表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天罰とフール  作者: 道詠
9/36

第一羽根 1-1G 日常の旅人

 瀬人がスーパーを梯子した帰り、大きな荷物を抱え込んだ老婆の姿が目に留まった。続いて、男性の姿。

 人手はいらないな、と判断した瀬人は何事もなく通り過ぎようとして、凍り付いた。

「ありがとうございました。案内してもらったうえに、荷物までもっていただいて……」

「いえ、お気になさらず。それでは……」

 男性が振り返った先には、見覚えのある顔が居る。外見が外見なだけに一発で見つかった。

「どうも、先生」

「おやまあ、先生でいらっしゃったの。さぞや良い先生なんでしょうねぇ……」

 つい昨日、騒いでいた飼葉に注意が2割に八つ当たりが8割の怒声を思い出し、瀬人は笑顔で肯定したように見せた。ごくふつうの人間味ある先生だな、としか思っていないのでどうとも答えられない。

「いや、お恥ずかしい。まだ教師になってから日が浅いので、どうにも」

「えっ? 先生ってそうなのか?」

 だから授業がマニュアルじみてたのか、と瀬人はすんなり納得がいった。年齢を考えると、マニュアルじみている方が不自然だったからだ。

 その後、少し小話を挟んでから2人は老婆と別れた。本田は「どうしてここにいる」と何時もの威圧的な語調で話を切り出す。

「どうしても何も家がこの近くで、スーパーの帰りです。先生は、御祝い事か何かで?」

 手元に持っている花束を見て、瀬人は尋ねる。本田は無愛想に「……墓参りだ」とだけ答えた。何となく沈黙が重苦しい。枦谷との仲を応援してくれた時の空気は微塵も見当たらなかった。

「すみません」

「気を遣うな。それより、保護者の方とは上手くやってるのか」

「はい。先生は……両親の墓参りか何かで?」

 瀬人は聞かれたくなかったのでこちらから話を切り出そうとしたが、何も思い付かず、苦肉の策で話を蒸し返す。

「父親のだ。ガンで死んだよ」

「お酒とか飲んでいらっしゃる方でしたか?」

「桜山は真似するなよ。みじめったらしい最期を送る事になる」

「飲んでたってことですよね? じゃあ、これなんかどうですか」

「……桜山」

「調理用です。なので、あまり御口に合わないと思いますが、よかったらどうぞ」

 瀬人は一言入れてどうぞと袋を差し出す。本田は首を横にふった。

「気持ちだけはもらっておくよ。生徒から物を貰う訳にはいかない」

私用時間プライベートにまで拘るんですか? プロフェッショナルなんですね」

「生真面目だと言いたいのか?」

「えっ? いや、単に、先生のお父さんも、先生が生徒から貰ったのあげたら、喜ぶんじゃないかと。仕事上手くやってるなって意味で安心してもらえそうで――いてっ」

 本田は無言で瀬人の頭を引っ掴んだ。余計な気を回すな、と言外に言われた気になった瀬人は兎に角「すみません」を連呼した。

「お前は普段は気が利かないのに、妙なところで気を回すな。しかも、たまに当たる」

「おお、当たってるのか」

「喜ぶんじゃない」

「はい、すみません」

「……ところで、おまえ、ここらの地理には詳しいんだったな」

「住んでますので」

「じゃあ、墓場の場所も分かるか」

「……ご案内しましょうか」

「たのむ」

 無骨な台詞に瀬人は思わず苦笑した。休日にまで教師と会うのは、勘弁願いたいものだ。

 ――向こうもこんな日まで生徒と会うなんてツイてないと思ってるだろうな。


「先生って優しい人ですよね」

「なんだ、突然。柄にもない事を言って、さてはお世辞だな?」

「言わないだけで思ってますよ。わざわざ言う機会がないだけで。まあ、分かり易い優しさを見たので、機会かなと」

「……本当か?」

「立場上、生徒を疑う素振りは見せないほうがいいんではないかと」

 またも頭部にダメージがいく。瀬人は「禿げたらどうしてくれるんですか」と冷淡に言い返して、本人の前頭部を見て「あっ」と声を上げてしまい、そっと目をそらした。別の意味で、気まずい。

