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天罰とフール  作者: 道詠
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第二羽目 1-1G 汝は殺人者(フール)なりや? 後編

――生贄が捧げられる理由は何だった? 誰の為だった? 本当は誰の為?

「取り敢えず、そこの2号の要望通り、俺達は外に出られそうな手掛かりを探してみよう。何かあるのかもしれない」

「大丈夫なのかしら、こんな確定真犯人みたいな人の言う事を聞いて……」

「セウトでもアウトでもなーい!! 俺はアートだッ!!」

「うわー、自分を芸術品扱いってイッターイ」

「何言ってんだよ、俺はアートだって……あれっ?」

「駄目だコイツ、アホの子だわ。怪し過ぎて逆に怪しくなく見えてくるイヤなヤツだわ」

「ド天然の新山よりはまだマシだろう。彼奴は凶悪すぎる」

「セーフとアウト、うん、ちょっとミスっただけだからセーフだよな!」

「オオーエラーイ、今度はミスらず言えてマース」

 飼葉が棒読みで褒めると彼は照れたように笑う。瀬人はもう見たくなかった。自分と同じ顔をした人間の繰り出す悲劇は、色んな意味で胸にクル。

 飼葉と彼の面白おかしいやりとりを聞き過ごそうと、瀬人は吉倉に話し掛ける。精神衛生上、彼の容姿から繰り出される言動は瀬人にとってよろしくない。

「なあ、吉倉。さっきからずっと、俺が瀬人だって信じてくれてるよな」

「当たり前でしょう。桜山君はあんなにへらへらしてる人じゃないし、見掛けに反しておバカなだけで、見た目通りのアホじゃないわ」

「……えと、ありがとな」

「それに声だって少し高めだったし、桜山君は外見と年齢からは想像付かないぐらい低くて良い声出すし、あ、良い声って言うのはクラスの女子が言ってただけよ、色っぽい声なんですって、よかったわね」

「そうなのか。声なんて気にしたこともなかったが……」

「何鼻の下伸ばしてるのよ。あたしはベツに興味ありませんから。フェティシズムなんて、人それぞれなんだからね」

「ああ、分かってる。ともかく、ありがとなって言いたかったんだ。信じてくれて嬉しかった」

「……それこそ、当たり前でしょう」

「吉倉……」

「行くわよ。こんな時こそ、元気出さないとね」

 これまで1度も笑顔を見せなかった吉倉が、瀬人を励ますように笑ってくれた。分かり易い彼女に、瀬人は心から微笑むのだった。


 それから、瀬人のメンタルにグサグサとダメージを与えていく彼が真っ先に行きついたのは、家庭科室だ。

 家庭科室の前方には大きな黒板があり、その手前には教師が使う調理用の台が置かれている。その右手、窓側にある部屋は鍵がかけられているようで開かない。

 瀬人は後ろを振り返って教室を見渡す。生徒達が使う流し場とカセットコンロ付の調理用の台が等間隔に並べられ、家庭科室の後方には持ち運びしやすい丸椅子が整頓されて置いてあった。

 窓側の壁は洗い場とアイロン台にケースに覆われたミシン、廊下側の壁には食器棚や調理器具の入った棚がずらりと並んでいる。

 薬缶や食器、フォークにスプーン、箸、おたまに鍋、フライパン、計量器、包丁、ボール、まな板、布巾などなど普段目にする馴染み深い物ばかりだ。

 人数分用意されているだけあって、犯人が幾つか持って行ったとしても瀬人達には分からなさそうだった。

 冷蔵庫の中を開けてみると、中は空に近い状態だ。電気は通っている。中にはカットされたキウイ、パック詰めにされたさくらんぼ、マンゴーに白桃、などが入っていた。

 何てことはない普通の家庭科室だが、食器棚前の床には、大きな布に包まれた物が置かれてあった。

 その布に瀬人は見覚えがある。どこの部屋にもある黄色いカーテンだ。布がもっこりと膨れ上がっている事から、言わずもがな遺体はあそこにあるのだろう。

 此処の遺体を最初に見たのは龍壱で、次に見たのが海奈。瀬人も見ようとしたのだが、何故か海奈に止められたので瀬人はまだ見られていない。

「怪しいんだよな……鈴の奴、気を許していないといいが……」

 京紫龍壱。実のところ、瀬人が一番疑わしく見えていたのは彼だった。無論、もう一人の瀬人を名乗る彼も不審極まりないが、彼の怪しさはある一点を下に成り立っているだけに過ぎない。

