44 戦っていた相手は……
戦果への満足感に浸っていたら、今度は反対側の扉ががしがしと斬りつけられている。
今度の相手は窓に剣を突き刺してきた。
扉を壊すよりは硝子の方が遥かに楽だ。そこから扉を開けようとしたのだろう。
私はその剣が引っ込む前に、鉄槌を下ろす。
「よっこいせ」
敵の剣が曲がり、窓枠にひっかかった。
敵も何かされたとはわかったのだろう。けれどそれ以上に怪力の持ち主だったのか、窓枠を引きちぎるようにして剣を引き抜いた。
「なんだこれは!」
さすがに自分の剣の様子に驚いたらしい。扉付きの剣を慌てて投げ捨てている。
それを逃さず、扉を開けた私は敵に向かって鉄槌を投げつけた。
「どうして鉄槌!?」
驚いた声を上げながら、敵はとっさに剣で鉄槌をはねのけようとした。
が、本人が思ったよりも曲がった分長さが足りなくなっていた剣は、鉄槌を完全にとらえることができない。
そして敵は槌に押されるようにして、落馬した。
「よっし勝利!」
勢いづいた私だったが、がくんと馬車の速度が落ちる。
前方から悲鳴が聞こえ、私は剣を取り出してそちらを確認する。
目が闇に慣れたとはいえ、全てがはっきり見えるわけではない。
風に大きく揺れる御者台の灯りの中、止まりかけた馬車の前方から、人影が逃げるように走っていくのが判別できる。
たぶん御者役の兵士だろう。
兵士を追いかける騎馬。これは敵。
それを阻止する騎乗した灰銀の髪の人影が見える。レゼクだ。
その髪色が目印になったのか、六人もの敵が囲んでいる。
(でも変、そんなに手間取るような人数じゃないはず)
レゼクは敵を馬上から突き落としていた。
御者台の明かりが届く場所にいたので、その様子が私にもつぶさに見えた。
落馬した男は、衝撃で立ち上がれなくなるだろうと思った。
でも上手く受け身を取ったのか、すぐさま戦闘に転じる。
あれ、絶対そこらの私兵じゃない。
戦い慣れ過ぎてる。そう思ったら……。
「うえっ!?」
私は思わず驚愕の声を上げる。
黒っぽい外套の下にサーコートを着ているのはいい。
冬の厳しいランヴェール帝国は、冬の戦闘で皮膚がくっついたり凍傷になる事が多いため、鉄鎧があまり一般的ではない。
代わりに皮鎧や、厚手のサーコートや上着を重ねることが多いのだ。
ただ、この敵はそのサーコートに問題があった。
敵はサーコートを着ていながら、前面に国や貴族家の紋章がない。代わりに、右上に縫い付けられた鳥と盾の印章がある。
そんな印を身につける者はごく限られている。
「傭兵……」
ランヴェール帝国で傭兵が団体を構成して活動するには、国家の承認が必要だ。
反乱に手を貸すのを未然に防ぐため、その行動を把握するためだし、それぐらい警戒するのが当然だと思う。
そうして認証された傭兵団以外を扱ったことが発覚すれば、その者が貴族ではなくとも、反逆罪に問われることがあるのだ。
一応、傭兵側が依頼主について黙秘することは可能だ。
なので、万が一疑いをかけられないよう、貴族間で争う場合でも、皆認証された証を身につけた傭兵を雇い、口止め料を上乗せするらしいけど。
なんにせよ、ウルスラ妃達が実家の私兵を動かすと思っていた私は、レゼクが手間取るほどの敵の強さに納得がいった。
戦っていた相手は、常に争いと戦いを求めて彷徨っている者達だ。
激しくやっかいだ。
それに、恐ろしい想像をしてしまう。
もしウルスラ妃達側が、複数の傭兵団と契約していたら?
敵の数がとんでもないことになる。
とにかく今は、レゼクを勝たせるのだ。
深呼吸して、月を思う。
ほんの一音でいい。
思い出した音楽が、脳裏でカチリと音をたてて鍵を開く。
そして開いた扉から、私の音が広がるように意識する。
とたんに、彼の動きが変わる。
まるで影のように素早く動き、その度に血しぶきが舞う。
一瞬で六人を倒したのを確認したところで、私は言った。
「殿下! 相手にまだ応援が来るかもしれません! 早くここから逃げましょう!」
慌てて駆け寄った私に、レゼクが手を差し出す。
彼の意図を察して、私は馬に飛び乗った。
「トール、ディック!」
レゼクが声を掛けると、敵を倒し終えたところで他の兵士達を指揮し、馬を走らせはじめた。
ディックは逃げ惑っていた御者の兵士を連れている。無事だったようだ。
そして皆で、出来る限りの速さでその場から逃れる。
敵も追撃してきた。
降り出した雨などものともせずに。
それでもしばらくすると、撤収していったのだけど……。




