不可視の悪魔
とある建物の中で、ガイコツの仮面をつけたスーツ姿のコスプレ男は、多目的トイレに入ると便座に座り、密かに手元のノートPCで個人情報の載ったファイルを確認していた。するとその時、男の元へとある電話がかかってきた。
「どうした?」
仮面の男は変声機アプリを使って声を変えると、相手の返答を待った。少し間をおいて、少し歳を感じさせる声で報告が返ってきた。
「女を一人捕まえたぞ!なかなか粋があるやつだったなぁ」
仮面の男はその言葉に期待を抱いた。本人にとって一番好みのタイプだったからだ。
「そうか。詳しく聞かせてくれ」
この男からの命令を聞いた相手は、苛立ち気味になりながらも嬉しげに詳細を述べた。
「相変わらずタメ口かよ、クソ野郎!まあいい。聞いて驚くなよ…。そいつは盲目野郎で白い杖を持ってたぞ。つまりなぁ…、やりたい放題ってことだっ!」
仮面の男は一瞬で恐怖を感じ委縮した。
「おい…、そいつはどんな姿をしているんだ。写真をよこせ」
相手は依然として仮面の男の態度に苛立っていたが、上玉の獲物を捕まえた喜びが勝ってたがために、すぐさま写真を見せびらかした。
「送っといたぞ。いいか、こいつは俺のものだ。こいつで俺は大儲けしてやるからな!」
これを最後に、会話は静かに幕を閉じた。男はスマホをポケットにしまうと、PCに送られた写真を確認した。するとそこには、見覚えのある黒髪を取り乱した女の姿があった。
「嘘だろ…、何なんだこれは!?」
仮面の男は全身の毛が逆立つほどの怒りに包まれ、それと同時に最大の厄介ごとを抱え込んだことへの恐怖に襲われた。
早朝の光の差し込むとあるアパートの一室で、気だるげな女が目を覚ました。黒く短い髪をくしゃくしゃにして筋肉に残る痛みに体をこわばらせながら、ベッドに留まりたい気持ちを押し殺して、ゆっくりと立ち上がった。名前は雨宮雫。今年で25歳を迎えたばかりだ。雨宮はいつも通りにキッチンに向かって朝食の準備をした。冷蔵庫と棚から食材を出すと、手慣れた手つきで仕上げていく。そして、朝食にブルーベリージャムを塗ったトーストと簡易なサラダを用意し、口一杯にほおばった。質素な定番メニューをささやかな幸せのように嚙み締める。
「そうだった、今日は早めに準備して出かけないと」
雨宮は今日も万が一に備えるため、食事を済ませるとエクササイズに入った。柔軟を済ませた後は体幹トレーニングをして、握力を鍛えるためにグリップを握った。早々エクササイズを済ませると、おしゃれをしたい世俗的な考えを捨て、いつも通り着替えに取り掛かった。パジャマを脱ぎ捨てると、そこには引き締まってくびれの出来たボディがあった。弾力のあるバストに、すらりとした脚。そして、半円球のヒップが。しかし、色好みな男達にとっては惜しいことに、雨宮はそれをオーバーサイズの白シャツとバギーパンツで覆い隠してしまった。ここまではいつも通りの変わらない朝。雨宮はさっさと朝のルーティンを済ませてしまったが、外に出る時にはその軽快さも失われてしまう。一寸先の世界は未知の領域だからだ。そして、肩掛けバッグを背負うと、シューズボックスの横に掛かった白杖を手に取り飛び出した。
一方で、警察たちはとある事件の調査に取り掛かっていた。その中でもこの二人は、事件に対して特に熱心になっているようだ。中年ベテランの山城警部は悩ましげに、とある連続した事件の調査にあたっていた。オフィスの大机に腰を掛け、タブレットとPCと紙資料などを往復した。写真や報告書、事件の発生箇所をまとめたマップなど、次から次へと提示されたありとあらゆる資料を読み漁っていった。すると、タブレットに近辺の監視カメラの映像が送られてきた。部下の星野に頼んで、指定した範囲の映像写真を収集してもらったのだ。山城は僅かな期待を胸にその写真を確認したが、チェックしている最中に落胆してしまった。
「って、おいおい。何なんだこれは…?またかよ…」
しかし、そのほとんどは彼にとって役に立たないものだったようだ。なぜなら、その映像には不審な人物こそは映っていたものの、顔はマスクとキャップで覆われており、体型までゆとりのある服装で誤魔化されていたからだ。そんなことを考えている最中、腹がよじれるような感覚が押し寄せてきた。更に追い打ちをかけるかの如く、画面の中の人物はこちらを一瞥した後に向き直ると、右腕をそろりと上げて、中指を立てて円を描いて目立たせた。しまいには、周囲を見やりながら視界から完全にフェードアウトしてしまった。
「この野郎…!マジか」
警察の威信にかけてもこの輩をとっ捕まえてやろうと躍起になった山城であったが、現代社会の強敵とも呼べるストレスが中年になり衰えたバイタリティを破壊しにかかった。
「うおっ!痛てぇな…」
山城は腹を抱えてデスクにひれ伏した。そんな山城を後輩の白石爽は、スマホで情報収集しながら壁にもたれかかって見ていた。すらりとして鼻筋の通った背の高いイケメンだ。白石は呆れ顔で山城警部に話しかけた。
「またですか、山城さん…。いい加減に一回休んだらどうなんですか?こないだもストレス性腸過敏でダウンしてたでしょ。もうかれこれ5時間は経過しましたし、昼食も取ってないんじゃ…」
この男、白石は山城の相棒にして最大の協力者だ。そんな白石でさえも、リアルタイムの広範で膨大な情報の収集には参っていたようだ。それに対して、山城は鬱陶しげに高速サーブを返した。
「そんなことは分かってる。ただ、気の休まらないことがあるだけなんだよ。ほら…、あいつのことだよ」
白石は山城の言葉の意図をすぐさま読み取った。それは事件の真相を暴く上での鍵であり、自身にとっても大きく関係することだったからだ。
「それなら、尚更休むべきじゃないですか」
山城の手が止まった。光を失いかけた目が、壁にかかった時計をまじまじと見つめる。しかし、特に意味はなかったようだ。目線を手元のタブレットに向けると再び状況を整理した。事件の開始日は今から五か月ほど前、中央部の駅のホームで女子高生が何者かに腿を撫でられる痴漢事件が発生した。犯人は不明だ。これを皮切りに、駅周辺で痴漢行為が大量発生したのだが、それがなんとも不可解で大規模なものだった。事件は単なる身体的接触にとどまらずスケールが拡大し、下着や持ち物の喪失までもが起こっていったのだ。単なる性犯罪なら警察も大いに苦しむ必要はなかったのだが、その規模は非常に広大で予測不能だった。だが、山城が頭を悩ませている理由はそれだけではなかった。そして、事態は時間が経つにつれて更に悪化した。被害者は何の共通点もない一般人女性がほとんどであったのだが、そのターゲットは突如としてある方向に転換したのだ。
「遠方から近辺まで監視カメラを確認したのに、人影はあっても僅かな手掛かりすら掴めないのか…。クソッ!」
山城の怒りのボルテージがもう一段階上がった。腹痛などはお構いなしの様子だ。続けて山城は芯まで熱せられた鉄塊のごとく、重みの載った怒りの言葉を吐き捨てた。
「単に映像や写真のような物的証拠が足りないだけならまだしも、被害者からの情報収集が困難な状況だからな。なんせ…、被害者は障害者ばかりだからな」
この事件はただの連続した性犯罪ではなかった。現在二人が取り組んでいる事件では、女性の中でもとりわけ弱い立場にいる人間を付け狙った、前代未聞の卑劣な犯行が行われていたのだ。最初の被害者は軽度の知的障害を抱えている小池潤子、32歳の非正規雇用。今から一か月ほど前に謎の二人組に絡まれてから行方不明となったのを防犯カメラが記録していた。しかし、映像から読み取れる詳細は不十分で、捜索は失敗続きに終わった。続いては19歳の車椅子の女子大生、三波静。こちらも前例の小池と同じく、今から一週間前に見知らぬ人に車椅子を押されて消息を絶ってしまった。またしても、情報量の少なさから、犯人の特定どころか経路の推測にすら至らず頓挫。信じられないことに、障害者を狙った誘拐が立て続けに起きていたのだ。これほど難解な事件は過去にあったのだろうか。多くの刑事が経験則やノウハウの通用しない奇怪な事件に諦めの表情を示していたが、ベテラン山城は止まらなかった。先ほどまで苦悶の表情をしていた山城は、長らくの調査の中である可能性についてひらめいた。
「障害者を標的として性的搾取か…。とんでもねぇ野郎がこの世の中にはいるってことだ。俺はあれから、いろいろ思い直したよ。頻発した痴漢との関連性は確実とは言えないものの、同一犯による可能性が高い。更には誘拐にまで発展しているとなると、到底単独犯でできる話でもなさそうだな。まぁ、二人がかりでの作業があるわけだし、言うまでもないけどな」
しかし、相手は納得のいかない様子だった。白石はその推測に苦言を呈した。
「ですが、たとえそうであったとしても、レベルで言ったら個人規模の犯罪。集団として固まっていたとしても、そこまでの力はあるとは思えません」
この相棒からの反論は"普通"の感覚なら言えるものであったが、山城は自分たちの目の前に立ち塞がる"異常"な巨悪の存在を僅かに感じ取っていたがために、その説を否定した。
「本当にお前はそう思ってるのか?こっちが隠しカメラを設置しようが、私服で警官を送り込もうがこのザマだ。相手は未来予知でも使ってるのかってくらい、巧妙に立ち回って逃げてやがる」
続けて、淡々と自分の仮説の詳細を述べて言った。
「おまけに相手の情報収集力はとんでもねぇ。例の二人のような特定の相手を道端で狙って、しかもカメラに映りにくいように逃げ切るだなんて、常人じゃ到底できないことだ」
最後に山城は、この説についてとある結論を述べた。
「規模の大きさや犯行の質からすると、もしかしたら相手は集団規模なのかもしれないな。それも資金や人材のある性犯罪専門のな」
山城は突拍子もなく、性犯罪専門の規模の大きい犯罪組織があるのではないかと言い放った。それには白石も驚きを隠せず、信じられない気持ちで反論した。
「そんなまさか!?性犯罪の集団なんてあるわけないでしょ?フィクションじゃあるまいし」
白石が山城の言うことを信じないのはごもっともだ。とはいえ、半信半疑の白石も今回の事件の異質さには可能性を認めざるをえず、単独犯が広範囲な犯罪に及んだとも、二人の女性を誘拐したとも仮定できなかった。次第に顔が曇り始める。
「確かに。個人の行動だけじゃ無理な気もしますけど、いくら何でもそんな事件なんて、見たことも聞いたことないですよ」
「白石お前、"事実は小説よりも奇なり"って言葉を聞いたことはないか?常識に惑わされるな。日本人の人口はおおよそ一億人。もしかしたらこの国の中にはそういう奴だっているかもしれないだろ?まぁ、可能性の話だけどな」
山城はどこか自分を説得するように言い放った。これが山城警部の"悩みのタネ"だ。山城は自分でもこの仮説について馬鹿げた考えであると自覚しており、内心信じられない気持ちもあった。時には、忘れようとさえしたこともあった。だが、この男はそうは行かなかった。
「とにかくだ。俺はこの事件に何か裏があると思ってる。それも異例のな。俺は何が何でも諦めないぞ。この事件は絶対に解決してやる」
白石はしばらくの間思考の渦に飲み込まれた。"やはりこの男の言ってることは正しいのだろうか"。認めたくはなかったものの、山城警部の推理は的外れではないのかもしれないと、白石は思い直した。
「おい白石、大丈夫か?どうした」
山城は自身の不調には気にも留めず、具合の悪そうな白石の様子を伺った。
「いえ、なんでもありません。もちろん信じられない話ではありますが、山城さんの言いたいことは分かりました。もう一度チャレンジしてみましょう」
男たちは再び心を燃やし己の身を奮い立たせた。迷いや諦め、恐怖を振り切り。
買い物からの帰り道、雨宮は慣れない手つきで歩いていた。レジ袋をぶら下げながら。足元がおぼつかず、周りの目を恐れ動きが不自然だ。目の見えない生活を送ることになった雨宮は、慣れない杖と危険な外出で心を擦り減らすような日々を送っていた。疲れのあまり足が止まってしまった。
「はぁ…。どうして私がこんなことをするハメになったんだか…。神様は酷いなぁ」
そう嘆いても現実は変わらない。人は時として残虐の限りを尽くすこともあるが、高潔な神でさえ時には悪戯にも不幸をもたらすこともある。平凡な日常は非凡にも崩れ去っていく。それは雨宮だけに言えることではないのだが。
「そうは言っても受け入れないと、前には進めないもんね。別の意味でも」
雨宮は依然として覚束ない足取りだったが、再び思い直って歩き出した。どうやら神様は、不幸な人間を地の底へと陥れたいサディストだったらしい。その直後、突如として後ろから怪しげな人影が顔を覗かせた。いったい何をするつもりなのだろうか。影はあたりを見渡すと、意を決したかのように動き始めた。すると、人影"たち"は雨宮が人気のない通りを歩いたところで、そろりそろりと忍び寄った。雨宮は何かの気配を感じたが、気に留めるだけで大通りに出ようと急いだ。"誰かついてきている?それも複数人。もしかしてこれは…"。
「もしかしてストーカー?」
雨宮は悪い輩に付け狙われているのではないかと思ったが、それと同時に単なる思い過ごしではないことバカバカしい気持ちが湧いてきたため、とりあえず気づいていないフリをしてやり過ごすことにした。しばらくすると足音は、同一のタイミングで両サイドに散っていった。それを察知した雨宮は薄気味悪さも感じたが、安心する気持ちが勝り息を吐いた。
「勘違い…なのかな」
まもなく大通りに差し掛かったところで、ふとミニバンが停車しているのが見えた。ハザードランプも点けずドアも開いていなかったことから、駐停車違反であるのは明らかだったが、雨宮はひとまずスルーして、後で報告することにした。あともう少し。歩き続けて、ようやく大通りの直前の電柱まで差し掛かった。しかしーーー