 それに比べ、龍壱には幾つかの不審点がある。ほぼ全員から『誰だコイツ』扱いされる彼と比べれば些細なものに映るが、彼の正体を察している瀬人からすれば圧倒的に怪しいのは龍壱だった。

 次に男性陣と女性陣に分かれて、家庭科室の調査を行う事になった。分かれた理由は、怪しい彼と女性陣が一緒に行動したくないと言ったからである。飼葉は嫌がったが、瀬人は彼を引き受けた。

「歩道橋のミニスカは見てくれアピだよな」

「むしろ見たさに歩道橋だぜ!」

「見れたらラッキーだが、わざわざ見ようとまでは思わん」

「何だその占いみてーなノリ」

「飼葉の占いに対するスタンスって結構乗り気なんだな。俺は毎朝占いは時間の無駄と思ってみない」

「ちげーよ。フツーに占いそのものだろ」

「変わってんなー」

「御前が言うな」

「どっちとも言うなよ!」

 瀬人のツッコミに飼葉のツッコミが被さる。彼はへらりへらりと笑っていた。

「そういうことでさ、パンツ占いオススメ」

「ブリーフ? トランクス?」

「女子のパンツに決まってるだろ! 男のなんて女子得だろ!」

「そんな男のパンツの柄にキョーミある女子もイヤだっつの……」

「飼葉は本当に自分勝手だな」

 瀬人は呆れ果てたような顔で言う。飼葉は右眉を上げ唇をへの字に曲げる。

「はあ? ドコがだよ?」

「自覚がないならいい。もう、好きにしろ」

「男のロマンに従って何がワリィんだ、2号よ!」

「俺は2号じゃない。そして御前は何なんだ? 寧ろ中身は飼葉2号な件に突っ込んで欲しいのか?」

「バッ! オレのドコがこんなヤツの似てるって言うんだよ!?」

「俺はいつでも1号だぜ!」

「……御前が1号でいいよ、なんかもう」

「やーい! 2っごう! にっごう! 俺が1号だー!」

「何歳児だよ、おまえ……つか、見た目瀬人なだけにシュールってかキメェ……」

「言うな。俺だって好きで、好きでこんな……御前が好き勝手にやるからだ!」

「フッ、フリーダムなこの俺を止めることなど誰にもできーんっ!!」

「何この子イタすぎィ……」

「未知の状況下で、見知らぬ面子に囲まれてるから、なんかこうアレになってんだろ、アレに」

「キョンシーも男だし分かるよな? でも、キョンシーに聞いたら怒られっかな」

「やめろ!」

 本気で龍壱に脅えている飼葉は全力で彼を引き留める。彼はへらっと笑って「もしかするとじゃ~ん」と行こうとしたので、瀬人も止めた。

 女性陣の前では決して話せない雑談を交えつつ、瀬人達は部屋を調べる。やはり、これと言って目に付く物はなかった。


「おおっ、うまそうなフルーツがある!」

「バッカ! 得体の知れない場所にあるような食べ物を食べる気?」

「……? なに? 俺のこと心配してくれてるのか?」

「違います。桜山君と同じ顔をした貴方がそんなカオすると、ヘンな感じがするだけです」

「へえー? まあいいや、サンキュな!」

 吉倉の言う事を理解していない顔の彼は、にっかりと笑った。吉倉は顔を背ける。

「それで、そっちは何か見付かったのか?」

「んーん。とくになーし。パシリのトコは?」

「俺は瀬人だ」

「せっちゃん」

「…………」

「コッチもなかったぜ! な、1号?」

 意見を曲げない義子に黙りこくる瀬人、そこへ珍しくフォローを入れに行った飼葉は彼に話し掛けるが、彼はあっけらかんとした笑顔で話を蒸し返した。

「おうとも! 2号もちゃん付けされたぐらいでイヤがるなって!」

「普通に厭だろう」

「こーのカタブツさんめ~!」

「寄るな。寒気がする」

「オレは吐きそう……」

「はーはっはっは! まあ許せよな!」

「せっちゃんの偽物ってホントウザイね」

「なんでこんな状況下で快活にいられるのかしら。ちっとも理解出来ないわ」

「暗くなったってしょうがないだろ? 出られるって信じれば出られんだよ! 人生、何が起こるか分からないって言うじゃん?