「年の割には残ってるほうだ。俺の元同僚なんかな、ハゲ散らかしてるぞ、ハゲだハゲ」

「俺も若い頃から気を付けます」

 今度は殴られた。早く一人になりてえと思いつつも、瀬人は「すみません」と棒読みで謝る。

「おまえはどうしてそうイチイチ上から目線なんだ。年上の敬い方を知らないのか?」

「いかんせん莫迦なものでして、解らないんですよ」

 ――立場以外で敬う要素があるのかが。

「俺は目が曇ってるみたいですし、眼科行ったほうがいいですかね」

 入学した当時から生徒間では恐い事で有名な体育教師に怒鳴られても無表情だった瀬人の姿を思い出し、本田は深いため息を吐く。相手にしては駄目だと言うのに、つい苛立ちが先にきて相手にしてしまうジレンマがあった。

 思い返せば、生徒達はたまに痛いぐらいの正論を突いてくる。暴力的な正論を振りかざし、立ち向かってこられてはこちらも立つ瀬がない。今の同僚の中には責任から身を守る為に無気力に事務的に臨む者も居る。

「……大人の皆さんにとっては、たかが一年かもしれません」

「?」

「ですが、子供にとっての一年って重いですよ」

「そんなことは分かっている。俺はおまえみたいな生徒じゃなく教師だ」

「知識として知っているか、経験として思い出せるか。その違いって決定的ですよね」

「………?」

 ――まあわかってた。そりゃそうだよな。適当に誤魔化して切り上げるか。

「何でもありません。いきなり何言ってんだコイツって話ですよね」

 本田からするとその通りだったが、桜山瀬人がこれほどまで物を語るような生徒だった事、それを知らない自分には気が付いた。

「長谷川みたいな人にあんまり仕事押し付けないで欲しいんですよ」

 ――なんだ、こいつ、可愛げのあるトコロもあるもんだな。

 そんなふうに本田は失笑してしまった。散々回りくどい言い回しで結論を先延ばしにしておいて、言いたい事は単なる色恋沙汰かと。本田はそれと同時に、尻尾を出した瀬人の若さについ口を滑らせた。

「枦谷はどうした。二股か」

「そういうことではないです」

「長谷川は自分から言い出してるんだ。そういうのが好きな子なんだよ。そういうのをな、要らないお節介って言うんだ。女心ってのはおまえが考える以上に難しいモンだぞ」

「……そうですね」

 何でか饒舌になりだした本田に、瀬人は帰りてェと頬を引き攣らせるのだった。


「はあ、適当な理由つけて断っておけばよかった……」

 コキコキと首を鳴らしながら、瀬人は砂利道を歩く。この公園を通れば、家への近道になるのだが、瀬人は公園に入ったところで足を止めた。

 キィキィと鳴る寂れたブランコには、珍しく主人が居る。大凡、ブランコに乗る年齢とは思えない容姿をした少女だ。しかし、彼女は赤いランドセルを背負っている。

 失礼な話だが、瀬人には少しコスプレっぽく見えた。外国人だからだろう、と片付けて瀬人は再び歩き出す。

 若々しい金髪の細いツインテール。碧い瞳は伏せがちで、長い睫毛が際立って見えた。薄紅色の唇が、しゅんとしぼんでいる。体格は既に他の小学生たちと比べ、しっかりと大人の段階に近付いていた。

 充分に成熟された胸部や臀部などは、下手をしたらクラスメートの女子たちよりも女性的かもしれない。

 彼女の恰好はピンクと薄いピンクのチェックのシャツにシャツよりも濃いめのピンクパーカーを羽織り、それにグレーのプリーツスカートを履き、黒地に小さなピンクの星々がドットの様に並んだ靴下に、スニーカーと至って子供らしい恰好をしている。

 ――見るからに落ち込んでいる。めっちゃ落ち込んでる。膝すりむいてるなら洗おう。ちゃんと消毒しようぜ。痛々しくて絆創膏持ってきたくなる。と言うか今持ってんだよ絆創膏。

 瀬人は鈴が持ち歩かない代わりに自分が持っている。どうしようかと迷ったが、悲しげな表情と痛々しい膝小僧に背中を押され、瀬人は緊張しきった顔付きで少女の前に現れた。

 少女は影が差した事に気が付き、顔を上げる。きょとんとした表情に一層緊張感が高まりながらも、瀬人は絆創膏を取り出した。

「あ、あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ!」

 自分でも顔が赤くなるぐらいの平仮名っぷりだった。瀬人は今すぐ逃げ帰りたくなりながらも、彼女の膝を指差して、次に公園の水道を指差し、最後に絆創膏と彼女の膝に指を指して『手当てしようぜ』と伝えた。

「……あ、あの……ワタシ、はなせます、ニホンゴ……」

 瀬人は顔どころか耳まで真っ赤になった。思わず顔を背けてしまい「そ、そうか……」と上擦った声で返してしまう。

 ――俺ってば超カッコワリィィイイイイイイイイッ!!!! ゴーホーム! お家に帰りたい!