「捕まえた!」
「んんっ!?」
何者かが塀の間から飛び出し、雨宮の顔を後ろからタオルでふさいだ。声は頭上からだ。どうやら相手は高身長らしい。雨宮は瞬間的に推測した。しかし、雨宮は諦めることなくすぐさま攻撃に転じた。身をよじって密着してくる相手との隙間を開けると、拳を目の前に伸ばして後ろの脇腹に肘を撃ち込んだ。
「ウッ…!」
背後から細々とした吐息が漏れ出した。効果はてきめん。このまま相手から逃げきれると雨宮は確信した。だが、そんな雨宮に思わぬ協力者が追い打ちをかけてきた。"(ドサッ!)"。雨宮は抵抗したが、疲れの残った彼女は力を出し切れずに制圧されてしまった。それも二人がかりでだ。
「おらっ!」
今度は太い両腕が脇腹に差し込まれた。一方がファーストアタックを仕掛け、もう一方が補助に回る。寸分もたがわない見事な連携で、影たちは目の前の獲物を抑え込んだ。これに対して雨宮はすぐさまポケットに手を突っ込み、例の所持品があることを確認した。このことを相手にバレない様に行うと、相手に殴りかかろうとし振り返ろうと身をねじった。すると、この抵抗の強さに相手の気が弱ったのだろうか、太い腕が雨宮の胴体から離れていった。しかしそれは、更なる追撃のための準備に過ぎなかった。太い腕が脇腹に大きな打撃をもたらし、雨宮はうずくまった。
「ゲホッ…!」
辛うじて身を引いたためダメージは最小限にとどまったものの、今度はゴツゴツとした腕が背中までを撫で回し、何かがビリビリと剝がれる音がして、薄い帯のようなものがよじれながらも貼りつくのを感じた。そして、自由を完全に奪われてしまった雨宮は、声が漏れ出さないように口までガムテープで塞がれたまま担がれ、誰にも見られることなくミニバンの中に入れられてしまった。相手の顔を見る間もなく、その犯行は遠退く生活音とともに終わりを告げた。
とある薄暗くて廃れたコンクリート造りの建物の中、女は更なる悪い目覚めをすることになった。手足は結束バンドでキツく縛られ、無残にも横たわっていた。床は固く冷えている。コンクリートの感触だ。ここは何処なのだろうか。私有地なのか。それとも、人気のない公共施設なのだろうか。しかし、一つだけ言えることがある。それは、ここに助けが来る確率は限りなく低いということだ。外からは生活音は一切しなかった。代わりに鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる他、新緑を感じさせるみずみずしい匂いさえ感じ取れた。自分はもしかして山奥の建物に連れて来られたのだろうか。雨宮は訳も分からず茫然としている他なかったが、身の回りの状況を分析しようと思考を巡らせていた最中、どこからともなく足音が聞こえてきた。足音からするに複数人で来るようであり、せわしない不調和な足音たちが響き渡っていた。まもなくして、その足音は雨宮の近くに来て止まった。
「入るぞ!」
出来の悪い生徒を叱る教師の怒号のような響きと共に、少し歳を感じさせる男の声が聞こえてきた。すると、錆付いていたのかドアが悲鳴を上げながら開いた。叫び出したい本人を差し押さえて。足音は部屋の中、そして自分の近くまで迫ってきた。
「こいつが例の獲物か。やるなお前ら」
言いようからして、どうやらこの男は例の二人組とは違うようだった。しかし、敵が三人以上いると分かったからには、安心することはできなかった。雨宮は瞬間的に絶望を感じ取ってしまったが、絶望している暇などはなかった。男は歩み出ると、倒れている雨宮に近づいた。布の擦れる音と呼吸音が下降してきた。
「よぉし、いくぞっ…!」
男がそう意気込むや否や、いきなり両手を伸ばして雨宮の大きく柔らかな乳房をもみしだいた。この急な奇行を阻もうと身を逸らして雨宮は暴れたが、二人の付き添いに取り押さえられてしまった。そんな雨宮を横目に、男はひたすらに胸の感触を味わった。さらには、一方的な快感を与えていった。若くハリのある感触を指先まで込めた集中力で感じ取っていく。男の手慣れた愛撫は"先例"で学んだプロセスから、見事なまでの精度を発揮していた。業火のごとき苦しみが雨宮の全身を焦がした。次第に顔が赤く染まっていく。二つのうちのどちらか、あるいは両方かもしれない。
「ちょっ、や、やめて…!放して!!」
雨宮は声を振り絞りながら抵抗を強め、男の遊びを妨害した。しかし、所詮は手足を縛られたイモムシの挙動に過ぎなかった。効果はイマイチであり、依然として相手の諦めの様子はなかった。しかし、しばらくすると、男の胸を揉みしだく手が遠のいた。更には、布の擦れる音と呼吸音は上昇していき、足音は半歩ほど後退していった。
「これで終わりなの…?」
あまりの急な男の対応の変化に、雨宮は安堵し思わずそう呟いた。一方の男は、目の前の黒髪と白シャツを取り乱した女を見下ろしており、興奮で炊きあげられた反面、僅かな憤りを感じていた。"さっきから邪魔ばっかしやがって!"。不満げな男は、右膝を曲げて腰を引くと、雨宮の腹に強烈な蹴りを加えた。
「うぐっ…!」
瞬発的な吐息が吹き抜け、雨宮の顔は苦痛に歪む。その姿を見た男は態度をガラリと変え、今度は親の敵に制裁を下した子供のように嘲笑った。この暴行に息の詰まる感覚に悶えながら、雨宮は怒りを燃やし続けた。
「どうだ…、これで黙ってろ!!」
すると、この男の横暴に対して、勇敢にも仲間の一人が制止に入った。慌て気味でその重みのある足音は雑然としているが、男の近くに来ると彼を引きはがした。まもなく二つの足音が遠のいていく。
「ちょっとリーダー、何やってるんですか!?さすがに今のはないでしょ」
男に対して、焦り交じりの野太くはつらつとした若い男の声が返された。もしかして、あの太い腕の持ち主なのだろうかと、雨宮は推測した。成人女性の誘拐を働いた男が言っていいはずもなかったが、今は感謝するしかなかった。
「うるさいぞ!車を運転したのは誰だ!?こいつは俺のおかげで捕まえられたんだからな。感謝しとけよ!」
男はもう一人の若い男に対して怒鳴りつけると、そそくさと部屋から出て行った。残りの二人はというと、震える小声で悪態をついていた。
「なんだよ、タバコばっかで不健康なおっさんのクセに…。自分一人でなんでも出来るだなんて思い込みやがって」
若い男は稚拙な口調ながらも、リーダーへの怒りと呆れの言葉を吐き捨てた。それに対して、もう一方の人物がなだめるように返答した。
「そうはいっても、現場じゃリーダーに勝てる相手はいないしなぁ。ペットの躾けでも叩いたりはしないってのに…」
今度は細々として腑抜けた声が聞こえてきた。こちらは野太い声の持ち主とは違って、気弱で牙が抜け落ちた犬のようだった。続けて、もう一人の男は若い男に諭すように警告した。
「これ以上被害を被らない為にも、今は堪えるしかない。俺たちの力じゃ無理だ。諦めろ」
それにしても、あの男は完全に壊れてしまっている。今は仲間に支えられているだけのキチガイだが、本当はこの程度ではないはずだ。仮に一対一で向き合ったとして、果たして無事に生還できるのだろうか。雨宮はそう心に刻みこんだ。
事態は急展開を迎えた。ついに三人目の被害者が出てしまったのだ。この事実に対して山城は落胆のあまり崩れ落ちた。しかし、それ以上に驚くべき事実があった。オフィスで新たな情報を整理していた山城の前に、ドアを静かに開いて青白い顔の白石が現れた。まるで、寝込みを襲う暗殺者かのようだ。それと同時に山城は、白石にとある"知らせ"をしたのを思い出した。今度は山城以上に白石が絶望しているようだった。そして、白石は息の詰まるような思いで告白した。
「三人目の被害者が出たっていうのは本当なんですか?よりにもよって、雫が誘拐されるだなんて…。」
そう言い終えると、白石は目を逸らしてしまった。このあまりの唐突な部下の発言に、山城も返す言葉を失ってしまった。
「おいおい、お前雨宮と付き合ってたのか!?嘘だろ…」
山城は頭が真っ白になってしまった。まさか仲間の関係者、しかも白杖をついた恋人が行方不明になったとは夢にも思わなかったのだろう。これには山城も対応を変えざるを得ず、ぼかしを利かせた表現でその場を和ませた。
「そうは言っても…、"行方不明"になったって言っただけだぞ。実際のところは分からない。もしかしたら、何かの事故にあって他県の病院なんかで安静にしているだけかもしれない」
迷いを掻き消し、山城は最後にこうつけ加えた。
「まぁ、今は発見の報告を待つしかない。今の俺たちにできることは、雨宮が生きていると信じることだ」
たどたどしくもベテラン山城はそう答えると、顔を伏せて自分の言ったことが正しかったのかと迷い始めた。今回の出来事は前回の二件の障害者誘拐事件とは違い、目撃証言や些細な足取りすらなかったのだ。断言はできない。相手が人間である以上、足が付かないように学習して犯行に及んだのだろうか。それとも本筋とは無関係な、単なる行方不明なのだろうか。それでも障害者の失踪という異常な事件が立て続けに起きている以上、考えずにはいられなかった。しかし、依然として相手の顔には拭い去れない影が差していた。
「そう根暗になるな。俺だって悲しいさ…。まぁ、実際に関係があるかどうかは分からないが、お前の言う通りかもな。障害者を狙った犯行となると、同一の誘拐である可能性は高い」
それを受け止めた目の前の薄暗い顔は、思い直したかのように前を向いた。
「そうですね、山城さん…。今は雫が生きてることを信じましょう」
未だに心残りはあったものの、白石は静かに意思を示した。もはやこの男には、諦めや傍観といった選択肢は残されていなかった。今は雨宮の生存を信じるしかない。そう白石は祈ると、山城と共に情報収集に死力を尽くして打ち込むと誓った。
雨宮はまたしても眠り込んでしまい、二度目の敗北が更なる最悪の目覚めをもたらした。目を覚ますと今度はイスに紐で縛り付けられていた。地面を蹴って重心を移動させたが、カタカタとイスの脚を打ち付けられるだけで、徒労に終わった。軽さと質感からして、今座っているのはパイプ椅子だと雨宮は推測した。続けて雨宮は、自分の他に誰かいないか呼びかけた。
「そこに誰かいるの!?いるんだったら返事をして。」
焦燥感を交えて声が高ぶってしまった。今は例の三人組はいなさそうだが、この調子じゃ脱出は叶わない。拘束はキツく、他に味方や第三者と呼べる人間はいなさそうだった。押し寄せる絶望に潰されそうになったその時、遠くからコツコツとリズミカルな足音が、雑音に掻き消されず反響してきた。そして、またしてもあの男の声が聞こえてきた。
「おい、起きたじゃねぇかクソ野郎!まずは入居者のお友達"ども"と面会しとけよ」
イキり散らかした男の声が辺りに響き渡った。盲目人に対して面談を思いつくとは、どうやらこの男は性格ばかりか頭までもが残念なようだ。雨宮はそう思ったが、それとは別に面会相手のことが気になり始めた。
「面会?一体何の話をしているの」
「そう言ったって知らねぇよ!まぁ互いにケンカをされても困るからな。お前ら仲良くしとけよ!」
リーダー男は例のことを頭に浮かべながら、目の前の雌犬に叱りつけた。仲間内で争いを起こされてしまっては、せっかくの売り物が台無しになるからだ。それから数分の時間が流れた。男はスマホで何かを確認しながら、苛立たしく何かを待っていた。するとその時。
「嫌だ!放して…!誰か助けて!!」
ジタバタとした足音と共に遠方から、少し幼げな女の叫び声が聞こえてきた。声からして十代後半、もしかしたら自分と同い年ぐらいなのだろうか。もしかしたら、この声の持ち主は資料から確認した"誘拐事件の女子大生"なのだろうか。声の持ち主の物音はやけに弱々しいが、固めの靴底を床に打ち付けながら必死の抵抗をしていた。服のずれる音が聞こえてくる。抵抗しながら無理やり誰かに引きずられているのだろう。しかし、これだけで終わるはずもなかった。二人目が来る。今度は若い女の通った場所から、静かながらに人の来る音がした。二人目の入居者も引きずられているようであったが、今度はバタバタとした足音や靴底のずれるような音はしなかった。ただただ、乾いた靴の擦れる音が聞こえてくるだけだった。その次に、うなだれた女性の声が聞こえてきた。
「うっ、ううっ…」
こちらは高熱にうなされているかのような苦しみの声を漏らしており、抵抗の気配はまるでなかった。やがては収まったかと思うと、今度はすすり泣く声が聞こえてきた。二人目の方は今にも限界な様子だ。ここでまたしても、あの男が不快な大声を上げた。
「よぉし、それじゃあコイツらをとっとと移すぞ!早くしろ!!」
男がそう言うや否や、二人の入居者の抵抗と諦めの音はそのまま別の場所へと追いやられてしまった。面会のための会場でもあるのだろうか。男が面会と言うならば当然だ。しばらくして、再び静寂が戻ってきた。
「どうしよう…。今はとりあえずーーー
雨宮はこの地獄から抜け出そうと思考を巡らせたのだが、与えられた時間は束の間の休息に過ぎなかった。二人組の足音が雨宮の座っている位置に来て、早々と縄を解き始めた。すると足首に細々とした指の感触からあることに気が付いた。タオルを被せられた時にもそのような指の触感を感じ取ったことに。しばらくしない内に、イスと結びつけられた手足の拘束が完全に解けた。雨宮は手足の痺れと鈍さを覚えたが、徐々に体の自由が戻っていき、やがては全身に血が巡り熱くなるのを感じた。すると雨宮は、ゆっくりと立ち上がると、いきなり二人組の内の一人に強烈なパンチを繰り出した。身を捻って拳頭を突き出した拳が、クリーンヒットし強烈なインパクトを生み出した。
「うぉっ!」
高い位置に当たったその拳は、骨ばった感触を感じ取った。そして相手は、その場に軽い撃墜音を残しながら崩れ落ちた。
「痛てぇな…。何なんだコイツは…!?」