ワケわかんない目に遭ってココにいるんだから、ワケわかんない目に遭ってこっから抜け出すってのもアリだろ~」

 くるくるーっと一回りするなり彼は両手を広げ、大仰な身振り手振りで無限の可能性を訴えかける。

「……そうかもしれないわね。もう、あたしには分からない事ばかりだもの」

「はあ? ニセモノに励まされるとか、吉倉さん、正気?」

 義子は疑り深い目で吉倉を見ている。疲れた顔で頬杖をついていた吉倉は、瞳を見開いてなによとばかりに義子を睨み付けた。

「アンチのふりした信者じゃねーよな?」

「信者のふりをしたアンチならばともかく、逆のメリットって何だ。独占欲か何かか?」

「彼の正体はともかく、言っている事は正論でしょう。暗い人よりはよっぽどいいわ」

 彼女のペースに引っ張られてはだめ、とこほんと咳をした吉倉はクールな声音で冷静に言い放つ。だが、義子のペースは崩れない。変わらず彼女は自分の思いを吐露する。

「ヘンに明るいほうが怖くない? なんか、ヤバソーなカンジするもん。わたしはムリ」

「怖いからこそ、明るく振る舞う。何も怖いから怖いと言うだけが人間じゃないだろう」

 義子を説得しようとする瀬人の言葉に義子は疑いの目を向ける。胡乱げなものを見るかのように瞬く瞳は、瀬人の表情の機敏を穴が開くほど凝視している。

「せっちゃん、ニセモノをかばってる……せっちゃんって、ほんとにほんと?」

 確かめるように深い疑念のこもった声が、眼が、耳が、瀬人に集中して集まってくる。瀬人は自然と一歩、後ずさっていた。彼女の眼が足元に下がる。

 ――見透かされている! 何だ、なんでだ……!? どうして俺がここまで疑われるんだ!

「そういや、俺が偽物だからお前は本物ってなってるけど、それって別に何の根拠もないよな。俺って本物だし」

「両方ともニセモノ? やめよーぜ、そんなん、こええって。つうか、考えたくもねーよ……」

 瀬人の顔を見た飼葉は思わず瀬人から顔を逸らす。彼は腰に両手を当て、参ったように溜息を吐いた。

「…………ニセモノの味方をする吉倉さんもさ、怪しいよね。それにわたし、吉倉さんがどういう人かなんて知らないよ! この2人がニセモノだったら、吉倉さんもニセモノじゃん!」

 深く考え込んだ後、義子は口を開いて吉倉を指差す。瀬人は唖然とした顔で義子を見た。

「御前は何を言っているんだ……?」

「吉倉さんが親しい人って、せっちゃんだけでしょ? わたしはこのナスビともせっちゃんとも関わりあるし、大体ヘンだよ、みんな落ち着きすぎ。

ネットは繋がってないし、ケーサツは呼べないし、外に出る手段はなんでかないし……なんで、そんな状況下でみんなおちついてるのよ……」

 理解出来ないと言いたげな声で彼女は他人の思いを跳ね除ける。瀬人は無表情で感情を押し殺し、冷静に反論した。

「騒いで不安を煽ったら何かが変わるのか? 全員が疑心暗鬼になったら、向こうの思うツボだろう」

「向こうってなに? せっちゃん、ニセモノだから何か知ってるの? 第三者がいるって確信してるんだ?」

 あやしい、と唇のカタチが動く。あやしい、あやしい、こわい、こわい、そう言いたげな、言ってしまえば義子の被害者面に瀬人の苛立ちは胸中で加速した。

「第三者が居なければ、俺達は自分の足でここまで来てアホな真似をしていることになるが」

「ふーん、シッポ出したね。せっちゃん、向こうの人なんだ。何も分からないフリしてるだけなんでしょ? 信じらんない、わたしを騙してなにが楽しいの? 許せないよ……!!」

