43 馬車からの戦闘
「面倒なことになったな……」
足早に、馬車を止めているはずのエントランスを目指しながら、私はつぶやいてしまう。
その声が届いても、後ろについてきているメイドは表情を変えない。
カールに聖者の能力で操られているメイドだ。
出発直前に私が変な動きをしないよう、カールが監視のために張り付かせたみたいだ。
お互いに信用していないので、それは仕方ない。
でもエントランスに到着したとたん、メイドは我に返ったようだ。
「え、あら。私ったらリリ様のお手伝いをしてたかしら……」
困惑したように辺りを見回している。
(ん、ここまでなのね)
カールとしても、遠く離れた後のことまではいいや、ってことだと思う。
帝宮内で、妙な動きさえしなければいい、と。
私はメイドに帰ってもらって、外へ出た。
外は強い風が吹き始めていた。
夜空には雲がかかっているのが見える。
天頂に輝いていた月も、流れの速い雲に覆われて見え隠れしている。
レゼクは既に戻っていたようだ。
扉を開けた馬車の前には、見送りにきたアーステンが立っていた。
「遅い」
レゼクに言われ、私は短く返した。
「申し訳ございません、殿下」
それ以上の単語を口にしようとすると、うっかり話してしまいそうで恐かったのだ。
しかし変な態度だったのだろうか?
いつも長々と話しているわけでも、一言多いわけでもないと思ったのだけど……。
レゼクが、無言で私を見ている。
でも気づかないふりをしつつ、急いで馬車に乗り込んだ。
「気を付けて」
扉を閉めてくれようとしたアーステンに「ありがとう」と礼を言ったついでに、私はせめてこれだけはと告げた。
「皇太后陛下の周りに気を付けて下さい」
じっとアーステンの目を見る。
彼は小さくうなずいてくれた。
そしてようやく、帝宮を出発した。
一人だけで馬車に揺られることしばらくは、大人しくしていた。
帝都から出たかなというところで、私は急いで行動を始めた。
急いで戦いやすい服にするのだ。
最初は、一万めの目的地までは、大人しくしていてもいいかな、と思っていた。
履いていたズボンも、念のためのつもりだったし。
でもカールにわざわざ宣戦布告されたのだ。
きっと、もう追っ手を手配しているんだと思う。
賭けの事もそうだが、ドレス姿でうっかり殺されては、悔やんでも悔やみきれないので、絶対に勝利したいところだ。
なので、思う存分戦えるようにしておきたい。
「くっ……面倒な」
帯と上に羽織るガウンはいいが、コルセットを締めている紐がほどけにくい。
私はお腹をひっこませてコルセットを回し、紐の位置を移動させようとした。
が、脇のあたりまで動かすのがせいぜいだった。
しかたなく横をむいてちょこちょこと紐をほどき、ようやくスカートやコルセットから解放される。
強い風のせいで、馬車も通常よりガタガタと揺れていたが、帝都の石畳の上なので、まだ楽にそこまで準備ができた。
そうして髪を邪魔にならないように束ね直していると、馬車の扉が叩かれた。
馬車の中はランプの明かりを灯している。そのため着替えを見られてはかなわないと、扉の窓にはカーテンを引いていた。
それをめくると、横を併走しているトールが見えた。
窓ガラスを横に滑らせて開けると、トールの声が聞こえる。
「もう着替えたのか。帝都を出たばっかだってのに、はえ~な」
「何かあってからじゃ困るじゃないですか」
その時風が吹き込んできて、私の首筋を撫でていく。
寒い、と感じた時にはくしゃみがでていた。
「はっくしゅん!」
「ぎえっ!」
トールが急いで馬車から遠ざかった。
「お前、まだ風邪治ってなかったのかよ!」
「薬はもらって飲んでるんです。さっきまでは調子よかったんですけど……。ところでちょっと遠すぎません?」
「伝染されてたまるか!」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で言われ、私はため息をつく。
「だって大声で話してたら、敵に見つかるじゃないですか」
「もう遅い!」
「……え?」
トールが馬車を追い越して走っていく。
前方に敵がいたようだ。
馬車の後方で馬を走らせていたらしいレゼクも、それを追っていく。
通りすがりざま、私に指示を出していった。
「お前は中にいて、備えておけ」
私はうなずいて馬車のランプを消し、外の様子に目を凝らした。
――やがて戦闘が始まった。
私にも剣戟の音が聞こえてくる。
先方で起こった戦闘が、どんどんと後退して近づいてきている。
馬車が、騎手のいない馬の横を通り過ぎた。
そして馬車は、ディックが戦っている現場へ追いついた。
騎馬の上で、ディックは槍を振り回している。
ディックは槍の名手だ。
強い風に呷られて動きにくそうだが、二人の黒っぽい外套を羽織った敵を相手に立ち回り、石突の一撃を首にたたき込んで、一人を馬上から落としているのが見える。
しかし敵も手練れらしい。
仲間がやられても動揺などしない。
冷静に動き、槍を引き寄せるため隙のできたディックに向かっていく。その上落ちた敵もすぐに体勢をたてなおし、剣で斬りかかっていた。
ディックは馬上の敵の攻撃をいなし、地上の敵を槍の端で突き倒す。
ディックは放っておいても問題ないだろう。
それよりも、と私は馬車の前側にある小さな扉を開ける。
そこには必死の形相で馬を走らせている、御者がいた。
彼は兵士だけど、戦闘まっただ中を走るのはやはり恐すぎるんだろう。
手綱を操らねばならず、馬は戦闘の気配に操りにくくなる。
でもそれにかまけていたら、切りかかられても自分の身が守れないし。
だから私は彼に言った。
「危なくなったら、馬車を止めて逃げていいですから! あとは騎士達とかがいますから、私のことは気にしないで!」
「え? あ、はいいぃっ!」
振り向いた兵士は、許可を得てほっとした表情に変わる。
兵士は私が戦闘要員だとは思ってもみなかったんだと思う。
それでも馬車で敵を振り切るのが、当初の彼の役目だ。
怯え始めた馬を叱咤激励し、速度を上げさせていた。
やがてトールの側までやってきた。
トールを囲んでいた敵が三人、突っ込んできた馬車とぶつかるのを避けた。
私は急いで馬車の横の窓へと場所を移動した。
すると案の定、トールを放置して馬車と併走しはじめた相手が一人いた。
馬車に乗っている人間を倒した方が楽だと思ったんだろう。
確認だけして私が窓から離れて間もなく、併走していた敵が扉を壊そうと、剣をつきたててくる。
木の横板は、三度の攻撃に耐えかねて、敵の剣の貫通を許してしまう。
けれど私は慌てなかった。
「ふっ、こんなこともあろうかと、積んでおいてよかったわ」
座席下に忍ばせていた、秘密兵器を取り出す。
馬車に乗ってる間、ドレス姿でも対処できるよう、御者役の兵士に頼んで積んでおいてもらったものだ。
そして貫通して顔を出していた敵の剣をめがけて、鉄槌を振り下ろした。
げいん、と重たい音をたてて敵の剣が少し曲がる。
「なっ!?」
敵は予想外の衝撃に驚いて声を上げる。
しかもちょっと曲がったせいで剣を引き抜けないし、がたがたとしばらくもがいていた。
そのうちに、トールに背後から頭を殴られて、落馬して視界から消える。
よし一人片付いた。