「ツバ、つけとけば治ります……」

「バイキンが入ったらよくないぞ。女の子なんだから、早く傷痕は消えて欲しいだろう?」

「……ハイ……」

 こっぱずかしい思いに耐えつつ、瀬人は彼女に消毒をさせ、絆創膏を渡す。痛そうに顔を歪めていたので、瀬人はスーパーの袋からお菓子を取り出して手渡した。

「ご褒美だ。やっぱ痛いよな、消毒って」

「ワタシ、そんなにコドモじゃありません」

 一部のシャイな日本人顔負けの会話力を発揮しながら、彼女は瀬人にお菓子を突っ返す。

「そうか、ごめんな。……隣、座っていいか」

 彼女はコクンと頷いた。瀬人は隣のブランコに座り、すぐに思い改めた様に立ちこぎをし出す。

 昔は怖がってる様を次女に笑われていたものだが、今ではそんな事も無い。しかし、その記憶は瀬人の中で失われている。

 見失った記憶へ語り掛けるように、瀬人はブランコを漕いだ。だが、記憶は何も応えない。瀬人は諦めたように脚を止めた。

「けっこう楽しいな、漕ぐのも」

 ゆったりと座りながら漕いでいる彼女は、楽しくなさそうな表情で肯いた。

「その割には、あんまりそうな顔だな。乗り慣れてるからか?」

「ウウン。一人でこいでも、ツマンナイヨ……」

「じゃあ、俺が手伝ってやろうか。押せば結構いけるんじゃないか」

「エェー、オニーサンが?」

「あとは2人のりしか選択肢ないじゃないか」

「重すぎてうしろに倒れそう……」

「試しにやってみるか?」

「イヤ!」

「それじゃ、俺が押すから、きちんと漕ぐんだぞ」

「エェー……?」

 童心に帰っている瀬人の勢いに負けた彼女は、しょうがないなあと大人の余裕を見せる。優しい彼女の本心に気付く気配のない瀬人は、ブランコを押し始めた。

 それから、数分後。気付けば、彼女は夢中になってブランコを漕いでいた。少女はスカートを履いていたが、あまり気にしていないようだ。瀬人も一応気遣って、中身が見えなさそうな位置から応援している。

「高く飛んでるなー!」

 滑り台の上に居る瀬人は、声を上げる。他に子供の居ない閑散とした公園なので出来る事だ。

「もっと高くとんだげるー!!」

 彼女はニッと笑ってブランコを漕いだ。瀬人は微笑ましいものを見る表情で見守っている。

 ずんずんと高く飛んでいく彼女の表情は、先程までとは違い、晴れやかなものだった。


「どうだ、高く漕いだら、スッキリしたろ?」

 滑り台から降りた瀬人は、滑り台の一番下に座りながら、滑り台の一番上に居る彼女に話し掛ける。彼女はイエスノーの代わりに自分が滑り台を降りて行った。

「おわっ!?」

「チェッ。ソコはよけないトコデショー。オニーサン、空気読めてない」

「そしたら当たるな。言っておくが、靴跡を背中につける気はないぞ」

「オトナゲナーイ」

「さっきまで思いっきり流暢に話してたろ」

 いきなりエセっぽく話し出す彼女に瀬人は軽くツッコミを入れる。彼女はにへらーっと笑って「えへへー」とスルーした。

「ぐーるぐーるーぐーるぐるー」

 きゃははと無邪気な笑い声を響かせながら、彼女は「はやくはやくー!」と瀬人に激を飛ばす。

「任せとけ!」

 瀬人が地球儀型のカラフルなグローブジャングルジムを走って回している間、彼女はずんずんと上に登っていった。彼女は頂上まで辿り着くと、座り込んで上からの景色を堪能する。