「なあ、飼葉。御前の妹だよな、何とかしてくれないか。真面目に」

「……ダレかを疑ったって、どうしようもねーだろ」

 じりじりと瀬人の眸に灯る炎に飼葉は開きだした力のない唇を閉ざす。それから、怯えたように顔を背けると彼の姿を見付け、声を上げた。

「オレ達の中に怪しい奴なんていねーよ! いるとしたら、アイツだ! アイツが真犯人なんだ!」

 彼はその視線の移動をただ、悲しげな顔で見ていた。飼葉の自覚していないゆりかごの中を覗き込んでしまったからだろうか。

「幾ら何でも、決め付けるのはまだ早――」

「かばうのかよ? ホントは、お互いが敵のふりして、実はお友達でしたーって展開じゃねーの? おまえ、ホントに……オレの知ってる瀬人か?」

 瀬人は黙りこむ。公平性を保とうとしただけだが、攻撃的な言葉ばかりを浴びせられるとどうにも胸を張れなくなる。言い返す言葉が見当たらない。

「そんな事を言い出したらきりがないわよ。それこそ、最初から全員が怪しかったし胡散臭かったわ。彼が居たせいで、怪しいのは彼だって話になったけれどね……」

 吉倉は彼に視線を移す。彼は何も言わない。言えないだけなのか。義子は誰も彼もが疑わしいと瞳を命一杯に開いてじろりじろりと監視するように見渡している。

 ――今までのこの騒ぎ、全てのきっかけは飼葉の妹だ。本当にこの妹は、敵じゃないと言えるのだろうか……? いや、だめだ。疑いを口にすれば、疑いは広まる。もう手遅れだとしても、俺だけは信じるスタンスをとらないといけないんだ!

 心の中に語り掛けて来る悪魔の声を無視し、瀬人は努めて冷静な表情で在ろうとした。だが、声は自然と昂ぶる。そしてすべての感情が各々の信憑性を失くしていく。

「俺達の中に敵は居ない。全員、味方を疑い合ってるだけだ。裏切り者なんか居る訳がないんだ!」

「それこそ無根拠でしょ」

「御前の言い分こそ、思い込みだ」

「ゼッタイちがう。ゼンゼンちがう。全員が白だって確率とこの中の誰かが黒だって確率、どっちが高いかわかる?」

「確率なんて馬鹿馬鹿しい。可能性の問題は可能性に過ぎない。それに誰かが黒だとして、何になる?

俺たち全員で疑い合って、誰も彼もが怪しく見えて、そしたらこの状況が打開出来るとでも?

居るかも分からない敵の為に味方で互いを切り捨て合い、争い合うことの愚かしさがどうして分からない?」

 感情に迸った言葉に3人の眉根に縦皺が刻まれる。吉倉が反駁した。ここで初めて、明確な意思が見えてくる。

「少なくとも、裏切られる事はないわ」

「それは単なる問題の先延ばしじゃないか」

「少しでも長く生きたいのはフツーだろ。おまえ、やっぱおかしいわ」

「飼葉……!? 何言ってるんだ、御前まで……」

 ずっとバカをやってきた友人の思わぬ一言に、瀬人は自分が思っている以上にショックを受けた。クラスメートや友人の妹である彼女たちならば、まだ仕方がないと受け止められる。

 だが、瀬人は飼葉を疑うという選択肢さえ浮かばなかった。だからこそ、予想外の言葉は瀬人の胸を打つ。

「……ちがう、ここでみんな争ったって意味がない……」

 追い詰められた瀬人の言葉は、彼らには弱弱しく聞こえた。それでも瀬人は主張を曲げない。ここで折れてはいけないのだ、と全員を順々に見渡して分かってくれと目で訴えかける。

「全員で手を取り合う意味ってなに? ニセモノさんには意味があるでしょうけど、わたしにはないよ」

 義子は真っ向から瀬人を見返し、そして唾棄すべきと言わんばかりの調子で言い捨てる。彼女の中で結論は既に片付いているのだ。

「離れ離れに行動した方がまだ安心出来るかもしれないわね」

「裏切り者が何人いるかなんてわかんねーし、ソッチの方が安全だな……」

 吉倉と飼葉は瀬人を見返す事が出来ず、目を逸らす。信じたいが、信じ切れない。それは瀬人の敗北を示していた。瀬人の中のじわじわと広がっていく焦りは、隠し切れないものに膨らんでいく。

「ば、バカを言うな! 飼葉、御前ってフラグとかメタ読みとかそういうのよくする奴だったろ? だったら、こんなヤバイ所で単独行動をとるなんてことの恐ろしさは、分かってる筈だろう!」

 一度染み付いてしまった染みは中々落ちない。特に血やトマトなど赤い赤い色はそうだ。染み抜きを使って服の染みを落としていたのは瀬人なのだから、それは分かり切っている事だった。

