だった。
『だ、だめですう! 全部は無理い!』
「構わん! ライノ! 嵐を起こせ! 時間を稼ぐんだ!」
『!!! は、はい!』
スルスルと地面を縫うように凄まじい勢いで迫る斎藤と妖精の群れは自ら死地に乗り込んで行くかのようだった。そこへまるで嵐の壁で覆うように風が逆巻く渦となり水塊を分散して行く! しかしそれはほんの僅かでしか無い! しかしそれでも時間を遅らせる事がーーほんの少し出来た。
すでに佐倉さんは声の一つも上げる事が出来無い。ただ迫り来る水塊を見上げていた。
村長もサラは呆然と見守る事しか出来無い。戦士と魔法使いである二人は対応するスキルが無かったのだ。
そこへーー斎藤が無防にも乗り込んで行く!
「佐倉さん! 手を出して!」
「!!!!! さ、斎藤さん!」
その声にやっと佐倉さんが反応する! そして、震える脚を必死に動かし、仔牛を引き摺りながら滑る様に地上を迫って来る斎藤に少しでも近寄ろうと歩み寄って来た。
しかし、それでも無情にも間に合いそうに無い。佐倉さんは諦めず必死に仔牛を引き摺っていた。そしてーーそれを斎藤は見つめ二人の視線が交錯する。そしてーー斎藤は最後の決断を下す。
動揺する妖精達に再びタクトを振るい、こう命じた!
「妖精王は命ずる♪ さあ♪ 我らがお姫様を救いにいくぞお〜♪ 俺を信じろ〜♪ 必ずや成功するう♪」
『『『……………』』』
そして
一瞬の沈黙の後
『『『woooooooo!!!!!』』』
草原に妖精達の歓声が木霊し、さらに斎藤の元に妖精達が続々と集まって来た! 妖精王の命懸けの命令に!そして自らのも死地に乗り込む意気込みに! 愛する姫を護ろうとするその漢気にこの地に根ざす土地神の願いに数多の妖精がその全身全霊を持って応えた!
その時ーー必死に風の結界で水塊を削っていたライノは金色の野を進む妖精王と数千匹の妖精達の凄まじい突撃を見て驚愕していた。
『……こ、こんなの聞いたことも無いですう』
そしてライノも必死で斎藤の為にありったけの魔力を込めて水塊を吹き飛ばして行く。
『ぬおおおおおおおっ!』
その形相はまるで鬼神の如きものだった。唖然とする村長とサラはジッと事態の推移を見つめていた。凄まじい群れとなって佐倉に迫る斎藤だがーーそれでもまだ足り無いのだ!
そこへーー斎藤が最後の切り札を出す。そっと[壺]に手を添えるとこう命じた。
「我が眷属にして火のトカゲサラマンダーよ! 我らにアザなす水塊を吹き飛ばせ! 遠慮はいらん! 最大火力で行け!」
そしてライノにも指示を出す。
「風の壁を創れ!」
『……は、はい!』
妖精王のタクトが明確に意図をライノに伝えると逆巻く風で斎藤達を包み込むと、さらに妖精達が壁を作る!
その壺から
炎を纏ったトカゲが《ボシュンッ!》と顕現し、そして落ちて来る水塊に巨大な火球を叩き込んだ!
《ゴオオオオオオオオオオオッ!》
天を覆う程の火球が水塊に直撃しその熱量を相転移させ水塊を液体から気体に変える! そう、水蒸気爆発を起こしたのだ!そこへ斎藤が突っ込んで行く!
《ドオオオオオオオオンッ!》
巨大な爆煙が地上に到達するその刹那、ライノの風の壁が一瞬だけ隙をつくる。水塊なら止める事は出来無いが、爆風なら逸らすだけなら、通り過ぎる一瞬だけなら出来る。斎藤はそう確信していた。
そして二人は「佐倉さん!」「斎藤さん!」抱き着きそのまま風の壁と妖精の壁に包まれ水蒸気爆発の直下を突破していった。
風の壁は一瞬にして崩壊し巨大な爆発が当たりを吹き飛ばして行く!
そして
デカ水ガエルをも吹き飛ばした!
村長とサラは遠くからそれを確認し爆煙の向こうに飛び出した斎藤と佐倉を乗せた妖精の群れを見つけるとーーある事を閃いた。
振り返ると領主の使いはまだ騎士を集めている。
「よし、ここで誤魔化すぞ!」
「……そ、そうね! ブルケの秘密を守るチャンスは今しかないわ!」
二言三言交わし、サラはコクリと頷くと巨大な火球を作り出し、爆煙に向けて放った!
「止めよ! ウォーターデビルズデストロイヤ!」
その隙に村長がライノを呼び寄せ、斎藤に指示を送った。コクリと頷くとライノは一目散に斎藤の元に飛んで行く!
そして再び爆炎が起こりーーノルン村に静寂が訪れた。
そこには巨大な煙が出が立ち上り、クレーターが一つ出来上がっていた。
そして村長は領主の元に走り寄りこう告げる。
「サラが今、炎の魔法でウォーターデビルズデストロイヤに止めを加えました! 爆散して跡形も無いでしょう! 斎藤が妖精使いとして牽制してくれて何とか始末出来ました!」
さあ、今からと意気込んでいた騎士達も爆炎と爆音を目撃し、そしてその後にできたクレーターを見て、言葉も無かった。
「……ほ、本当に倒したのか? そ、その……あの悪魔を?」
半信半疑で聞いてくる領主の使いに、村長は応えた。
「はい、余りの火力に跡形も無く吹き飛んでいますが、間違いなく」
しかし、当然確かめる術など無い。一つ間違えば自分の首すら飛びかね無い事態の突然の収束に、領主の使いも戸惑っているようだった。
しかしこれほどの事態が起こったのだ。当然このままにはしておけない。そこへ村長はこう付け加えるのを忘れ無い。
「我々は騎士団と連携しあのウォーターデビルズデストロイヤを打ち滅ぼしました。直ぐに領主様に報告をするべきでは? 被害もでておりますから、先ずは早馬を送り、急ぎ被害を確定され、自ら報告されるのがよろしいかと思いますが」
少し逡巡しコクリと頷くと騎士団に指示を出し始めた。自分の手柄にしてくれるその提案を断る必要が何処にあるだろうか? しかもあの悪名高い魔物を打ち滅ぼしたのだ。ほくそ笑む領主の使いのその影で、村長とサラはニヤリと気取られぬ様に笑っていた。そう、ニヤリと……




