第二話 異世界の風と陽だまりとお隣さん
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光の渦が薄まりーー俺は受付の椅子と机では無く、小さな建物の中に座っていた。
「えっ! なんだ! いつの…まに」
そこは小さな家の中
外からは明るい日差しが差し込んでくる。そしてーー何処か懐かしい匂い。これは夏休みに嗅いだお爺ちゃんの家の匂いだ。そう、生きた土の匂い。都会の死んだようなカビの匂いとは違う生き物の息吹だ。
窓の外からは優しい風が吹き込んでくる。田舎特有の高い天井が風を吸い込む働きをする。
「マジカヨ」
思わずカタカナになってしまった。
えっ? でも…どうするの? いやまて! ふと目をやるとーー机の上には一枚の紙が置かれていた。
それは契約書だった。
[斎藤 隆にイブリース国 ノルン村 145-65の物件を貸与する]
「契約は五年……か」
細かな決め事は羅列されているがーーイブリースだと? 日本じゃ無いのかよ! まてまて!
俺は外に飛び出した! 〈バンッ!〉と開け放たれた外には小高い丘の上から田園風景が見えた! 小麦と思しき畑が平野一面を覆い、高い石の塀の内側には野菜の畑や果実の木が所狭しと並んでいる。
これは……
「お爺ちゃんの田舎と同じ……いや…違う……でも」
流れる時間の感覚や風の香りは間違い無く昔感じたものだった。変わらない営みを俺は感じていた。
「これって拉致じゃ無いの?」
確かに契約はした。納得もしたが……
俺は畑の中を歩く。
「野菜は見た事がある……けど」
どれも綺麗に整ったスーパーの生鮮コーナーにあるのとは違ってどれもが巧みに少しづつ歪んでいた。生き物の自己主張を感じる造形美……歪んでいるのとはまた違う確かな生命力の体現だ。
「これは……トマト…か?」
そのトマト(そっくりなので間違い無いだろうが)は野菜と言うよりも果物の様な硬さと香りが溢れていた。まるでリンゴの様な手触り…
「嘘だろ? こんなの見た事無いぞ」
そう言えば昔、お爺ちゃんの家で食べた野菜はこんな感じだっただろうか? 手に持つとズシリと重い。二、三個もいで俺は家の方に戻り、脇にある井戸に向かう。カラカラと水を汲み上げーートマトを冷やしてから、俺は周囲を伺った。
「ここは田園地帯か? 水は豊富にありそうだが」
周囲には小川が流れている。そして近くには山も見える。広葉樹の森が広がっているのが確認できた。ならば山には狩猟や採集に適した環境が広がっている筈だ。
「豊かな森か」
するとーー後ろから不意に声が掛かった。
「……あ、あのう」
「は、はい!」
この世界で始めての人間だ! しかも
「あなたもIターンされた方ですか?」
お仲間だった。
「え、あなたもですか!」
庭の陽だまりの中に眼鏡を掛けた三つ編みおさげの女性が立っていた。その眼には俺と同じく異世界に拉致された不安とやっと同じ人間にあえた安堵が混じり合っていた。わかる、その気持ちわかりますわ。「斎藤さんて女の気持ちなんて分かりもしないのね」なんて言われ続けてきた俺でも流石にコレは分かる。
「は、はい。気がついたらココに…」
どうやら役場の人間は大量に送り込んだようだ。しかもこの人もほぼ拉致に近い手法だ。
「ど、どうも、俺は斎藤、斎藤 隆と言います。始めまして」
「は、はい。ご丁寧にどうも…あ、私は佐倉 桃子と言います。大学生です。はい……」
暖かい陽だまりの中、俺はこの村で始めての出会いを迎えた。そしてーー苦楽を共にするお隣さんとの始めての会話はほぼお見合いと化していた。
この世界に飛ばされた事よりもビビったのは言うまでも無い。
だって
かなり可愛いい人だったからな