「おまえがそこまで言うヤバイトコだったら、集団だろうが単独だろうが大差ないじゃん。

おまえは、どれぐらいヤバイトコが分かってんだろ? 必死で引き留めようとしてくるもんな、ニセモノだから!!」

 遂に飼葉は瀬人を見据え、敵を見るかのような眼差しで言い返してくる。感情的に叩き伏せた言葉の群れに、瀬人は今にも呑み込まれそうな思いだった。

 両手から手放してしまいたいような、そんな思いに駆られる。好きなようにしろ、と叫びたい気持ちになる。だが、それだけはいけないと瀬人は理性で猛々しい感情をねじ伏せた。

 ――どうすればいい。纏めなくちゃいけない。頼まれたんだ。俺は俺の役割を熟さないと、あの人に失望されたらだめだ、俺は出来ない人間じゃない、いや出来ない人間だけど、出来なくちゃいけないんだ。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃどうして――俺は生きているんだ?

 思考がグチャグチャになっていく。感情が頭の中を引っ掻き回す。自分は正しい事をしなくてはならない。自分は知っている。自分は守られている。だからこそ、自分もその信頼に応えなくてはならない。

 瀬人の中に大量の言葉が思い浮かぶ。こうしなければならない、ああしなければならない、だが、そのどれもが現実には出来ていない。出来損ないの自分。瀬人はそれでは駄目なのだと口を開いた。

「信じてくれ! 俺を……俺じゃなくてもいい、隣の人を信じてやってくれないか! 悪戯に可能性を広げたって、一人の人間に対処できることなんて高々知れてる!

だから、やっぱりみんなで協力し合わないと、この状況は乗り越えられない! 問題の先送りじゃなく、問題を解決する為に俺達は動くべきだ!!」

 瀬人を見つめる全員の目は揺らいでいる。だが、冷めていた。疑わしい。彼は自分を裏切る気なのでは、彼は自分の敵なのでは、そう言いたげな眼差しが瀬人をじっと見つめる。

「尤もらしいコト言ってるけどよ……こんな時に自分を信じてくれなんて言うヤツって、犯人ってのがお決まりじゃん。つか、犯人だからそんなに必死になるんだろ?」

 飼葉は瀬人の必死さに滑稽さを見出したのか、嘲笑うようにその口元はゆがんでいる。だが、本人は自分がどんな表情をしているのか、気付いてなどいないのだろう。

 瀬人がぼうぜんとした顔で見ている事にすら、その表情からどんな思いでいるのかすら、今の飼葉には感じ取るゆとりすらもないのだから。

「みんな怪しい……わたしは自分を信じる、だってみんな怪しいもの……犯人とつながってるようにしか見えない」

「信じたいけれど……確かに、2人の桜山君は、怪しすぎるわよね……だからって、怪しくない人が犯人だって事もあるけど……第一、もう殺人が起きらないなんて保障は誰もしてくれないわ……」

 俯きがちな吉倉は僅かに目線を上げ、瀬人と目が合うと懼れるようにまた顔を俯かせる。それでいて、ちらりと周囲の様子を窺っているのは、周りを訝しんでいる証拠だろう。

「誰も近寄らなかったら、わたしが殺される心配もない。そうよ、みんな近付かなかったら何も起こらないじゃん!

誰かと誰かが一緒に行動するから、人が死ぬんだよ! みんな独りだったら、殺されるワケないじゃん!」

 義子は名案を思い付いたとばかりに顔をパッとあかるくさせる。瀬人は義子の意見に悲しげな眼差しを送る。届かないと分かりながらも、瀬人には諦めきれなかった。

「ルールではもうこれ以降は殺人が起きないと明言されてる」

「敵のルールでしょ! ニセモノの作ったテキトーなルール!」

「そっか、何も知らないあたしを騙す為に作ったのね……」

 吉倉は合点がいったとばかりに頷いている。疑心暗鬼の雰囲気にまたひとり、呑まれた。

「あからさまに怪しいヤツを囮にして、あんまり怪しくないヤツが誰かを殺す……そうじゃん、フツーはそうするに決まってんだろ……」

 瀬人は唇をかみしめる。自分の言葉は力を持たない。無力感に打ちひしがれた。一人、一人、と彼女たちは瀬人の下を去っていく。自ら愚かな羊に成りにゆくのだ。

 ――……駄目だ。どう言えば、落ち着いてくれるんだ? 分からない。何を伝えれば、みんな、みんな……思い込みで行動してるってことを自覚してくれれば、いやそれでも駄目だ、絶対に安全だって保障を作らないと、誰も信じてくれない……!

