勇者
「王様から手紙、きてるよ」
この世界には貴族や、王などがいたりする。
この下に、魔物、隣国から国を守るための兵士がいる。戦争のためのコマでしかない、哀れな存在だ。
それで、その下に魔王を倒すために名を上げる勇者がいる。
因みに勇者は、王の許可さえ取れれば誰だって慣れる。勇者になるメリットは、宿屋の値段が少し安くなるし、勇者の加護を与えてもらえる。後は名声くらいか。
加護とは、勇者系列の武器が使えるようになるという性能。勇者の武器といっても、ただ王国が呪いをかけただけのものだけど。勇者以外が装備できない、簡単な呪いを。
勇者なのに、王から貰える武器は鉄の剣に弱い風の付加魔法と、呪いをかけただけのもの。
その数少ないメリットの代償は、どこへいても、王宮に知られること。身体自体が発信器になる。
勇者活動をせずに強盗ばかりしていると、さようなら。そういう感じ。
結局王宮のコマにされるんだ、勇者になると。僕は女神経由の勇者にされてるらしいから、心配はない。
契約内容が、自分は女神を殺せない、だけらしいから。
でもまあ、僕にとってデメリットに近いものもあるんだけど。
「これ」
八歳くらいの見た目の女の子、ユニは手紙を僕に差し出す。
狐の魔力を持った、不思議な子。
この子の黄色の綺麗な髪は、背中を覆っている。
こんな森に住んでいる人なんていないから、短くできない。僕はそういうの無理だし。
本人は、別に伸びっぱなしでもいいらしい。
「はい、ありがと」
手紙を受け取り、中身を確認する。
勇者の勧誘だった。すぐに破ってゴミ箱に捨てる。
僕が勇者だとは誰にも言っていないので、こういうのが来る。
どうやってここを知ったんだか。
「破っちゃって、よかったの?」
「いいんだよ。それより、ご飯はまだ残ってる?」
森で暮らすからには、食料を充分に確保しておかないといけない。
「さっきので全部なくなったよ」
森からの買い出しは、結構遠くて、辛いものがある。
*
「ほら、離れないでね」
「うん」
自宅から少し離れていても、ここに来れば食料が充実していて、満足のいく買いものができる。
値段はちょっと高いけど、贅沢は言ってられない。
「相変わらず賑わってるなー」
もうすっかり日は昇り、仕事が休憩に入る頃だろう。
僕らはさっき食べたばっかりなので、まだ食べる必要はない。
お金はいつもより多めに持ってきた。
今持ってるので全部だから、稼がねば飢え死んでしまう。
「何か食べたいものある?」
僕は笑顔で尋ねる。折角ここまで来たんだ、お金も全部使おう。
「さっき食べた」
「じゃあ、やりたいことは?」
「お昼寝」
ああ、朝早かったもんね。しかも随分歩いたから、疲れるよね。
でも、なんか欲がないな。助かるけど。
「ん、いいよ」
僕は屈んで、ユニが背中に乗れるようにする。しっかり掴まったと思ったら、手で支えて立ち上がる。
いつもより重く感じたのは、きっと疲労のせいだろう。
今日はここで泊まろうか。さすがに一日で往復は疲れる。
宿屋は……後回しで。
ひとまず、身動きが取れなくなる前に、ここから離れる。ただでさえ店が集中しているところなのに、なんだか人が増えてきた。イベントでもやってるのかもしれない。
人混みは嫌いだ。だから少ない場所へと逃げていく。
何度か人にぶつかり、何回か転けかけて、睨まれながらも小走りで移動する。
すると、薄暗い路地へと出た。ゴミはあまりないようなので、ここで足を止める。
「夜に出ればよかったかな?」
そうすれば朝一番にここに着けて、もっと静かに買いものができたはずで。
失敗したなぁ。
一つ、小さめのため息を吐く。
大したことじゃないのに、精神的にこう……グッとくる。
「ため息はな、幸せが逃げるんだぞ」
「知ってたよ、もう」
いつの間にか、僕の横に立っていた男が呟く。
年齢は僕と同じくらい。貴族の坊ちゃんによく居そうな顔。イケメン。瞳が青い。
身体は細身で、腰に長剣を携えている。服はその辺にいる人達とさほど変わらない。
髪の色は、青色。
「へぇ、レイトは物知りだな」
「普通誰でも知ってるよ」
「そうかい」
名前はサギス。一月前、街でなんだかんだと知りあった。
なんでも、魔王を倒すために旅をしているんだそう。
大変だね。僕からすれば人事だけど。
それと、ここでは僕の名前はレイトになってる。多分、あっちの世界の名前だったんだけど……どうだったかな?
