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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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「お茶会じゃない、お茶会」

作者: 幽幻乃 紫
掲載日:2026/07/06

バリン、ガシャン、パリーン。


喧しい騒音が遠くから響く。

帰り道を探していたアリスは、思わず足を止めた。


「なんの音かしら、五月蝿いわね。」

気になって、音のする方へ歩き出した。


音に導かれるアリスを、暖かく甘い匂いの風が迎える。


異国の木なのだろう、見たこともない桃色の花びらが舞い散った。

「なんて素敵な風景なのかしら。」


歩みを止め。

しばらくの間、風景画の世界に溶け込んでいた。


道は、雪のように花びらが積もり、

アリスはゆっくりと桃色の道を歩く。


足の重みで花びらが沈む。

わざと大きく踏み込み、花びらを舞い散らせた。


ついには、ふかふかの地面に飛び込み。

桃色の世界に消えた。



――ゲラゲラ。

醜い笑い声が響いた。


幻想的な世界を壊され、アリスはあからさまに不機嫌な顔をする。

頭に付いた花びらを払いのけ、再び音のする方へ進んだ。



木と木の間に七色の旗がぶら下がっていた。


旗には汚い文字で、

「お茶会開催中? 主催者求む?」

と書かれていた。


アリスは旗を潜り抜けてお茶会に向かった。


グチャ。

アリスは何か得体のしれないものを踏んだ。

靴底がベタベタして、甘い匂いがした。


「まったくもう、最悪だわ。」

アリスは、近くの水溜まりで靴底を洗った。


靴を綺麗にすることに必死で気が付かなかったが、

水溜まりは濁っていた。

さらに、甘い香りや深みのある香りを放つ。


アリスは、匂いを深く嗅いだ。

「うーん、この匂い……紅茶だわ!」

「なんで、こんなに大量の紅茶が零れているの?」


そこで初めて、周りをよく見た。


食器だと思われるガラクタの破片が四方八方に飛散していた。

色鮮やかな食べ物も残念な姿で放置されていた。


アリスは破片を避けながら進む。


さきほどの風景画とは違い。

いかれた画家が描いた風景画そのものだった。


騒がしいお茶会?

そんな類のものではない。


盗賊が屋敷内を散らかし、

何かの事件が起きた後のようだった。



無駄に長い机に、一人の男と一匹の兎の後ろ姿が目に入った。

ついにアリスは、汚い笑い声の正体を見つけたのだ。


男は大きな緑色の山高帽を被り、兎は小汚い灰色の毛並みだった。

机の周りには、誰も座っていない椅子が無造作に並んでいた。


「そこにいるのは誰だ?」

山高帽の男は突然叫んだ。


気づかれたの?