やせ細って生気に欠けた声が聞こえてきた。もう一人の男は若い男とは違い、体型通り弱かった。"やっとやり返せた"。雨宮は反撃の快感を味わったが、すぐさま現実に引き戻された。ここにきてやっとまともな反撃が出来たものの、すぐさま例の太い腕の男と殴り倒した男に取り押さえられてしまったのだ。やはり、どうにも彼らを打破することは叶わなさそうだ。雨宮はこれ以上の反撃を諦め、次の機会を伺うように切り替えた。
男たちの仕事は終わり、三人の"女"たちは広い部屋に閉じ込められていた。それも鉄格子や金網で窓とドアの補強された堅牢な作りの。若い女は全体的な部屋の造りを見ながら、改めて施設の徹底っぷりを思い知らされた。
「やっぱり…」
一方の物静かな女は、体育座りで顔を伏せて、両手で耳を塞いでいた。そして雨宮は、壁沿いに周囲の構造物をなぞりながら、この部屋に何か弱点がないかと探りをいれていった。するとここで、例の若い女が残りの二人に呼びかけをした。
「み、皆さん大丈夫ですか…。大丈夫じゃ…ないですよね」
そう言ったのは、自分がここで話を切り出せば、何かしらの返答が返ってくると思っていたからだ。雨宮は若い女の方を向いたが、物静かな女は反応しなかった。雨宮はちょうど訪れた絶好の機会に聞けるだけのことを聞き出そうと、いくつかの質問を用意した。怯えた演技をしながら、先ほどとは違った不安定な自分を装って。
「ここはどこなの?山奥?それとも…、人気のない平地?」
この問いに対して、若い女は恐らく山奥にいるのではないかと答えた。というのも、バンの中に詰め込まれて詳しい風景を見ることが出来なかったからだ。それに続いて、雨宮は食事やトイレについて聞いた。すると今度は、若い女は恥じらいや苦痛を感じながらも、その質問に答えた。若い女によると、食事は喋ることを禁じられて定期的に与えられ、トイレは粗雑なクソ溜めのエリアですることになっているらしい。プライバシーの保護も衛生面の配慮もないのは明確だった。雨宮はあまりの胸糞悪さに隠し切れない動揺と衝動に身を震わせたが、肝心の"アレ"には触れられていないことに気が付いた。雨宮は最後に後ろめたさはあったものの、"アレ"の処理について聞くことにした。この問いには若い女の水面下で保たれていた精神を崩すものがあったようだ。若い女は急に身をすくませ、恥辱に震えた声を出した。一体どうしたのだろうか。
「どうしたの?アイツらに何かされたんだったら、ここで話して」
雨宮は慎重に相手の様子を伺いながら、安心して話せるように催促した。雨宮からなだめられた女は、しばらくすると落ち着きを取り戻して、ありのままの事実を話した。"アレ"の処理は何と、男たちが直接素手でやっていたのだ。若い女は息を荒げ、瞳孔が収縮したままになった。言ったことへの後悔と屈辱が組み合わさったがために。雨宮はすぐさま謝った。
「ごめんなさい、不用意に聞いて。でも、これだけは分かった。アイツらは救いようもないクズってことが」
事態は想像よりもはるかに深刻だった。しかし、それだけではなかった。三波はさらに付け加えて言った。
「実は…、動画撮影や写真撮影があるの。知らないおじさん達に体を触られたり、おもちゃでいじめられたり…」
雨宮はこの一言から、目の前の相手が過去一か月前から発生した障害者誘拐事件の被害者であることを確信した。同時に卑劣な男たちへの復讐心にかられた。
それからしばらくして、二人は互いに話し合い、戸惑いや抵抗感を抱きながらも、交互に情報を引き出すことにした。しかし、二人の会話の輪に入っていない物静かな女は黙ったままだった。ここで雨宮は、とあることを持ち掛けた。
「ここから出るためには力を合わせないと…。話せるタイミングでいいから、何か知っていることがあったら教えて」
それには物静かな女も、ようやく口を開くようになっていった。ところが、会話はまともな進展を見せないままストップしてしまった。
「あっ…、あ…、え……、その…」
知的障害のあるこの女、小池の鈍くて弱い頭は、話し合いのループを断ち切った。さらには感情の荒波が、微かな理性に追い打ちをかけた。そして、小池は他の二人に迷惑をかけた罪悪感から、ついには自分を責め出してしまった。
「どうしよう…、何から言ったらいいのか…。ごめんなさい」
小池は目の下に熱を帯びるのを感じながら、自責の念に襲われた。しかし、二人はまったく気にしていない様子だった。それどころか、自分の無力さに打ちのめされている小池に同情までしていた。
「いいんですよ、ゆっくり話してください」
小池の様子に、三波は思わず励ました。続いて、雨宮も一言かけた。
「今は時間があるから気にしないで、小池さん」
二人の体には微かな震えがあり恐怖と屈辱が刻まれていたが、それでも二人は小池と、そして自分自身を鼓舞するように声をかけ続けた。やがて小池は落ち着きを取り戻し始めたが、それでも尚まともに話せる状態ではなかった。
いち早く冷静さを取り戻した雨宮であったが、もどかしく思いながらもそのような苛立ちを感じた自分を恥じて、焦らずに小池を待った。
「小池さん、調子はどう?」
雨宮は、気を取り直して小池に再び問いかけた。すると、相手はすでに回復しかかっているようで、落ち着いた口調で力なく答えた。
「私なら大丈夫。続けて…」
雨宮は一瞬判断に迷ったが、会話を続行させることにした。
三人は短時間の間にいろいろな情報を交換した。はじめに若い女、三波静は女子大生であり下半身麻痺で車椅子生活をしていると明かした。そして今から一週間ほど前に誘拐されたことも付け加えた。これを聞き雨宮は、道理で先程は激しく暴れる様子がなかったと合点した。次に小池潤子は軽度の知的障害であり、パートの仕事をしながら少ない手取りで暮らしていると話した。こちらは三波よりも先に誘拐されたようであり、いくつかの手掛かりとなる情報を持っていた。だが、そう簡単に事が進捗するはずもなかった。小池は再び口を開いたものの、内容は理路整然としておらず、要領を得ないものだった。
「ごめんなさい。私…、うまく説明できないかも」
動悸混じりの声が、二人の作った流れをダムのようにせき止めた。そこで、雨宮はアプローチを変えることにした。
「小池さん、今からいくつか質問を出すから答えて。間違っていても不確かでも、曖昧でもいいから。時間はまだあるから大丈夫」
小池は静かにうなずいた。雨宮はまず、ここの人員について聞くことにした。
「まず始めに聞きたいけど、ここにいる犯人の人数を教えて。確実にいるメンバーから、外部からくる人間まで出来るだけ教えて」
小池は心に刻まれた傷と記憶の断片から、自分の知り得る事実をありのままに話した。
「犯人は…、多分五人以上いるかも。実際には、もっと多いかもしれないけど…」
雨宮はこの発言にわずかな絶望感を覚えた。敵が三人ばかりなら何とかなると思っていただけに。
「見間違いかもしれないけど、ここで話していい…?」
小池は自信が持てずに口を塞いだが、雨宮は続けるようにと返した。
「あれは確か…、私がここにきてそう経ってなかった時だった。細い人に別の部屋に連れていかれた時に、見覚えのない人たちの姿を見たの」
小池は鮮明に記憶の糸口を探りながら、懸命に相手の姿や行動を思い出した。
「一人は何か…道具を布にくるんでいて、もう一人は……顔を仮面で隠していた。その以降は、その人たちの姿は見ていないけど、もしかしたら仲間だったかも」
続けて、外部からの介在者の存在について述べた。
「それと…三波さんも言っていたと思うけど、外から悪いお客さんがくるの。札束を渡して私たちのことを……」
再び小池は感情の荒波に襲われた。それは激しい動悸と涙から明らかだった。
「とりあえず、今は無理しなくていいよ」
雨宮は再び己の感情を恥じて、小池をなだめた。すると、三波が遅れてつぶやいた。
「あの三人以外にも、まだ誰かいるんですか?例のお客さん以外は誰もいないと思っていたのに」
雨宮はふと疑問に思い、三波にも問いを投げかけた。なぜそのことを小池から聞かなかったのか。すると三波はこう説明した。
「食事の時以外でも小池さんと話す機会がなくて、何もわからなかったんです。その…、相手は出来るだけ私たちのことを別々に管理したいらしくて」
雨宮は不覚にも感心した。自分たち囚人が協力しないように徹底していたことに。だが、それはおかしな話だ。このタイミングで三人が情報共有し合うのを、あの三人は許したことになる。
「でも、それならどうして私たちはここに入れられたの?」
残りの二人は顔を見合わせ、目を見開いた。
「確かに。どうして今になって面会なんかが行われたんだろ」
三波は目を見開いたまま、呆然とした。小池も遅れて、合点がいったかのように頷いた。
「そうだった…。三波さんがここに来たときはそんな事はされなかったのにどうして」
雨宮はこの時言い知れない違和感を覚えたが、それはさておき、最後に自身について紹介した。若干の躊躇いがあったものの、出来るだけありのままのことを話した。自身が例の二人組に襲われた視覚障害者だと言うことを。それから、男たちに何をされたかを。
「それでね、思わずブチ切れて思いっきり殴ったの」
疲れと恐怖を感じるなか、ぎこちない笑いを作りながら、雨宮は自分を立て直した。三波は雨宮の大胆な行動に、大きなカタルシスを得た。
「雨宮さんは目が見えなかったんですか?全然そんな感じはしませんでしたけど」
三波はどうやら雨宮が盲目だと到底信じられない様子だった。すると、希望を捨てずに泥臭く戦っている雨宮は彼女の目には光り輝いて見えたらしい。それには小池も励まされた。
「雨宮さん、ありがとう。おかげで少しは気分が良くなった」
小池の顔に僅かな明るみが戻った。しかし肝心なのはこの話ではない。三人はそれから、ありとあらゆる現状の問題について話し合った。"ここから出るにはどうすればいい?""果たして生き残ることはできるのか?"。三人は消えかけた希望の欠片を握りしめながら、沈黙の中にたたずんだ。
それは雨宮が誘拐されてから二日後の昼間のことだった。雨宮と今回の事件の関係性について調べていく中で、山城と白石は新たな情報を手に入れた。それは誘拐された雨宮に関するものだったが、犯人のヒントに関する重大な手掛かりを示していた。事件の発生区域から遠くに北部のある山岳地帯のふもとに自宅の鍵が落ちていたのだ。スマホは発見されず位置情報の取得ができなかったが、犯人が遠くにいた可能性は十分だった。これには山城も笑みを浮かべた。それに対し白石は安堵の表情を浮かべたが、やがて顔に不安の色が浮かんできた。
「こいつは驚いたな。まさか、山屋から鍵が出てくるなんて!これぞ、事件の真実を解き明かすカギになるかもなって、まぁこれなら期待できそうだな」
山城は誰からの共感も得られなさそうな、しょーもないジョークを言って浮かれ気分でいた。それと同時にある懸念を感じ取った。しかしその一方で、白石は疑念と恐怖に駆られていた。
「本当にそうですか?もしかしたら、犯人が我々の捜索を妨害するための囮かもしれないし、もしかしたら想像よりも近く…、もしかしたら全く別の方法にいる可能性だってありますよ。そもそも雫は…、本当に生きているんですか?」
それもそのはず、仮に遠くの広大な土地に連れ去られたとしたら、捜索には相当な手間がかかるはずだし、被害者である雨宮の生存は危ぶまれるからだ。
「とにかくだ。人気のない山奥に鍵を落としたとしたら、雨宮は例の事件に関わっているのかもしれない。たとえそうでなかったとしても、連絡がつかないことを考えれば異常事態だ」
白石をなだめるように言い終えるや否や、山城は途端に例の"最終兵器"が機能しなくなったことを痛感した。だが、このことは誰にも言ってはならない。浮かれた自分を引き締めると、周りに悟られないように平然を装った。それに続いて白石が、根本の問題へと踏み入った。
「そもそもの話なんですけど、雫は本当に誘拐されたんですか?事故に遭ったとか、秘密の活動をしているとかじゃなくて?」
今の白石は想像以上に弱り切っていた。推理の軸先がブレている白石を手元に置いて使うのは、今後の捜査においては最大の障害となるだろうと山城は直感した。そんな後輩を捜査から外そうかと考えたが、今はやめておくことにした。少しでも信用できる人材を手元に残したかったからだ。
「いいか白石、こういうときほど冷静になるんだぞ。危機は常に俺たちに迫ってきている。雨宮がこうなった以上は、いよいよ達観してられなくなるぞ。もしかしたら、最大の危機は俺たちのすぐそばまで近づいているのかもしれない。想像したくはないけど、内通者がいるかもな」
白石は猶更恐ろしくなってしまった。もしかしたら相手は、自分たちのそばまで迫っているのだろうか。事件はますます巧妙に、そして迅速に行われるようになってきた。猶予は想像よりもずっと短いのかも知れない。
三人は一睡もできずに朝を迎えた。身体の疲れがとれないことはもちろんだが、雨宮は疲れが取れないことへの不快感を、三波は精神衛生によくない粗悪で不潔な環境への嫌悪感を、小池は未だに収拾のつかない感情の波を、怒りと交じえてそれぞれ感じ取っていた。だが、それには目もくれずに男たちは、ドアを挟んで有難迷惑なモーニングコールを響かせた。はじめにリーダーが、その次に太い男と細い男が続いた。
「はいはい、起きろーー!!」
「皆さん起きてください!」
「とっとと起きろよ。迷惑ごとはナシだからな」
ここで初めて、三人に共通の敵対認識が生まれた。"この男の声はうるさすぎる"。リーダーと呼ばれし男の不愉快な声は高らかと早朝の静けさを打ち破った。
「またですか、リーダー。そうやって乱暴な態度は取らないでくださいよ。余計なストレスで品物の品質が下がったらどうするんですか?」