 瀬人の中での正論は、糞の役にも立たない。理屈も常識も論理も科学も無価値で無意味だ。

 其れが通じる土台を彼らは崩されてしまったのだから――馬鹿馬鹿しい、犯人当てのルールとやらに。

 残ったのは、瀬人ともう一人、今まで黙り込んでいた彼だった。彼は、愛想笑顔を作り、瀬人に向かって口を開く。


「俺が犯人だよ」


「……はっ?」

 瀬人は顔を上げる。彼はニコニコと笑っている。だが、その眼は笑ってなどいない。

「俺達とお前達の殺し合いだ。俺は必ず、お前を殺す」

 すっと眸から光が消え失せ、冷淡な殺意が顔を覗かせる。それから、彼は何事もなかったかのように去って行った。

 瀬人の額に汗が伝う。今の言葉の意味は何なのだ、と頭の中に浮かぶのは疑問だけだ。家庭科室に残っているのは、瀬人独りだけだった。

「……宣戦布告? 他の役割持ち? 真犯人? 真犯人なら、どうして俺に言った? 俺が処刑人だからなのか? それとも単なるミスリード? ブラフならノイズをふりまく役目が? いや、そうしたふりをした犯人の可能性……だとしたら、なんでだ? わざわざ怪しい言動をふりまく真犯人がいるか?

自分の命が懸ってるんだぞ? 賭けに出るメリットがない。ハイリスクローリターンは有り得ない。じゃあ、なんであんなこと……」

 ――分からない、分からない、わからないわからないわからないわからないわからない! どうすれば俺達は此処から出られる? この殺し合いに勝てば俺達は抜け出せる? アイツを殺せば俺達は生きて出られる? 俺以外の人間は本物か? いいや本物だそうでなければならない俺がその可能性を疑ってはならない一人で抱え込んでは駄目だ俺は俺の役割をでもどうしたらわからないわからないどうすればいい……!?

「落ち着いて、考えるんだ……頭の中だけで考えてたら駄目だ。紙、メモ、ペン……いや、携帯はないし、電話もない。連絡手段はないんだ……駄目だ、考えるな。切り替えろ。

声に出して、整理するんだ。先ず、一番に怪しい人間は言う間でもなく彼奴だ。次に不審なのは京紫龍壱。

海奈さんは疑ってもしょうがない。あの人はどんな時でも怪しすぎる。鈴は……どうして、あそこまで冷静なふるまいが出来るんだ?

俺達よりも何か情報を握っている? そういえば、弁護人がどうとか……鈴は自分が弁護人だから、その話題を出したのか? それとも……いや、きっと鈴は弁護人とかいう役割の人間だろう。

だから、冷静に意見を言っていけている。本人も脱出は期待していないようだし、真犯人を見付けようとして……るんだよな?」

 確信が持てない。毎日のように顔を突き合わしているのに、何故こうもあっさりと彼女を疑わしく見てしまうのだろう。そしてそれは向こうも同じなのだと考えると――途端に足元がグラついてくるのだ。

 ――誰だって真っ白い人間はいない。だから、俺達は容疑者なんだろう。怪しいのは誰でも同じ。

「だから、今はもし敵陣営でも怖くない人から味方に見ていこう。まず、吉倉と飼葉は誘導されやすい。

自分で誘導していこうとするスタンスをとってこない以上、あまり影響力はない筈だ。逆を言えば、自分から意見を言い出して、本人たちの考えそうなことと反する意見を言ってきたときは危ない。

しかし、そんな見え見えの態度をとってくれるとは……正直、幾ら何でも思えない」

 瀬人は首を左右にふる。誰かを信じなくては始まらない。味方を増やしていく事が大切な筈だ、と自分に言い聞かせる。

「飼葉の妹は……どうなんだろうな。正直、素にも意図的にも見えるところだ。

急に誰彼構わず疑い出して噛み付き出す人は現実に居るし、吉倉だってあまり口には出さないが内心では飼葉双子と似たような心境だろう。

俺達ならともかく、鈴やあの人、京紫龍壱、そしてあのもう一人……には、通用しないだろうな。俺が気を強く持っていれば、あんなのは戯言と跳ね除けられる……俺がしっかりして、彼女を落ち着かせてやらないと」

 ――きっと、不安の裏返しだ。自分に力がないと思っている女性だから、他の人間を寄せ付けないように威嚇する。俺が信じてやらなければ、あの娘だって俺を信じてくれないだろう。

