不気味な館2
「……どうかした?」
「どうもしないわよ」
サナが僕への視線を、自分の食事に戻す。
僕らは今、昼と同じところで夕食中だ。会話は少なく、ギクシャクしている。店に入ってからずっとだ。ユニに至っては、この二人と会話すらしたことがないんじゃないのか。
サナは無言で食べて、サギスもあまり話さない。考え事でもしているんだろう。
いつになったら空気が和らぐことやら。
「明日は、次の町に行こう」
長い沈黙を破ったのは、サギスだった。食事のほとんどを食べ終わり、待たされそうだったから丁度良かった。
「本当にあのじいさんのことを信用するの? いかにもインチキ臭かったじゃない」
不機嫌そうに、サナは口を開く。この人ずっと不機嫌だな。
「もし本当だったらどうする気だ? 俺達は全滅だぞ」
そんなサナを気にも止めず、サギスは言う。でも言葉は、切迫詰まっているみたいだった。
「逃げるの?」
「自ら危険に飛び込む必要はない」
「じゃあ、魔王の情報分からないに決まってる。前もそうだったじゃん、危険だから行かないって言って」
サナの言葉に、サギスは黙り込む。
見知らぬじいさんに危険だとか言われたんだろうね。別に気にする必要ないのに。
それとも、そのじいさんが魔物だったとかいうオチかな。
事情を聞きたいけど、正直それほど興味がない。この会話を割って入ってもやけどしそうだしなぁ。
「こいつら仲間にして、どこへ行くつもり? 仲良しごっこでもしたいの? そんなんだから魔王に近付けないんだよ。ザコでも戦力が増えたに違いないんだから、多少の危険で怖がってちゃあ、おかしいよ。行こう」
いつもより口調は優しいけど、結構グサグサ言う。サギスにも言うね。
確かに逃げてたら始まらないけど、結構危ない場所なんだよな、あそこ。
「……ああ、そうだな」
言い返せず、言い包められるサギス。自分でも分かってるんだろう、このままじゃダメだってことを。
でも納得はできていないみたいで、険しい表情のままで考え込んでいた。
*
で、さっさと済ましてしまおうということになったらしい。
まだ夜なのに、館へと来てしまった。バカじゃないの。
「サナ、僕傷口が痛むから帰るね」
「何言ってんのよ。あんたは戦わないんだから、傷口なんて関係ないじゃない」
「ねぇ、傷ってさ、戦わなくてもキツイものなんだよ?」
「いいから行くよ」
実は、館で戦った敵とはカタが付いていない。
戦闘の流れを説明すると、僕が魔法を使おうとして傷を負う。魔法を使う。失敗する。相手が姿を消す。
なめられたもんだ。僕は戦うまでもないと判断されたんだろう。
いつの間にか、本はなくなっていた。知りたい魔法はもうなかったからいいけど。
傷は、脇腹をザックリ。ユニに治療してもらったから、応急処置は終わっている。
もう少し時間があれば、完治できただろうに。
サナは乱暴に、扉を蹴り破る。中に入ると、昼の陽光は月明かりに変わり、綺麗な館に見えた。
「ほとんど壊れてるな。戦闘でもあったのか?」
サギスが、壊れた階段へと近付き、触れる。魔力の残りでも探しているんだろう。
ユニに頼めば一瞬なんだけど、黙っとこ。
前回同様、バタン、と大きな音が響いた。サナとサギスの二人が振り向く。すぐに驚きの表情に変わった。
破ったはずの扉が、元に戻っていたんだろう。
あの扉、簡単に開くけどね。
「ほらユニ、目を瞑ったほうが怖いから、ね? ほら、手。」
「……うぅ」
怯えて目を固く瞑っていたユニに声をかけ、手を握る。早くも涙目。
「閉じ込められたようね。レイト、警戒を怠らないように」
「あ、初めて名前呼ばれた」
「分かった?」
どうでもいいことを言った僕を睨めつけるサナ。
「う、うん。分かった」
一々怖いなー、ほんと。そんなに嫌わなくてもいいだろうに。
「血痕があるな。この出血量だと、下手したら死んでるぞ」
後ろから聞こえてきたサギスの声。そちらを見ると、地面にある大きな赤い染みに、手を当てていた。
それ、僕のだ。
「上にも行けそうにないしな。ひとまず、ここを探すか」