またもや、腕の太い男がリーダーを制止する羽目になってしまった。腕の太い男はリーダーが人間を支配して留める才能に長けていると信じていたが、同時に自分たちの集団における危険因子であり、最大の厄介ごとの種であることも認識していた。仕事の達成が危ぶまれないかと考え、やがては哀愁のまじった息を漏らした。これを見逃さず、雨宮はリーダー格の男を何とか始末できないかと思考を巡らせた。しかし、これといった考えは浮かんでこなかった。
リーダーのあからさまな暴言に対して部下が制止に入り、雨宮は一息ついた。しかし、他の二人は違っていた。ただでさえ滅入っていたのが、死刑を待つ囚人のような陰鬱な面構えへと変わってしまった。おそらくこれから朝食を採るのだろうと雨宮は思っていたが、一体二人は何を憂いているのだろうと様々な憶測を立てた。食事がまずいのだろうか。それとも監視の目がより一層厳しくなるのだろうか。すると、リーダーの男が部下に指示を出した。
「よし、お前ら準備はできてるか?こいつらを連れてけ」
リーダーがそう言えると施錠が外されて、ドアがギリギリといいながら開いた。その瞬間、三波と小池は悲鳴を上げた。リーダーの男は雌犬どものギャンギャンとして耳を劈く声に、目を瞑って歯を食いしばった。
「うるせぇ!!!お前ら分かってるよなぁ!?今度大声出してみろぉ…!こいつで生きたままじっくり切り刻んでやるからなぁ!!!」
リーダーの手には大きなナイフが握られていた。他の二人も同じく、腕の太い男は金づちを、細い男はアイスピックを握りしめていた。
三人は凶器を構えた男たちに、食堂と思われし吹き抜けのコンクリート空間へと連れていかれた。どうやらかなりの広さのようであり、男たちの誘導の振れ幅も大きくなかったことから、通路からして大きいのだと雨宮は驚愕した。山奥に巨大建築物とは、実に目立つものではないかと雨宮は思ったが、それと同時に白石たちが自分を見つけてくれることを信じた。席の近くに着いたリーダーの男は、まくしたてるように部下に命令を下した。
「それじゃあ、こいつらを席に着かせるぞ。逃げ出さないように足を縛っとけ。それとだ…、思い出した。例の女には注意しとけよ。まぁ認めたくはねぇが、二人係で行くぞ」
これを聞いた雨宮は、早速彼らから警戒されているのだと悟った。あの男が自分をある意味では認めている事に思わず承認欲求が満たされる様な気分になってしまったが、同時に自分がかえって脱出や反撃の機会を失う羽目になることを自覚し、それを恥じた。やがて、他の二人が席に着いたのちに、自身も例の腕の太い男と細い男に連れられて席についた。今度はプラスチックの椅子のようだった。軽くて滑らかな感触と、冷え切らない骨格から判断した。その直後、速やかに足首を縛られた。
席に着くと早々、どこからともなく配膳車のタイヤの音と足音が聞こえてきた。それと同時にカレーの匂いを感じ取った。雨宮は食事が運ばれてきたんだと確信した。実は雨宮は、以前負傷した仲間のお見舞いに行ったときに、この音を聞いたことがあったのだ。それから、今までで聞いたことのない男の呼び声が聞こえてきた。
「久しぶりに足を運んでみたけど、いい獲物を捕まえたねぇ。こいつは面白くなってきたぞ」
今度は二十代後半から三十代前半程の活気のある声が聞こえてきた。雨宮はこれが小池のいう外部の人間や布や仮面の男ではないかと推測した。三波は初めて見る顔に困惑した。そして、当の本人である小池は、あの日のことを思い出した。道具を布で巻いた例の男。短く刈り込まれたヘアスタイルに、薄く生えたあごひげ。そして、中肉中背の体型。間違いなくあの男だ。そう小池は確信した。
「お仕事お疲れ様です。そうですね、ここにいるみんな値打ちものですよ」
腕の太い男が布の男に自慢げな笑みを浮かべて返した。まもなくして、荷台はテーブルの前に止まり、朝食と思われし皿が置かれた。皿の枚数は全部でたったの三つ、その次に軽やかな物音とともに、水の注がれる音がした。そして、最後に一本のスプーンが、配膳台を動かしていた男から手渡された。雨宮に近づいた男は、舌鼓をしながらニヤニヤとした。
「これ、俺が全部作ったんだよね。召上がれっ♡」
薄気味悪さを感じた雨宮であったが、スプーンを手に取りカレーを食べた。ただのカレーのようだが、少し変わり種だった。ルーの中には鶏肉が入っており、おまけに野菜が多めで、ニンジン・ジャガイモ・玉ねぎ・ネギと種類も豊富だった。そして、ルーと具材の下のご飯はもっちりとして柔らかかった。盛り付けからして、完全食とでもいった所だろうか。味の方はというと、まんざら悪くもなかった。じっくりと煮込まれていて程よくスパイスが効いており、おまけに具材が食べやすいサイズにカットされていた。雨宮がこの上出来な朝食を自己嫌悪を覚えながらも堪能していた中、リーダーの男が声を張り上げた。
「言い忘れてたな…。お前ら、絶っ対に喋るなよ!それから、米の一粒残さず食いやがれ!」
食事を終えた一同は、縄を解かれると今度は歯磨きと洗顔を強要された。コップと歯ブラシを持たされて、外ですることになった。三人は歯ブラシをもって差し出すように言われると、先っぽに歯磨き粉がつけられ、今度は持っていたコップに未開封のペットボトルに入っている天然水を注がれた。口を漱いで歯ブラシを洗ったあとは、今度はリーダーの男が全員の顔にバケツの冷や水をかけてきた。"最悪だ"。雨宮はそう思ったが、顔に出さないように抑えた。しかし、他の二人は違っていた。小池は涙ぐんで蹲り、三波は"ひゃっ!"と声を漏らした。次に男は、泡立てられた洗顔材のついたタオルで、三人の顔をごしごし洗った。そこにはまるで食器洗いのような無機質さがあった。再び、顔面に冷や水がかけられた。この時初めて、雨宮は他の二人の感じていた絶望感の正体を悟り、唇を噛み締めた。
リーダーは朝の仕事を済ませると、太い腕の男から板状の黒いケースを受け取り持って行った。そのまま空の棚のある埃っぽい部屋に移動すると、中からノートPCを取り出しデスクに広げて受信を待った。まもなくミーティングが始まった。
「進展はどうなっているんだ?例の捕獲したターゲットは無事か?よりにもよって最悪なターゲットを選んだな、土井」
変声機で加工された野太い声が聞こえてきた。画面には蓄光素材でできたジェイソンのマスクを被ったスーツ姿の男が。顔を隠せれば何でもアリといった所なのだろうか。それを聞いたリーダー、土井は苛立たしい様子で言い返した。
「年下のくせに呼び捨てにするんじゃねぇ!!隠れてばっかのビビり野郎がよぉ!」
それには仮面の男もひるんだが、冷静になり話を進めた。
「そうは言っても、お互い様だろ。それよりも雨宮雫の警戒は緩めるなよ。あいつは危険だ。引き続き厳重に警備しておけ」
仮面の男は土井に念入りに言い聞かせると、更なる話題を持ち込んだ。
「新入りの動画撮影と写真収集の方も頼んだぞ。もし、いい買い手が見つかったら、売り上げの二割はお前のものだ。これでいいよな」
仮面の男はそう仕事を持ち出すと、すぐさま別れを告げた。直後、ミーティング相手は画面から完全にフェードアウトしてしまった。
「クソッ!あの野郎、相変わらずナメた口利きやがって…!いつか殴り殺してやるからな!!」
土井はデスクを真っ二つに叩き割らんばかりに、思いっきり両手の拳を打ちつけた。二発目はなかった。土井は血走った眼をして歯を食いしばりながら、荒い鼻息をして心の嵐が過ぎ去るのを待った。仮面の男の言葉は人間として守るに値しない土井のちんけなプライドをくすぶり、そして崩そうとした。土井は行き場のない怒りを抱えたまま部屋を出ると、そのまま次の仕事にかかった。
最悪の洗浄作業を終えた雨宮は、その後二人と別れて最初に収容された部屋へと戻されていた。雨宮は改めて状況について整理してみた。初めに実行役とされる人物が三人、次に介護士枠の男が一人。合わせて4人だ。しかし、仮面の男はどうなのだろうか。明確な役割が分からない以上、ひとまず現場で働く三人と時々補佐に入っている一人とは違って頭脳担当、もしくは内部と外部をつなぐパイプ役のような人材ではないかと仮定した。そして何よりも重要な事実は、小池が見たきり一度も姿を見せていないことだ。例の布の男も、小池の初期の発言以降めったに姿を見せないことを踏まえると、この建物内ではリーダーと腕の太い男と細い男の三人がメインとなって行動していると考えていいだろう。続いて、この建物の構造についてだ。歩かされた限りでは十分な広さだと分かる他、全体は古びていたがコンクリートの強固な作りになっており、それをある程度改装しているようだった。とはいえ、相手が少数であり建築物の構造ありきな監視体制を敷いていることを考えれば、脱出の勝算はありそうな気がした。だが、たとえ相手が建築物頼りな守備だったとしても、先ほどの推測に対して懐疑的な考えもあった雨宮にとっては、それはあまりにも安直なものだった。加えて、最大の問題が立ちはだかった
「相手が三人だけならいいんだけどなぁ…。でも、私だけ逃げてもダメだ。三人そろってここを抜け出さないと」
良くも悪くも、雨宮の善性は足を引っ張る。合理性と人間性を天秤にかけたが、しかし事がどうであれ、まずはあのリーダーの男を何とかしなければならない。雨宮はそう念頭に置くと、横になって休んだ。
久しぶりの休憩の最中に、あいつは突如として現れた。
「おい、雨宮!ついてこい!」
土井が雨宮を呼び、それに対して雨宮は途端に冷静さと気の強さを失いかけた。"この男は自分のことを知っている?"。一体何がどうなっているのか。ここで土井がもう一言。
「聞こえなかったか。とにかく今は外に出てこい。そうでないと、お前をこのサバイバルナイフでズタズタにしてやるぞ!」
武器をもった男にむやみに襲われては厄介だ。瞬時にそう判断して、雨宮はしぶしぶ従った。部屋を出た雨宮は、とある部屋に連れていかれた。手を広げた感じではかなり狭いようだ。その時、土井はいきなり雨宮に強気で命令した。
「今すぐここで服を脱げ!あとは分かっているよな…?」
これはもしや、三波が言っていた例の"別仕事"なのだろうか。丸腰で狭い空間に押し込まれている以上は猶更不利だと考え、これにも従った。昨日の服を脱ぎ、タンクトップを脱ぎ捨て、ブラジャーを外した。しかし両手はクロスをして乳房を覆っており、下半身を露出することへの絶対的な抵抗感からパンツは履いたままである。
「それで次は…?」
目の前の雌犬は、人権のないおもちゃの分際で野ざらしになるのを嫌がっていた。これを見逃さず、男はナイフで壁をひっかき恐怖を漂わせた。雨宮は最後の抵抗をやめ、小動物のように縮こまりながら、躍動感のある裸体を披露した。そして、重力で垂れ下がった半円形のオブジェクトと、深くて黒い魅惑の茂みが露わとなった。雨宮はあまりの恥辱に、顔の皮肉が焼けるような苦痛を感じた。赤面して耐え忍ぶ雌犬を見た土井は、さらにここで追い打ちがかかった。土井は雨宮へ近寄ると、シート状の物で体を擦り始めた。その繊維の密度が高くて軽やかな感触から、雨宮はウェットティッシュやボディタオルではないかと思った。シート越しに乳房を念入りに擦られ、脇や股の下にまで手を回された。職人気質からではないのだろう。おまけに、指で尖らせたシートが膣内をかき回して高速洗浄していった。もう我慢の限界だ。事が始まって早々、己の弱さを知った雨宮は、更なる恥辱に歪んだ。
清掃時間は終わり、土井はようやく待ち望んだ仕事が出来ることに笑みを浮かべた。純白の輝きを取り戻した色白の雌犬の腕に自分のを絡めると、細い手にパズルのピースのように指を合わせて、その場を去った。狭い部屋から連れ出された雨宮は、そのまま足に絨毯の心地を感じる部屋へと連れていかれた。後ろからは冷やりとした硬質な感触が。土井は定位置に雨宮を連れてくると、その部屋で待機していた細い男に合図を出した。
「おい、何突っ立てるんだ枝野郎!とっととカメラを回せや!」
細い男は弱々しく返事をした。
「分かったよ。とっとと始めよう」
細い男は反論をせず、抵抗感を押し殺して任務を実行した。歳で体が厳しさを感じ始め、力仕事の苦手な自分ができることは、とても数少ないと分かっていたからだ。更には、誘拐した女性から性的搾取をする現組織の創設メンバーの中でも特に下の立場にすぎなかったこともあってからか、どこか言い返せないところもあった。カメラの電源を入れて操作しながらそう懐かしんだ。
土井のするべき仕事はいたって単純だ。商品をいかに映える造形物に仕立て上げることが、彼の為すべき行為(仕事)だった。最初に近くの机に置いてあったプラスチック製のケースからロープと黒いゴム状の棒を取り出すと、雨宮の両手首を縛りあげ、天井に固定された鋼鉄製の金具に脚立に乗りながら括り付けた。縄を結んだ土井は、撮影に使う"おもちゃ"を用意し終えた。
「よし、行くぞ。準備は出来てるか?」
土井は手元には黒い棒、ディルド型バイブが握りしめられていた。土井は付け根のボタンマークを押すと、無機質なおもちゃを震わせた。("ブルブルブル")。雨宮の体も激情に駆られ、小刻みな怒りの鼓動を刻んだ。
「あんたはこんなおもちゃで、本当に私を満足させられると思っているの?自分のご機嫌取りさえ出来ないくせに!」
雨宮は言い返してしまったことを後悔しながらも、胸の内がスッキリした爽快感に覚えた。だが、今回はどういう訳か、これまでとは違い土井は無反応だった。すると突然、土井は腰を下ろして近づくと、雨宮の両足を広げて"それ"をクリトリスに押しつけた。
「っんん…!ああっ!」
またしても雨宮は快感に襲われてしまった。ふと、白石との夜の思い出が蘇った。自分がハードプレイが好きで、特にバイブ攻めが欲しくて白石にしてもらったのを、虚しさの残る渇望とともに思い起こした。
「どうだ?気持ちいいか?」