「次は俺も引っ張られないように、もっと無感情に挑まないと。少しぐらいドライにいかないと、きっと負ける。何としてでも説得して、話し合いの場に持っていくんだ」

 ――敵だとしたら恐ろしいのは、やはり鈴とあの人だろう。不気味なのはあの京紫とレプリカだが……やっぱり、心中でもレプリカとは呼びたくないな。割り切らなければならないことだが……。

「……死なせたくない。今度こそ、俺は守る……俺が守らないと、今度こそ……」

 瀬人はぼうっとしながらも暗示のように呟く己に気が付き、はっとして口を閉ざす。自分でも無意識の内に言っていた言葉に、少し怖くなった。

「……彼奴はどういう人間なんだろう。最初はただのバカだと思ったが、あの発言……自分を大きく見せようとしたのか? それとも、俺自身を混乱させる為?

3人に責められた俺は、たぶん外から見ても動揺していた……精神的な揺さぶりをかけられる、と確信を持たれて、精神的な攻撃を仕掛けられた?

単純に考えれば、自分が犯人だと言い出すメリットなんかない。それどころか、自白だ。俺が他人に話せば……いや、俺にそこまでの信用はない。

あの3人が俺に不信感を持ってるから、俺にあんなことを言えたのか? 俺を混乱させるには打って付けの言葉だが、もし本当に犯人だとしたら、危険過ぎる。

もともとの自分の信用が薄いからか? しかし、俺は正直に誰かにこのことを打ち明けていいのか? こうやって俺を悩ますことが目的なのだとしたら、やはりアイツが犯人だとは考えにくい……」

 ――だが、これはゲームや漫画の話じゃない。裏を読んだり、深読みすることは本来下策、低い可能性は斬り捨てていくべきだ。……だ、駄目だ。一人で考えていても埒が明かない。

「どうしても他の可能性を斬り捨てられない。素直に彼奴が犯人と考えるべきだが……あんな自白に何の意味がある……意味がないことに意味を持たせるにしても、得られる利益と損益の差は圧倒的だ。

だが、俺がこのことを誰かに話せばいいんだろう。飼葉たちでは駄目だ。余計に不安がらせてしまう。

他の落ち着いていそうな人たち……敵陣営が何人居るかも分からないのに、話してしまっていいのか?

下手したら利用される。俺だってこの中だと犯人に仕立て上げられやすい中の一人だ。やはり、暫く黙っていなければ……帰りたい」

 ――家に帰って、何時もの様に食事の支度が面倒だとぼやきながら夕飯の準備をして、帰って来た鈴がメニューを聞いてくるから、今日は豚汁に秋刀魚に焼きナスだって……。

 暖かい我が家を思い返すと、瀬人は本格的に落ち込んだ。だが、瀬人は立ち上がらなくてはならない。

「早々にみんなで集合しないと不味いな。離れた時間が長ければ長いほど、居ない人達はみな結託しているのではないか、と疑惑を深めてしまう人も居るだろう」

 ――俺に話したところで俺が他人に打ち明けられないだろう、そう見越した上での行動だとしてもだ、やはり賭けには釣り合わない。大事なのは多人数投票だ、俺一人をどうこうしても無駄だろう。時間稼ぎにしてもメリットが低い、発言力や推理力のある人物、主導権を握るような人物に仕掛けるのならまだアリだけどな……彼奴が単なるバカなら、バカだからで済むんだが。

 自分はどう考えてもそういう重要そうなタイプではない。彼の意図は理解不能だったが、解らない事を考えても仕方がないと瀬人は歩き出す。

 果たして犯人は誰なのだろうか――そこで、瀬人は彼の言葉を思い出す。

『俺キョンシーと外でる方法探すって約束してるんだよ! 約束は守んねーとっ!』

「彼奴と京紫龍壱の間には、ラインが出来ている……?」

 瀬人は、気付いていない。自分の思考が既に犯人は誰かと言う一点にのみ集中している事を。彼を露骨に怪しまないでいてくれる人物など――それこそ、1人や2人でしかいない事を。

 瀬人は人間にとって至極当然な心理を失念していた。果たしてそれは、正しい答えを導き出す事に必要な過程か、あるいは違うのか。

 その答えもまた、もうすこし先になりそうだ。


ここまで読んでくださって、ありがとうございましたー!!

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