アリスの体は震え上がった。


「俺しかいないだろ。」

兎がコップを手に持ち机に叩きつけて、大きな笑い声を上げた。


なんと下品な笑い方だろう。

アリスは注意したくなる気持ちを押し殺した。


男も笑い声を上げて、白色のお皿を兎に投げつけた。

皿は狙った獲物から見事にはずれて、バリーンと地面にぶつかり粉々に砕けた。


兎は腹を抱えて笑い。

椅子から崩れ落ちた。


そしてすぐに立ち上がり、行儀の悪いことに机に昇った。

食器をバタバタと落とし、兎は男に近寄る。


アリスは食器の割れる音に紛れて近づいた。


男は長い足を机へ投げ出していた。


兎の耳はうなだれていて無駄に長い。

毛並みは、間近で見ると想像以上に酷かった。


アリスの髪の毛も兎みたいな毛並みだったらと想像して、

無意識に髪を触っていた。


「帽子よ、答えな! 主催者はいつ来る?」

兎が男よりも、帽子に聞いていた。


男は何も答えない。

机の上にある甘そうな見た目の、よくわからない物を食べていた。


「声が小さい。腹から声を出せ!」

兎はコップに向かって話していた。


「腹なんて、ないか。」

兎は腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。


男は、物の様に兎を手に取り紅茶を入れた。

兎の口に。


「それは、兎よ!」

アリスは思わず言葉を発した。

口を隠すがもう遅い。


兎がアリスの足元にいた。


「キャー、近寄らないで!」

アリスは叫び、その場所から退いた。


「綺麗な兎に会うのは、初めてか?」

兎がアリスの肩に昇り、耳に語り掛けていた。


速すぎて、肩に昇られたことさえ気付かなかった。

「ギャー」

アリスは叫び、跳んだ。


次の瞬間。

なぜか、椅子に座っていた。


戸惑ったアリスに「お嬢さん、申し訳ない。」と男が語り掛けた。


男の肌色は病気的に青白い。

山高帽の中央に白い三角形のギザギザ模様があった。


後ろ姿では気付かなかったが、正面にだけ模様がある。

アリスは、奇抜で変な帽子だと思った。


「これを呑んで気分を落ちつけてくれ。」


男はコップを手に取り紅茶を入れた。

コップの底は穴が開いていた。

紅茶は当然のように零れ落ちる。


待っていたかのように、兎が口を開けて飲む。


「残さず飲んでくださるとは、よほどこの味が気に入りましたか?」

男は感想も聞かないで席へ戻った。


アリスは怒りで拳が震えるのを必死で抑えた。


「美味しかったですって、飲んでないわよ!」

「そもそも、コップに触れすらしていないのに、どうやって飲むの?」

「しかも、穴の空いたコップなんて、礼儀の一つも知らないのね!」

アリスは早口で怒りを吐き出した。


「そう怒らずにこれを食べな」

兎はアリスに食べ物を差し出した。


「うん。うまい!」

差し出された物を兎が食べた。


「どうだ、うまいから食べてみろよ。」

兎は何も持っていない。

ただ、手を差し出した。


「あなたが食べたんだから、食べ物なんてないわ!」

アリスは兎を蹴り飛ばした。


兎は何回か跳ねて椅子に座っていた。


「俺、なんでここにいるんだ?」

兎は蹴られたことを覚えていないような口ぶりだった。


「無礼を許してくれ、こいつは三月兎だ。」

男は兎を憐れむように見つめ、指をさした。


指をさされた兎は舌を出した。


「私はマッド。」

「しがない帽子の仕立て屋だ。」


男はお辞儀をした。


「そして、ハッターだ。」

帽子を指さして付け加えた。


「マッド・ハッター……俺は、どうしてここにいるんだ?」

三月兎はナプキンを口にくわえたまま、震える声で聞いた。


マッド・ハッターは兎を無視して、アリスに聞いた。

「お嬢さんのお名前は?」


「アリスよ。よろしくね!」

アリスは軽く会釈した。


「アリ……アリスと言ったか?」

三月兎が大声で叫ぶ。


すかさずにアリスは、

「そうよ、アリスよ…」


兎がアリスの声を遮って、

「アリスと言ったぞ。この小娘。まさか、あのアリスなのか?」


「聞いたよなあ?マッド・ハッター。」

兎の瞳孔は開き充血していた。


「黙れ。」

マッド・ハッターが冷たく言う。


「アリス、君の白く綺麗な髪飾りが似合っているよ。」

男の声は優しかった。


「あ、ありがとう。」

アリスは感謝を述べた。


「白?」

銀の食器に映った髪飾りを見た。

薔薇の花は赤色だった。


アリスは不思議に思い、首をかしげた。

その時。


「その、女は、アリスと言ったぁ~」

兎の喉が張り裂けるように叫ぶ。


あまりの怒鳴り声に、アリスは耳を閉じた。



バギィィィーン。


突然、地鳴りのような轟音が鼓膜を狂わす。

同時に、目の前の机が粉砕した。

木の破片が飛び散る。


アリスは呆気にとられて固まった。

何が起きたのか理解できない。


机の大部分が消えていた。


よく見ると、巨大な歯形が付いていた。


「ごめんよ、ハッター、怒らす気はなかったんだ。」

兎が見た目通り、みすぼらしい態度で謝った。


「ただ、ほら、このお嬢さんがアリスかなあ~と思ってさ。」

兎は恐る恐る言った。


マッド・ハッターは、ゆっくりとお茶を飲んだ。


「ゴクリ。」

アリスは唾を飲み込んだ。


「そ、その……、帰り道を探していて、さ、先を急ぐ必要があったんだわ。」

