42 お出かけ前のちょっとしたいざこざ
その後、レゼクの元に連絡が来て、彼はその場を離れて行った。
私は馬車に荷物を載せてくれるよう、荷物を運んでくれた使用人に頼み、それを見ながら待っていたのだけど。
トールが「そういえば」と言い出す。
「お前殿下と仲良いよな」
「悪くはない……と思いますけど。でも仲が良いとか言われるとは思わなかったです」
そんなにお友達のような接し方はしてないと思う。
でも、パーティーに同行したりもしたので、そうみられてしまうんだろうか?
なのにトールは面白そうに笑う。
「お前を信用してるのは間違いないだろ。それにお前が来てから、殿下が人とまともにしゃべる姿見たって言ってる奴も多いぐらいだ」
そこまで? と私はびっくりした。
「けっこう寡黙な人だと思ってたよ、俺も。騎士相手だと、一緒に訓練なんかもして話すこともあるけど、あんまりおしゃべりするって感じでもなかったしな」
それからトールがにやっと笑う。
「だから、殿下が特定の女と関わり始めた方が興味深いんだ」
それを聞いて、私は理由を思い出して苦笑いする。
真実は口に出せない。
もし洗いざらいはき出したなら、トールだって「あーなるほど」と言うはずなのだ。
***
レゼクがまだ帰って来ないので、私はふっとやっぱり持って行きたい物が思い浮かんだ。
帝宮内へレゼクも入ってしまっているし、すぐに戻っては来ない。
だったらと思い、私はもう一つ持って行きたい物があるので部屋へ取りに行くことにした。
トール達が馬車や馬を見ていてくれるので、大丈夫だろう。
部屋に戻ると、近くを通りがかったメイドがびっくりした顔をしていた。
「あら、もうご出発されたのでは? その……お忍びだと聞きましたのに、お取り止めになったのですか?」
「え、お忍び?」
聞き返すと、メイドがちょっと頬を赤くする。
「その、殿下とお二人で旅行だと……」
私は目を丸くする。
まさか。
まさかと思うが、対外的にはそういう旅行だという話になってるの!?
「だから夕暮れ時に出発なさると聞いたのですが」
まさに、ひっそりと旅行に出かける恋人達の所業みたいな時間ではあるけども。
「その話は、一体どこから?」
「皇太后陛下がそうおっしゃっていたということで。これは間違いないと噂していたのです」
メイドはすっかり困惑した顔をしていた。
「何か問題がおありでしたか? リリ様」
「だ……大丈夫、うん。その、忘れ物を取りに来ただけだから」
「お手伝いしましょうか?」
「うん、その、手伝いも大丈夫よ。すぐ終わるから」
そう言って部屋に入り、私は長いため息を吐いた。
「レゼクを問い詰めないと……」
おそらく皇太后は、「そうする」と告げられただけだろう。
対外的にも、突然皇子が視察に行くのに不自然ではなくなるので、いいだろうと話を広めるのに一役買っただけ。
叩くのなら元凶にするべきだ。
そもそもお友達同士でもない、身分に上下が存在する関係の中だからこそ、皇太后も「こちらが『こう』と決めたら、あちらも『こう』行動してくれる」と疑いもせずにやっているのだし。
皇太后を説得するなんて無駄だし、部下というより、飼っている犬が何か言い出したぐらいの感覚だろうから、理解するのは難しいはず。
「あー……この身分差ってのが、やっぱり理解が難しいわよね」
何年この世界で生きていても、すぐに民主主義的な平等感覚がよみがえってしまうので、どうにもモヤモヤしがちになる。
でも、衣服を変えている時に、メイド達が変な顔をしていた理由がよくわかった。
私、旅行用のジャケットを羽織る形のドレスを着ているのだけど、スカートはすぐ外せる代物で、中に乗馬用ズボンを履いているのだ。
しかも短剣を足にくくり付けて短剣を隠し持とうとした時も、やたら止められた。
皇子を殺す気かと思われたのかもしれない。
いや、普通に護身用なんですがね?