雨宮は卑猥な生理的欲求を振りほどき、ひたすら耐え抜くことにした。"(パシャッ、パシャッ)"。シャッター音が聞こえてきた。撮影が開始された直後、土井はバイブを雨宮の膣内に突っ込み、上下にしきりに動かした。何度も、何度も、何度も。精神は悪漢の侵攻を拒絶していたが、肉体は"それ"を求めていた。激しい小ぶりな噴水と共に、雨宮の股間の下には暖かい水たまりができた。雨宮の目じりに水滴が浮かんだ。
「おぉ、どうした?泣いちまうのかぁ!?」
これにはカメラを回していた細い男もさすがに止めようと思ったが、すかさず土井のフォローに回った。買い手に商品を傷つけたがために、人身売買の商談が破談しないのかと内心焦ったものの、撮影が続行可能と判断するとゴーサインを出した。しかし、判断の因子は別にあった。
「いいねぇ、もっとやっちゃえ」
土井は後押しの一声に力を受け、更に行為を加速させた。ローションを纏わないゴムの暴力が、外陰部を切って鮮血を流させた。ついでに、透明な快感の証までもが噴き出し、土井の手は温かみに包まれた。雨宮はただ、顔と股の下を濡らしながらピクピクと痙攣するしかなかった。
雨宮は耐えきれずに崩れ落ちてしまった。道具の脅威だけでもこれほどとは。すると、待ってましたと言わんばかりに、土井は息を荒げながら、いきなり服を脱ぎ始めた。布の擦れる音とパンツのゴムがパチンと打ち付けられる音が聞こえた。雨宮は相手の荒い息遣いを、死刑宣告の秒針音のように受け止めた。やがて静かになったかと思うと、今度は何かを手に取りチューブを絞るような音が聞こえた。続いて、手を叩き擦り付ける音が。まるで保湿クリームを引き延ばすときのような音だ。雨宮はそう思うと同時に、最悪の展開を想像した。"あぁ…、やっぱり…"
「縄は外してやる。今度はもっと楽しく遊ぼうぜ!」
土井はそう自身の行為への熱意を伝えると、脚立に乗り縄を外して、手首から取り除いた。雨宮は手首をさすって久しぶりの解放感を感じたが、またしても束の間の休息は奪われた。土井は雨宮の目の前に座ると、雨宮を仰向けに倒すと腰に手をかけ抱き寄せた。再びブツをしごいてハリを保った。
「よぉし、いくぞっ…!」
「ダメっ!!」
雨宮は反射的に腹筋で上半身を前に持ってくると、土井に頭突きを食らわせた。悪漢の鼻からも鮮血が。そして、土井の目の前には依然として泣き顔になりながらも、抵抗の意思を見せた女の姿があった。たとえこの反撃で相手が怒りを覚えたとしても、これで少しは土井も暴行の手を緩めるだろう。悔しくも自身に商品的価値があると自覚していた雨宮は、自身を納得させながら平常心を取り戻そうと尽くした。そんな最中、雨宮の願いは土井に行き届いた。男は行為を完全に中断した。
「あぁ、そうか。そっちがその気なら、お前のお友達も同じ目に遭わせてやろうか!?どうだ!!」
雨宮の顔からは生気が抜け、色落ちしたシャツのように色味を失った。ここで土井は一種の起爆装置を手に入れ、服従の快感を得た。"この女は仲間が傷つけられると知った途端に無力になるんだな"。
「あの二人には手を出さないで!!やられるなら私一人でいい!!」
「言ったな…!」
まるで餌に速攻で食いつく気性の荒い肉食魚のように、土井は目先の言葉に飛びついた。土井は雨宮に飛びかかると、人差し指と中指で膣内を刺激し広げた。そして、雨宮の両脚を掴んで広げると、ブツを突っ込んで狂ったように腰を振った。
「あっ、おっ、どうだっ?感じてるか…?」
土井はこの美しくて小生意気な雌犬をペットとして可愛がりたい気でいっぱいだ。今度は片手を雨宮の腰に添えたまま、もう片方の手で乳房を握りしめると、己の欲求がまかり通る廃墟の理想郷に心の底から感謝した。
「開脚だとやりづらいなぁ。そうだ」
土井は途中で動きを止めると、雨宮を今度はうつ伏せにさせると、膝をつかせ尻を鷲掴みにしてブツの前に持ってきた。ブツを再び挿入して腰に手を伸ばすと、全力でど突き始めた。"(パンパンパンパンパンパンパン)"。肉の衝突音が室内に響き渡った。
「うおっ、ウグっ!もっ、もうやめて…!これ以上は…」
濡れた赤面で雨宮は必死に要求した。このまま土井に犯されるくらいなら、いっそのこと舌を噛み切って死んでやろうとさえ考えた。しかし、二人の影がよぎり踏みとどまった。その傍らで、男は最後の仕上げを準備していた。
「うるせぇっ!!俺がやるって決めたらやるんだよ!おっ…、出るぞっ!!」
ついに純白の愛液が放出されてしまった。雨宮の内側は吐しゃ物のような汚らわしい液体が充満していた。ヘソの真下に熱が籠っているのを感じて、雨宮は硬直した。
「えっ…、うそ…。中に出しちゃったの…?」
雨宮の涙と同時に、思考までもが停止した。目の前の景色が歪み、霞んでいく。口を半開きにして真顔になった雌犬を前に、男は勝利の笑みを浮かべた。
雨宮は放心状態になりながら、滴る精液を残して土井と細い男に引きずられていった。これでようやく行為は終わったのかと雨宮は思っていたが、その時には"後始末"のこともすっかり忘れていた。土井は快楽の絶頂を過ぎて名残惜しくなったものの、雌犬の衛生管理を怠る訳にもいかず、雨宮の清掃をすることにした。
土井に連れていかれた雨宮は、僅かな肌寒さとそよ風を感じた。自分はもしかしたら窓や入口際にいるのだろうという考えはあったものの、依然として雨宮は心そこにあらずだった。すると突然、雨宮を強烈な水流が襲った。
「!?」
この時ようやく現実感を取り戻した雨宮は、それがホースの水だと気づいた。"そうだった。あのリーダーの男に穢されたんだった。何で忘れてたの?"。雨宮は我ながら不思議に思いつつも、再び地獄の洗浄作業を文字通り一身に受け止めた。
その後雨宮は、土井にキッチリと膣内まで洗われ、念入りにタオルで全身の無駄な水気を吸い取られると、裸のままであったが鮮魚のようなハリと輝きを取り戻した。本日二回目の洗浄が終わったところで、土井が雨宮に次の命令を下した。
「着替えは用意しておいたぞ。とっとと用を済ませて檻の中に戻りやがれ」
雨宮は土井と腕の細い男に連れていかれて、今度は少し埃っぽいところに連れていかれた。すると、土井は何の前触れもなく、服を雨宮に突き出した。雨宮はそれを広げると、サイズと感触を確かめた。どうやらジャージのようだった。
「これはどういうことなの…?何なのこの服は?」
土井は意識の薄れかかった女を満足げに見下しながら答えた。
「つい昨日急いで用意したものだ。サイズは合っているから安心しろ」
雨宮は戸惑いを隠せずにいたが、追い打ちをかけるかのように今度は下着を渡された。
「忘れてたな。これもやるよ。ノーパン・ノーブラだと擦れて痛いだろ?特にお前みたいなデカパイはなぁ」
同時にニタニタとした笑いが飛んできた。雨宮はこの時初めて、土井に殺意を抱いた。今すぐに襲い掛かってやりたかったが、やはりできなかった。雨宮は迸る熱血に全身を紅潮させたが、今は耐え忍び仕方なく着替えた。だが、着替え終わった雨宮は先ほどとは対照的に、背筋の凍る思いに襲われた。サイズは驚いたことに、全てぴったりだ。リーダーの男が昨日早急に用意したと言っていたが、上下の上着セットならともかく、下着までもがジャストフィットだった。雨宮は何とも言えない不気味さを覚えたが、土井は驚きを隠せずにいる雌犬に向かって感嘆の声を漏らした。
「まぁそんな話は置いといて、流石だな。あいつの言う通りだ。ムカつく野郎だけど、観察眼は人一倍だな」
土井は目の前の敗北者にそう告げると、その場で見張りを続けた。人気のない通行ルートの探知、氏名の把握、そして体型の細かな分析。雨宮はいくつかの違和感から、一つの仮説を立てた。"やっぱりだ。相手側には、自分のことを知っている人間がいる"。
「あぁ、そうだったな。靴履けよ」
雨宮は小さな布切れと、ゴムっぽい塊が投げつけられたのを感じた。それは、靴下とスニーカーだった。雨宮はまさかだとは思ったが、これも履いてみることにした。同じくジャストフィットだった。
土井は雨宮の着替えを見守ったのちに、元居た場所に放り入れた。ナイフを片時も放さず、付き添いに腕の太い男までつけていた。土井は一通りの作業を終えて、一服しようと外に出た。そんな中、尻ポケットから振動を感じ、サブiPhoneからLINEの通知が入っているのを確認した。送り主は例の仮面の男だ。絶対的な支配者でもなければ、単なる情報の提供や橋渡しでしかない。自分たちと同じく、組織における歯車の一つだ。しかし、自分と同じ俗物にも関わらず高圧的だ。男は冷めない怒りを感じつつも送信内容を見た。そこには、ミーティングでは語られなかった詳細な今後のスケジュールの記述されたファイルが添付されていた。加えて、助言と思われし文言まであった。しかし、今の男はそんなことなど眼中になかった。今回の件で支配の味を楽しんだが、同時に自分の無能さを直視することへの恐怖を覚えたのだ。所詮は自分一人では女を運ぶことはできず、仕事の計画や割り振りさえできない。そんな現実が次々と押し寄せてくる。そんな鬱憤を感じながらも、男は静かに一服した。
一服した後の土井は、仮面の男から受け取った資料を詳しく確かめることにした。吸殻を残さないように手元のスチール缶に入れて中に戻ると、割り振られた自室に入った。古びたソファに腰を掛けて、今度は例のノートPCでそれを確かめた。内容はいったってシンプル。エクセルで作られた見慣れた時間表と、仮面の男からの情報提供。そして、犯罪行為の"アドバイス"だ。味のしない文章と表を見てしばらくの間退屈していた土井だったが、いつもとは違う"情報提供"を発見して目を見開いた。
「"想定外の事態だから、急遽雨宮の手口を教えることにしよう。まず始めに、やつは自身を犠牲にしてでも俺たちの正体を突き止めるはずだ。日常に多大な制限を設けてもな。次にだ。やつには格闘技経験があり、高校時代には全国大会への出場を果たしていた。結果はともあれ選りすぐりの格闘家であることは間違いない。くれぐれも、素手での戦闘はするな。最悪の場合お前が殺されることになる"」
土井は途端に寒気を覚えた。自分の虐めていたの正体が、雌犬がとんでもない狂犬だったがために。その下には、締めの言葉が述べられていた。
「最後に一つだけ言っておく。あいつは万が一を想定して何かしらの痕跡を残そうとするように、そうルールを決めている。仮に雨宮を誘拐でもしたならば、やつはそれを見越してヒントを与えてくるはずだ。読み終わったら、いつも通りにデータを全部消去しろ"。何なんだこれは?」
土井はこの詳細な情報に戸惑っていた。男の情報収集能力はさることながら、今回の個人情報の提供はより一層徹底されていた。さらに、下記のアドバイスを見てみると、こんな一文が記されていた。
「"過去の移動ルートをもう一度走行し、痕跡がないか確かめろ。もしあるならば、フェイクを入れたり隠滅すればいい。それともちろん分かっているだろうが、監視カメラと人気の多い時間帯を避けながら、行動に移すことだ。いいな"。もう一度外に出るだと!?この野郎!!」
警察側の捜査は思った以上の進展が起こった。しかし、依然として白石には強い恐怖と懸念があった。山城もまたしても頭を抱え込む羽目になってしまった。鍵が見つかり早急に周辺捜査が開始されたが、結果は空しくも白紙同然になってしまった。なぜなら、近辺の建物を調べてみても一切あやしい建築物はなかったからだ。もしかしたらテントや洞窟などに入れられてるのではという同僚の指摘もあったが、結局はそれらも見つからなかった。事件の解決はますます困難を極めるばかりだ。一体どうしたらいいのだろうか。あまりの手ごたえのなさに山城は怒りの声を漏らした。
「クソッ!どういうことだ!?俺たちは騙されたのか?でも、いったいどうやって…」
白石は今までさんざん頭を悩ませている山城を見てきたが、ここまで苦悶の表情をしている山城を見たのは初めてだ。どうやら山城はとても苦戦しているようだ。見ていた白石までもが心苦しくなってきた。そんな中、一人の後輩がやってきた。
「あれっ、白石先輩じゃないですか?もうとっくに、次の調査に行ったのかと思いましたよ」
中肉中背の若い後輩、星野が高らかな声で話しかけてきた。ぴしっと決まったスーツが揺らいだ。
「おぉ、来たか星野。実はな…、雨宮は見つからなかった。上手くいくと思ったんだけどなぁ」
山城は少し元気づけられて答えた。とはいえ廃れた精神が快復するのには時間がかかりそうな状態だ。そのまま顔を伏せて黙り込んでしまった。
「最近顔合わせする機会が減ったような気がするけど、どうしたの星野くん?」
白石は久しぶりにまともに後輩の姿を見れたことに少し驚いた。一体何があったのだろうか。
「そうですね、まぁ個人的な調べものですよ。例の…ほら、あの人に言われて」
それを聞いた白石は悟った。"なるほど、それで最近会う時間が減ったのか"。しかし、それは別として重要な問題が残されていた。それは、白石がその調べものに参加できなかったということだ。事前にわかっていたなら、連絡や提案ぐらいはしてもいいはずなのに、よりによって自分を差し置いて進めるだなんて。内心に燃える怒りを鎮めて星野を見やる。そこには微かな嫌悪感と恐怖心があった。
山城は敵に裏を読まれている可能性を考え直したが、それと同時に雨宮から言われた例の"アレ"を頭に浮かべた。これは自分しか知りえない情報であり、事件解決の最大のカギになるかもしれない。雨宮の家族には"任意処分"といった形で物品の捜査に関する許可の申請を、他の仲間に知られないように密かに出していた。
土井は軽自動車に乗り込むと、例の証拠探しに乗り出した。1時間ほどかけて山道を下り、ようやく麓に着いた。雨宮を移動させたルートの近くに差し掛かった土井は、ルートの再確認と監視カメラの位置の確認の為にいったん停車した。確認作業の為にサブiPhoneのデータを読み進め、通行量や天候などを確認したのちに再発進をしようとした。苛立ちと疲労感がますます強まっていく中、一瞬だけ疑念が生じた。