「了解。こっちは、僕とユニで行くよ」
「待ちなさい、あたしも行く」
サナが、昼は無視した奥の廊下へ行こうとする僕達を止め、前に立つ。
暗闇を見ながら、僕達に背を向く形で言う。
「あんた達だと、死ぬかもしれないでしょ。勝手に行動しないで」
心配してくれたのかな。それだけ言うとサナは暗闇へと消えていった。
とりあえず、僕らは後をついていく。
長い廊下だ。僕らの足音が聞こえるだけで、他の音はなく、おまけに視界は真っ暗。
手を伸ばせば壁にぶつかる。戦闘には不向きな通路だね。
しばらく歩くと、光が見えてきた。壁に掛けられた燭台の蝋燭の火だ。まだ薄暗いけど、ないよりはマシか。
そこで、初めて気が付いた。
壁には茶色くなった、大きな血痕がある。
壁には、へこんでいる箇所がある。争いでもしたんだろうか。どう見てもこれは、誰かが壁を壊そうとしてやったものだ。
貫通していないところを見ると、この壁は相当厚いらしい。
床にも、血痕がいくつかあった。奥に進むにつれて、瓦礫が多くなり、血痕、燭台の数が増えていく。
「どう、少しは怖くなった? 旅をするからにはこういうの、たくさん見ることになる。覚悟はしておいてね」
サナは、意地の悪い笑みを顔に浮かべながら、僕を横目で見る。
怖がらせたいのかな。旅を甘く見るな、とか思ってるのかな。
「そうなんだ……」
何か言おうと思ったけど、続きが出てこなかった。何か言われるかと身構えたが、そんな僕を見て満足そうに、サナは前に向き直る。
よく分からないなぁ。
「ユニ、近くに人の……」
ふと、ユニに魔法力を探知してもらおうと声をかける。
顔色を青くして、今にも泣き出しそうな目でこちらを見る少女の姿が目に入った。
言ってくれれば良かったのに。話す気力さえなかったのかな。
「はい、幽霊なんていないからね」
ポンポン、と背中を叩く。ビク、と身体を震わせただけで、表情は固まったままだ。
「サナ、もうすぐ着く?」
「どこによ」
「どっかに」
ユニを抱えると、強い力で服を掴まれた。
「余程怖かったんだね、よしよし」
頭を撫でてあげても、あまり反応はない。限界寸前だな。
「なんでこんなところに子供連れてきたのよ。こんな血なんて見せられたら、怖いに決まってるじゃない」
僕の質問には答えず、バカじゃないの? とでも言いたげな言葉が代わりに飛んできた。
「一人で置いていくわけにはいかないでしょうに。それに、この子がこんなにホラー系に弱いと思ってなかったんだよ」
「ホラーって……血はホラーじゃないでしょ。可哀想だし、あの扉開けて、さっさと出るわよ」
いつの間にか扉の前。意外と早かったね。
前にいるサナが扉を雑に蹴って壊し、中を確認する。本当に警戒しているんだろうか。
「なんだかんだで、優しいんだね」
僕の言葉に、反応はない。無言で部屋の中に入っていく。
部屋の中は広かった。でも、置いてあるものは少ない。
日の点いたランタンが置かれた、丸机だけだ。部屋の隅にポツンと設置されている。
「暗いわね」
サナが一人、呟く。
それでも、さっきまでの廊下と比べればマシだ。ギリギリ、部屋の隅まで見えるし。
「ここには、もうこれだけしかないのかな」
「……そうね。念のため、確認だけはしておかないと」
サナが部屋の中を見回して、ランタンのほうへ歩いていく。
そして何気ない動作で、机をコン、と叩いた。
「うん?」
引っかかることでもあったのか、もう一度、机を叩く。
「ああ、そういうことか」
今度は手のひらを、机に乗せる。
すると、サナの手を中心から、机に亀裂が広がっていく。
不思議なことに、その亀裂は机の足から部屋全体へと広がっていく。
「幻影魔法か」
部屋に、元々かけられていたものを解除したんだろう。なんで机で気付けたんだろう。
ガラスの割れた時のような音が響き渡ると、僕らはどこかの大広間に立っていた。
無駄に広いだけで、何も置かれてはいない。
見上げると、月の光が僕らを照らしていた。天井はなく、屋外にいるのと変わりはない。
「……何のようだ?」
不意に、声が聞こえた。