「……あっ!」

「どうした?」

 優雅に座り込んでいた彼女が声を上げたので、瀬人は顔を向ける。顔を上げた瀬人に、彼女は頬を赤らめて叫んだ。

「ワワッ、見ないでよー!!」

「っておい、危なっ――!!」

「えっ、きゃっ――!?」

 一番てっぺんに居た彼女は、瀬人から下着が見えないようスカートに手を伸ばす。瀬人が声を上げたが、彼女は慌てた際に足を引っ掛け、体勢を崩して身体を空に投げ出した。

「うぉぉおおおおおおおっ!!」

 瀬人は声を上げ、走って手を伸ばす。どすん、と人間の重たい感触がして、背中が地面に引っ張られる。そこを瀬人はグッと踏ん張った。

「……よ、よかった。ほんとうに……じゃない、大丈夫か? ケガはないか?」

 心配そうな瀬人の表情が間近にある。彼女は瀬人の顔をグイと両手で押し遣り、辛うじて「へいき」とだけ答えた。

「……イイニオイするね」

 瀬人に抱き締められた彼女は、くんくんと匂いを嗅ぐ。瀬人からは葡萄の香りがした。

「ワタシ、ぶどうだいすき」

「俺もだな。特に最近は葡萄ばかり剥いている」

『行儀が悪いから、汁のついた指を舐めるな。ベタベタした手で物を触るな』

『なんかもったいなくない? 甘いし! セトセト、もうドラマが始まるんだよ~』

『俺がチャンネル変えてやる。って、口に入れてから皮とるな』

『手じゃ剥けないのー』

『ああもう、俺が剥く。御前が全部食べろ』

『やったー。らっき~』

 ベンチに彼女を降ろした瀬人は、頭を下げて何度も謝った。が、彼女の反応は瀬人の予想とは真反対だった。

「おもしろかったね! ふわあーってとんで、オニーサンがたすけてくれて、たのしかったよ!」

「……御前な、笑いごとじゃないんだぞ?」

「何もなかったんだから、いいんだよ。オトナは気にしすぎ!」

「大人は責任がな……じゃない、まあ、あんまり考え過ぎたって起こる時は起こるか」

「ソウ! オトナはソコをわかってない! 起こったコトはしょうがなし!」

「取り敢えず、休憩しよう。菓子でも食うか?」

「もっかい、アレ……」

 回るジャングルジムを指差す彼女に、瀬人は親の気持ちで「駄目です」とキッパリ言い切った。

 きらきらと瞳を輝かせていた少女は、途端にむすくれたように頬をふくらませ「ぶーぶー、オニーサンもオトナのナカマだー。セキニンがコワイんだー」と文句を言い出すのだった。


「やむやむー」

 彼女はお菓子を両手で口の中に詰め込み、モグモグと頬張りながら口にする。そのせいで、ぽろっと食べかすがスカートの上に落ちていった。

「や、やむ? どういう意味だ?」

「オイシイ!」

「それってヤミーのことか?」

「……よくしってたね!」

 自信満々の笑顔でごまかした彼女に、瀬人は苦笑する。会った時とは打って変わって、彼女はのびのびとしていて明るかった。

 彼女のツインテールを留めるゴムの飾りは、ピンクのふわふわとしたポンポンだ。それが少し汚れていたので、瀬人は汚れを払ってやる。すると、彼女はあどけない表情で瀬人を見上げた。