「手間かけさせやがって、あの野郎…。痕跡が何なんだ。本当にあるのか?」
車まで走らせ何十キロも移動した土井であったが、ふと度重なる激務での心労から疑わしく思って後回しにしようとさえ思い始めた。だが、土井はそれを振り払った。雨宮がそこまで頭の回るやつだとは認めたくもなかったものの、盲目とは思えない異常な身のこなしや冷静さを考えると、用意周到にそのような画策をしていてもおかしくはなかったからだ。そう思いなおすと、再び車を走らせた。
土井は監視カメラの位置を避けながら、サブiPhoneに記録された走行ルートを慎重に戻っていった。そうしてしばらく車を走らせていくと、雨宮を別車両に移し替えた乗り継ぎのポイントに到着した。土井は昨日のことを思い出した。とっくに辺りは薄暗くなっており、夜目の利く状況ではなかったことを。土井は車から降り、地面を探ったがどうにもそれらしき物は見つからなかった。
「ほらな…。そんなもんが何処にあるんだよ、バカバカしい」
土井は痕跡が見つからなかったことに徒労だった感じつつも、仮面の男の思い過ごしだったのではないかと嘲笑った。とはいえ、今すぐ作業を終わらせたい欲求とは裏腹に、万が一の事態に備えてさらに探索をするべきなのではと僅かながらに不安感もあった。それに加えて、仮面の男の推測が妄言だったとも証明したくなった。
「これでブツが見つからなかったら、お前は心配性のたわけだからな!」
土井は吐き捨てると、今度は土肌の露出していない場所に目を付けた。辺りを見渡すと、膝丈よりも高い雑草の生い茂った場所を見つけた。土井はそこから探すことにした。背の高い草のエリアをしばらく捜索していると、何やら銀色の物を発見した。近づいてみると、どうやら何かの鍵のようだった。おそらくは形状と大きさからして家の鍵のようだったが、これが例の男の言っていた証拠というやつなのだろうか。土井は考え込んだ末、それを回収して遠方に設置することにした。場所はこことは反対側にある北端の山奥の方がいい。それと、出来るだけ人目に付くように設置しよう。土井はそう考えると車に戻り、急いでサブiPhoneの地図を立ち上げた。
土井が鍵の処理に励む中、久々に足を運んだ布の男は個室で、ノートに窃盗品や写真の販売記録を書き込んでいた。デジタルとアナログの相乗効果により、データを確実に確保するためだ。しかし布の男は、その作業はあまりにも退屈であったため、書き込みをしているうちに、ついつい"おもちゃたち"と遊びたくなってしまっていた。
「仕事は仕事でも、こっちの方が面白いもんね」
そこで手元のデスクトップPCを起動すると、Torブラウザからダークウェブのサイトを開いて同志を募った。
「さーてと、誰が来るかな?」
布の男が淡い期待をいだきながらPCを放置し、しばらくの間ノートへの記入を進めていた。しかし、集中力と忍耐の限界が近づいてきた。その時、"サービス"の利用者である三人からのリクエストが届いた。"今からそちらに向かいますけどよろしいですか?"。このリクエストを見た布の男は、まるで儲け話を聞いた貧乏商人のように浮かれ気分になって笑みを浮かべた。
昼過ぎになった頃、極秘の座標を知っている男たちが次々と車に乗りながらやってきた。彼らは建物前の更地に車を停めると、至急別支部から寄せられた仲間によるチェックを受けた後に、まるで汗を流したくて自宅のシャワーに突き進むかのごとく、蛮行の舞台である特別な部屋を目指した。男たちがそこに入ると、寝室風のセットを目にした。そこには今回の案内を行った布の男が立っており、ベッドの上には三十代前半程の若さの残る女が横たわっていた。裸にされて、革ベルトで手足を縛られていた小池が。まるで豚の丸焼きのようだ。成熟しきった胸と尻に、程よく柔らかさのある脂身、そして深い陰毛に覆われた秘密の唇。三~四十代である男たちにとって女の姿は、まさにで好みの対象であった。相手は大して美人ではなかったが、それでも男たちは完成した女体に釘付けになった。すると、そのうちの新参の一人が驚きのあまり声を漏らした。
「おい、おいこいつは驚いたな。ニュースに載ってた知恵遅れじゃねぇかよ!」
三十代ほどのラフなTシャツ姿の男が指をさしながら嘲笑った。男の目には愚かで弱々しい雌豚の姿が写っていた。大の大人が腑抜けた顔で涙を流しているのは、まさしく笑いの種だった。今の小池は限界をとっくに越えていた。そこには自死のヴィジョンさえあった。にも関わらず、残酷で自分勝手な男たちは自分たちの性癖や嗜好を満たされることに、期待を抱いていた。そこには、一切の温かみを排した鉄の笑みが。
「おっ、皆さん楽しんでますね!それじゃあ、一発ヤリましょう!」
布の男が愉悦に浸った同志を見ながら、遊びのゴーサインを出した。その傍らで、医療現場で使われてる照明や避妊道具の準備をして。するとここで、布の男が三人に対して注意喚起を促した。
「三人とも、分かっていますよね。これを妊娠させたり外傷を与えるようなプレイをしたらどうなるのか。こっちは別にオーナーや責任者のいるような組織じゃないんで、おもちゃを雑に扱っても文句は言いませんけど、利益率の維持や"売却"を考えたらどうにも心配で。本当に申し訳ないですけどね」
布の男は性的な商売以外にも利用を考えていたが、第一に目の前の雌豚の惨めな姿を目に焼き付けたい一身に駆られていた。
「もちろんだぜ、あんちゃん!言われなくても、キッチリ優しくヤルからよぉ~」
年長の顔の肥えた男が布の男に返事した。そして、言いながら小池の方に向き直った。布の男はその言葉を聞いてひとまず安心し、薄型の青いゴム手袋を装着すると、小池に近づくなり膣に手を入れてペッサリーを突っ込み、低用量ピルを枕元に置いた。
「危なかった。そうそう、これがなくっちゃね」
布の男はその場から離れると、男たちに後を任せた。布の男はその場を去って土井がミーティングをした狭い部屋に入ると、土井と同じノートPCを手に取り開いた。まもなくミーティングが始まった。
「にしてもあの人たち、ウチに結構きてくれるけど商品の取り扱いが乱暴だよなぁ。まぁ、手取りは確実に増えてるからいいけど、そっちはどう?」
画面にはシンプルな骸骨のマスクを被った仮面の男がいた。その都度コスプレの仮面を変えているのだろうか。しばらくの間考えてアイデアを整理したのち、仮面の男は答えた。
「今のところ、山城たち警察は引き続き雨宮を捜査中。他の人員も別の事件に手が回って後追いできない状況だな。捜査が進まない以上、例の計画は実行してもいいと思うぞ」
仮面の男は自身の所属の現状を明かし、相手の反応を待った。土井にも行った例の計画をどう進めるのかを男と布の男と取り決めるつもりらしい。やがて布の男は時期を考えた末に結論を出した。
「小池はそろそろ限界だしね。もういっそのこと、あいつは今週中にバラそうよ。ここで死なれても困るし、遺体処理を含めて臓器売買やマニア向けの通販って感じで、処理しちゃっていいかな?」
仮面の男は満足げに答えた。
「そいつはいいな。提携を結んでる他組織とも良好な関係を築けているから、数百万かた数千万の値は付くはずだし、知恵遅れの女といっても頭以外は使い物にはなる。何よりも、厄介ごとが減るならそれでいい」
仮面の男の返答に布の男も納得したが、それとは別に一つだけ気になることがあった。
「それにしても、厄介払いで言うんだったら雨宮ちゃんはどうする?あの子結構強いし」
布の男は雨宮に関する情報をある程度受け取っていたので、仮面の男がなぜ要注意人物にしている雨宮を今すぐ処分しないのか疑問に思った。しかし、仮面の男は極めて私情混じりなことを返した。
「おい待て。雨宮は俺の獲物だぞ。勝手に殺すなよ?」
仮面の男は布の男の猟奇的な物言いに、組織の存続が危ぶまれるのではないかと諭した。
「でもなぁ、いくら何でも危険すぎるってば。ほらさぁ、万が一反撃されたらどうすんの?」
仮面の男は相反する感情を抱いた。自身のタイプでありながら最大の宿敵。今のまま施設にとどめておけば、いずれは警察側に戻り共闘してしまう。今のうちに雨宮を始末するべきなのだろうか。
「もちろん対策は取ってある。他の囚人たちとは仲が良さそうだったし、人質を取るように脅しをかければ反撃を諦めることは先ほど実証済みだ」
仮面の男は最後に、こう言葉を残した。
「とにかくだ。雨宮のことは現状では要注意のレベルに留めておく。後は何もするなよ。」
こうしてミーティングは終わった。しかし、ここで布の男は土井の商品に対する乱暴を思い出した。
「土井のやつやっちまったなぁ…。どうしよっかなぁ~。あいつ邪魔だし、消えてもらおうかな」
脳裏に刻まれた不快な叫び声が、男の決断を後押しした。
とある薄暗い部屋の中で、床に座り込んでいた三波はドアの方に誰かいる気配を察知した。"いったい誰なの?"。そう思った矢先、ドアが開き仮面をつけた男が出てきた。男はマイケルの白いマスクをつけており、全身をスーツで覆っていた。すると男は突然、こちらに向かって変声機で変換したボイスで命令してきた。
「こっちに来い。撮影の時間だぞ」
手元には車いすが。三波はそのまま男に抱きかかえられると、車いすに乗せられた。三波の顔は熱くなり、恥ずかしさと恐怖の心臓が張り裂けそうになった。
「この仕事には慣れただろ?とっとと行くぞ」
男に仮面の男に連れられた三波は、建物の外へと出されると、ミニバンに入れられて外出することになった。しばらくすると、ミニバンは止まり、仮面の男によって外に連れ出された。そこには、ここ一週間の中で通いつめることとなった"撮影スタジオ"があった。見た目は剝がれかかった赤紫のペイントの納屋であり、かれこれ五十年の月日が経ったような雰囲気があった。仮面の男は首を納屋の方へと振り、そちらに向かうようにと催促した。
仮面の男の後をついていった三波が大きな両開きの木造の戸を潜ると、そこには急造の撮影セットがあった。藁の俵や錆びた農具が点在している中で、中央にあった白い布の背景と照明だけが、過去の時代に取り残されたタイムトラベラーの忘れ物のように異質感をはなっていた。その近くには全身黒づくめと白マスクのいかにも不審者感のある人物が二人いた。そのうちの一人はこちらの様子に気づいたようで、手元にあったボストンバッグから"衣装"を取り出すと、それを片手で掲げて反対の手で指さした。
「今日はJKのコスプレ…?」
三波が前へ進むと、スクールバッグからローファーまであるのが確認できた。三波は地獄の撮影タイムを目の当たりして、今にも気を失いそうになった。しかし、周りの人間は誰も気にかけなかった。その発言に乗じて、仮面の男は待ってましたと言わんばかりに、三波に説明をし出した。
「今回の撮影は、女子高生へのなりきりだ。この業界でも未成年ポルノの素材は集めるのは難しいが、再現となるならば話は別だ」
三波はここに連れられて短いキャリアの中で様々なコスプレをさせられた。レムや2Bのコスプレから、ビキニ姿で砂の上に寝転がるゴス系メイク女子まで。自身でも驚くほどのペースで仕事をさせられてきたが、今回はどこか違っているようだった。言い知れぬ違和感であったが、戸惑っていた三波の脳は上手く言語化できなかった。その時、後ろから声がかかってきた。
「コンタクトやウィッグはナシだ。そのままやれ」
三波が仮面の男の方を振り返ると、その手には透明な半球状のシリコンのようなものがあった。男は三波のところに近づいた。襟元に指をかけ、そして三波の隠れた谷間に向かって滑らせていった。
警察一味は極めて過酷な状況下にあった。白石は相変わらず感情に揺さぶられ、星野は大した成果を挙げず、他の者たちは絶望していた。だが、雨宮から"あの事"を聞かされていた山城は希望を失ってはいなかった。自宅の鍵に取り付けられたGPSの位置記録が保存されている"PC"のことだ。お馴染みのデスクに腰を掛けていた山城は、先ほどの捜査は空振りに終わったものの、雨宮の所持品であるデスクトップPCを回収すべく、後の計画を練ろうとした。もちろん一人で行うのも困難なことであり、白石や星野にこのことを言おうか迷ったが、とっさにそのプランを却下した。"内通者"の存在がよぎり、ふと考えを振り出しに戻した。
「疑いたくはないけど、どうにも怪しいんだよなぁ…」
山城の中では、自分の一番近くにいる白石と、最近疎遠になり動向のつかめなくなった星野の二人が特に怪しく思えた気がした。それは単なる根拠に欠けた妄想のようなものに過ぎないのだが。
「やっぱ、俺一人で動いたほうが良さそうだな…」
元より山城は雨宮から信頼されており、雨宮から万が一自分の身に何かあったときにパソコンのデータを見るように言われていた。そのことを加味すれば、やはりいくら信頼はしていても、仲間の手を借りるわけにはいかなかった。
「頼れるやつらはごく僅か。決まりだな」
単独行動のため今後の捜査はますます煩雑になる可能性は十分にあったが、山城はそのリスクを承知の上でついに決断を下した。それが後の失態につながるとも知らずに。
雨宮は敵の要塞に入れられてから、丸二日の時間を過ごした。夕日が沈んだ時間のこと、冷え切ったコンクリートの床を背に、雨宮は物思いにふけた。その中でも雨宮は、思いもしなかった敵の脅威を思い知り、自身が最大級の問題に面していることを自覚した。どうして体型が把握されているのか。どうして自分の実力が想像以上に相手に高く見積もられているのか。雨宮はそれが不思議で仕方がなかった。
「何で相手は私のことをよく知ってるの?一体どうやって…」
しかし、自身の内情がバレたことは大問題であったが、それは別として敵側の明確な弱点も見えてきた。