でもあんまり止められるので、旅行荷物に剣を数本入れた分で満足しようと思ったけど、今なら大丈夫。
誰にも見られていないので、私はしっかりと短剣を隠し持つ。
そして薬のおかげで元気にはなったけど、万が一にも外を走ったりする時のため、マントをしっかりとした厚みのある物に変えた。
これで安心。
私は部屋を出て、もう一度馬車のある場所へと戻る。
ひたひたと夜が空を覆い始め、帝宮の中も暗くなってきた。
燭台にぽつりぽつりと明かりが灯されただけの、廊下は、影になる場所も増えていた。
自然と急ぎ足になってしまう。
でもエントランスに近づいた所で、彼女を止めるように、階段の下から上がってくる者がいた。
「こんな夜にひっそりと出るなんてね。さっき出発した方は囮で、君が真打ち?」
燭台の明かりでは消しきれない、闇に溶けるような黒髪。カールだ。
「うわ……」
ちょっと前に私を嫌そうに避けて逃げて行ったのに、まだ関わろうとするのか、と思ってしまう。
汚い女なんて! と近寄らなくなってくれたら有難かったのに。
するとカールは楽しげに階段の下に向かって手まねきする。
ふらふらとしながらも上がってきたのは、さっき私の荷物を外まで運んでくれていた、若いメイドだ。
「彼女からいろいろと話してもらったよ? 快くね」
「あなたが自分でしゃべらせた、の間違いではないの? まさか人の意志を操れる人間がいるなんて思わなかったわ……」
初めてそれを見て驚いたかのように、私はそう言った。
(これで、私何も知りませーんって信じてくれるといいけど)
騎士だと疑ったものの違ったとなれば、次に彼らが疑うのは、『私が聖女』では? ということだろう。
そこをつぶしておかなければならない。
だから私は、自分は弱いと強調してみせる。
「それに私は、足手まといになるだけです」
しかしそれはカールの中では織り込み済みだったようだ。
「だから面白いんじゃないか」
カールは笑う。
「僕は今でも君の特殊性について、調べさせてほしいと思ってるんだ。けれど君は僕が無理強いしようとしたら、また窓から飛び降りそうだからね。……だから賭けをしようよ」
柔らかい物言いでそう提案してくる。
「無事にミクローシュ侯爵をここまで連れて来られたら、君の勝ち。君のことをあきらめよう。でもそれができなかったら僕の勝ちってことで、君の心の中をいろいろ調べさせてほしいな」
「うへぇ……」
正直、想像するだけでぞっとする。
心の中をのぞき見られるのだ。
今朝何を食べたのかも、今誰に対して悪態を心の中でついたのかも、ささやかな悩みから、プライベートなことまで全て知られてしまう可能性がある。
非常に気持ち悪い。
「それをして……私になんの利益が?」
「君が帰って来るまでは、他の人達に手を出さないようにしよう。その方が君らも動きやすいだろう? もちろん僕との賭けについては他言無用にしてもららうけど」
柔らかな物言いながらも、明らかに脅迫してくるカール。
「僕の興味を満たしてくれるのと引き替えに、君の心がほしい」
恋愛物語に出てきそうな熱烈な台詞が、こうまで嫌だと思ったのは初めてだった。
けれど拒否はできない。
レゼクも私も帝宮にいなくなる間、皇太后達に何かされるのは困る。
だって誰もカールの動きを抑制できる人間が居ない。そもそも気けないはず。
最も安全な方法は、この賭けを飲むことだ。
「……信用していいんでしょうね?」
賭けの内容を違えたら、切り捨ててやるという気迫を込めてカールに念を押す。
「神に誓って」
カールは誓約のつもりか、私の前に膝をつき左手を掴んで甲に口づけた。
世界一迷惑な誓いだなと思った私だった。