女神が名前付けたんだっけ? 忘れた。
「折角落ち込んでるっぽかったから来てみれば……元気じゃないか」
「大したことじゃないから大丈夫なんですー」
路地から見える大きな道が、さらに人で溢れて凄いことになってきてる。
そんなに熱気の集まるイベントなんだろうか。
そんな僕の疑問に、サギスは答えてくれる。
「喧嘩だよ。王子と、どこかの国のお姫様の」
「ああ、君のパートナーか」
「そうだ。いくら止めても聞きやしない。お前がなんか言ってくれないか?」
「会ったこともない人に説得なんてできないよ」
王子か。だからさっきから空に何個もモニターが浮いているんだね。
王子だもん。目立つよね。
モニターっていうのは、魔法力、略して魔力で形成されたもの。
黒くて四角いからモニターって僕は呼んでるけど、これは電波がどーのこーのってやつじゃない。
だから、モニターは全く関係ない。
この魔法は、テレビやスマホのようなものと同じで、魔法を展開していれば、指を弾くだけで画面を動かすことができる。
ホント、スマホみたい。世界観台無しだけど。
でも、こんな魔法あるんだからいいか。魔法って万能ですね。
「確か、レイトは魔法使えるよな? なんだったかな、空に出てる、なんとかワールドって魔法」
「ああ、使えるよ。彼女を映したいんだよね、ちょっと待って」
『もうひとつのせかい』みたいな名前だったかな。ただのテレビみたいなものなのに、大げさな名前だ。
ユニはもう寝てしまっていて、両手を使うことはできない。
サギスに片手を出してもらって、そこに魔力の塊を送る。
すると、サギスの手を僅かにはみだすくらいの、小さなモニターができた。
これができる瞬間のブラックホールみたいなのが好き。
「おお、これは便利だな」
モニターには、二人の男女が映っていた。互いに剣を握り、睨みあっている。
一方がその身に余るほどの大剣を持ち、一方がすぐに折れていまいそうな細剣を相手に向けている。
対人戦で大剣使うって凄いね。剣の技術じゃなくて、完全に魔法頼りだろうけど。
道から岩が突き出しているから、地面を操る魔法なのかな。
後で請求書みたいなのが来そう。
どちらもボロボロで、地面がガタガタ。
近付かせたら終わりの大剣使いは相当な精神力を使うだろうから、結構人なんだろう。
「細剣さんがパートナーだよね?」
「ああ、劣勢のようだな。このまま負けて懲りてくれればいいんだが」
相当な問題児らしい。さっきどっかの国のお姫様とか言ってなかったっけ。
そのどこかが知れたら、大変だな。
「ひとまず、これは閉じるね」
「ああ、ありがとな」
魔力の流れを塞き止めるように意識すると、プツ、とモニターは消えた。
「どうする? パートナー止めに行く? どっちかが死ぬまでやりそうな雰囲気だったけど」
僕がそう言うと、サギスはすぐに答えた。
「止めるか。王子を殺したら、マズイだろうからな」
味方が不利と言った癖に、負けるとは思っていないみたいだった。