「アイツさえいなくなってくれれば、今頃は二人のことで思い悩む必要もなかったのに」
雨宮は小池と三波が悪漢たちの手中にあることにもどかしさを覚えた。土井の存在は極めて厄介だ。しかし、彼を主軸とした支配と人員の同行は強力な制圧と拘束の力を持っていたものの、土井のことを快く思っていない仲間も少なくはないはず。現場組織の崩壊のリスクは存在していた。
雨宮は一日目の朝っぱらから盛大に中出しされたが、二度目の恥辱を受けることになるとは夢にも思っていなかった。仰向けになりながら英気を養っている最中、土井とは違う訪問者に尋ねられた。声からしておそらく五十代ほどの年齢だろう。今までのメンバーと比べて明らかに年上の男が、雨宮に対して呼びかけてきた。
「これはこれは、例の雨宮さんじゃないですか。初めまして。わたくし、下着買取をしている私有物専門の販売業者ですか、今からそちらで下着を脱いでもらえないでしょうか?」
付き添いにあの男もいたようだ。
「おうおう、とっとと脱げやぁ!!雨宮!」
付き添いになったリーダーの男が罵声を浴びせた。今回の明確な敵の委細は不明だったが、おそらく例の朝食を届けた男と同じく外部の人間ではないかと、雨宮は即座に推測した。もちろん単なる仲間内の可能性もあったが、他の組織のメンバーと比べると遥かに年上であり、建物の設備がある程度本格的で外部に専門的な知識を持った人員がいることを考えれば、その可能性は十分に高かった。更には自身が調べた下着やバッグの盗難事故なども含めれば、ちょうど五か月ほど前からこの商売が行われていたとも考えられる。
「あんたは誰なの?この組織の人間には見えないけど」
年を取った男は、それに思わず笑いが込み上げ、笑い交じりに返答した。
「盲目人のくせに"見る"とは、いったい何のことでしょうか?『心の目で見る』とでも言いたかったのでしょうか?私はただ、例の仮面の男に頼まれて、あなたの下着を買い取らせてもらいたいだけですよ」
丁寧な物言いだったが、もちろん礼節に対する一切の熱意は込められていなかった。それでも、まともに質疑応答が成り立っている内は土井よりかはマシだろうと雨宮は判断した。表向きの安全性は確認できたものの、雨宮には一つ気になることがあった。
「仮面の男って誰?」
雨宮は問いを投げかけたが、下着買取の男は当然それを拒んだ。
「さぁ、何のことでしょうかねぇ」
相手からの情報は名前以外一切与えられなかった雨宮であったが、仮面の男の正体について、表舞台に姿を見せずに裏で隠密な行動をしていることから、頭脳担当ではないかと目星はつけられた。だが、相変わらず男の目的は下着の買取一本のようであり、雨宮の思考の整理の最中に再びせがんできた。
「それは別として、今すぐ服を脱いでもらえないでしょうか?特に下着類は価値が低いものですので、数量が求められますからねぇ」
そう言うと男は、何やらジッパーを開けて布のようなものを取り出した。何かの擦れる音やバサッといったものが、男の方から聞こえてきた。
「まさか、今から私に下着を脱ぎ捨て続けさせるつもり?とんでもないクズ野郎ね」
男の目的は使用済みの下着の量産だった。甲子園の土や神社の石のように、男は量産品に付加価値をもたらそうとしていた。男は雨宮のほうに近づくと、有無を言わさず下着を履かせようとした。
「はいどうぞ。こちらを着終わったら、すぐさまパンツとブラジャーを渡してもらえないでしょうか?大事な商品ですし、下手に傷つけられても困りますからねぇ」
下着の男は雨宮の前腕に下着の柔らかな生地を擦りつけながら、僅かにいやらしい息を漏らした。ここで男は、雨宮に向かって最後の一言を放った。
「そうそう、言い忘れていましたが、先ほどから何か探りを入れるような物言いをするのは何のためでしょうか?単に脱出の手がかりを探しているわけではなさそうですね。本業のクセってやつは私にもわかりますが、仮面のお方の仰っていた通りだったとは、これまた驚きです」
この男は自分の素性を知っている。雨宮はそう確信して目を見開いた。一方の男は、逆に探りを入れたことで思い通りの反応が返ってきたことに感心していた。
「あぁ、あの方の言っていたことは本当でしたか。では…、始めましょうか」
土井は鍵処理の仕事を完遂したのち、建物に戻るとすぐさま雨宮の制圧に乗り込んだ。本来なら手早く済ませるつもりでいたが、鍵を真反対の位置に置き、人目に付かないように道を折り返すことはかなりの手間を土井に課すものだ。想像以上に長い道のりになってしまった。仕事が終わり会議室でくつろいでいた時、疲労と孤独が波のように押し寄せ、その肌から熱と血の巡りを奪い取った。土井は考えた。褒美に何かとびっきりのものが欲しいと。
「とびっきり、とびっきり、とびっきりの…」
そう呟いていると、子種を植え付けたあの顔が思い浮かんできた。しばらくして会議室を出ると、土井は悔しながらに監視係の細い男に遊びの宣告をした後、補助役として腕の太い男に協力を促した。
「おい、いま手は空いてるか?俺の遊びを手伝ってくれよ」
土井は配給された物資の確認をしおえた腕の太い男に呼びかけた。それに対して、腕の太い男は露骨な悪態をつき反対した。
「本当にそんなことをする気なんですか?あれほど商品を粗末に扱うなって言ったのに。今回ばかりはつきあいませんよ」
今度はこの男までもが雌犬と同様に牙を剥くというのか。度重なる蔑みと自分の手中にいたはずの道具から反逆にあった経験から、土井はこの男の何気ないな反抗に、屈辱の重みと莫大な怒りの熱を抱いた。すると土井は、手元からナイフを例の大きなナイフを取り出して、腕の太い男に突き付けた。
「おい…、今なんつった…。言え…。言えやぁーー!!」
その直後、腕の太い男は土井に胸ぐらをつかまれると、壁に叩きつけられ首に刃物をかけられた。土井のこの狂気的な脅しに腕の太い男は本能的に生命の危険を察知し、言い返したい気持ちを抑えてすぐさま口を閉ざした。
「いえ…、なんでもないです」
腕の太い男はこの異常者に辟易しながらも改まったが、依然として土井の業火の如き怒りの追撃は収まらなかった。
「んなこと思ってねぇだろ!何かあるから言ったんだろ!?おぉ!?」
運の悪いことに、土井はいつも以上に頭が切れており、収まりきらない熱意の乗算された暴言がまたしても飛び散った。今度は首に手がかかった。
「と、とにかく放してくださいよ…!ここで仲間を一人失ったら…、かえって事態は悪化しますよ。ほら…、雨宮が残っていますし」
腕の太い男は理性に問いかけた巧みな交渉をしようと試みたが、それがトドメの一撃に土井の逆鱗を撫でた。土井の怒りは己の内に向き、全身を焼き尽くさんばかりの地獄の苦しみを与えた。弱い自分をこれ以上自覚したくはないし、何よりも自分の支配力が弱まることが許せなかった。土井の脳裏には恐るべき恥じらいの記憶と最悪なビジョンが交差した。
「うぁぁぁぁぁーー!!!!」
そう叫ぶや否や、土井は首をつかんでいた手で腕の太い男をはたき落とした。屈強な体躯が頬に残る痺れに戸惑いながら崩れ落ちた。土井はその様子にいつもの快感と充足感を得た。だが、土井は気づいていなかった。横たわった男の中には目の前の暴れ馬とは反対に、冷ややかな蒼い炎が宿ったことに。"この野郎…、やったな!"。腕の太い男は、目の前の愚かな君主の支配から抜け出したい気でいたが、恐怖が勝ったがためにすぐさま引っ込んでしまった。鞭を打って従わせたしもべを見た土井は、口元が緩み安堵の表情をしたが、どこか心残りがあった。
土井はやっとの思いで腕の太い男を完全に服従させたが、それでもなお内なる炎は弱まることなく、その熱量を維持し続けていた。土井は腕の太い男を連れて雨宮を閉じ込めた独房へ行った。下着の買取の補佐をし終えるまでの間の激務で、男にはそんな仕事を課した仮面の男への不満が溜まっていた。そして今、発散する時が来たのだ。再び魅惑の雌犬を呼び出した。
「おい、雨宮!聞こえてるか。俺と一緒にこい。後は分かってるよな…。」
そう呼び掛けて、相手が同行してくれるのを待った。雨宮は依然として抵抗感があったが、甘んじたふりをして後を追った。土井はこれを見て完全に雨宮は自身の所有物になったと確信した。それも、後に数々の絶望を体感することになるとも知らずに。
雨宮は腕の太い男に腕を掴まれながら、とある部屋まで連れてかれた。土井の目には大きなベッドが映っていた。しかし、利用者が乱暴でスタッフの管理が不十分なせいで、ベッドのシーツは若干乱れていた。そこで土井は完璧なしもべに命を与えた。
「そのシーツを直してこい。今すぐにだ」
土井は顔色一つ変えずにそのタスクをこなした。そこには一切の迷いはなかった。やがて準備が終わると、土井は雨宮の衣服に手をかけて、次々と脱がせていった。それに顔をしかめる雌犬の姿を見いだし、更なる充足感を得ていく。やがては相手を丸裸にしたところで、自らも服を脱いだ。すると土井は、雨宮に自分に抱き着くように言った。雨宮は拒否感を覚えたが、それでも過去にやられたアレよりかはマシだと腹をくくり、目の前の主の思うがままに行動した。土井は半球状のスクイーズと天然の黒いブラシの感触を生肌で感じ、汚わいな肉の警棒を勃ち上げた。雨宮も同じく突き上げてくる感触を生肌で感じて、嫌悪感をかきたてられた。
「よぉし…。それじゃあ膝立ちしろ」
土井はそう命令して、相手の反応をうかがった。土井の予想通り、雨宮がこれを聞き入れてた。雨宮は膝をつくと、その場で姿勢を正した。その直後、雨宮の顔には生臭い棒が突き付けられた。雨宮はあまりの不快感に気絶しそうになった。ここでまたしても、土井からの命令が。
「それじゃあ、俺のあそこをしごいて貰おうか。手コキだぞ、手・コ・キ。 断ったらどうなるか分かってるだろうな?」
土井は雨宮の手を取ると、あそこを握らせ前後に擦るように動かした。土井がマメの出来た細い指が絡んでくるのに快楽を覚えるのと同時に、怒張した生暖かい土井の躍動を雨宮は手の平に感じた。頭上からは醜い喘ぎ声が漏れ出した。それに合わせて土井の一物が鼓動を刻んだ。そして…。
「うぉっ!」
その瞬間、雨宮は顔に熱くてドロドロとした生臭い液体がかかったのを感じた。雌犬の顔にかかった精液を見て、土井はマーキングを内にも外にもしたい思いで搔き立てられた。
「どうだ…、感じてるか?これが俺の匂いだ…。しっかり味わって嗅げよぉ!!」
これには雨宮も限度を感じ、ついには土井の一物を爪を立てて握りしめた。
「んぎっ!…っつ、痛ってぇな。この野郎ぉおーー!!!」
飼いならしたはずの雌犬からの反撃に土井はキレ散らかし、腕を振り上げるとまたしても暴力の乱用に走った。"(ズバッ!)"。強烈な張り倒しが雨宮を地面に叩き落とした。その顔の表皮は爪で切り裂かれ、血が滴った。幸い雨宮は大した致命傷を負っていなかったものの、頬に残る熱と痺れを感じながら涙が込み上げてきた。一度のみならず二度も暴君からの殺意の一撃を受け、お得意の強がりも効力を弱めた。目の赤くなった雌犬を見て土井はこの愚かな小動物を"懐かせよう"と企んだ。
「おい、どうした?泣きそうになってねぇか?おぉ!?」
この手の煽りは予想されてたのだろう。相手はぐっと堪えて、耐え忍んだ。目を充血させながら歯を食いしばる往生際の悪い雌犬に、ますます犯しがいを感じた土井だったが、相手はそれでもなお正気を保とうと意地を張っていた。動悸を抑えて呼吸に集中させていく。土井はそこで、とある証拠を突き付けることにした。服の中からサブiPhoneを抜き取り、その中に保存されている動画を見せつけた。遅れて雨宮は息が上がりながらも、その動画を確かめて声を漏らしてた。
「…何なのこれは」
体をはたく音と共に、群がる醜き男たちの声がスマホから漏れ出していた。
「こいつは何だと思う?例のバカ女だよ。どうだ…、なんか言えよ…!」
バカ女。その答えに見当がついていた雨宮は、直感してしまった自分を恥じながらわなわなと震えた。
「何をしたの…。これ以上は誰かを傷つけないって約束したのに…」
しかし、目の前の悪漢は悪びれる様子もなく、自然の摂理のごとく雨宮を説き伏せた。
「口約束なんて信じるわけねぇだろ、バァ~~カ!!てめぇの見えない目で契約書でも書いたらどうなんだ!?」
稚拙な物言いには粗雑さはあったものの、電光石火の早業がまたしても繰り出された。
「おっと、そうだったな。遊びは終わってねぇぞ、雨宮ぁ~!!」
どこか心残りのある表情を浮かべながら土井はそう罵った。突然、雨宮の髪を鷲掴みにして顔を一物の近くに手繰り寄せた。
「これだけで満足すると思ったか、野郎ぉ!!ご主人様への奉仕はまだだろうが、ボケカス!!」
顔をはたかれてもなお、雨宮はどうしても譲れない信念からそれを拒もうとした。もちろん、それを見透かした男はすかさず例の言葉を投げかけた。
「どうした?本当にお仲間が死んでもいいのか?くたばってバラされてもなぁ!」
"バラす?"。雨宮は僅かな記憶と経験の断片から、最悪のシナリオを書き出した。雨宮はついに土井の支配を完全に受け入れた。目の前の薄茶色のソーセージを手に取ると、唇で触れ舌で包み込んだ。
「っつ、おっ…!やるじゃねぇか、お前経験者だろ?」
図星を突かれてもう一段階赤くなった。
「どうした!?当たってるのか?なんか言ってみたらどうだ」
当然、口に一物を銜えた雨宮がまともに話せるはずもなく、ただただ男の推理と罵倒に屈服するしかなかった。そんなことを思っている最中、土井の一物から二度目の噴出が起こった。
「…?んんっ!!」
雨宮は喉の詰まるような圧迫感と異臭に、いよいよ参ってしまいそうになった。おまけに、臓物を吐き出してでも胃を洗浄したい気に駆られ、ついには胃液が込み上げてしまった。酸味のある感覚を喉と舌の根元に感じながら、雨宮は体液のプールに飲み込まれる窒息感に飲み込まれていった。
