死
しばらく空いてしまってすみません。急いだんでミスがいくつかあるかもしれません。いつかまた改稿させていただきます
「誰?」
サナが人物に向かって言う。
黒い服を纏い、口元を布で隠している、男だ。小柄な体格で、顔を見なければ男と見分けがつかないかもしれない。
「私の名はない。主君に仕える、ただの悪魔だ」
僕らの左側の月を見上げ、落ち着いた様子で言い放つ。
「はぁ? じゃあ、あんたがあたし達を殺そうっていうの?」
悪魔、という言葉に反応するサナが、腰の細剣に手を掛ける。
ちょっと考え方が強引な気もする。
「悪魔が、戦闘を好むとでも思うのか? 愚かな人間だな」
「何言ってんのよ。あんたがあたし達をここに呼んだくせに」
「お前達が勝手に来たのだろう。妙な言いがかりは止めてほしい。お陰で、魂を集め直さねばいけなくなった」
ウンザリとした口調で、男は言う。
魂を集まる悪魔かぁ。前に魔王のところに行った時、そんなやつがいたような気がするな。
「……ここで何するつもりだったの?」
警戒を解かずに、サナは男へと質問を投げかける。
「愚かな人間を、滅ぼすための力を蓄えていただけだ。理解したならさっさと消えろ」
鋭い音が隣から聞こえた。どうやら、サナが剣を抜いたらしい。
金色の刀身が、月の光を浴びて煌めく。
「その言い方、気に食わないわね」
サナの敵意を意に介せず、男はこちらに身体を向ける。
「ほう、私と戦おうというのか。言っておくが、お前の横にいる人間は、私の部下に負けたのだぞ」
男が、サナへ視線を移す。緑色の瞳だ。
「こんなやつと一緒にしないで」
細剣を片手に、サナは男へと近付いて行く。
「ユニ、ちょっと待っててね」
抱いていたユニを地面に下ろす。
もう大分落ち着いたようだが、それでも不安の色は、顔から消えていない。
僕は立ち上がり、対峙する二人に巻き込まれないように、いつでも加勢できる位置に移動する。
危なくなった時は助けよう。助けられる立場かもしれないけど。
「……ふむ、いいだろう」
男は右手を、虚空へと掲げる。すると、漆黒の刀が男の手の中に現れた。
使い心地を確かめるように、空を斬り払う。
「どれほどの技量か、見てやろう」
二人は手の届く位置まで近付く。
「後悔しても遅いから!」
サナが、鋭い突きを男の首元に放つ。
その攻撃を、男は難なく刀で受け止める。
「まだまだ!」
胸元、肩、顔、腕とサナの細剣が襲うが、男は危なげなく捌く。
完全に受け切れているのに、何故か、攻撃に転じようとはしない。
隙を伺うでもなく、サナを観察するようにも見える。
「中々のものだ。だが……」
徐々に、剣と剣が接触してからの間隔が長くなっていく。
これだけ激しく動けば当然だろう。体力が持たない。
「遅いな」
男はサナの剣を弾き、横に斬り払う。
蹌踉めいたサナだが、素早く屈んで男の斬撃を避けた。もう少し遅れていたら首が飛んでいただろう。
屈んだ姿勢で男の懐へと潜り込むと、全力の一撃を、胸元へと放った。
「ほぅ」
だが、それは届かなかった。
男は、刃が自分の身体に達する直前に、左腕で防いでいた。
細剣は男の腕へと突き刺さり、浅くはない傷を作り出している。赤い血が服を濡らしていく。
それでも、肉を貫通することはなかった。
動きの止まったサナを、男は右足で蹴り飛ばした。その拍子で、サナは細剣を手放してしまう。
後ろに大きく吹き飛ばされ、床に背中を打つ。痛みからだろう、小さく呻く。
間髪入れずに男が腕を払うと、巨大な炎球が現れた。未だ、体勢を立て直せていないサナを襲う。
魔法の一種だ。確か、炎系の最大魔法。
「……くぅ!」
サナは炎球を確認すると、膝を地面に付けたまま、片手を目の前にかざした。
炎球と同じくらいの大きさの、透明な光の丸い盾が現れる。
炎球がそれにぶつかると、激しい爆発を起こした。ミシミシと、光の盾にもヒビが入るが、壊れる様子はない。
光の盾を、黒い煙が覆う。
「ハァ……ハァ……」
サナの荒い息遣いが、ここまで聞こえてくる。激しい動きをしたの後に、あんな魔法だ。普通、こうなる。
魔法を使う時には、それに応じた体力を使う。自身に備わった魔法力が大きければ大きいほど、体力の消耗は少ない。
見たところ、サナは多分体力が少ないほうなんだろう。
「サナー、大丈夫?」
僕が呼んでも、返事は返ってこない。それほど疲弊しているんだろう。
まだ煙が覆う光の盾へと、僕は近づいく。
「もう限界か?」
突然、盾が砕けた。
その衝撃で煙は吹き飛び、サナも飛ばされた。自分の魔法でもダメージ食らうんだ。
「拍子抜けだな」
すぐに、男が盾を壊したのだと分かった。男は腕に刺さったままの細剣を抜き、地面に投げ捨てる。
「う……ぁ……」
痛みで呻くだけ。もう立ち上がる気力すら残っていないらしい。
そんなサナに、男は近付いていく。
ちょっと加勢するには遅いかもだけど、まあ大丈夫でしょ。
男が投げ捨てた細剣を拾い上げ、足元の石ころも拾い上げて投げつける。
放物線を描いて、男の頭にぶつかった。足が止まる。
「ねえ、僕と遊ばない?」
男が、サナから僕へと視線を移した。何の感情も含まれていない、緑の瞳。
「……いいだろう。どうせ、そこの女を助けるために殺されたいんだろう。乗ってやるのも悪くない」
男が僕へと標的を変える。
「まあ、一応そうなるかな」
ゆっくりと僕に近付いてくる男。僕は何も身構えず、男の接近を待つ。
あまり長く待つことはない。すぐに男は僕の目の前にやってきた。
「お前がどういうことをしてくれるのか、楽しみでもあるな」
言葉が切れた直後に、男は僕に黒い刀を僕に振り下ろす。
――正直、甘く見ていた。軽く避けられるだろうと。
だから、僕は右に少し歩いて交わした。
「やはり、この程度か」
しかし、少し反応が遅れていた。
いつもあるはずのものが、なくなっていたのに気付いたのはすぐだった。
「へぇ、やるね」
左腕だ。ほんの少しの油断が命取りだと、改めて思い知った瞬間だった。
僕は細剣を離し、落下が始まる前に左腕を掴んだ。そして、男に投げつける。
「……ふん!」
これには僅かだが、男の動きに焦りが見えた。大振りに剣を横に振り、僕の腕を真っ二つにした。
「はは、動揺しすぎだよ」
もう、大丈夫かな。遠くには、ユニがサナに触れ、青い光に包まれているのが見える。
ユニの心配そうな表情も、はっきりと。
「うん、充分だ」
手に、魔力を溜める。
「何が充分だ、お前はもう死ぬだろうに」
男の刃が、僕の胸を抉る感触があった。
「うん。でも、お前もだよ? ……ねぇ、ミラーって魔法を知ってるでしょ?」
生命力の共有。それを僕は選択した。
「貴様……」
薄れゆく意識の中、男のくるしげな声が、僕に満足感をもたらした。