額に汗を浮かべてアリスは細々と声を出した。


「そうですか、とても残念です。」

男は悲しい表情を浮かべた。


「もちろん、行ってもよろしいですよ。」

「ただ、迷い込んだ道は、どんな道ですか?」

「我々が知っているかもしれません。」

男の声は優しく穏やかだった。


「ここは、お茶会だ!ゆっくり騒ごう!」

兎から元気な声がする。


アリスは一時の静寂が恋しくなった。


ご機嫌な様子の兎を見てさらに気分が落ち込む。

思わず、俯いた。


気付けば、アリスの手にはティーカップが握られていた。

しかも、紅茶まで注がれている。


紅茶から湯気が立ち、甘い香りが漂う。


促されるように、アリスもゆっくりと紅茶を飲んだ。

少しだけ、気持ちが楽になった。


アリスはマッド・ハッターに聞いた。

「どんな道か、わからないの。帰れる道を知りませんか?」


「帰れる道は知りませんが、行く道は知っていますよ。」

帽子屋が帽子をいじりながら答えた。


「いえ、帰り道を探しているの!知らないですか?」

アリスはもう一度聞いてみた。


男は首を横に振った。


「美味しい紅茶をありがとう。それでは、さようなら。」

アリスはお辞儀をして、椅子から降りた。


「アリスが、アリスが…」

また、兎が興奮して耳をピーンと立てて叫ぶ。


「何回も言いましたが、アリスよ!三月兎さんも紅茶を飲んで!」


「さようなら。」

アリスは平静を装い、その場から逃げようとした。


兎がまた、

「アリスが…」


首が飛んだ。

…兎の。


理解が追いつかない。

何が起きたの?

アリスは声を上げることもできない。


ドスン。

首が落ちるのを傍観していた。


「あまりにも、三月兎が騒がしいので、つい手が出てしまいました。」


「申し訳ない。」

男は帽子を取り、深くお辞儀をした。

鮮やかな橙色の髪の毛が垂れる。


いつ立ち上がったのか?

兎に何をしたの?

アリスは何一つ理解できなかった。


「落ち着いてください。何も心配いりませんから。」

いつの間にか、マッド・ハッターは兎のいた席に座っていた。


「高く飛んだ!吹っ飛んだ~。」

地面の上から、兎の声が聞こえてきた。


「五月兎よ、大丈夫か?」

切り落とされた首が何事もないように話す。


兎の胴体が眼鏡を探すように地面をまさぐる。


「こっちだ。こっち!」

兎の首が、兎の胴体に呼びかけている。


突然、胴体が苦しそうにバタバタもがき苦しんだ。

「いいか。よーく聞くんだ。」

「慌てるな、とにかく息を吸うんだ。息を。」

兎が今までと違い、冷静な口調で言う。


「大丈夫です。頭は三月兎、胴体は五月兎です。」

帽子屋が、真っ青な顔のアリスを励ます。


「ちなみに、四月兎は毛並みが美しかったので、帽子になりました。」

「残念ですが、いまは、手元にありません。」

「申し訳ない。」

男は少し、にやつき答えた。


それを聞いたアリスは、理解するのをやめた。


「そ、それは残念ですこと。」

「兎さんも平気そうですね。」

アリスは、自然と敬語で語っていた。


「そろそろ、お暇させてもらいますわ。」

アリスはぎこちないお辞儀をして、ゆっくりとその場を退出した。


「お嬢さんお待ちなさい!お腹が空きました。」

マッド・ハッターの興奮した声が聞こえてくる。


「ケーキなど召し上がってください。」

「マッド・ハッターさんのお入れになった、紅茶とても美味しかったです。」

アリスは、振り返らないで答えた。


「私、マッドの腹は満たされました。」

「しかし、ハッターの腹は満たされていません。」


後ろにいた、死人の様な白い男が、いつの間にか目の前にいた。


帽子屋の帽子が巨大に膨れ上がり、白色のギザギザの模様が開いた。

中から、赤い巨大な舌が現れた。


帽子は獲物を眺めるように、舌なめずりをして涎を垂らした。


帽子の模様は鋭利な歯だった。

歯には、木の板が挟まっている。


アリスは理解した。

今から食べられることを。


音が置いていかれるほど、一瞬だった。


痛みはない。


アリスの体が消え。

内臓も骨もなくなり、

血をとどめている器も無い。


ドバ、ドバ。

滝の様に血が流れ出た。


アリスは体を食われていた。

気が付いた時には、頭も食われていた。


ミシリ、ミシリ。

骨を砕く音が響く。


「ぺっ。」

帽子は何かを吐き出す。

それは、アリスが身に着けていた綺麗な薔薇の髪留めだった。


赤い薔薇の花は、アリスの血が抜かれたように白色に変わっていた。


「行く道は知っていますよ。アリス。」

男は帽子を頭に戻し、髪留めにささやく。


バリン。

髪留めが踏みつぶされ、壊れる音が響いた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


本作は、連載中の『不死の国のアリス』に登場する「お茶会」のエピソードを、一話で完結する短編として再構成した作品です。


連載をご存じない方にも楽しんでいただけるよう、内容や構成を見直し、「夏のホラー2026」のテーマである「音」を意識して再編集しました。


もし本作を気に入っていただけましたら、『不死の国のアリス』も読んでいただけると嬉しいです。


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