「ほら、これで終わりじゃないんだろ?もっと出来るんだろ!?」
雨宮は自分のプレイが完全では無いことを自覚していた。経緯はともあれ経験の多そうなこの男も、そのことを見抜いてたのだろう。雨宮は再び涙を流した。
「おっ、どうした?旨いのか!?」
自身の一物を銜えた雌犬も見下ろしながら、土井は様子をうかがった。反応はなかった。自分のペニスの虜となり相手が今度こそは反撃してこないと判断した土井は、今度はそのまま前後に頭を動かすように命じた。更なるアクティビティを体感したい一心だった。
「もっとだ、もっとだ、もっとだぁぁぁーーー!!!!」
雨宮は目の前のご主人様に奉仕した。ひたすらに肉の棒にしゃぶりつきながら、健気な雌犬のごとく体を震わせた腰を振った。土井の快楽は遂に頂点に達した。まるでこの世の全てを手に入れたかのような感覚に陥った土井は、全知全能の気分で満面の笑みを浮かべた。
男はその後、雨宮の乳と尻を揉みしだき、大量に中出しをした。二度目の種付けが悪漢の支配欲を満たした。追い打ちで行為を終え、そのまま何事もなかったかの如く平然を装いながら、腕の太い男と共に監獄へと雌犬を放り入れた。
雨宮はしばらくの間、放心状態になったまま地べたに寝転がっていた。それから何時間か経ち、ついには夜が明けたが、それでも尚雨宮は倒れたままだった。しかしそれは、土井に犯され、いたぶられたからではなかった。まもなくして、夕食の時間がやってきた。僅かに魚の匂いを感じながら、雨宮はひれ伏した。恒例行事のごとく、またもやあの声が部屋に響き渡った。
「おいおい、いつまで寝てるんだよぉ!」
続いて、腕の太い男の心配そうな声も聞こえてきた。
「雨宮のヤツ、本当に大丈夫ですか?あれだけ激しくやっておいて、流石に無事なわけがないでしょ?」
隣のしもべの戯言に少しは苛立ちを感じたものの、土井は快楽の余韻に浸っているために、怒りを鎮めることにした。"この支配と快楽はもう誰にも邪魔されたくない"。土井は逆に今度はしもべの心を揺さぶることにした。
「どうしてそんなに気にしてるんだ、おい?もしかして、あいつのことが好きになったのか」
ニタニタとした表情が、拷問とでも言わんばかりに腕の太い男に目一杯映った。
「そっ、そんなことないですよ…。と…とにかく、早く済ませましょう。今日もあの人からの情報提供があるよですし」
土井は一度のみならず二度も腕の太い男が逆鱗に触れるのを覚えたが、せっかくのムードをぶち壊しにしないように、脳裏に浮かんだ仮面の男の顔を消し去った。
日は短いがいつも通り席に連れてこられた雨宮は、周囲の異様な気配を察知した。この夜の食卓はやけに静かすぎる。食事にはおなじみの仲間がいたが、みんな陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
「どうしたの…みんな?」
雨宮は仲間に問いかけた。三波は僅かに声を漏らしながら返事をしたが、小池はまったくの無言だった。やはり、あの動画のことをされたせいなのだろう。雨宮は席に座り込み、長い間思慮を巡らせた。すると、例の配給をしていた男が様子をうかがってきた。
「あれっ、食べないのかな?せっかく持ってたのに、残念だよ」
布の男はこの反骨精神丸出しだった闘牛のツノが折れたのを見て、すっかり失望してしまった。あの有頂天な中年男が完膚なきまで叩きのめされて失墜する様を見たかったがために、その喪失感は計り知れなかった。
「あー、やっぱり限界かぁ…」
壊れたおもちゃをゴミ袋に入れる子供のように、布の男は見下げたように吐き捨てた。この男と同じく腕の太い男も雨宮の覇気を失った様子に、感じるものがあった。人知れず自身の面影を重ねて感傷に浸っていた腕の太い男は、雨宮の限界と己のひ弱さを思い知った。幸福の絶頂となり怒りが弱火となった男とは対照的に、腕の太い男の内なる蒼い炎は燃え盛っていたが、しばらくすれば自分も下火になってくるのだろうと不安感を募らせた。腕の太い男は"そのような出来事"が起きないことを祈ったが、現状を考えれば気休めにもならなかった。考えたそばから青白い冷気が突き抜けてきた。そのタイミングで同じく、リーダーに思う所のあった布の男は、土井に問いを投げ掛けた。
「それにしてもリーダー、いくら何でもやりすぎなんじゃ…。だってこの子、"ウチら"の製品だし。ホントに勘弁してくれよ」
ここに捕らえているのは、あくまでも性的搾取と人身売買のための経営資源。土井たち現場組は所詮は管理の代行人にすぎなかった。そして、真の所有者は内部組織の頭脳や外部組織を仲介する人間など、ごく一部に限られていた。布の男はこれくらいの事は上から目線で言っても問題ないだろうと高を括っていたが、傍若無人な振る舞いをしてきた土井の猛威は、たとえ自身よりも格上の相手であっても向くようになっていた。
「おい、今なんつった…。おい!」
爆発までのカウントダウンが始まった。頭が足りない現場の分際で歯向かわれたことに布の男は憤慨したが、それを上回る懸念が脳裏を駆け巡った。死と痛みと苦しみが。
「あぁほら、あの人だって苦労しながら相手を探して契約したんだし、物品はちゃんと丁寧に扱わないと…」
本人としては丁重な対応をしているつもりだったが、この年下からの物言いはかえってあの"顔"を思い出させ、導火線の火の巡りを早めた。
「何だと?俺の力がなかったら、女の拘束すらできないくせに!俺がどうこうしたって、口出しするんじゃねぇ!!」
土井の口からは、ヤスリのように肌を刺激する不快感のこもった咆哮が発せられた。そしてこの時、布の男は確信した。最大の障害は警察ではなく、この男にあると。内側に潜む脅威こそが最大の敵になるという仮面の男の言葉を思い出した。
土井と腕の太い男に連れられて、雨宮は再び部屋に連れ戻された。その間雨宮は、生気がなく息が細くなっていた。鋼鉄のドアを潜り抜けて、雌犬は寝ころんだ。
「こいつは完全にくたばっちまったな。よし、いいぞ…」
土井は目の前の従順になった雌犬を見下ろして、改めて勝利を確信した。対称的に、腕の太い男は土井の思い違いと雨宮の敗北に蒼い炎が高ぶった。しかし、依然としてその炎は暖炉の中だ。腕の太い男のとある決心は揺らいでいた。
「どうした、まだ気になってるのか?とっとと行くぞ」
腕の太い男は反撃の機会をうかがえないまま、土井に言われるがままにドアにカギをかけるとその場を立ち去った。
しばらく寝転がっていた後に、雨宮は起き上がり服についた埃を払い落とした。そして、雑念を振り切るかの如く息を吐き捨てると、早々とシャドーボクシングをし始めた。この女は依然として輝きを失っていなかった。心に宿る信念を燃やして、ひたすら目の前の悪しき幻影をかき消すため拳を振るった。汗が滴り落ちる。視界が霞み平衡感覚が失われかけたが、それでも全身に血を巡らせるために止まらなかった。このまま筋肉と精神が力と熱を取り戻して行くかと思われたが、短期間に蓄積したダメージが雨宮に襲いかかった。
「うぐっ…!」
吐き気がこみ上げて、前のめりになった。それでも雨宮は、鈍った体を動かし続けた。依然として晴れない気分でいたが、そんなことはどうだっていい。拳を振るい汗を流しながら、ひたすら目標に向かって突き進むように自身を鼓舞し続けた。土井たちを倒すことを、劣悪なペットゲージを突き破ることを、そして"仲間割れ"させることを。
三波は窓のない地下室に閉じ込められ、薄汚い空の本棚の近くに座り込んでいた。橙色の白熱電球がじりじりと若い肉体を照らす。ただただ静寂の中、仲間の安否を祈るしかなかったが、それ以上にこの不快な物入のような場所から抜け出したい一心でいた。埃臭く、湿っぽく、おまけに寒い。幸い例の男たちからは悪くても制服姿の写真を撮られる程度で済んでいるが、それでも依然として不遇であることは変わらなかったし、男たちの性的な眼差しを肌身をもって感じ取っていた。"もしかしたら、自分はいつの日か襲われるのかもしれない"。
「みんな今頃どうしてるのかな。雨宮さんと小池さんは酷い目に遭ったのかな。早くフカフカのベッドで休みたいよ…」
三波の精神は辛うじて時の流れの短さから安定性が保たれていたが、それが崩れ去るのも時間の問題。恐怖の底へと抑圧されているが、渇望する自由への希望と熱意はまだ残っていた。かつての生活風景目の前の退廃した個人部屋に投影しながら、三波は自身を待ち受けている未来を信じて明日の光が拝めることを祈った。
鍵が見つかってから丸二日後、山城はついに家族からの許可証を入手し自宅の物品を探ることにした。私有車でこっそりと現場のアパートに着くと、管理人のおばさんの許可を得て部屋へと向かった。階段を上って廊下を進みがてら、管理人のおばさんは憂色を浮かべて山城に伺った。
「刑事さん、本当に雫ちゃんは大丈夫なんですか?」
管理人のおばさんは雨宮が誘拐事件に遭った可能性があることを聞かされて、心が動転していた。自分の子供たちと同い年であったことから実の娘のように想っていたこともあってか、そのショックと絶望感は一言で表せるものではなかった。山城は一瞬言葉がつっかえたが、改め直して返答した。
「そう言われても、難しい話ですね…。今のところはっきりとしたことは分かりませんが、きっと雨宮なら無事でいるでしょう。今はただ、信じるしかありません」
山城は無難な回答をしてその場をやり過ごそうとしたが、凄惨な現実が待っていることへの恐怖から目を背けているだけに過ぎなかった。こめかみに一筋の汗が走った。
そうこう話している内に、話し終えないまま二人は部屋の目の前に到着した。雨宮の部屋のドアの前につくと、山城は白い手袋をはめて作業道具の入ったコンパクトケースを片手に、部屋の中へと歩みだす準備を整えた。管理人のおばさんは鍵を取り出すとドアの施錠を外した。最後に管理人のおばさんは、意を決した山城を目の前に一言だけ残して立ち去った。
「絶対に雫ちゃんを見つけてちょうだい、刑事さん…!」
山城は静かに頷くと、そのまま中へと進んでいった。その顔には苦悶の表情も迷いもなかった。
山城は部屋を見渡すと、そこには巨大な生活空間が広がっていた。部屋の中は古びた内装ではあったものの、シンプルであり広々としていた。そして、異様なまでに整然としていた。
「なんだか変な感じがするなぁ」
まるでつい昨日まで人が住んでいたかの如く取り散らかってる様子もなく、引っ越し前日の前処理が行われてたようだった。さらに悪く言えば、遺品整理の最中とも言えたのだろうか。いずれにしても、事情を知る山城からしてみれば良くも悪くも雨宮の意思決定の見て取れる現場ともいえよう。胸の詰まる思いに苦しんだ。
「それにしても、ずいぶんときれいな部屋だな雨宮」
現場のたたずまいに感心を示したが、同時に後ろめたさも感じた。
「何言ってんだ俺は…」
中年オヤジが恋愛の真っ只中の小娘の部屋に上がり込むのは、犯罪まがいの行為をするような気がしてきたが、山城は雑念を振り払いPCの回収に取り掛かった。早速辺りを見渡すと、山積みになって端の隅に重なった本とプリント類、ふかふかの白いカーペット、ガラス張りで物の置かれていない低いテーブル、同色に統一されたソファと大きなクッション、焦げ茶色のカラーボックスに収納されたフィットネスアイテムなどがあった。見た感じではPCはなさそうだが、どこか死角となったスペースに置いてあるのだろうか。残念なことにその推測は外れていた。
「これは…、どうなってるんだ?」
さらに奥に進むと、大きな作業デスクとその上にある大きなモニターに山城の目は留まった。キーボードとマウスやパッドも完備されていた。しかし、肝心の本体がどこにもない。これには思わず山城は笑いが込み上げた。
「ここまでするのか…。お前らしいな」
ついこないだの仕事場での光景を懐かしむのと同時に、僅かながらに背中を押されたように思えた。だが、肝心な問題は未解決のままだった。
「いったいどこにあるんだ?世話が焼けるな…」
実のところ、山城はPCの正確な場所を知らなかった。雨宮の話によると、記録のあるPCはMac miniでかなり小型らしく、本体を部屋の"どこかに"隠していると言っていた。今から部屋の中でミニ捜索をする羽目になるのだろうか。山城は頭をかかえながら、ただ立ち尽くした。
とある建物の夜中のトイレの一室で、スーツを着た仮面の男はひそかな快楽の時を味わっていた。Air podsをつけ古びた洋式トイレに座りながら、片方の手で"アレ"をひたすらしごいていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…!」
チャックを全開にして下げられたパンツの下から姿を覗かせている若き雄馬は、血管を浮き彫りにしながら張り裂けんばかりに膨張していた。それなら、もう片方の手はどうしているのだろうか。それは男の目の前にあるiPhoneが物語っていた。
「うっ…、おおっ!!」
仮面の男は雨宮と土井の性的な動画を目の前に掲げて、じっくりと堪能していた。肉と肉が打ち付けられる音に身を委ねながら、リズミカルに指を前後させた。やがてはオーガズムの頂点に達したのだろうか、男の股間には何かが"詰まっている"かのような圧がかかっていた。まもなくして、ブツの先端から熱せられた練乳が噴き出した。男は慌ててスマホをポケットに入れ、精液をトイレットペーパーでふき取った。
「最高だな…これ」
仮面の男は愚鈍な悪漢の蛮行に血眼になりながら殺意を燃焼させたが、動画内の雨宮の磨き上げられた女体に興奮していた。男の中には様々な雨宮がいた。スーツを着こなした雨宮、私服姿の雨宮、笑みを浮かべてスイーツを食べている雨宮。それら全ての姿が男にとっての最高の瞬間であると同時に、最高の性的嗜好を満たす材料でもあった。男は後処理を済ませてトイレから出ると、再び山城たちの元へと向かった。