「ゴミついてたぞ」

「アリガトー」

 彼女は、にっかーっと子供らしい無垢な笑顔を浮かべる。瀬人はスーパーの袋から菓子を取り出す。ついつい甘やかしたくなるこの気持ちが、親心とでもいうのだろうか。

「オニーサン、なまえなんてゆーのー?」

「桜山瀬人だ」

「せと? せとなんだ! せとせと~!」

「はいはい、なんだ?」

「えへっ、呼んでみたみただけで~っす」

 瀬人は笑いながら彼女の額にコツンと手の甲で優しく突っつく。彼女は額を手で押さえながら、またにへら~っと笑い返した。

「もしかして、日本で暮らして大分経つのか?」

「ウン、よくカンチガイされるケドね。よくぞわかった、ホメてつかわそ~」

「ではでは殿、よろしければ名前を教えてもらえませんかな?」

「うむ! ワガハイは水城ルナだ! おぼえておくといい。あ、でも、仲良い子はるーって呼ぶんだ。だから、るーって呼んで」

「分かった。ルウだな」

「うん! せとはあだ名付けられないね、ざんねん」

「そんなにあだ名付けたいのか。どうして?」

「るーのものだから? よくわかんない。考えたことないや」

「それもそうか」

「オトナってすぐイミをもとめるよね~」

「そうだな、お嬢さんのおっしゃる通りだ」

「えへへ、もっとほめろほめろ~」

「ルウは……そうだな、素敵な女の子だ」

 ――こういうときって子ども扱いしちゃいけないんだよな。たしか。女の子って難しいな。

 少し考えて言うと、ルナはにこりと微笑んで「あなたもね」と高い声を若干低くして答えた。なるべくセクシーさを意識しているつもりらしいが、やはり微笑ましいものだ。

「……ひとつ助言だ。大人の女性になりたいのなら、そのスカートについた食べかすをどうにかしたほうがいい」

「っ!? ……う~っ! これは、おかしがやみやみだったの!」

 両頬をイチゴ色に染めたルナは、やたらと両腕をふって自分の言い分を主張する。愛らしい姿に瀬人はつい意地悪をしたくなって、笑いながら彼女の間違いを正した。

「ヤミーな」

「やみやみのほうがかわいい!」

「そうか?」

「ウン!」

 しっかりと力強く肯く彼女の瞳は、一点の曇りもない。子供にも弱い瀬人はさらりと流された。


「それで、どうして最初会った時、落ち込んでたんだ?」

「……あのね、せとだけはトクベツに教えたげる」

「それは光栄だ」

「……笑わないで、きいてよ? ……ランドセルが似合わないって、気になる男の子から言われたの。それがショックで……モウ、何も考えられないってカンジだった」

「そうだったのか。今はどうだ?」

「せとのおかげ。だいじょうぶだよ」

「よかった。俺も御前が――ルウが笑顔になって、嬉しかったよ」

「えとね、えとね、いっしょにあそんで、たのしかった?」

「ああ、もちろん。ルウはどうだ?」

 瀬人が聞くと、彼女は「こっち、ミミきて」と手招くので、耳を近付ける。彼女は両手で弧を作り、瀬人の耳元に添えると囁いた。

「るーもとってもたのしかった。ワタシ、せとと会えてラッキーよ」

「……ああ。俺もかな」

「かなってなによぅ。ソコはモチロンさ、デショー」

「そんなキザったらしく言えるか」

「エェー? おじょうさんは?」

「やめろ。なんか恥ずかしくなってきただろ」

「ぷぷぷー。せとったらかわいー」

「御前それはバカにしてるだろ!?」

 そうやって暫く2人で会話を楽しんだ後、ルナは門限だと言い、2人は別れる事となった。

「めるあどとうろーく!」

「言っておくが、返事は期待するなよ。メールは遊ぶ時の約束だけだからな」

「ワカッテルヨー」

 ぷくりとほっぺたをふくらまするーは、瀬人から貰った飴玉の袋をビリッと破り、ぽいっと口の中に放る。続いて2個目の飴玉も放り投げ、両頬の中に飴玉を入れた。

「ぷくー」

「……リ、リスみたいだな?」

 瀬人にはよく分からなかったが、るーはにこぉっと笑った。瀬人も兎に角笑ってみる。

 その後、飴玉をガリガリと噛み砕いたるーに衝撃を受けた瀬人は「飴は舐めるものだ」と言い張り、少しの間言い争った後、大人げない瀬人が勝利した。

「せと、せと、あのね、ワタシ――」

 別れ際、彼女がちいさな唇をひらく。真剣に瀬人を上目遣いで見つめるその表情を見て、瀬人が言葉を待っていると――背後から、声をかけられた。

「すみません、ちょっといいですか」

「はい、な――――…………」

 瀬人は上から下まで、その男性の全身を見る。いいや、注視せずとも、瀬人には一目で見分けが付いた。それは青いツナギ――などではなく、警官の制服だ。

「通報がありまして、少し来てもらえませんか」

 ――……エェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエッ!?

 昨今の犬のおまわりさんは『規則ですので、すみません』と言うらしい。心の中で迷子の歌を口ずさみながら、厳しい社会の現実を目の当たりにする瀬人だった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました~!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